17話 まな板の上
部屋の入り口ドアの前に立って横に並ぶ、3つの石像。目線はブレることを辞めず凛々しい表情も裸足で逃げ出しており、今にも親に泣きすがりたい子供のようだ。メビウスと出会った時とは別人の様相である。
「こ、この度は、誠に申し訳なく、世界的に名高きホーク殿にご迷惑を」
「ほぅ?」
「も、もちろんフェンリルのお二方ですとか、お仲間の方々ですとか、そ、その点も含めてでございますね、ですので……」
「別に名高くもないけどね。I.S.A.F.8492を知ってる種族は片手で数えるだけだし、自分達もEランク冒険者パーティーだし。」
「そ、そそそのようなことは!」
渾身の謝罪に相槌を入れたヴォルグだが、完全にプレッシャーを掛けにいっている。それに対してホークも何も言わないどころか同調するほど、食い物の恨みと言うのは恐ろしい。
両手を前で組んで頭を下げる3人は、積み重ねた失態に申し訳が立たない。無知は罪という言葉があるように、追いやった者がどういう立場の男か知らなかった、では済まされない状況だ。
とはいえ、この場をいつまでも放置していてはホークの株が下がるのも事実である。そのためにヴォルグを一歩下がらせると、彼は3人に向かって口を開いた。
「ディムース、椅子を3つ。ガルムとメビウスはそっちに座って。」
「わかった。」
「総帥、置くのはこの辺りで?」
「そうだね。さて、それじゃぁ自己紹介からお願いしようか?」
ディムースの用意した椅子に座るよう手をかざすホークがセッティングしたのは、ある意味で面接会場のような状況だ。ホークの斜め後ろに座ったパイロット二人は、この場において主役ではない。
文字通り、エスパーダ隊とホークによる一騎打ち。対峙したホークは敬語こそ使わないものの表情は穏やかであり、かなり砕けた表情で接している。
これに対しエスパーダ隊の3名は、出身から現在の地位・役割などを包み隠さず話している。先ほどガルム達に対して行った説明よりも掘り下げており、緊張からか、時折言葉を詰まらせていた。
一方のホークも砕けているようで目は真剣であり、隣りで聞いているハクも自然と目線に力がこもる。フーガ国に居た際もなんとなく聞いていた西の帝国の情報に、興味を示していた。
ここでは国を取り巻く様々な外的要因も説明され、彼は偵察部隊から得ていた情報と照らし合わせている。例の大陸中央へ赴いていた輩のことが出てこなかったのだが、これは国への反逆が疑われる行動のために彼女が知らないところで話が進んでいるのだろうと判断していた。
確かに彼女の言う通り、3方向から攻められるようなことがあれば西の帝国としては非常に厄介だろう。邪人は魔物を使役して戦えると故人ニックが暴露しているために情報を掴んでおり、そうなれば少なくとも南と東からの挟撃は、十分に在り得る話だ。
ホークがそう考えているうちに話は終わり、エスパーダは息をのむ。口の中はカラカラに乾いており、静かな状況を嫌って心拍数が上昇する。
喋ってはいないもののインディとロトも同じ状況であり、相手の長がどう出るのかを注視していた。当の彼は微動だにしない様相を見せており、何を考えているのか読み取ることは不可能だ。
話を聞いていた他の隊員やハクもそれぞれの考えが浮かんではいるものの、口に出すことは許されない。場に居る全員が、ホークの発言を待っていた。
「……状況は理解した。本題から入るけど、西の帝国は自分達と同盟の類を結べないかと模索していると判断している。仮に手を結んだ場合、こちらに何か利点はあるのかな?」
最初の一言こそ重かれど、その後はお気楽モードで問いを投げる。手振りを付け加えているために3人へのプレッシャーは若干ながら和らいでいるが、これは非常に答えづらい内容だ。
エラルド皇帝から話して良いと許可をもらっている内容は、物資一切に関する支援や、要協議なれど土地の使用、西の帝国領土における税金の類の免除がメインとなっている。I.S.A.F.8492の全容が不明だったために商業や傭兵など様々な職業を想定していた内容で、どれをとっても西の帝国領土での活動においてメリットを発揮する内容である。
しかしこの内容に対し、エスパーダは疑問を抱いていた。目の前の彼等は、現時点において所持している物資や勢力だけでアレ程の強さを持っているのだ。
自国程度と言っては皇帝に対する無礼なれど、先ほどの内容が対等価値になるとは思えないのである。そのために、望みのものがあり通達許可を頂けるならば皇帝に伝えることを口にした。
フーガ国の国王と密談を行ったときのように、ホークはバトルフィールドを報酬として提示した。それを聞いて、3人の顔に疑問の色が浮かんでいる。
当時と同じ「価値は人それぞれ」という理由を説明し、とりあえず3人は納得した。その他としては内面的な世界情勢の共有とし、これでI.S.A.F.8492側としての要望は伝えたこととなる。他に何かないかとホークが尋ねたところ、インディが口を開いた。
