4話 ワンコの皮をかぶったオオカミ
元も皮も同じイヌ科の場合、タイトルの言い回しは通用するのでしょうか…(笑)
国王直属の騎士で構成される部隊の斥候が馬ごと矢のように飛んできて、魔物の群れが接近中である旨の報告を行ったのはその直後である。ホーク達は既に西門へと走っており、全員がそれに続いた。
住民たちまでついて来ているのだが、これはただの野次馬根性である。今まで平和だった町になぜ魔物が来るのかという疑問を持ちながらタスクフォース8492の戦いを見届けようと、全員の考えは同じであった。
魔物との距離は現在1000mほどで、姿は未だに見えていない。騎士達が追い付くとタスクフォース8492の面々は既に構えを見せており、剣術とは程遠いながらも戦闘態勢を整えた様子だ。
ホークは端末をヴォルグに見せており、時折指をさすなどして何やら解説を行っているようである。ヴォルグも納得した表情を見せており、十秒ほどで2名は方位3-0-0に顔を向けた。
丁度その時に見えてくる、魔物の群れ。一直線に町に向かって進んでおり、オークのような形状から犬型まで種類は様々だ。
マールとリールがいないために種別や敵のランクまでは不明なものの、かなり大規模な群れである。追いついてきた騎士たちに、ホークはそのような報告を行った。
一貫性のない面子が何故集団でティーダの町を襲うのか理解できない騎士達だが、このままでは住民たちに危害が及ぶことは理解できている。
しかし、単純な戦いには発展しない。彼等が剣を抜き陣形を築こうとしたタイミングで、後方からヤジが入った。
「おいホーク!さっき俺達をかみ砕いて吐き捨てるとか言ってたな!奴等相手が丁度良いだろう!どんな風にだ?見せてくれよ!」
「ケッ。ホークさんたち、目にもの見せてやって下さいよ!くそ生意気な奴等の自尊心、へし折ってやってください!」
叫んだ騎士に続いてヒートアップする住人たちは、未だタスクフォース8492の実力を知らないで居る。国の騎士達も、前を向いたままのホークの顔に目を向けた。
今現在でこの周囲に居るのは衛兵、冒険者、騎士、ギルド職員。もちろん一般市民も混じるが、前者4組はタスクフォース8492の戦い方を知りたくて仕方がない。
ラーフキャトルはともかく、コカトリスの群れを奇麗に始末するその実力。冒険者ギルドとしても、既に彼等がEランクを超えていることは理解している。
エスパーダ達も地上での戦いには謎を抱いており、感情としては同等だ。この機会にその雄姿を眼に焼き付けようと、全員が葉っぱをかけていた。
そして、ホークが答えを出す。最良の攻撃を判断し、指示を出した。
「……ヴォルグ、出番だ。」
「……主様、宜しいのですか?」
魔物が、喋る。思いがけない現象に、近くに居た者は距離があるものの思わず後退った。
その会話の片方を受け持つホークという人物は、腕を組んで敵軍を見つめたまま動じることなく応対している。横に立つホワイトウルフの様子も慣れたもので、凛とした表情そのものだ。あれだけの群れを相手に、怯む素振りは微塵も無い。
「銃火器を見られるよりはマシだし、例の反応も捕まえないといけないからね。この前の氷の奴だ、盛大に頼むよ。」
「……なるほど。そういうことですか。」
穏やかな顔で命令を発する彼の考えを察し、ヴォルグも「相変わらずのお方だ」と言葉を残して5歩ほど前に出る。そしてこのあと領主の騎士に訪れるであろう償いを想像し、鼻で笑った。
それでいて、後ろから喚きたてる群集を気にも留めず。以前にもホークに見せたように、ヴォルグは軽く息を吸い込むと、右の前足を軽く捻った。
「ビューティフォー...」
マクミランが久々呟く十八番の前に作り出される現象は、同じくヴォルグの十八番な幻想の世界。50メートル程先に展開される、全てが氷結し生命の存在を許さない光景は、周りの気温と共に群集の熱と声も奪い去った。
観客全員の想像とは、懸け離れている。死闘まではいかないものの30人近くの全員で魔物の群れと戦い、高々と勝鬨を上げ実力を示す。彼等を見る群集は、そのような光景を結果として脳裏に描いていた。
しかしこれでは、まるで一方的な虐殺だ。少なくとも、戦いと呼ぶには程遠い。ホワイトウルフが喋ったことなど些細なことであり、その疑問など吹き飛んでしまっている。
繰り広げられた、大魔法レベルの氷魔法。それをいとも容易く瞬間的に実行するなど、明らかにホワイトウルフの度合いに収まらない。謎の多いタスクフォース8492の風呂敷が、また1つ広がることとなった。
この白い犬らしき物体の正体が気になって仕方ない一行だが、それを考える時間はホークが許さない。注目の的を変えることも目的として、周りの者を引き連れ氷の一部へと移動を開始した。
ところどころに氷塊に閉じ込められた魔物の姿が伺えるも、既に大半が絶命している。これ以外に何かあるのかと問いを投げた騎士に対し「ついてくれば分かる」とだけ返すホークは、UAVにて確認した位置へと進んでいった。
