19話 鳥が居なくても
「おっ、エスパーダ隊の皆さん。朝からお疲れ様です。」
太陽の全体が山から顔を出した時間に翼竜を連れて門へと歩いていくと、門兵に最敬礼にて挨拶される3名の騎士。歩く際に鎧同士が擦れるガチャガチャとした音を立てながら、エスパーダ達は敬礼にて答えている。
天候は曇りで、時折雲間から日が差す程度。絶好の飛行日和であり、彼女達も空へと上がることとなる。翼竜に跨ると互いの目線を合わせてコンタクトを取り、手綱を握った。
彼女達3人の右腰辺りには、紐で腰ベルトに固定された、普段はない1つの黒い小さな箱。とある人物より借り受けたもので手のひらより少し大きい程度であり、箱の隅から棒のようなものが突き出ていた。
後ろで見守る警備兵に背中を向けつつ翼竜は地面をけり、徐々に高度を上げてゆく。高度2000mほどで水平飛行にうつり、エスパーダは黒い箱を手に取り口元に近づけた。
《こちらエスパーダ隊、空に上がりました。無線感度確認、応答願います。》
《こちらマクミラン、異常はない。》
鮮明と言うには尾びれがあるものの、それでも遠距離、目に見えない位置に居る人物と会話ができる技術は、エスパーダ達も初めて目の当たりにするものである。いつか魔導無線なる連絡装置があるとは聞いていた3名だが、これは明らかに魔力を使用していない代物だ。
これが複数あるだけで、戦場は一変するだろう。斥候からの情報をタイムラグ無しで司令塔が受信でき、作戦に反映できるというものだ。
彼女達の5㎞先の草原を歩く、タスクフォース8492。グローバルホークを経由して無線電波が届けられているために、ティーダの町周辺ならば無線通信が使用可能だ。
林道を歩く彼等のなかで、フェンリルに跨り端末を確認する一人の青年。この索敵スタイルは、今となってはセオリー通りだ。
上から見下ろしているエスパーダ隊は、タスクフォース8492の位置を把握している。徐々に深淵の森に近づいており、強力な魔物が現れる危険が増えていた。
彼女達がそう感じ取り気を引き締めなおした時、ホークから獲物発見の連絡が飛び込んでくる。
《ホークより各隊。方位0-3-2、距離2500に大きな鳥の魔物が複数。図体がデカイ割に翼が小さいな、飛べるのかね。マール、これは分かるか。》
グローバルホーク経由で第二拠点に届いている映像を見て、マールは獲物の解説を行った。方位が不明だったエスパーダ隊だがハクレンが方向を示すような魔法を使ったために、エスパーダ隊もその方角へと飛んで行く。
そのさなか、獲物とした名前を聞いて肝を冷やすこととなる。思い返せばどのように発見したのか疑問だらけなのだが、タスクフォース8492が見つけたのは、ウシほどの大きさにまで成長する「コカトリス」という鳥類。B~Aランクに該当する、非常に強力な魔物だからだ。
コカトリスというわりに蛇の部位は見えず、首を短くして太くしたダチョウのような外観だ。ホークの予想通り飛ぶ動作は行えず、その代わりに脚力が発達している。
翼は見掛け倒しではなく突風で相手の攻撃を封じたりソコソコの高さから滑空したりと、しっかりと役割を持っている。実力面ではラーフキャトル程度とは比較にならない程に強力で、単独でも小規模の町ならば1時間で壊滅してしまう程の戦闘能力を持っている。
基本として人間の町を襲うことはないものの、群れで行動するために討伐難易度は非常に高い。エスパーダ隊でも突撃は不可能と判断してしまう魔物の群れだ。
食材のランクで言えばラーフキャトルよりも遥かに上で、非常に高値で取引されているようである。そのために、数名の胃袋がすでに反応してしまっていた。
《……なるほど、非常に美味らしい、か。丁度いいね、獲物はこれにしよう。っておいヴォルグ、涎垂れてんぞ。》
《ワオッ!?》
しかしなんとも、無線から聞こえてくる声は気楽なものである。ガルムとメビウスという鳥が地上に居り支援を得られない状況ながらも、タスクフォース8492に焦りの色は見られない。
それどころか、ホークと呼ばれる人物のツッコミを受けて笑い声が溢れる始末だ。また彼はフェンリルと呼ばれる伝説級の生き物を完全に従えており、フェンリルは彼の言うことを聞いている。
「こ、コカトリス相手だってのに大丈夫なのか……。いや、そういやフェンリルが居るんだった。」
「そうだぞインディ。いやまぁ、基準がおかしくなってるのは私も感じるが……。」
「まったくだ、あのフェンリルが「主様」呼びだもんなぁ……。」
こちらはこちらで溜息が出かける空模様だが、タスクフォースの集団は二手に分かれている。接近していた軍団のうちホークとヴォルグ、ハクレンの3名が獣道へと移動した。
気配を殺したままコカトリスから距離100mほどまで接近し、姿を潜める。彼は最終的な目標数を確認し、ヴォルグとハクレンと情報を共有した。
「主様、攻撃は前回と同じように?」
「そうだね、同じで大丈夫だよ。あ、上のエスパーダ隊に影響はある?」
「あまり近づかなければ大丈夫です、念のため注意願います。」
「わかった。」
《ホークよりエスパーダ隊、これより攻撃に移る。高度を維持、接近しないよう注意してくれ。》
《エスパーダ各位、了解しました。》
