16話 初動ミスのツケ
軽くエールに口をつけたメビウスは、間を取るためか溜息をついた。
終始紳士的な態度を見せており、ガルムは腕を組んで目を瞑っている。時折メビウスを横目で見ており、こちらは真剣な表情だ。
酔いは吹き飛び、手に汗握るエスパーダ隊。一通りの会話が終わった中で国王に話をして良い内容を窺う手筈であり、とにかく情報を引き出すことを考えていた。
静かにテーブルに置かれる、決して奇麗とは言えない砂の混じったガラスジョッキ。メビウスは時折視線を変えるも、3人を見て話しだした。
「我々が所属するのはI.S.A.F.8492と呼ばれる軍隊、言い方を変えれば戦闘集団です。国家という枠に当てはめることも可能な構成ですが、国ではありません。」
「アイサフ、8492……。」
エスパーダは聞いたことのない集団であり、インディトロイに顔を向けるも、それぞれが顔を横に振った。3人全員が、はじめて耳にする集団である。
「メビウス殿、質問を宜しいでしょうか。」
「答えられる範囲でしたら。答えになっていない場合は、察してください。」
数秒の沈黙を破ったインディが、メビウスに問いを投げる。エスパーダとロトの二名は、彼の顔に視線を向けた。
投げた問いの内容は、アイサフと呼ばれる集団が、どこかの国に属しているか。万が一でも邪人国と出ようものなら彼はここで斬りかかっており、一撃が届く前にタスクフォース8492によって射殺されていただろう。
メビウスは正直に答えており、国には属していないと回答している。また、いかなる国や勢力にも従うつもりはないとも付け加えていた。
3人からすれば、不思議な話である。あれほどの戦闘能力を持つ集団なのだから、どこかの国、最低でも勢力に所属していれば、相当額の報酬を受け取ることができるはずである。
こうなると、理解できないことが1つある。3人にとって共通の疑問であり、答えを知りたいと考える内容だ。
ならば何のために、命を賭けて戦うか。エスパーダは、一番の疑問を口にした。
「誇りだ。」
腕を組み、質問者の目を見据え。その問いに正面から答えたのは、ガルムゼロだ。
「I.S.A.F.8492に所属する戦闘員として総帥の指示の下に戦い、勝利という結果を提供する。それがオレ達の誇りであり、命を賭けるに値する何よりの報酬だ。」
総帥、と呼ばれる謎の人物。鳥と恐れられる人員をこれほどまでに尊敬させ、その指示でもって従わせる司令塔。
さきほどメビウスが「国に当てはめることも可能」と言ったために、組織として厳密な制度が敷かれていると読み取れる。この総帥と呼ばれる人物こそが、彼女達にとっての皇帝ということだ。
ガルムが口にした答えを聞き、3人は鳥肌を覚える。洗練された戦士の気配を纏わせ放たれた一文は、言葉でもって質問者たちを圧倒した。
この言葉は周りのタスクフォース8492の隊員も噛み締めており、同感だとばかりに目を瞑ってメビウスも頷いている。身震いを隠すため、思わずインディはエールに口をつけ3口ほど喉に流した。
ゴトっとジョッキを置き、覚悟を決める。額に汗が滲み口に出すべきか悩んだが、この流れならばいけるかとイチかバチかで問いを投げた。
「あなたがた程の人物にそこまで言わせる総帥とは、どのようなお方なのでしょうか。」
その言葉と共にメビウスの目が開き、ガルムと共に発言者を見据えている。そのまま何か言葉を発することもなく、見つめたままだ。
視線を受け、彼はエールに口をつける前よりも身震いしてしまう。自然と目を開いて背筋が伸び、失言だったかと自分の言葉を悔やんでいた。
「ただの男だよ。それ以上でも、それ以下でもない。」
解答許可をもらっていないために口を出せなかったメビウスと、それを察したガルムは当たり障りのない回答を口にしていた。男という情報は与えているものの、この程度で問題が起こることはない。
最初に出たメビウスの解答を思い出し、明確な内容を返せないのだとインディも察していた。そのために、わかりましたの言葉を返して、再びエールを流し込んだ。彼なりに、かなり緊張していたのである。
この時に第三者の視線に気づいたガルムだが、その先にはタスクフォース8492の隊員が居た。視線を向けるとハンドサインで合図を行っており、まさかの内容にガルムの目に力が入った。
ホークから隊員にハンドサインを出すよう指示があり、ガルムに「会ってもいいぞ」というサインが飛び込んできたのだ。このカードをどう使うかは彼に委ねられているものの、ジョーカー的な存在である。
いきなりジョーカーを使うのも気が引けるため、彼は「ならば西の帝国の王はどうなのだ」と口にした。恐らくホークも無線で聞き耳を立てていると判断しており、情報収集にも有効な質問である。
これに対し、エスパーダは正直に答えていた。体格や人柄から長い本名と略称、兵に対する性格や国民への対応など、鳥への発言を許可されている範囲内で非常に事細かい内容を説明している。