歩くこと、2-3分といったところ。ホークが導いた到着地点には、全員にとって信じられないモノが氷塊に閉じ込められていた。
「ちょっと強かったですかね。まだ生きて居ると思いますが、これでよろしいでしょうか?」
「十分だよ、なんなら上半身だけ解除しといて。さて騎士達、見ての通りだ。なぜ領主の紋様をつけた人間が、魔物の群れの傍に居るのか。服も肌も傷1つ無い。逃げてきた、とは思えないよね。」
半開の口を閉じることができず、群集はモノを凝視する。対象が着込んでいる鎧もそうなのだが手にはどす黒い塊が不思議な魔力を放っており、以前の霧の盗賊団、ワーラの時のように塊の魔力で魔物を操っている原理までは不明なものの、見るからに怪しい状況だ。
それを見る目はやがて領主の騎士達に向けられることになるが、感情は疑惑そのものだ。内容は当事者たちも同様であり、なぜ身内にこのような者が居るのか、皆目見当もついていない。
「お、俺達じゃない!俺達も何も知らない!本当だ、信じてくれ!!」
仮に、その言葉が事実でも。今までの行いが災いし、到底ながら信用するには程遠い。
そのことをわざわざホークが口に出して諭すと、領主の騎士たちは膝から崩れ落ちる。ここ一番において信頼のなさが露になった結果がどうなるか、騎士たちは身に染みて体験することとなった。
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「ホークさん、こっち焼けましたぜ!」
「了解した、ディムース。」
「イエッサ!おい、取りに行くぞ。」
「「「アイ・サー!」」」
景気よく席を立つディムース達は、焼けた串焼きが乗る皿を取りに行く。木炭による風味は十分で、味付けは塩と好みで少量の胡椒となっており、ホーク達も食材の味を楽しんでいる。余分な脂が落ちたコカトリスの肉は、それだけで十分な旨味を持っていた。
ちなみに胡椒の価値としては、まだ一般的な家の食事で使われる程には落ちていない。とはいえ今回は町を挙げてのイベントだけに、出し惜しみはNGだ。
同時にホークが指示して焼いていたヴォルグ夫妻用の肉ブロックも焼き上がり、数名の住民によって運ばれてくる。塩胡椒の類は極々微量なれど、ヴォルグもソワソワした雰囲気を隠しきれていない。
どう見ても先ほど盛大な氷魔法を放ったホワイトウルフには見えないほどのテンションであり、住民たちも苦笑している。とはいえ敵ではないために、警戒する必要も皆無であった。ちゃっかり場に参加できた国王の騎士やエスパーダ達、アルツも生まれて初めて食べたコカトリスに舌鼓を打っており、時折子供のような表情を見せている。
しかし、領主の騎士達だけは例外だ。ホークによって作り出されたこの焼き鳥パーティーという会場において、騎士たちは実質的な兵糧攻めという地獄を味わっている。
目の前で香る、鶏肉が奏でるハーモニー。木製とはいえジョッキに注がれ胃袋に流し込まれるエールの色と音は、問答無用で食欲を刺激する。肉がコカトリスであると知っていることも相まって、全員の涎は止まらない。
そんな彼等の前で食べる極上の食材は、より一層美味しく感じるものだ。氷漬けにされ気絶中だった者の意識回復を待って、老若男女問わずに領主の騎士の前で頬張っている。
いっそプライドを捨てて土下座でもして食したい彼等だが、一応ながらも騎士である。紙一枚繋がったプライドが、その行為を許さずにいた。
ホーク達も原始的な調理法の肉に舌鼓を打っており、どの部位が一番好みかなど、軽く論争が起こっている。とはいえ、そんな言い合いも食事の酒だ。
しかし、ここでトラブルが起こったようである。突然と大きな短い雄叫びをあげたヴォルグに、全員の注意が向いて居る。
そこには膝をついて泣く6歳ぐらいの子供と、やや強い口調で怒っているヴォルグの姿。何が起こったのかとホークとハクが仲裁に向かい、相手方の親らしき人物も出てきて、事情聴取が開始されている。
結果としてどちらが悪いかと言えば、完全に子供側であった。なんと、直径1㎝程の串焼きの棒、一応尖っていない方の棒先を、ヴォルグの肛門に突っ込んだと言うイレギュラー中のイレギュラーだ。
美味だったコカトリスの肉に浮かれて尾っぽが持ち上がっていたとはいえ、突っ込まれた場所が場所である。相手方の親は謝罪しており子供を叱責しているものの、ヴォルグもついつい、相手が子供であることを忘れてヒートアップしてしまっていた。
「子供を監視していなかった親にも責任はある。どうだヴォルグ、子供も叱責を受けているうえに相手方の親も謝罪しているわけだ。」
「ですが主様、小さいとはいえ棒先をフェンリルの尻に突っ込む小童など」
「おい?」
「ワオっ?」
言葉を止めるホークと、止まる周囲の話し声。誰かがポツリと、先程聞こえた言葉の一部を呟いた。
「……フェンリル?」
「あっ……。」