1話 東の状況
早いもので150部です。今後とも本小説をよろしくお願いいたします。
「なぁ、今日も戻ってきてないのか?」
「ああ。巡回がてらに昨日訪ねてみたが、宿にも戻ってないらしいぜ。」
やや雲が目立つものの日が昇りきり、昼食の時間が目前となった頃。交代のために東門へと足を運んだティーダの町の門兵は、とある冒険者パーティーが未だに町へと戻ってきていないことに不安を覚えた。
Eランク冒険者パーティー、タスクフォース8492。
思わず振り返ってしまう程の美女二人、違う意味で振り返ってしまう魔物なホワイトウルフ2名、やたら浮いている黒い男と隠れる場所を間違えた草木に居を包んだ男。
女性が振り返る美男子1名に、かわいらしさ満載の姉妹らしき亜人2名。残りは顔が見えない屈強な男で構成される、まったくもって謎だらけのパーティー構成である。
最初は敵かと身構えた門兵達だが、蓋を開けてみれば町のために大活躍している一行だ。食肉が圧倒的に不足していた町の危機にも迅速に対応し、高級肉で有名なラーフキャトルを一定数仕留めるなど行動も見事である。
風のうわさ程度ではティナの町で発生した危機にも対応しており、冒険者ギルドの制度で未だにEランクながらも活躍度合いは見事なものとなっていた。彼等のおかげで料理の質が上がったり、ティーダの町の子供たちもタスクフォース8492に憧れ鍛錬に励むなど、町に対しても良い影響を与えている。
様々な方面にてこれほどの実力を持っているならば、過去にも辺境の町に噂程度は届きそうなものであるが、この町においてそのような情報は10年単位でも皆無である。ならばどこかの有名人なのかと似た容姿の当該人物が居ないかと探してみるものの、一名を除いてニアミスすらしない現状だ。
「もしかして、あの噂が本当でフーガ国へ行ったのか?」
「まさか、それはないだろう。あの竜の亜人、それも相当ってか一番上の階級だぞ?奴隷でもないのに人族、それも言っちゃ失礼だが弱そうなホークさんに従うかねぇ?」
その一名も、他人の空似だろうということで今となっては覚えている人物は極わずか。こうして再び蒸し返されたものの、実際に見たことのある人物はいない上に普通はあり得ない状況のために、冗談半分に流される程度であった。
また、ホワイトウルフを連れていることを筆頭に実力のある部隊であることは疑いないために、滅多なことでは負けるとは思えない。そのために、兵士たちも若干ながら気楽な様子だ。数日したら戻ってくるだろうと各々が考え、日々の責務をこなしている。
「じゃ、俺はあっちを。」
「ああ、頼んだぞ。」
交代した門兵が向かったのは、今日も今日とて鞭と鞭の尋問に耐えている霧の盗賊団の若手隊員。よもや仲間が全滅したとは思っておらず、拷問に対する訓練の甲斐もあって、今のところ口を割らずに済んでいる。
そのために、門兵が数人程度参加したところで結果は同じだ。拷問をやり慣れていないために刺激が単調になっていることも、若手隊員が口を割らない要因の1つとなっていた。
彼をしょっ引いてきたアルツも加わるが彼も経験は薄い上に、相手は「死人に口なし」を理解しているために強気で居ることができる。拷問の刺激にさえ耐えることができれば、立場的には若手隊員のほうが上なのだ。
今現在でティーダの町に居座っているメンバーの中で拷問の類を行えるとしたらエスパーダ達ぐらいのものなのだが、彼女たちはアースドラゴンが爆発四散したエリアを捜索中。表向きはアースドラゴンの捜索となっており、街としても危険度合いはそちらの方が上のために引き留めるわけにもいかなかった。
「おおい、エスパーダ達の一人が帰ってきたぞ!怪我人が居るらしい!そいつは後にしろ、表通りで見世物にでもしておけ。」
「わかった。おい、立て!」
手足を縛られ動けない盗賊の首輪を引っ張り引きずりながら、衛兵は小屋の外へと歩いて行く。引きずられる彼は傷口に太陽の光が染みるような感覚に襲われるが、その程度の刺激は容易いものだ。
「住民の一人を保護した、アースドラゴンに破壊された地区に居た。」
「了解です、こちらに!」
一方で戻ってきた翼竜騎士はインディであり、怪我人とはホークが忘れ去っていたワーラのことだ。なぜだか縄でグルグル巻きにされていたワーラを救出したインディは彼を被害者だと信じ切っており、まさか霧の盗賊団の長とは微塵にも思っていない。
それがワーラの作戦であり、傷が癒えた後は「隣町に行く」とでも言って雲隠れする手筈である。再起を図るために被害者として立ち振る舞い、今はとにかく傷を癒すことが重要だ。
町の入口に着陸してからは衛兵の一人と共にワーラに肩を貸し、救護を行うために門を潜る。
その数秒後、事件は起こる。道の途中で、見世物にされるために引きずられる若手隊員と出くわした。
「お頭ぁ!!」
「おまっ!」
「あっ。」
「……お頭?」
数秒固まる、肩を貸す2名と付添人。しかし、互いに言葉の意味は理解している。
