20話 食い意地と鳥のこと
「相当な食材だったんだな、アレ。商人たちの目が血走ってたぞ。」
「デカイ鶏肉にしか見えないけどねぇ。」
コカトリスという高級食材をギルドに卸し遅くなったホーク達は宿へと戻り、夕飯後にドリンクを飲みながら談笑中。商人たちを見て若干引いていたガルムが想っていたことを口にし、メビウスが同意している。
殺伐として状況を思い出し、タスクフォースの面々もエスパーダ隊も苦笑いしている。あのまま殺し合いが発生しそうなぐらい、商人たちはエモノを得るために殺気立っていたのだ。
とはいえ、本来ならば群れからはぐれた一羽をSランク冒険者パーティーが仕留めた場合のみに流通される程度の食材だ。それを纏めて十羽以上仕留めるなど、まさに前代未聞の話である。
ちなみにこの数値は、ホークが宝物庫にくすねた数を除いたものだ。実際には、20羽近くを仕留めている。
伝説とされるフェンリルの実力を目の当たりにしたエスパーダ隊は周囲の言葉のやり取りで状況を思い返し、どう足掻いてもタスクフォース8492とだけは敵対してはいけないと顔を合わせる。これに「鳥」が加わるのだから、西の帝国など赤子の手をひねるよりも容易く潰されてしまうだろう。
とはいえ、流石の彼女達でも、最後の最後に出てきた一番やべーやつには気づいていない。牛サイズのモノをヒョイヒョイと持ち上げていた水色の髪を持つ女性がフーガ国の元王女で、フェンリル王の群れも裸足で逃げ出す古代神龍だとは、微塵にも思っていないのだ。
そんな連中を従えるホークは、ハクと共に30分ほど厨房に籠っている。そんなに高級食材ならと興味が沸き、営業時間が押しているも一羽だけ解体してもらって持ち帰ってきた形だ。なぜだか「翼竜も連れてきて」と言う彼の指示に従い、エスパーダ隊の翼竜も軒先で待機している。
ジュウ、という食事後ながらも胃袋を刺激する音が会話を消したかと思えば、香ばしい香りが食堂にも漂ってくる。彼が作っていたのは、胸肉の照り焼きだ。唐揚げや竜田揚げと迷ったが、夕食後ということで、比較的ヘルシーな照り焼きを選択している。
数分で香ばしい音も消えるとドアが開き、皿を持った彼と彼女が現れた。試食ということで、大きめの一口サイズだが全員分を用意したようである。
しかしフェンリル王夫妻用のものはサイズが大きく、これは身体と食材の大きさの比率を取ってホークが決めたものだ。それを見た鶏肉好きの若者約一名は、大きさの違いの意図を理解してはいるもののブーイングを飛ばしている。
「大きさが違うのは仕方ないさ、図体が違うだろ。ディムース達だって、試食とはいえゴマ粒サイズだったらどう思うよ。」
「どこかにドーピング某スープでもないかなぁ……。」
ホークが言う「体の大きさと食材の大きさの比率」を理解しているものの、受け入れることを放棄した解答だ。
なるほど、と理解できるホークの説明に頷く周囲だが、それに対しクレームを入れた彼の発言は相変わらず分かりづらい。そんなコンソメスープなんてあるワケねーだろと、周囲はディムースに総ツッコミを入れている。
「ぐっ、ならば……これに文句を言わないとなると、厨房でつまみ食いしましたねハクさん!?」
「つまみ食いではありません、意見具申です!」
「製作者からしたらつまみ食いも意見具申も同じだけど、妻特権。とにかく試作なんだから我慢しとけ。」
「チクショー!こうなったら結婚してください総帥!」
「所有資産と保険金、合わせていくら?」
「あ、これ命がヤベーやつだ。」
ケラケラと笑いながらネタに走る若者の生命を脅かす発言をしたホークだが、何気にハクに対しても「つまみ食いと同じ」という流れ弾が飛来しており、彼女が軽く項垂れることになる。その姿勢のまま「おいしゅうございました……」と言葉を残し、彼女はドリンクを飲みほした。
彼は約束通り翼竜たちの分も用意しており、軒先へと運んでいる。この賄賂により、翼竜たちからの信頼は一層強固なものになっていた。
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「……おいしかったですねぇ。」
「ああ……。そこそこ食べたつもりだったんだが、俺はアレならあと二皿は食えそうだ。」
「ああ……。」
いや、そうじゃなくて。と、エスパーダは咳払いする。姿勢を正し、話を戻そうとした。
鳥を取り巻く―――と自然に出たダジャレに自分で噴出したエスパーダにインディがツッコミを入れ、昼間に行われた戦闘の検討会を行っている。メインの内容は、彼等が持つ戦闘能力の分析だ。
コカトリスの群れを一撃で蹴散らしたのはフェンリルだから仕方ないとしても、その後の迎撃が問題だ。四方八方からやってくる魔物の群れを1000m以内に察知し、その数と距離・方角すらも完璧だ。
異次元と言える索敵能力に加え、時折混じっていた深淵の森クラスの魔物ですら一撃で仕留める謎の攻撃。魔力などは弓での攻撃を除いて一切なく、甲高い音が聞こえただけだ。
マクミランとディムースと呼ばれた人物は、他の隊員よりも長い杖のようなものを持っている。あれが武器なのだろうと想像はついているが、筒の中で火薬を炸裂させて鉛玉を打ち出すとは想像もついていない。
