4話 南の状況
ホークの知る世界で、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸が接近する場所。ジブラルタル海峡と呼ばれ、第二次世界大戦においても重要な場所となった地域である。
ジブラルタルの西から真北に上る山脈が大陸を左右に分断しているのが彼の知る世界だが、この世界においてはジブラルタルの北側に、東西に向かって山脈が伸びている。そのために、西の帝国首都からジブラルタルへ徒歩でたどり着くためにはぐるっと西側から回り込む必要があった。東側ルートもあるのだが、非常に大回りである。
気候としては冬場でも10度前半は保たれ、夏場でも30度に達しない程度で収まると言う寒暖差の少ない温暖な地域である。そのために平野部は酪農や農作物の栽培にも適しており、海が近いこともあって漁業も盛んに行われている。
文字通り、豊かな土地。山脈の反対側では鉄や石炭の鉱脈も見つかっており、西の帝国の重要な産業拠点となっていた。
一方で、そんな海峡の海の向こう側。実際のアフリカ大陸の上側1/3しかないものの大陸全土を支配する大国、邪人族が治めるディアブロ国。この国の状況は、先ほどと真逆と言っても過言ではない。
降水量は少なく、気温も冬場で20度、夏場では40度に達することも珍しくはない状況だ。一般で言うところの砂漠も広がっており、大陸の6から7割が覆われている。どこぞの島国と違って湿気が無いことが、唯一の救いだろう。
砂漠と木々の境界にそびえる山々に鉄や石炭などの鉱脈が存在しているものの、気温の影響で労働環境が劣悪なものとなるために採掘効率は非常に悪い。そのために、常に供給不足な状況が続いている。ちなみに石油なる物は地下深くに埋まっているのだが、現段階では石油そのものも知られていない上に発掘技術も確立されていない状況だ。
食料に関しても潤沢とは言えず、干ばつした土地の影響で、漁業以外はたかが知れている状況だ。野菜も他国と比べて2倍近い値段となっており、気軽に摂取することは困難である。社会的なシステムを構築して暮らしていくには、文字通りの過酷な土地なのだ。
魔物を使役する彼らの戦いは、このような状況下で生まれた「技術」の発展だ。I.S.A.F.8492のような科学技術など欠片も無いが、この世界において軽視されているテイマーと言う職業の隠れた実力があってこその運用だ。この影響で各国では、ここ数年においてテイマーの価値が見直されていたりする。
魔物は邪族と呼ばれる種族よりも圧倒的に耐久性能が高く、力も強い。知能は低いものの、単純作業となる採掘や戦闘にはうってつけの存在だ。
そんな彼等に足りない物は、あと1つ。食料さえ確保することができれば、国として抱える最大の憂いは解消される。
かつてはハイエルフが抱えているとされる膨大な知識に目を付け「ハイエルフ狩り」にも参加した同国だが、結局のところは知識に関しては空振りに終わっている。未だ問題が解決しない食糧事情は、ハイエルフの呪いと言われるほどだ。国民からの不満も小さくない。
手っ取り早く解決するならば、方法が無いこともない。対岸の大国が国境沿いに抱えている、膨大な畜産エリアを奪取することだ。
以前から西の帝国とは馬が合わないこともあり、ディアブロ国は度々海を越えて翼竜隊を進軍させている。今のところ本格的な戦闘が起こることも無ければ双方共に死者は出ていないために、開戦にはつながっていない。
とはいえ、それもディアブロ国が行っている戦略の1つである。この戦略は各国を巻き込んだもののために、作戦の概要を知る者は軍の大将クラス以上に限られていた。
「斥候より報告!南方洋上に、接近中のディアブロ国翼竜兵士を確認!数は20!」
「ちっ、またか。待機部隊を上げろ、対空戦闘用意!」
指令が出て1-2分後、待機していた翼竜隊30名が南の空へと舞い上がる。エンジン点火などの作業が必要な戦闘機と違って翼竜に乗るだけなので、スクランブルまでの時間は非常に素早く行われていた。
味方の誘導部隊により誘導され敵の編隊が視認できると、敵部隊は既に逃げの体勢に入っている。これが、ここ数年繰り返されている恒例行事となっていた。
現場で戦う兵士、ましてや西の帝国側が、ディアブロ国で実行されている作戦の鱗片すらも知ることは無い。迎撃に上がってくるタイミングや撤退の判断基準まで測られているとは、猶更の事想定にしていない。
今日も今日とて、「ちょっかい」をかけてくる連中の相手をすることに対処している。またか、と溜息を付く迎撃部隊の現場や上層部では、呆れた感情が充満していた。
しかし、思わぬところは同様に存在する。その様子を宇宙空間から見られていることなど、ディアブロ国も想定にしていない。
