3話 西の状況
西の帝国、旧ヨーロッパ風味の建物が聳え立つ首都の中心。その周囲に民間の建物は無く、見上げる程に立派な城が鎮座している。
ホーク達がかつて解放したシルビア王国の城も屋上にオスプレイが収まる程に巨大なものだが、この城は更に一回り大きいレベルとなっている。大きさ的には建物だけで300m四方程度もあり、ホークもかつて見たことが無いほどだ。
外観の仕上げに関しても一見するとコンクリート製かと思う程に整えられており、これほどの城を構える城下町の活気も他とは比べ物にならないほどだ。経済を優先している大都市のため、友好国との物流も盛んに行われている。
市場では商人が声を上げ人々を呼び込むも、区域の活気に完全に負けており効果範囲は微々たるものだ。市場を貫くストリートも某場所の大規模スクランブル交差点に負けないほどの大混雑を見せており、この一角だけでも町の規模の大きさが伺える。
その陰で貧困の類は発生しているものの、他国と比べれば穏やかな方だ。国が率先してゴミ回収などの汚れ仕事を与えており多少の収入はあるために、犯罪行為に走る者も少数となっている。
この国が治める町の数は多いのだが、全ての町が似たような方針のために致命的に治安が悪い町は発生していない。また、他国からの難民・貧民を受け入れていないことも大きな要因となっている。
西の帝国とは、そこに生まれた純粋な国民を第一に考える国なのだ。南方を中心に防衛費を削減してきたツケが回りつつある現在でも、住民の満足度は高止まりを維持している。
「フッ!、フッ!、ハッ……!」
とある昼下がり。そんな国の大きな城にあるトレーニングルームで大剣を振り汗を流す、40代の屈強な男。オールバックでフサフサな銀髪と体格のせいで、実年齢より若く見られる傾向を内心では喜んでいる、お茶目な人物だ。
この男こそが西の帝国の皇帝、エラルド・ブランカ・マリア・デ・ラ・ファアスター・マルガレータ・マルクス。どこぞの実験飛行隊に所属し名前だけで原稿用紙の半分が埋まる隊長ほどではないが、王族らしく、とにかく長い名前を持っている。
ちなみにだが本人曰く、略称はエラルド・デ・ラ・マルクス。家臣や国民からの通称はエラルド皇帝だったり皇帝陛下、陛下など様々だが、どれであろうと本人は気にしていない様子を見せている。敬意があれば何でも良い、との考えを持っていた。
酒に酔った家臣が「どこまでふざけてOKか」とエラルドの名前の簡略化に挑み、エラルド陛下の次に「エラちゃん」と呼んで流石に怒られたことは、城内では有名な珍事となっている。逆に他国からの使者などがフルネームで呼ぶと、「エラルドで良い」などと略式以上の簡略化を勧める始末だ。
国として大事な堅苦しい仕来りは守るものの、自分に関するどうでもいいことは気にしない方向が多いために融通が利き、そのためか国民からの評価も高い。その反面、西の帝国としての威厳をあまり重視せず他国との友好関係を重視するために、その点に関する不満を抱く国民・役人が一定層いることもまた事実だ。
とはいえ、双方を両立することなどできるわけがないことは彼が一番知っている。これらの内容に対し「そんなこと」と言ってはいけないのだが、今現在における第一優先課題は、兵力の増強だ。
「皇帝陛下、失礼いたします!」
「何事か。」
「ハッ、報告にございます。エスパーダの部隊と共に飛び立った部隊が、今しがた戻ってまいりました!重大な報告在りとのことでございます!」
「おお真か、待って居ったぞ!」
起死回生と目論む一手、「鳥」と呼ばれる集団との同盟。それを得るために、彼は翼竜騎士の2部隊を派遣していた。今回は、エスパーダの指示で帰還した部隊の報告となる。
しかし、そのエスパーダ達は帰還していない。そのために同盟の確信ではなく何らかの動きがあった報告なのだなと推察したエラルドは、従士からタオルを受け取り汗を拭うと手早く着替え、謁見の間に足を向けた。
金色を中心に赤と緑の煌びやかな装飾輝く大部屋、入り口から延びるレッドカーペットの先に椅子が1つ。いつもと変わらぬ謁見の際に使われるエラルドの特等席に腰かけ、頭を下げていた翼竜隊の顔を上げさせた。
「長旅ご苦労。して、さっそく報告を聞こう。」
「ハッ、申し上げます。ティーダの町にて、古代神龍と思わしきドラゴンが復活しました。」
一瞬ながら場が騒がしくなるも、エラルドがそれを静止する。報告を行ったものの慌てた様子1つもない翼竜隊の表情から、その問題は解決、もしくは国にとって関係が無いことなのだと読み取った。
「続けよ。」
「ハッ。」
続いて兵士が行った報告は、ティーダの町から出現した古代神龍の情報。それが一撃の下に消し飛ばされた可能性が高いという報告を聞き、全員の額に汗が流れた。遠目だったことと前代未聞の攻撃方法のために詳細までは相変わらず不明なものの、アースドラゴンが消え去ったのも事実である。
そして同時に発生した事象、エラルドが待ち望んでいた鳥の出現だ。鳥の群れが彼等をエスコートし、とあるタイミングで飛び去ったことが報告された。これにより、鳥と呼ばれる存在は複数の種類が居ることも露呈している。初回のコンタクト時はADFX-01とCFA-44の違いまで気が回っていなかったエスパーダ達だが、今回はブルー隊のF-35Cが識別されている。