それでも、地上戦闘能力すら鳥に匹敵する規格外のレベルにあることは分かっていた。索敵においても彼女等が知る全ての方法における距離を凌駕しており、精密さ・迅速さにおいても、これまた比較することも烏滸がましい程に長けている。
最初は鳥さえ味方につければと考えていた一行だが、今となってはタスクフォース8492に浮気の芽が生えかけている。鳥に関しては空対空攻撃の結果しか知らないことも、要員の1つとなっていた。
そして、鳥が持つ真の実力を把握しきれていない。目の前に座っていた二人の男が、単騎で世界戦争をひっくり返し、どれだけ絶望的な状況下にあろうとも制空権を奪取する鬼と死神であることを、エスパーダ隊は知らないのだ。
「……で、俺たちが言っていいのはホーク殿が言っていた喜望報酬の2つと、共に酒を飲んだ……程度か。エラルド皇帝なら色々と察してくれそうだけど、あまり「知ってるけど口止めされてる」ってのは言わない方がよさそうだな。」
「そうだな……。非常に歯がゆいが、約束は守らなければな。」
この点に関して3人で認識を共通し、約束を守ることを最優先とした。コカトリスを一緒に持ち帰ったエスパーダ隊だが、今回は偶然を装い、今後はあまり接近しないことも加えられている。とはいえ同じ宿に居る手前があるので、そこまで敏感になる必要はないというのが結論だ。
「……なぁインディ、ロト。私たちは、彼等と良好な関係と言えるのだろうか。」
「どうでしょう。親密とまではいきませんが、悪くはないかと思います。」
「そうだな。コカトリスを運ぶ時だって、向こうの部下っぽい人達とも結構話したし、ホーク殿も話を辞めるようには言っていない。あとまぁ、その狩りに同行できたことが、何よりの証拠じゃないかな。」
そうか。と一言呟き、エスパーダは水をゴクゴクと半分ほど飲む。インディが言った点と同じ事を考えていた彼女だが、同じ考えの者が居たことに安堵し、溜息と共に不安を吐き出した。
エラルド皇帝から命令された時も感じたが、彼女達にとって今回の活動は荷が重い話である。自分たちの国のことを考えて戦うということは、現場兵士にとって大きく、かつ余計な負担となるのだ。この点は、I.S.A.F.8492ではほとんど在り得ない事象である。
モヤモヤする部分が残るものの、国に対して彼女達ができることは限られている。また、今一番重要なのは、鳥の長と言うホークの機嫌を損ねないこと。
付け加えるならば、西の帝国に興味を持ってもらうことだ。色々とやってしまったものの今のところ彼は嫌な表情は見せておらず、ガルムとメビウスという人物も口数は少ないが、どちらかといえば好意的な印象を与えていると感じている。
ともかく、その彼等が居ない時にできることは何もない。明日に備えるために、エスパーダ隊は眠りについたのであった。
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「さて、今更だが良いのか?俺たちが同じ部屋で。」
「えっ、は、はい。私と兄は、問題ございません。」
「悪いですね。流石に自分達も、ホークとは言え夫妻の部屋で寝るのは気が重いので。」
今まではマールとリールがリュック兄妹の部屋に泊まっていたものの、今回は姉妹は居ない。代わりにエースパイロット二人が、その空きスペースで一夜を過ごす手筈になっていた。
理由としてはメビウスが回答した通りで、他の男部屋は満員御礼。そのために必然と、この部屋しか選択肢がなくなってしまうのである。
何気に空軍の戦闘員を初めて間近で見る兄妹の正直な感想は、ちょっとガタイが良い一般人、と言ったところ。地上に降りればホークより弱い二人が、一般人と言う印象を与えるのは正解である。
が、一般人に見えるから弱いというセオリーが通用しないという前例はホークが示しているために、二人も結論は「それでも滅茶苦茶に強い人」ということで纏まっている。興味を持ったリュックは、質問を飛ばすことにした。
「我々はあまり空軍の方とお話をする機会はないのですが、ガルム少佐とメビウス少佐のお名前は第二拠点においても何度か耳にしております。差し支えなければ、どのような武勲を建てられたのか、お聞かせ願えませんか?」
自分達の実績を隠すつもりはないが、難しいのは、知識のない相手にどう表現するか。顔を見合わせた二人だが、メビウスが口を開いた。
「そうですねぇ……。格好をつける例ですと、敗北寸前の戦闘に参加してひっくり返す、ってのはよくある事です。」
「えっ。」
「I.S.A.F.8492史上だと、2個空軍相手に2機で突っ込んで来いとか言うワケのわからん命令も出たことがあるな。出たのは俺とメビウスなんだが、確かこれ命令出したのエドワードだよな?」
「……。」
「あったあった。で、現場についてみれば2個空軍と2個海軍相手だったってオチだろ。」
「まったくだ。全機撃墜し制空権確保しろ、とかヌカしやがったイーグルアイの言葉は未だに忘れんよ。」
コップの水に口をつけながらしゃべった二人だが、「だいたいこんなかんじ」と文末を閉めている。しかし兄妹にとって、予想をはるかに上回る内容だ。
言葉だけで聞いても、タスクフォース8492すら超えている戦力だ。その他、戦闘機の事などをいくつか尋ねハイエルフの事情を話したりと、4人の夜は更けていった。