8話 刺激された若者たち
給弾作業とP320の分解メンテナンスも終わり、ホークはタクティカルナイフと共に構えて調子を窺っている。微かに感じていた「構える際の引っ掛かり」を兵器開発部隊の隊員に伝えたところ、P320のフレームの端に重りをつけてみたはどうかとのアドバイスが出たため、っさそく実践してみた格好だ。
結果としては重心移動時のバランスが取れたため、引っ掛かるような感じは大幅に解消されている。同時にドットサイトから小型のリングサイトに変更されるなど、小幅なカスタマイズも行われていた。
「扱いやすくなったとはいえ、注意は必要です。ほんの僅かですが今までの練習で得た感覚とはズレることになりますので、その点はご注意ください。」
「そうだね。了解、ともかく対応ありがとう。」
「光栄であります。」
予定作業を終えたホークは、何度かタクティカルナイフとP320を構える練習を行いながら舗装された道を歩いている。やや斜め後ろから、ハクが静かに見守っている格好だ。
ハクの視点からでも、今まで以上に動作がスムーズに行われている。軽くするならばまだしも重りをつけてバランスを取るなど考えもつかなかった彼女としては、なるほどと感心する内容となっていた。
「マスター、取り付けた重りのことを意識しすぎてはいませんか?ナイフを構える手に、やや無駄な力が見受けられます。」
「むっ。そうかな。」
彼女らしい目線からアドバイスするも、本人に自覚は無いようである。重心の変化、それも微かな程度のものなのだが、分かる人には分かるようだ。
とはいえ、この点ばかりは慣れの影響が大きくなる。もともとナイフの扱いは素人だった彼にとって、積み上げてきた環境を一時的に壊すものだ。この変化に慣れることができれば彼が持つ引き出しが増えることになるのだが、まずは引き出しを作らなければ始まらない。
再び何度か構えを行いながら、何が違うのかとホークは悩みに悩むこととなる。そんなことをしていると、対向から一人の隊員がホーク達の元へと歩いてきた。
「あっ、ストレッチマンがいらっしゃる。」
真面目にやっている若者に対し、いつもの調子で言葉を飛ばす某ボケ担当若者隊員。一応、彼はI.S.A.F.8492の第一歩兵師団を纏め上げる師団長なのだが、そんな威厳はどこにもない表情と発言内容だ。
そして狙ったかの如くタイミングが宜しくない。真面目なところに水を差されたこともあり、ホークもそのボケに対応してしまう。
「ディムースの首も、360度曲がるようにストレッチしてあげようか?」
「に、人間の力じゃできませんよ!フクロウになるつもりはありませんって。」
「そうだね。だからハクにお願いするよ、力押しで出来るだろうし。」
「ええ、色々と戻りませんけれど。」
「命かな?」
冗談で彼のヘルメットを鷲掴みにし力を入れるホークとハクだが、ディムースは腰が引けてしまっている。万が一でも本当にハクに首を回されようならば、事故が起こってしまうだろう。
「アレあるじゃん、後ろから肩叩いて振り返った頬に指つんするやつ。あれやると突き指するからな。」
「鍛錬が足りません。」
「笑えないっす。」
また、ホークの冗談に対して彼女もノリノリだ。以前ならば苦笑している場面であるが、最近はノリの良い会話を見せる場面が多くなっている。
「で、何しにきたんだ?」
「あいだだだだ「痛いわけがないだろ」バレました?いやちょっと、EBRの改造で兵器開発部隊に相談がありまして。こっち(第二拠点)に来ていると聞いたので、話をしてみたいんですよ。」
ほぉ?と若干驚いた表情を見せるホークだが、この反応には理由がある。
マクミランが分かりやすい例だが、I.S.A.F.8492のエース、特に陸軍には特徴がある。最新型よりも、己の好む武器を愛用することが多いのだ。
ディムースに関しても例外ではなく、新しいとは言えないM14というライフルがベースの発展型、M14EBR-RIを使用している。
オリジナルという言葉が適切かは疑問符が芽生えるが、釣るしのM14EBR-RIに対して、長距離攻撃向けの10~40倍可変スコープが彼独自のカスタマイズとして装着されている。これに時たまサプレッサーが装着されるものの、それだけだ。
これには理由があり、M14EBR-RIのシルエットが「好き」なためだ。彼としても遠距離攻撃武器と認知しているために、彼の中ではサプレッサーによるシルエットの変化は問題の対象にならないらしい。彼の美学なのだろう。
もちろん釣るしの状態では、色々と限界がある。EBR-RIの時点でM14がフルカスタマイズされた状態なのだが、これは長距離向けの内容だ。室内戦闘、近接戦闘の場面では、色々と欠点が露呈する。対応として彼はM416など別の銃を使用しており、そういう場面では「愛銃」は使用しない傾向だ。
この点で言えばマクミランは対照的で、全部を全部M82で片付けるためにカスタマイズは惜しまない。彼の愛銃はパっと見では確かにM82だが、ストックやグリップを筆頭として、バレルに形状やサイズ関しても、彼のためのワンオフとなっている。
ともかく、ディムースは無類のM14EBR-RI好きだ。シルエットを崩したくが無いために屋内戦闘では別の銃を使うなどの徹底ぶりを見せていたのだが、先ほどの発言はホークも初めて耳にした内容だ。