思わず叫んでしまった者と叫ばれた者は更に固まっており、随分とシュールな光景が展開されていた。最初は肩を貸すために回されていた手だったものの、今では固定と反撃防止のためにガッチリと固定されている。
敵に味方あり、味方に敵あり。思いもよらぬところから正体がバレてしまったワーラの目論見は、基地の崩壊と同じく呆気なく潰えることとなった。
また、この後の尋問で霧の盗賊団が壊滅したことを知る一行は輪をかけて驚くこととなる。処刑前にワーラが混乱を狙って口にした「相手は顔の無い兵士達」という言葉から第三勢力の存在を危惧し警戒を強めることになるのは、また別の話である。
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「やれやれ、とんだ落とし物を拾ったもんだ……。」
そう呟きながら街の中を歩くのは、ワーラを連れてきたインディだ。まさか良かれと思い助けた人物が霧の盗賊団の長とは、想定外にもほどがある。思わず項垂れるも町の老父から心配され、作り笑いを返してしまう。アースドラゴンで混乱している町で騎士が溜息をついていては負の影響しか浮かばないと考え、せめて態度だけはシャキっとしようと背筋を伸ばす。
とはいえ、姿勢を改めたところで状況が変わるわけではない。ワーラを見つけた付近に隠れるように建っていた建物は、彼等の拠点ということになる。最大に警戒して踏み込んでも死体だけとなっていた建造物は、特有の臭みで溢れていた。今頃は、死肉を漁る魔物のパーティー会場になっている頃だろう。
そして、拾い物がもう2つ。まだ誰にも伝えていない内容だが、そのうちの1つは、Exランク冒険者であるニックの識別プレートが落ちていたことだ。
付近では何かが弾け飛んだようなクレーターができており、鎧の一部と思われる金属片も転がっていた。破片ですらインディたちが使う鎧と比べ物にならないほど立派な品であることが読み取れるほどで、Exランク冒険者に相応しい装備である。
ホークがドッグタグと呼ぶ個人識別用の金属プレートは軽量のために、GBU-39による爆撃を受けた際に吹き飛んでいた。付近に転がっていたものをインディが見つけ、ニックの名前を知っている彼は「まさか」と思いながらもギルドへ報告するために回収したのである。
プレートは魔力によるビーコン的な役割を果たすために、エリアさえ絞り込めていれば探知は容易となっており回収も難しくは無い。もしニックが生きているならば、戦闘終了後に回収できている。
プレートは冒険者として登録できない奴隷には付与されないために、彼以外の安否を知る者はホーク達だけであった。奴隷のやり取りが割と頻繁なためにギルドとしてもいちいち変更を受け付けていられないという裏事情もあるが、基本として奴隷とは物と同じなのである。
そして、もう1つの拾い物。彼が空から見たアースドラゴンの鱗らしきものが、一帯に複数見受けられた。また、付近に巨大なクレーターらしきものも確認されている。
鱗は非常に傷ついていたために素材としては生かせないものの、予備として持っている自前の短剣で傷をつけようにも短剣の刃がこぼれてしまう程に強靭だ。それをここまで傷だらけにしているとなると、アースドラゴンに放った攻撃の凄まじさが伺える。
アースドラゴンがどうなったかは定かではないものの、あの時に飛行していた彼等にもBLU-122の衝撃派は感じ取れていた。何事が起ったのかは理解できていないものの、アースドラゴンに対する攻撃ならば、あの爆発規模も理解できる。そして、攻撃を受けたアースドラゴンは未だ発見されていない。
巨体ゆえに歩みが早いとはいえ、彼等ならば追いつける速度である。それが未だ見つかっていないとなると、排除された可能性が芽生えてくる。
では、誰が。
相手は古代神龍であり、当たり前だが簡単には倒せない。そのために、彼の中で芽生えた答えは2つある。
鳥か、この地で敗れ去ったExランク冒険者か。彼個人の意見としては、前者である可能性が非常に高い。5人の部隊と別れる前、エスパーダ達はこの結論に達していた。
古代神龍と鳥が同時に現れた理由、それは彼にも分からない。しかし、鳥が現れたことは可能ならば隠しておきたい内容だ。今はこの町のために動いている部分があるものの、根底としては西の帝国が有利になるよう立ち回るのが彼の使命である。
そのために彼は、「ニックが古代神龍と戦って命を落とした。恐らく致命打を与えたと思われる」という旨をギルドに報告している。彼が持つ実力を考慮するとあり得る話なことと他の者は鳥の存在を知らないために、この情報は通じることとなった。
徹底して表に出ないよう立ち回っているホークの策略が影響しており、結果として悪事を働いていた彼が英雄化している状況だ。しかし、その仮面も後には剥がれることとなる。
真実とは、いつか明るみになるものだ。タスクフォース8492に目が向けられることも、そう遠くない未来の話である。