18話 腹が…減った。
台風13号が九州付近を通過様子を見せています。付近の方はご注意ください
ぐぅ。
3人が、頭を下げ終えたタイミング。豪快ではないものの決してお上品とは言えない腹の虫が、静かな部屋の隅々にまで行き届いた。
問題は、タイミングと音源である。例え犯人ではない人物に目を向けても否定が始まり、結果として一番慌てた者が犯人として炙り出されるというのが常識だからだ。この世界においても、そのセオリーは変わらない。
―――各々に、緊張が走る。最初の視線を誰に向けるかで、己の運命が決定すると言っても過言ではない。
全員が、誰にするかと模索する。目を伏せるのは簡単だが、それでも最終的にはどこかに向けなければならない。
ならば、と腹の虫を鳴らした人物は、文字通り腹をくくる。唇を軽くかんで、潔く名乗り出ようと口を開いた。
「悪い悪い、自分だよ自分。」
「ぇ。」
まさに、図ったようなタイミング。ケラケラと笑いながら席を立つのは、この場において最も地位の高い男。それに対して静かに驚いたのは、リーシャであった。
その驚きが聞こえていた面々は事情を察するも、口に出すことは皆無である。そうすれば、他ならぬホークの配慮に泥を塗る行為になるからだ。
「誰かさんに追い出されてから、何も食べてないからねぇ?」
「うっ……い、インディ、ロト!各々方を食堂までお連れして!」
「あ、ああ!ホーク殿、どうぞこちらに!」
「ほぅ?」
「も、もちろんフェンリル殿含めて、皆さまも!」
そして、話の注意をすぐさま逸らしてしまう。根本的な原因は確かにエスパーダ隊にあるために、責任を植え付けてしまった。
ホークに続いて、タスクフォース8492の面々はゾロゾロと食堂へと移動する。残るかと思われたガルムとメビウスも、飲みなおすつもりなのか後に続いた。
ぎこちない動きで一行を先導するインディとロトだが、後ろでは賑やかな会話が展開されている。そのなかでもホークという人物は、フェンリルに対して「食い意地を張るなよー」などの言葉を入れている。それに対しフェンリルも言い返すどころか丁寧な言葉で返すなど、完全に敬意を見せている状態だ。
もし彼がテイマーの類となれば、フェンリル2頭を支配下に置いているという前代未聞の事態となる。この3名だけで、少なくとも北の帝国に対しては抑止力として機能するだろう。
そんなことを考えているとすぐに食堂に到着するわけで、考えを切り替えなければならない。インディは注文を取るために、店主がどこに居るかと探しに行った。
しかし厨房を覗こうとしたタイミングで、食事をしていたタスクフォース8492の隊員に止められる。彼の口からは、インディが一番恐れていた内容が飛び出した。
「えっ、店主が帰った!?」
「仕方ないさ、もうとっくに業務終了時間だよ。」
奇麗に片付けられていたテーブル席から話す隊員の一人だが、奥の数名はヴェクターを携帯している。いざ戦闘という時に備え、全員がスタンバイしていたのだ。
結果としては杞憂に終わり、彼等でもどうにもできない別の問題が発生している。腹ペコで機嫌を損ねかけている仲間数名に対し、どのような対応を取るかという問題だ。
そのために、全員の視線が約一名に向けられる。だよなぁ、と項垂れる彼は、頭の後ろに手を当てながらマクミランとディムース、その他二名を呼ぶと、厨房へと入っていった。
続いて入り口に立ち塞がるのは、ハクとフェンリル王夫妻である。エスパーダ隊を近づけないよう、扉の前でネズミ一匹通さないオーラを全開にしていた。
その気配に圧倒され、3人はおとなしく席に座る。同時に同じテーブルに座ったガルムとメビウスは、待っていろと諭していた。
気密が低い故に、微かに漂ってくる水蒸気。目には映らないものの、お湯を沸かしている時に感じる水気が、食堂の一部に届いていた。
「湿気か、湯でも沸かしているのかな。さてガルム、何が出てくると思う?」
「この時間でホークが作る物でお湯となると……茶漬け、いやパスタかね。」
「パスタ?」
パスタという料理ならば、エスパーダ達も知っている。しかしソースづくりに時間がかかるため、今のタイミングで湯を沸かすことは意味がない。麺を先に茹でては、冷ましてしまうことになる。
そう考えたときにふわりと漂う、独特の匂い。トマトを基調とした中に若干の力強さがあり、トマトだけが発する様子ではない。力強さが何かは不明なものの、食欲を刺激する匂いだ。
出てきたのは、オイル少な目のボロネーゼ。夜も遅いとはいえ空腹のお腹を満たすべく、ホークがチョイスした代物だ。
ボロネーゼとは、ミートソースと違ってトマトソースを使う量は非常に少ない。宝物庫から調理積みのひき肉、野菜をじっくり油で炒めておいたソフリットを取り出して加熱しつつ融合させたために先ほどの匂いとなっていた。
