14話 様々な初動ミス
「奴等が来るよ~どうするーライフル~♪って銃口向けるのはやめてください大尉殿それライフルの形した別の何かです、あとさっきセーフティー解除してたでしょ!」
「対物ライフルだ、文言的にも問題あるまい。」
「ワタシニンゲン!」
「とりあえずどっちも黙ってろ。」
「「イエッサ。」」
初動対応が肝心だと言うのにボケとツッコミをかますスナイパーコンビを叱りつけ、ホークは全力で打開策を模索している。とりあえずハイエルフ姉妹とフェンリル王夫妻を部屋に隠れるよう指示し、全員を席に座らせる。ちょうど飯時のため、ついでに済ませてしまおうという魂胆だ。
ワタシタチ、鳥トカンケイアリマセン。そんなオーラを出すために全員がEランクらしい薬草採取だのゴブリンをどうやって倒すかなどの話をしており、一応、傍から見れば初心者冒険者の集団だ。
入り口の扉が開いてから数秒後、ざわざわとした雰囲気が場を包む。貸し切り状態な食堂兼ロビーの場所に誰かが訪ねてきており、それがフルアーマーの騎士様なのだから当然だ。というのがホークの考えであり、隊員たちはそれに従い雰囲気づくりを実行している。
やってきたエスパーダは辺りをきょろきょろと見回すと、一直線に1つのテーブルに向かって歩き出す。そこに座っていたのはとある人物であり、まさかバレたのかと緊張した空気が場を包んだ。
「すまない。住民から聞いているかもしれないが、私は西の帝国から来た翼竜騎士だ。いきなりだが、このテーブル席を譲って欲しい。大事な賓客でな、あとで埋め合わせは必ず行う。」
空気が、凍る。よりにもよって席を空けろと言った相手は、I.S.A.F.8492をまとめ上げる長なのだ。総帥ということで自然と一番良い席に誘導されていたホークだが、これが裏目に出た形である。
真剣なまなざしを向けられ、ホークとハクは顔を合わせる。断っても面倒事になりそうなシチュエーションのために、アイコンタクトで意思疎通を図ると、そのテーブルに座っていたホーク夫妻とマクミラン達は席を立って部屋へと歩いて行った。
エスパーダ隊が原因でヴォルグ達が退避した件は、まだ彼女達にも弁明の余地がある。正体を知られたくないという理由は、タスクフォース8492側にあるからだ。
しかし、ホークとハクまで退避するとなると話は別。二人を「退かした」原因はエスパーダ達にあるために、弁明の余地は皆無に等しい。そして、彼等が国ならば国王・王妃を退かすのと同じ内容である。
この程度で怒ることはないのがホークであることを知っている隊員だが、今回は飯時という誰かの妻約1名に対して最悪の時間である。食の恨みとは恐ろしいが故に、そのような言い回しが生まれるのだ。
そして対象となった者は、近接戦闘においてやべー奴。冗談半分で空気を作っていた他の隊員達は、しらねーぞー。と言わんばかりに部外者のオーラを全開にしていた。
そんな退避組はというと、騒ぎ立てることはなく静かなものである。偵察部隊こそ今まで通りモニターを見ているが、それ以外は暇人状態だ。
「……マスター。あの集団、西の帝国と言いましたよね。」
「手伝いますよハク様。何を、とは言いませんが。」
「こらこら。」
部屋に戻ったはいいものの、食事キャンセルをくらってあからさまに不貞腐れる古代神龍と狼2名の首に手をまわし、飼い主が宥めている。対象の3名は、軽く頬を膨らませてぶー垂れていた。訓練の過程で空腹には慣れているマクミラン達はやや離れた横側で寝転がっており、すっかりリラックスムードである。
リラックスしている彼等としても、ホークを追い払ったことに対しては非常に遺憾であることが本音である。しかし、これで騒ぎ立てて目立つことは猶更のことホークが嫌う行動であるため、8492の隊員達は、全員がそれを守っていた。
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一方、この宿において一等地を確保したエスパーダ一行。インディとロトがガルムとメビウスの椅子を引き、パイロット二人は腰かけた。古さが味を出す木製の長テーブルに、2対3という構成である。
浅く座り背もたれに寄りかかり腕を組んで周囲を見るガルムに対し、メビウスは深めに座って背筋を伸ばして出された水を飲んでいる。彼等の世界ではあまり見ない、木製のコップに興味を示していた。
それが20秒ほど続くので、エスパーダ一行は非常に気まずい。彼女は何か言いだせと言わんばかりにインディにアイコンタクトを飛ばし、彼は軽く咳払いした。
「さ、さて、それではまずは自己紹介から。私はインディ、西の帝国に所属する騎士になります。こちらは隊長のエスパーダ、こっちは同部隊のロト。今回は同席して頂きありがとうございます。御礼の件もあるのですが、うちの隊長がお二人に惚れこんで居ましてね。」
「ちょっとぉ!?」