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I.S.A.F.8492、航空隊の基地にある一室。軍内部でも一部しか把握していない場所にあるこの部屋に、窓はない。
人工衛星やSR-71ブラックバードなどから送信される映像を解析する一室であり、モニタの放つ光が目立つ薄暗い部屋だ。音や視界は完全に外から隔離され、アフターバーナーを使用した戦闘機の離陸音も、この部屋では聞こえない程である。
その一角で、二人の兵士がモニタの画面を見つめていた。椅子に座る捜査員と、その後ろから背もたれに肘をついて覗き込む一人の隊員。偵察実行中部隊の部下と上司である。
「隊長見てください、動きありです。今日も今日とて、やっこさんチョッカイかけてますよ。好きな子に構ってほしい、思春期の男子みたいですね。」
「……んな一昔前のラブコメみたいな奴、今時いないだろ。それより奴等は、パターンも変えずに相変らずか。」
「ええ、これでこのパターンは10回目です。どう見ます?」
「迎撃に関する帝国側の動きや対応時間を探っているように見えるが、これだけでは何とも言えんな。」
「同感です。実際に戦闘開始となる場合、気が緩んだタイミングを見計らって、このあとに送り狼でも投入するんですかね。西の帝国側の斥候の動きも見られているでしょうし、魔物を使役するにしては現段階で飛行系の魔物も見ていません。戦闘時に斥候さえ止めることができれば、奇襲の成功率は非常に高いでしょう。」
偵察兵士が見せた鋭い推察に、隊長は「なるほど」と同意した。この行為が西の帝国が行っている迎撃から撤退までのタイミングを計っているとすれば、このあとに送り狼を投入する行為は効果が高い。斥候も含め、「今日のちょっかいは終わった」と油断していることも猶更だ。
この斥候さえ潰すことができれば、奇襲を仕掛けた場合の成功率は非常に高くなる。ディアブロ国としてもその程度は把握しており、兵士が行った推察は、そのほとんどが的中していた。
「良い推察だ。よし、今日中に推察も含めてレポートを纏めてくれ。現段階では報告程度になるが、総帥にもお伝えする。」
「イエッサ。って、自分の推察がそのまま総帥にですか!?張り切っちゃいますよ、隊長。」
「気持ちは分かるが、尾びれを付けるなよ。」
「了解ッス!」
軽く口元を歪ませ合い、兵士は任務時間いっぱいまで偵察活動を実施する。滅多にない重要な役割が回ってきたことで、アドレナリンが身体を活性化させていた。
このようなシチュエーションで重要さがプレッシャーに化けないのは、I.S.A.F.8492が普段から行っているチームワークの賜物である。己が所属する軍団に有益な情報をもたらすため、彼はモニタとのにらめっこを続けるのであった。
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「さー、寄ってって!新鮮な魚が盛りだくさん!」
「収穫したての野菜だよー!」
一方、そんないざこざが発生していることは噂程度にしか知らない付近に住む町の住人。現実ではジブラルタル半島の反対側、アルヘシラス付近にある西の帝国領土「エクスの町」は、今日も活気に包まれていた。最も混雑する夕飯前の時間帯は、人波を泳ぐように移動しなければならない程の盛況ぶりを見せている。この活気は日が沈んでもしばらくは収まらず、初めて目にする者にはお祭りが行われていると勘違いされる程だ。
国の周囲の安全に関する状況が怪しくなってきたとはいえ、隣国と行き来する商人にとってもこの町は宝の山である。その一方、仕事に疲れた現地住民は、何を食べて癒されようかと献立に思いをはせていた。
隣国、それも非常に強力な相手が自分達の町に攻め込もうとしていることなど、考えにもしていない。また、何かあれば帝国が守ってくれると確信している。
自分が住む国の戦力がどれ程で、隣国の戦力がどれ程か。一般市民がそのようなことを知るはずも無ければ、知ろうとも思わない。払いて得た自分のためのお金を納税と言う形で国に無償譲渡している以上、戦争のような危機になろうとも助けてくれると信じているからだ。
いつもと変わらない、賑やかな市場。多少の貧困さはあれど、道行く人々の顔には活気があふれており、ガス灯のような灯りが情景をほのかに照らしている。
まるで、明日が来るのを心待ちにしているような情景だ。幸せは人それぞれなれど、その日常がいつまでも続くことが普通と考えている。
兵器や魔物とは、そのような日常を容易に奪い去ってしまう代物だ。一度被害者にならなければ、それらが与える影響の大きさも計り知れない。
そして、その時とは、突如としてやってくるものだ。
好きな子へのチョッカイは諸刃の剣らしいですが、どうなのでしょう。