そうこうしているうちに残りのタスクフォースの面々も近づき、コカトリスの群れも早期警戒を見せるような仕草を取っている。別方向に潜むホークからの攻撃命令が出たタイミングは、一方向に注意を向けてしまうこのタイミングであった。
ラーフキャトルを討伐した際と同じく、放たれる一瞬の雷撃。コカトリスの群れはゼンマイ仕掛けが切れたかのように倒れ込み、攻撃を見ていたことと瞬間的に発せられた魔力の強さを感じ取り、エスパーダ隊は上空で引きつった笑いを見せている。
瞬き程の雷撃は、前回と同じくストレスを掛けず肉を痛めないための手法である。その方法に加え、タスクフォースの面々はすぐさま血抜き作業を開始した。
しかし今回は、前回と違うことがある。各々の殺気を抑え、迎撃戦闘訓練を行うとの命令がホークより発せられた。すぐさまマクミランの指示で中距離警戒配備が敷かれ、ディムースとリーシャは獲物を構える。ヴォルグとハクレンも、それぞれの方向を警戒した。
《警戒。方位0-8-0、地上アンノウン3体、距離1000。方位2-9-0、地上アンノウン2体、距離1200。前者をターゲットアルファ、後者をブラボーとし共に攻撃を許可するが、距離300以内で攻撃せよ。索敵データを端末に表示する。》
ホークはUAVを操作し、索敵活動を継続中。思ったよりも反応してくる数が多く、血抜き作業を行っていた一人を中~近距離攻撃のバックアップにつけた。
ちなみに彼を含めた血抜き作業の面々を守るのは、安心のハクとリュックである。歩き回りつつホークが発見した方角は気に留めず、それ以外の死角にむけて注意を払っている。
ターゲット群アルファ方面にM82を向ける、マクミラン。木々の間を縫うように疾走するシェパードのような犬型の魔物を捉え、距離280にて攻撃を行った。
続いてディムースもターゲット群ブラボーに向けてM14-EBRを連射し、距離250にて排除。発砲音は上空にも木霊し、それと同時に息絶えた敵の一部をエスパーダも確認していた。
《マクミラン、ターゲット群アルファ。ディムース、ターゲット群ブラボーを排除。敵性アンノウン更に接近。0-9-0より2体、距離1200。1-7-0より1体、距離800。再びアルファ、ブラボーと設定する。》
《こちらリーシャ、ブラボーの一体はお任せください。》
《リュックより総帥様、リーシャの援護に入ります。》
《了解した。方位3-0-0より新たな敵性アンノウン。柴犬サイズと小型犬に見えるが速度が速い、数8、距離900。ターゲット群チャーリーとする。マクミランはアルファ、ディムースはチャーリーに付け。》
《エスパーダよりホーク殿、草原を走っていたちゃ、ちゃーりー方面の敵が分散して進行しています。2、3、3に分かれています。》
《了解した、こちらでも捉えている。2頭の群れが林道方面へ走っている、空から排除できるか?》
《お任せください!行くぞインディ、ロト!》
《《応!》》
《マクミラン、距離500にて攻撃許可。終了後はディムースの援護に入れ。》
《了解。》
その後何度かやってくる魔物も奇麗に排除し、獣の本能からか「近づいたらまずい」と察した魔物たちが来ることもなくなった。ホーク達は警戒を続けるものの、血抜き作業も終了することとなる。
第三分隊の護衛の下で林道に降り立ったエスパーダ隊は翼竜を歩かせ、血なまぐさいコカトリスの群れへと誘導する。どこかのワンコに似て涎が垂れそうになる翼竜たちだが、垂らすことなく堪えきった。
そんな翼竜たちを見て「少しは分けてあげるよ」と甘ーい言葉をかけるホークに、翼竜たちはハイテンション。彼の指示にテキパキと従い、それぞれの主も苦笑いするほどの機敏さを見せていた。
エスパーダ隊の着陸動作中にコッソリ3割ほどを宝物庫に仕舞っていたホークは、翼竜3体で運べる数を残している。空からはコカトリスの群れの数までは把握できていないために、減ったことは分かっていない。
今回においてやっと出番となったハクは、呆気にとられる外野を気にもせず、翼竜の身体にコカトリスをひょいひょいと乗せている。負けじと試したインディがギックリ腰になりかけたのは、帰りの道中のお笑い種だ。
そんな道中では、どんな風に調理するかを聞かれたホークが答えている。興味本位で味などを聞くエスパーダ隊と談笑しながらも警戒の手は緩めず、彼等は帰路についていた。
夕暮れと共に東門に到着し、一行は身分書を提示して町へと入る。大通りを凱旋し、今から獲物を冒険者ギルドに卸し、買取金額の交渉を行う手筈だ。
ところで今回、ホーク達が持ち帰ったのはコカトリスという超高級食材である。貴族でさえ数年に1度食せるかどうかという程であり、一般市民にとっては一生に一度の御馳走と言っても過言ではない。
何を持ち帰ってきたのかと集まってきたティーダの町の住民たちは、食材の名前を聞いて2-3歩ほど後ずさり。そこにホークが「数匹?数羽?はティーダの町に寄付するよ」と言葉を投げたものだから、それはもう町はお祭り騒ぎである。
まさかのご馳走に子供たちは大喜びで走り回り、警備兵と冒険者ギルドの職員は顎が外れ、商人たちは目を輝かせてタスクフォースの面々を迎えるのであった。