大きな声を上げつつガタンと音を立てて立ち上がる彼女だが、これにより周囲の視線を引いてしまう。ドッキリ宜しく全員が目の前の二人と同じ軍に所属しているのだが、エスパーダ一行にとってそれに気づく余地はない。
どちらにせよ、彼女達にとって全員が部外者だ。そんな彼等の注意を引いてしまい、彼女は恥ずかしそうに姿勢よく着席した。
「……なんだ、隊長。俺は、飛行技術に惚れ込んでいるという意味で」
「言い回しが足りんわ!」
思わず彼の胸倉を掴みにかかるエスパーダだが、ロトに手草で押さえるよう注意されると、再び我に返る。行儀の良い模範的な騎士で立ち振る舞おうと決意していた目的が、一瞬に崩れ去っていた。
そして、言葉の意味を履き違えたこともメンタルにダイレクトダメージを与えている。見方によっては「ふしだらな女」とも取れてしまう内容だけに、顔をやや伏せながら上目でガルムの機嫌を窺った。
「……俺がどう思うか、か?結論から言えば同じ部隊の仲間が内容を正確に受け取れない言葉など、話にならん。これが戦場で会話が作戦内容ならばどうなるか。インディと言ったな、今のは貴様の失態だ。」
慰めなど、一切ない。とはいえ内容が正論中の正論だけに、インディとしても言い返す余地がなかった。
とはいえ、今は作戦行動ではなく一食事における談笑である。ガルムがわざとそのような回答をしたことを見破ったメビウスが、お互いをフォローした。
「相変わらずお前は作戦行動ベースの会話だな、今は食事の場だろう。さてお三方、こちらも不躾な内容でしたのでこれでお相子ということで。私はメビウス、こっちがガルムと言います。共に、『鳥』と呼ばれる機械を操るパイロットと言う職種です。」
一文に詰まる情報は、相当なものだ。鳥と呼ばれているモノが機械であり、彼等はそれを操る人物。つまり、鳥が敵になるか味方になるか、目の前の二人次第ということだ。
一方は礼儀正しい様子を見せるものの、もう一方は、先ほどの言い回しもあって現場職人のような頑固な雰囲気である。どちらにせよ、この二名の機嫌を取らなければならないのが彼等の仕事だ。
「ところでエスパーダ隊長。」
「ん、どうしたロト。」
「何故先程、隊長がガルムさんに惚れ込んでいるという勘違いの発言で取り乱したのでしょうか?」
そこを拾うのか!?と言わんばかりのリアクションを取る女1名、男1名。まさか敵が身内にいるとは予想だにできず、先ほどのガルムの言葉を痛いほど感じていた。
エスパーダがロトの両頬を伸ばし、今は全く関係ないとお灸を添えている。そんなやり取りを見ていた周囲の隊員の感想は、パイロット二人と同じであった。
「面白い奴等だな。」
「ああ。騎士とは堅いものかと思っていたが、そうでもないらしい。」
「……なんか、色々すいません。」
無表情のガルムと、上品に笑うメビウス。思わず謝罪するインディだが、全く予想打にできなかった展開だけに、この後の話題をどうするかで胃がキリキリとしていた。
その時、ちょうど軽食が運ばれてくる。エールと肉の腸詰、ホーク直伝の厚切りポテチで乾杯した一行は、一息つく。さて、というタイミングでガルムが言葉を発した。
「そろそろ話題を振ってやろう。この様子では、言い出せたものではない。」
「そうだな。さてお三方、西の帝国とは大陸の反対側かと思います。どうしてこの地へ?」
当たり障りのない内容で、インディが救われる。渡りに船とはこのことだが、これで借りを作ってしまった状況だ。
ここは、エスパーダ自らが説明を行う。以前、西の地で鳥に救われたこと。西の帝国が、軍事力において危うい立場にあること。その鳥がこの地に現れたため、以前に交流のあった自分の隊が派遣されたこと。
内容を一切隠さず、誰の指示なのかも含めて、パイロット二人に伝えていた。鳥に信用してもらうために、このあたりを暴露することは皇帝から許可を得ている。
その内容には、何故ワイバーンが襲ってきたのかはわからないことも含まれていた。逆に原因を知っているガルムが、口を開くことになる。飛行中にワイバーンの真横を通過したことを、正直に話していた。
「事故と言えば事故なのだがな、ワイバーンを刺激したのは俺達だ。結果として被害を与えてしまったことを謝罪する。」
「聞いての通り、この件に関してはこっちに非があるんですよ。押し付けですが、2回目の手助けで、借りを返したと思って頂ければ幸いです。」
事の発端となったガルムはケジメをつけ、軽くだが頭を下げた。このあたりは、嘘偽りなく事実だけを見る彼らしい行動である。
とはいえ、メビウスが付け加えた2回目の手助けがあるのも事実だ。1回目は予測不可能の内容であり、かつ他の部隊も救ってもらった2回目のウェイトが大きいために、これでイーブンとなるならばエスパーダ達にとっても儲け話である。
互いの失態は水に流し、更なる食事が出てきたところで続いていた会話もリセットだ。
新たなエールで乾杯しなおし、この世界における料理に舌鼓を打ちながら、空を飛ぶ5名の夜は更けてゆく。
……はずであった。