また、轟音と途轍もない加速や飛行速度に関しても漏れなく報告されていた。今回もミサイル発射の瞬間や機関砲での攻撃は見せていないために攻撃方法に関しては未知のままであるものの、彼等にとって前代未聞の飛行物体であることがより一層のこと浸透している。
これにより、いつもは翼竜隊よりもさらに高高度を飛んでいるのではないか、などの推測が活発となっていた。中には「平時は海に潜っている」などと推測する者もいるが、何分未知の世界ゆえに、この手の考えになるのも無理もない話である。
「ところで、エスパーダ達はどうしたのだ?」
「ハッ。再び鳥が戻る可能性があるために、引き続き調査を行うとのことであります。此度の鳥もエスパーダ部隊長と意思疎通を行っていたために、私達ではなくエスパーダ隊が残った方が良いと判断しました。」
「うむ、良い判断だ。」
「光栄であります。」
称賛の言葉を受けた一行は、同時に頭を下げた。
「さて、諸君等も長旅で疲れたろう。3日の休暇を与える、存分に英気を養ってくれ。その後だが……」
エラルドの口から出たのは、南の戦況が悪化していることだ。ディアブロ国との国境に相手国の兵が徐々に集まっており、その時が来る可能性が非常に高まっている。
エスパーダ隊と比べれば劣る5名の部隊だが、それでも重要事項に派遣されるほどの猛者揃いだ。藁にも縋るほど戦力が欲しい今、エラルドは彼等を南の地へと投入することを選択する。
「以上とする。騎士団長、手配を頼むぞ。」
「ハッ、仰せのままに。」
「それでは解散だ。各自、自身の職務に戻ってくれ。」
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数日後、西の帝国領土内、とある居酒屋。蝋燭と魔法による光が室内に光を与え、明るいとは言えないものの、愚痴をこぼすには丁度良い影を落としている。
そんな部屋の中で、あまり品位を感じない服を身に纏いながら、騒がしい居酒屋の一角で三名の男がテーブルを囲い座っていた。エールを煽り、フォークでツマミに手を付けて胃袋に放り込む。単に酒とツマミを楽しむ食し方ではなく、やけ食いの類にも見て取れるような行動だ。
「冒険者ギルドの発表を聞いたか?同志のニックが死亡したらしい。」
「信じられんよ……あれ程の奴がな。」
「届けられたプレートは本物だ。しかし問題は、誰がやったかだ……。」
どんな魔物ではなく、誰がやった。魔物の類には殺されないと断定している3人は、各地でクーデターを企てているグループの一員だ。ホーク達が捉えている、各国から時たま大陸中央部に集まる集団の仲間である。
クーデターを起こす理由は各国様々だが、この集団の理由は統一されており、「強い祖国を取り戻すため」となっている。昔と違って大人しい西の帝国や北の帝国、5年前の敗北後から強さを自負することが少なくなったフーガ国からの内通者も居る程だ。
とはいえ、各国は非常に強力もしくは強大な軍を保持する国である。単純にクーデターと言っても真正面から通用するはずもなく、相当な根回しが必要だ。
最終的には実力行使となるものの、この集団は数年前から確実に根を伸ばしている。順調な様子を見せている彼等だが、ここ1年ほどは気がかりな存在がその影をチラつかせていた。集団としても無視できず、今回のニックの死亡の際にも出現しており、そのために内通者を通して情報を集めるのに必死である。
「おい、西からの情報はどうだ?」
「ああ、ついこの間の報告で、西が鳥と接触したらしい。互いに出会った程度で会話までは無かったそうだ、現状維持と言っていいだろう。」
「くそっ、またその程度か。尻尾の陰も見せねぇ連中だな、どうなってんだ!」
この世界におけるセオリーならば、自分の功績など隠さない。そのために国やギルドなどから盛大に称えられ、程度の大小にもよるが、功績者の情報は瞬く間に広がるものである。
しかし、ホークのやり方は真逆そのものだ。シルビア王国を解放しておきながらI.S.A.F.8492という集団の名前すら未知のものであり、唯一知られている戦闘機に関する情報も「うるさくて素早い」程度のものである。
イラつきを見せ再び酒とツマミを煽る一名だが、それをやったところで何かが変わるわけでも無い。やや重い雰囲気が場を支配したものの、それを振り払うように一人の男が言葉を発した。
「それより、計画の方の準備を進めるぞ。なに。いくら鳥が仲間だからって、こればっかりは対応できねぇよ。」
「ああ、そうだな。」
彼等が計画している、クーデター実行時の戦いの流れ。まさか身内に協力者がいるとは考えても居ない各国の長には、非常に有効な一撃だ。
元勇者が起こした風は、未だ消えることなく世界中に渦巻いている。その風が再び吹き荒れる時、それは遠い将来の話ではない。
なっがーい名前って色んなアニメ小説でたまに見かけますが、命名する際に何か規則性とかはあるのでしょうかね。