元々はボロネーゼに使う予定はなく、色々とアレンジできるためにホークが用意しておいたものだ。麺に関しても平打ちではなく断面がへの字になった早ゆで用のパスタを使用しており、茹での工程にかかる時間も3-4分程度。
結果として必要とした時間は、ホークが調理場に入ってから10分程度。食欲に語り掛ける独特の匂いを漂わせながら、次々と皿が運ばれてきた。
フェンリル夫妻用はトマトとひき肉ソースとなり、パスタ山盛りとなっている。念のために一舐めしてアレルギー反応がないことを確認し、ゴーサインとなっていた。トマト缶などは使用していないため、塩分問題はクリアしている。
例によって人によって皿に盛られた物量は調整されており、各々にとってベストな量になっている。腹七分目程度だが、時間が時間のためにホークの配慮が現れていた。
そして「たかがパスタ」と侮っていたエスパーダ隊は、自身の考えを恥じることになる。事前に腹に肴を入れていたものの、ボロネーゼを噛み締めた一口目から虜となっていた。
トマトがベースかと思いきや、しっかりと存在と味を主張するひき肉群。溢れ出るというわけにはいかないが滲み出す肉汁ごとパスタに絡め味わう風味は、素材の味を損なわない。脇役ながら野菜の旨味も配合され、口に含んだ者は、ただひたすらに噛み締める。
幸いにもホークの事前注意により全員ががっつくことはなかったため、胸元や毛並みに返り血ならぬ返りトマトが降り注ぐことはなかった。
「……ほ、ホーク殿は、どこかの料理人だったのでしょうか?」
「いや?素人……よりはちょっとは出来ると思うけど、玄人から比べれば程遠いよ。」
「み、みなさんは、いつも、これほどの料理をお召し上がりに……?」
「自分が作るときって、こんなもんだよね?」
「そうですね。」
目線を合わせて互いに頷くホークとハクは、動作を終えると再びパスタを口に運ぶ。もうちょっとトマトを入れた方が良かったかなと呟くホークだが、ハクは「そうでしょうか?」と満足げなニュアンスだ。このあたりの大雑把さも、料理の味の1つである。
しかし3人からすれば、大雑把な味ですら頬が落ちる程である。既に肴と酒を食べていた身ではあるが、出されたボロネーゼを奇麗に完食していた。
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各々が口の周りを濡れタオルの類で拭きつつ、黙々とした場の食事も無事終了。時間が遅いこともあり、酒ではなく冷水にて口の中をリセットしている。
ホークも例外ではなく、コップをテーブルに置くと一息ついた。そのタイミングで、ガルムが彼に声を掛ける。
明日の予定は何かあるかと問いを投げたガルムだが、軍の頂点に対して気さくに問いかけるガルムに対してエスパーダ達3人は敬意が必要ないのかと疑問に思う。とはいえ口に出すタイミングではないために、全員が黙っていた。
それよりも、彼等の明日の予定の方が重要である。3人は背筋を伸ばし、ホークが座る席に目を向けた。
「正直言うと何も考えてないかな。アースドラゴンの件で町は混乱してるし、また食料でも確保してくる?」
「我々としては賛成です。困った時こそ、生活の基礎は重要でしょう。」
「ってことで、皆もどうかな?」
賛同したマクミランに続き、各位も同意の旨を返答する。ホークの決定により、明日の日の出を起床時間として行動予定が設定された。
そうなると、問題はエスパーダ隊である。攻撃から血抜きの流れに関しては銃の類は使わないために問題ないが、偵察活動となれば話は別だ。話したくても話せないエスパーダ達の悩みが、輪をかけて増えることになる。
ホークが翼竜の積載能力を確認すると、飛行を考えなく、かつ荷物の固定さえしっかりと行うことができれば、以前に運んだラーフキャトルの物量より若干少ない量を一頭で運ぶことができる模様。そのために、運搬してくれるならという名目で同伴が許可された。
そのためにエスパーダは、朝一でロープの類と血抜き用のナイフを準備するようにとインディとロトに指示を飛ばしている。必要物資を判断して行動を開始できる辺りが、彼女の有能さを現していた。
予定が決まったために、各々は部屋へと戻り休むことになる。夕飯を食べてすぐに寝ると言う身体と美容には宜しくない状態だが、たまには良いだろうとホークはケラケラと笑っている。彼曰く、我慢した時のストレスの方が悪いという主張だ。
傍から見れば顎が外れそうな欠伸をするヴォルグを先頭に、部屋へと歩みを進めている。偵察部隊の夜勤班はこのあとも周囲警戒を続けることになるが、職務なので仕方のない内容だ。
彼等の活躍があるからこそ、タスクフォース8492は全力で休むことができるのである。表には出てこないものの、最も重要な役割だ。
交代制ではあるものの、睡眠時間を削るために身体への負担は少なくない。トマトソースの香りが微かに残る中、彼等の戦いは続いていた。