14話 シルビア王国開放戦~Captain.Macmillan~
モリゾー大尉のお話
【視点:マクミラン大尉】
《ノーマッド1-1よりゴーストアイ。1-2と共に最終予定ポイントに到着、これより搭乗員が降下を開始する。》
星の光すら一切ない、若干雨がパラつく深夜2時。全員がギリースーツに身を包んだ俺達は、とある山の森林部に降下する。ブラックホーク2機の編隊から合計4本のロープが垂らされ、降下作業が開始された。赤外線暗視装置を装着しているため、夜間でも視界は良好だ。
ロープを伝い、着地する。木々の高さが高いのと周囲が暗いこともあって、上を見上げてもヘリ部隊は見えなかった。
《タスクフォース000よりノーマッド。全員の降下が完了した、輸送に感謝する。》
《安い用だスリーゼロ。……グッドラック、アウト。》
ヘリ部隊は降下終了後に速やかに離脱し、南東の海上へと消えていく。直接基地方面へ飛ばないのは、追跡された際に念を入れるためだ。降下した俺達12人は腰を屈めながら集合し、それぞれの装備を確認する。降下時に破損したものもなく、今のところ予定通りだ。
成層圏に居るブラックバードからの情報でも、降下した俺達に向かう影はないらしい。一応は一安心だ。
目の前に広がる闇の中に、うっすらと明かりが浮かんでいる。双眼鏡で確認すると、古城のような建物が視界に入る。今でも人がいるので古城ではないのだが、元居た世界では古城と呼ばれるぐらいの年代品だ。
俺達の任務は、総帥直々に発令された、I.S.A.F.8492史上最重要任務。双眼鏡で見ている古城で近々行われるバーベキューの主催、勇者の暗殺だ。下準備は総帥が整えている。敵が展開している可能性のある魔法の類の防御は、効かないことを証明済みだ。
攻撃面も抜かりはない。AoAのシステムにおける武器弾薬を含め全ての強化段階を最大限度まで行い、武器の性能も底上げされ装備も大幅に充実した。おかげさまで、以前には行えなかったような行動が多々できる。これだけでも十分にありがたい。
武器性能の底上げについては、弾薬も例外ではない。今や、俺が持つM82A3から発射される12.7x99mm 装甲貫通弾の威力は、オリジナルのM1戦車の装甲ですら貫通する程に強化されている。
もっとも……この世界のM1も強化されているため、この弾丸では歯が立たないがな。
オリジナルのM1に使われている装甲に匹敵する物がこの世界にあるとすれば、聞いた話程度だがヒヒイロカネぐらいだろう。とはいえ、あちらは工学技術の結晶である複合材。ヒヒイロカネは単独物質ながら、同等の防御力があるのは凄いことだ。
ちなみに、エンシェントドラゴンから貰ったミスリルの盾は貫通している。若干威力は殺されたものの、殺傷能力は十分だ。ミスリルを物理で貫通させたのは前代未聞らしく、見なかったことにされたがな。
潜伏2日目に連絡があったのだが、エンシェントドラゴンの眷属とやらが周囲を封鎖してくれているおかげで、今のところ魔物の襲撃も気配はない。接近された場合は、部下の隊員が何とかしてくれるだろう。狙撃に集中できる、良い環境だ。眷属に関しては総帥が手配してくれたのだろう、有り難い。
しかし、こんな風に仲間を最優先するのは総帥らしい。昔から変わらないことだ。最初は8492の人数も少なければ大規模軍隊には絶対に勝てなかったために資金のやりくりが大変だったが、その割には随分と楽をさせてもらえたことを思い出す。あの時の情勢からすると、相当の苦労を負っていたに違いない。
―――故に俺も、奴の願いとあれば一切の手を抜かずに遂行する。この手でもって、必ず最良の結果を引き寄せる。
部下の11人にもそれを周知させ、俺達000は行動を開始した。
9人に周囲警戒を任せ、狙撃ポイントをチェックしていく。適任と思われる個所は、付近に5か所あった。要求される項目は、射線以外の地点から目視確認されづらいことと、風が山肌などの壁にぶつかることで発生する乱気流が起こらない事が主となる。複数を調べるのは、勇者が実際にどの場所に座るかが不明だからだ。事前に用意されるであろう椅子のランクから、奴が座る場所を予想する。