「我々がエラルド皇帝へお伝えして良い内容の再確認ですが、先ほどの報酬内容の2つ。戦場と内面的な世界情勢ということで異存はないでしょうか?」
「そうだね。あとはまぁ、一緒に酒を飲んだ程度なら問題ないけど……そうだな。こっちの情報も出しておくか。」
「えっ?」
ホークが口にしたのは、西の帝国から大陸中央へ飛び立つ謎の人物。翼竜に乗っていたものの、北邪人国やディアブロ国という明確な敵対国から来ていた人物と接触する内容は、3人からすれば前代未聞の内容だった。
エスパーダ隊は顔を見合わせ、各々の口は半開きである。ホークと呼ばれる鳥の長が嘘を言っているとは思いたくはないが、事実ならば国を巻き込む大事の内容だ。
「分かってると思うけど……定石に当てはめるなら、この人物は内通者だろうね。ただまぁ西の帝国に軍隊派遣して粗探しするわけにもいかないから、今のところは動きも分からないし野放しかな。噂程度でも、何か聞いたことないかな?」
「強い帝国を目指す集まりが、何か行動を開始しようとしている程度は耳にしたことがありますが……。こ、この情報も、お伝えは厳禁で……?」
「お勧めはしないかな、表に出た瞬間に連中は確実に引きこもるよ。根っこから駆逐するなら、一度行動を起こさせた方が良いだろうね。」
壁に耳あり、障子に目あり。どこで誰の目や耳に入るか分からないために、ホークは皇帝への報告も辞めておいた方が良いとくぎを刺した。ちなみにこの場においては、目や耳は絶対に発生しないために例外である。
指令系統に乗っとるならば、エラルド皇帝に報告を行い、そこから軍隊などが動くニュアンスだ。しかし身内に信用できない輩が混ざっている可能性がある以上、この流れは行えない。
「そ、そこを何とか……。ホーク殿のご発言が我らが帝国のことを想ってのこととは重々承知しておりますが、妙案ございましたらご教授頂きたく……。」
頭の位置を下げつつ、エスパーダはホークに祈願する。声はやや興奮しており、何としても打開策を模索しなければならないという焦りが滲み出ていた。
それならばと、彼は1つの内容を提示した。エラルドだけに耳打ちで伝え、有事の際はI.S.A.F.8492に投げてしまうという内容である。
とはいえこの策には見過ごせない欠点があり、西の帝国としてI.S.A.F.8492に大きな借りを作ってしまうという点であった。この点はエスパーダ隊では決議できない内容であり、エラルドに相談するほかはない内容だ。
それでも有事の際にはI.S.A.F.8492の力を借りることができる内容であり、仮に内部で抗争が起こった際に邪人国でも出張ってこようものなら手に負えないことはエスパーダ隊も理解している。その場合、待っているのは西の帝国という祖国の崩壊だ。
「……わかりました。もし皇帝の考えと違っていた場合は、この首を刎ねる。有事の際は、是非ともお力添え願いたい。」
「隊長!」
「おいエスパーダ!?」
「では、先の例以外に何か有効な方法はあるか?最悪の事態を想定するならば、我々だけでの対処は不可能なことは分かっているはずだ。この首が消えても祖国が残れば、次の手がある。今は、使える手数を増やすことが重要だ。」
その覚悟に、ハクを筆頭としたタスクフォース8492のメンバーは感心する。己が所属する集団を第一にするこの考えは、I.S.A.F.8492そのものだ。
「……と、失礼しましたホーク殿。口に出してしまいましたが、今のが私の嘘偽りない心境です。情けない話ですが、この身では守りたいものを守れないようで。」
「仕方ないさ、だからこそ群れるのが生き物だ。」
腕を組んで誰も居ない方向を見ながら呟くホークの、先程までのお気楽モードを終了している。目は完全に座っており、頭の中でここまでのやり取りを反復して、最適な答えを探し出そうと模索していた。
20秒ほどの時間だが、再び音が消えている。先程の言葉で少し救われたエスパーダを含め全員が目線をホークに向けており、彼の言葉を待っていた。
「……わかった。その考えは嫌いじゃない。覚悟に免じて、前向きには考えておくよ。」
「本当ですか!!」
「落ち着け隊長。それなら猶更、言伝のところは守らないとな。」
「あ、ああ、そうだな。」
ひとまず出された解答としては、エスパーダ達にとって喜ばしいものであった。しかしインディが言うように、どこまで伝えてよいかをしっかりと把握する必要がある。
もしこの約束を破ったことが露呈すればI.S.A.F.8492の援護は望めず、場合によっては敵に回る可能性も十分あり得る話となる。それだけは、絶対に避けなければならない内容だ。
「それじゃ、伝えて良いのはエラルド皇帝だけにする。内容はこっちが希望してた報酬と、とりあえず良好関係にあるってことかな。」
「承知しました。エラルド皇帝から家臣の者には、いかがしましょうか。」
「察してるとは思うけど、部下が信用できない状況だし、膿を取り出すなら鳥との関係はバレない方が良い。厳禁で、宜しくどうぞ。」
3人は立ち上がり、承知の旨の言葉を返し頭を下げる。程度は違えど、フーガ国と続いて、ここでも密約が結ばれた。