聞く限りでは悪くない印象を二人に与えており、どちらかと言えば名君に寄るだろう。実際の繁栄具合や偵察衛星による国の状況にも合致しており、嘘偽りの可能性は限りなく低い。
エラルド皇帝の話はしばらく続き、過去の偉業なども語られた。俗に言うホームレスにゴミ収集や公衆トイレの掃除などの汚れ仕事を与え、現場指揮の維持と最低減の収入確保による犯罪率低下など、内容は様々だ。
これらを説明するエスパーダ側としては、西の帝国が同盟に向けて本気であることを二人に印象付ける必要がある。会談の本懐が同盟関係への発展であることが既に筒抜けであることは読み取れているが、言葉は出さないものの隠すそぶりは見せていない。
あわよくば、ここで。最悪でも西の帝国に過去最大の来賓として招待し、なんとしても了承の言葉を得ねばならない。
互いの考えが互いに読み取れ、再び音のない時間が作られる。タスクフォース8492の面々も会話に聞き入っているため、今までに一番静かな状況となっていた。
3人からしても、同盟の言葉を目の前の二人が口にすることができないということは理解できる。まずはともかく、総帥と呼ばれていた彼等の長と面会することが重要だ。
「良かろう。なんなら、会うだけ会ってみるか?」
「っ!?」
ガルムから思わぬ言葉が飛び出し、3人の心臓が飛び出しそうになったのは、その直後である。流石に来賓のパターンになるだろうと考えて今後の対応を想定していた3人だが、ものの見事に打ち砕かれた形だ。
これを受け、3人はガルムに断りを入れて身内でああだこうだと話し合いを始めている。礼儀作法、その他重要事項を再確認し、緊張の汗を流しながらも対応に追われている。
「ああ、さぞかし高名なお方なのだろう。」
「そうですねインディさん。どのようなお姿なのでしょうか、想像がつきませんね。」
「よ、鎧姿で大丈夫なのだろうか。どのような容姿なのだとか、全く聞いたこともないからな……。」
「ああ。」
「いや、既に会っているぞ。」
互いの想像図で盛り上がっていた場に、鬼の一言。3人はピタリと動作を止めると、涼しい表情でエールに口をつけるガルムに顔を向けた。その奥、ガルムの隣ではメビウスが神妙な表情を見せている。
その顔は、「やっちまってる」と言いたげなニュアンスそのものだ。彼女たちは席に着いてからの行動を思い返すも、その条件に該当する動作は1つもない。しかし逆に、席に着く前ならば心当たりが1つあった。
「つい先程に追い払っただろ、覚えてないか?」
「っ……!!!」
本物の冷や汗とは突如として溢れ出るものであり、分かりやすい程に体温を奪うものだ。緊張で興奮した各々の体の熱を奪い、背中に汗が滲んでいく過程が嫌という程理解できる。
それもそうだろう。彼女が追い払った一グループに、よもや鳥の主が居るとは思うまい。ホークが今まで鳥との繋がりをひた隠しにしていたために、「もしかしたら」程度の情報すらもエスパーダ達は持っていなかった。
「繰り返すが、ここで見聞きしたことはエスパーダ隊だけの機密事項だ。どれをどう話して良いかは、総帥が決める。」
「は、はい。」
「よし、ついてこい。」
エスパーダ達は、腹をくくる時間もない。ガルムは席を立ち、奥の部屋へと3名を案内する。
ドアをノックすると、ハクが「どうぞ」と返事を行った。木の軋む音が響き、ガルムとメビウスに続いて、エスパーダ隊は部屋へと入る。
話し合い、と表現すれば気楽なものだが、中身としては非常に重要な一面だ。冷や汗を隠す余裕もなく、エスパーダ隊は目標の相手と対峙する。
そこに居たのは、あり得ない集団。ヴォルグの結界範囲内であり、口には出せないものの、ロトはともかくエスパーダとインディも、二頭の正体をフェンリルだと見破った。
更に、とても一般的なエルフとは思えない男女のペア。まさかハイエルフなのではという考えが頭をよぎるも、思考は他の2名とシンクロする。
集団の中央に目をやると、椅子に腰かける二人の姿。片や黒い服で砕けており、片や白を基調とした上品ないでたち。
まぎれもなく、この宿へガルム達を招待した際にエスパーダが席を追いやったペアである。その二人と目があった彼女は、第一声で謝罪を口にした。
「こ、この度はご無礼な対応を、申し訳ございません。」
言葉の直後、3人は頭を下げる。しかしその方角は、白を基調とした女性に向けられていた。
「……で、なぜその謝罪が私に向けられたものなのでしょうか。」
「「「えっ?」」」
謝罪のために頭を下げた姿勢から、顔だけが持ち上がる。青髪の美女は両手の甲を腰に当て、目を細めて溜息をついていた。
そう、3人は忘れている。そしてノックの返事をハクが行ったために、「相手は女性だ」という感情が無意識に植え付けられた。先ほどガルムが「ただの男」と言ったことをこのタイミングで思い出し、更に冷や汗が噴出する。
「こっちの男なの?って心の声が顔に出てるよ?」
ケラケラと笑う、一人の黒服の男。心境を見透かされた言葉と共に表情が暗くなる周囲のメンバーの視線を受け、3人はまな板の上の鯉となっていた。