その椅子が置かれる場所に対して最適なポイントを選択するため、狙撃箇所を複数用意したのだ。これは俺のいつものやり方である。標高が高いポイントから距離順で1~5の番号を振り、一番移動が楽なポイント3で待機する。離脱地点のα~δと被るため、NATOコードは使用しない。
ここからはルーチンワークだ。俺自身は狙撃を行うためしっかりと休むことができるが、他の11人は交代で警戒を行う。
俺の右腕となる観測手は二人居る。12時間交代と激務だが、その程度を熟せるのがタスクフォース000の隊員だ。
「そろそろ日没です。今日も動きはなさそうですね……」
「……そうだな。しかし、待つ以外に道はない。」
潜伏5日目の夕方。初めて1人の隊員が弱音を吐いた。弱音ではなく愚痴の類になりそうなものだが、それも精神面では弱音に該当する。
先日までの報告では、「今日も」という言葉はなかった。無意識に付け足されているのだろう。
流石に5日目となると、若干の疲れが顔を見せるか。旨い飯でもあれば士気が上がるのだが、潜伏中では、匂いのあるものや温かいものは食せない。
不都合なくメシが食え睡眠が取れるだけでも、条件としてはイージーなミッションだ。酷いときは……3日間寝ず食わずで撤退する時も、あったものだ。
……辛いことを思い出せばキリがない。そろそろ、敵側の動きがあることを祈ろう。
そんな祈りが通じたのか、7日目にして動きがある。メイドと思わしき連中が、屋上の掃除を始めたのだ。恐らくバーベキュー会場の設営だろう。賓客を招くとあらば、掃除は念入りに行うはずだ。
本部から送られてきている天気予報は、今日から5日間は晴れマーク。この世界では、魔法を用いて気象予報の真似事ができるとしても不思議ではない。
すぐさま情報を本部に報告すると、本日中に機甲部隊(M1戦車部隊)やストライカー装甲車の輸送部隊が出撃するとのことだ。まだ勇者がどの位置に座るかが見えないため、俺達は動かない。しかし確実に、その日は近い。
清掃作業は2日間にわたって行われた。作業が開始されてから3日目の早朝、屋上に椅子が並び始める。椅子を屋外で放置すれば汚れるのは確実だ、実行は今日である可能性が非常に高い。
勇者用と思わしき、一番豪華な椅子が場に置かれる。1席だけ孤立しており装飾も豪華だ、着座位置はこれで確定だろう。その位置ならば、ポイント2が丁度いい。観測手を連れ、俺たちはポイント3から移動する。
ポイント2で待機すること数時間。16時頃に、今回の参加者一行が姿を現した。全員が貴族のような服をしており、やることに対しては上品な服装だ。奴等には要らぬ気遣いだろうが、臭いが移るぞ。
「隊長、黒服黒目の人物がいます。例の、一番豪華な椅子の横に向かって歩いていますね。」
「オーケーイ...椅子の横に来た奴だな、こちらでも確認した。」
目標も視認、この世界で黒髪黒目の奴は8492以外には1名だけだ。俺達には擬態の魔法も通じないため、間違いない。
「着座を確認。攻撃目標との距離1,375メートル……落差、目標の頭部頂点が161.3メートル低いです。」
観測手の報告に基づき、スコープや補正機器を調節し、準備を行う。攻撃時点で着座している可能性もあるので、高さ調節を2段階セットした。視界及び弾道を妨げるものもなく、条件は良い。こちらの方が高い位置にいることもあり、一応は有利だ。
しかしこの距離となると、大気中の湿度変化や風力、地球で言うところの自転が与える影響を考慮する必要がある。撃てば真っすぐ飛ぶのは、ゲームだけだ。武器などの仕様はゲームを引き継いでいるが、この世界では物理学が弾道に反映される。こちらの方が位置が高いため、重力に関しては、ある程度軽視できるだけありがたい。