そのために、ホークが知る限りで大きな心の変わりようとなっている。
「いやいや、大尉の姿を見て焦がれたまでですよ。今まで色んなライフルを使い分けてましたが、これからはコイツ一本を極めてやります。」
「そうか。」
口元を僅かに釣り上げ、互いは心境を理解した。かつて背中に憧れ常に遥か前を歩くAoA最強のスナイパーに近づくために、若者の一人が全力を出そうと心に決めた瞬間である。
言うは易し、行うは難し。狙撃用ライフルにおいて不得意とする領域をカバーするために、待っているのは果てしない練習量だ。今までとて他の隊員よりも高レベルな狙撃演習を熟してきた彼だが、その先にあるのは絶望と隣り合わせの領域である。
そこへ足を踏み入れることを選択した彼に、軍の主は何も言葉を掛けはしない。表情でもって全てを伝え、とある若者の健闘を祈っていた。
「そう言えば聞きましたよ。総帥も、F-14から乗り換えるんですってね。何にするんですか?」
そして話は、突然とホークの話題となる。生活では全く触れることのなかった部分だけに、彼女も思わず聞き耳を立てていた。
F-14、通称トムキャットの事は彼女も覚えている。ガルムという化け物を相手にした空対空戦闘の演習を見学した際に乗せてもらった、ホークお気に入りの専用機だ。
古いながらもホークの腕前では丁度良いスペックであり、エンジンや火器管制システムを更新すればオーバースペックに仕上がるだろう。それでも彼は、乗り換えを決めているようだ。
「決まってるよ。F-35、そのBD型だ。」
ディムースもハクも、F-35と呼ばれる戦闘機は知っているし見たこともある。ホークの講習を受けたハクも、F-35には空軍仕様のA型、垂直離着陸対応のB型、空母発着が可能なC型の3種類があることは理解しているし、これら3つはI.S.A.F.8492でも運用されている。
しかし双方、BD型という形式は未知のものだ。そのため自然と目線が合うも、説明を求めてホークに視線を戻した。
「B型の発展形、複座仕様だね。」
F-35をわざわざ複座にする理由がわからず、ディムースは首をかしげる。どうやらB型ダブルシートの頭文字でBDとなったようだが、もちろんホークの回答がここで終わることは無く、1分程の説明が続いた。
そもそもF-35とは、AN/AAQ-37 EO DASという最新鋭の装置が実装された初めての機体だ。形だけは似ているF-22という機体は、悪い言い方をすれば旧世代の機体にステルスと周囲の機体との連携機能を取り付けた程度。F-35の最新鋭電子装備は、その程度とは比較にならない程に進化しているのだ。
I.S.A.F.8492の既存機体にもHDMSやDASの簡易版こそ取り付けられているものの、ポン付けに近いためフルスペックには程遠い。ターゲット情報の共有を除けば機体の下や後方に居る敵機の情報をパイロットに教える程度で、少なくとも、機体前方以外の敵にミサイルをロックオンすることは不可能だ。
最新鋭の電子設備とは、歴戦の猛者ほど慣れにくいものだ。あのガルムとメビウスでさえ、初回の飛行では最適な方法を見逃していたほどである。
ホークはその問題点を懸念しており、秘かに大元帥3名に指示を出していたのである。取り返しがつくAoAとは違う状況にあるために、シミュレーターと実機を併用した訓練方法を実現するためだ。
「陸軍も近々、HK417をG28で置き換え始めるらしいからね。中距離型には新しいスコープサイトとかも付くんだったかな。ともかくその時は、似たような流れで訓練するんじゃないかな。」
「空も海も陸も、どんどんハイテクになっていきますね。」
「自分みたいなヘッポコ目線だと、ハイテクってのは有り難いもんだよ。フルスペックのDASが使えれば戦闘状況も理解しやすいし、得られるデータも多い。機体の好き嫌いで行けばF-14の方が良いんだけど、そういうのは超エース級にでもならないとワガママの域だね。」
その言い回しに、ハクは思わず反応した。
確かにホークは、当時の考えからすると現在は若干ブレている部分がある。「どうせ強くないから古い機材で良い、司令官だから部屋に引きこもってる」と言った類のことをハクにも話したことがあり、今行っているタスクフォース8492の活動や、先ほどの話とは全くかみ合わない内容だ。
とはいえこの人物は、どんな分野でも必ず明確な考えを持っている。詳しいことはわからない彼女だが、とりあえずホークが迷走していないことに安堵し、言葉の意味を理解していた。
最先端の装備が与える影響は現場だけではなく、指示を出す司令官も同じなのだと。例えば装備の更新で昔より安全な行動ができるようになるならば、司令官はその行動を指示するべきである。
それを行えるようになるためには、まず装備を知らなければ始まらない。自分自身が最先端に触れることで、自分の軍隊ができる範囲を理解しようとしているのだ。
この二人が装備を更新する理由は異なれど、それぞれ自分自身が進む道である。誰に言われるまでもなく己という立場を極めるために行った選択を素晴らしいと思い、彼女は二人に優しい目を向けるのであった。