2-3分ほど、勇者一向は立ち話をしている。風の影響で、国旗と思わしき旗が揺れている。大きさは30cm程で微風でも動くだろうし、その動きは穏やかだ。加えて動きは安定しているため、そこまで影響はない。
そして一向が着席したかと思えば、ここで別の問題が発生した。
「―――チッ、どっから沸いてきやがった。」
M82A3に装着されている高倍率スコープに、翼竜と思わしき物体が鎮座する。上空警戒で飛んでいるのかと思いきや、機動からして賓客に対して見せびらかしに行っているだけだった。
30数秒程が経過して、翼竜はどこかに飛んでいく。街中に消えていったことから、駐機場のようなところにでも降りたのだろう。
そして、時が来る。来客全員が、ジョッキやグラスを持って立ち上がった。
「隊長、今です。」
……絶好の、狙撃タイミング。相棒の観測手も、同様の意見だ。
絶好であるには理由がある。単純なことだ。
乾杯の一度目は、相場通りのビール……いや、異世界のセオリーだとエールか。そして奴は日本人、民族として無意識に行ってしまうことがある。一度目は、最低でも半分以上を1回で飲むことになる。それが日本人としての「癖」だ、そう簡単には直らない。
時間にして、早くても3秒と言ったところか。それだけの時間、頭部が一定角度で固定されることとなる。ある程度は動くが数cm、誤差の範囲内だ。一方でこちらは照準済み、そして俺がトリガーを引いてから着弾するまでの時間は1秒とコンマ36秒。故に――――
『ダンッ!!』
―――意識が逸れ、視線が逸れ。護衛や参加者を含め、注意意識は皆無である。喉を潤している最中は頭が固定されているため、照準さえ間違わなければヘッドショットは確実となる。響き渡るM82特有の発射音、何度聞いても良い音だ。
12.7x99mmの装甲貫通弾が銃口から飛び出し、重力や自転に影響される。それを見越して照準を設定したわけだが、この距離の狙撃となると弾丸が受ける影響は目視で確認できる。発射された弾丸が落下しながら、かつ、やや曲がりながらも進んでいくのがスコープ越しで把握できた。
「―――グーン ナイッ.」
俺の悪い癖だ、思わず呟いてしまう。攻撃対象の防具の無い首から上は吹き飛び、頭部は原形すら無いほどに飛び散った。頭部を失った体は1秒程度は立っていたものの、やがて崩れ落ちる。痛みを感じず死ねるだけ、マシだと思って地獄へ行け。
周囲は何が起こったのか分からない表情をしており、数名の女性が気絶して倒れている。光景からするに、無理もない話だが。
《タスクフォース000よりフォード1-CIC、攻撃対象を暗殺。繰り返す、攻撃対象の暗殺に成功。ヘッドショットだ、確認した。》
俺が行ったこの報告と共に、シルビア王国の東にある森が騒がしくなる。8492陸軍のM1戦車部隊が次々と姿を現し、主砲を東門に向けながら草原に展開していた。あの草原迷彩はグリズビー戦車大隊だろう、AoA全体でも上位3本指に入るエース部隊だ。
同時に、フォーカス隊のオスプレイ2機が王宮屋上に飛来。目的は要人の保護と、蘇生系の魔法やアイテムを使われないようにするためだ。それぞれのオスプレイから、グリーンベレー特殊部隊の60名が展開。一瞬で兵士を無力化しつつ、各国の要人を保護している。これは相手に同情する、本気で潰しにかかってきているな。
そんなことを考えていると、迎えのヘリが到着する。ともかく、俺達000の任務は、ここで終わりだ。あとは空と地上部隊が、いつものように蹂躙するだろう。さて、この国は何時間耐えられるかな?
垂らされたワイヤーにフックをひっかけ、引き揚げてもらう。2週間弱の間、風呂も着替えもできていないから臭うだろう。すまないなヘリ部隊。
……シャワーを浴びたら炊飯部隊のところで飯を食って、解放部隊と合流だ。
ちなみに炊飯部隊が居るかどうかは聞いていない。だが総帥のことだから、俺達のために連れて来てくれているだろう。
レーションは飽きてしまった。奴のカレーを寄越せ、大盛りだ。