12話 彼女の事情
「で?そんな歯の浮いた話はおいといて、なぜ彼女は喋れないんだ?」
確信を持っていた1つの事象を言ってみると、エンシェントの顔が固まった。彼女の顔も、若干だが変化する。『真顔』とは、この表情を示すのだろう。先程の無表情とは、明らかに違っていた。エンシェントなど、それに加えて開いた口がふさがっていない。
「……ホーク殿、何故それを。」
「ん?だって、着陸時から続いてる品のある動作をできるわりには挨拶の類が一切無いし、行おうともしていないじゃん。どこかのお姫さんか貴族の娘さんなんだろうな、とは思ってたけど……そうでなくとも、流石に礼儀作法として、おかしいでしょ。」
正直なところ種族階級に関する正解率は2-3割だったが、「きっとこうなんだろうなー」と思っていたことを話してみる。煌びやかさが無いことには何か理由があるのだろうけれど、歩き方を含む動作の1つ1つの正確さが、一般人のソレとは程遠いのよね。
どこまでが合っているのかはわからないけれど、とりあえずは正解の類だったらしい。二人は真顔のまま、目を合わせていた。
「……いや参った、正解じゃホーク殿。ハクは5年前より、喋ることが叶わない。この娘は元王女。我が、魔法に関する教えを行っていたことがあってな。」
その言葉の後、彼女は礼儀正しく一礼する。本当に品があり、流れるようにスムーズだ。容姿そのものがストライクゾーンど真ん中なことは事実であるせいか、思わず彼女に見とれてしまう。
が、しかし。先ほどエンシェントが放った、問題ありまくりの一言も聞き逃せない。
「元、王女か。」
「然り……ハクは5年前の戦争の生還者でな。勇者に掛けられた、呪いじゃ。声と力を封印されておる。最大限に魔力を使えば小声で喋ることができるのじゃが、疲労が激しくてな。先の行動は許してくれ。」
「申し……訳、ござい……ません……。」
凄まじく小声ながら、透き通るような声が聞こえてきた。これが彼女の声なのだろうけど、無理しなくてもいいのに。
「声が出なくて力も発揮できない、ね……。それで王女の座から降りた、いや、降ろされた、かな。」
「そうじゃな……。表向きは、降りたことになっておるがのぅ。古代魔法の解呪の類もすべて試したが、駄目じゃった。魔法すらも使わぬホーク殿達に、呪いのことを聞くことは御門違いとは理解しておる。じゃが藁にも縋るのじゃ、受け入れて欲しい。」
そう言うと、エンシェントは軽く頭を下げる。先程の説明で、彼女の事情と一連の流れは把握した。
しかし、何をしても不可能、か……。でも1つ、まだ可能性は残ってるよね?
「……なぁエンシェント。個人的な考えだが、勇者そのものを排除したら解けるんじゃないのか?」
「っ!!?そ、そうかぁ!!」
両手で机をバァーンと叩いて、エンシェントは立ち上がる。叩かれた瞬間、紙のコップが飛び上がった。中身は水だったが、飛び散らなくて何よりだ。あと机よ、よく壊れなかったな。
……てか、それよりも。さっき自分が言った可能性に気づかなかったんかーい。言っちゃ悪いが、5年間何やってたのよ。
あれか、問題に対して難しく考えすぎて見落としてるパターンですね。それなら分かるぞ、焦ると余計に深いところに原因があるんじゃないかと考えちゃうのよね。
「どうかなさいましたか!」
呑気なことを考えていたら、表に居た護衛兵士がHK416を構えて部屋に入ってきた。表情は強張っており、右手は引鉄に置かれている。あれだけ派手な音が出れば、この対応も仕方ないだろう。お勤めご苦労様である。
「大丈夫、エンシェントが興奮しただけだ。警備ありがとう、戻ってくれ。」
「ハッ、失礼します。」
「ってことでエンシェント、もうちょっと……いや、かなり落ち着いてくれ。」
「あ、いや。すまぬ、興奮した。」
反省したのか、彼は肩をすくめて座りなおす。子供みたいにシュンとしていて、見た目とのギャップが凄い。先程からハクさんも、目を見開いて驚いている。最初に見た仏頂面の顔が、こんな表情になるのも新鮮だ。
「話を戻すけど、さっき自分が言ったのは可能性の話だぞ?」
「う、うむ。それにしても勇者討伐とは、敷居が高いのぉ……。」
その発言を得たうえで彼女に目線を向けると、彼女も頷く。当事者とだけあって、勇者の強さは身に染みてわかっているんだろうな。
「いや別に、生け捕りじゃないなら敷居は低いよ。殺すだけなら容易い。ただまぁ、こちらとしても全軍での出撃になるからねぇ……。」
「致し方ないが、見返りが必要ということか。」
いや見返りとかじゃないんだけど……協力って言い方が正しいのだろうか。言い回しも難しいし、もうちょっと言葉を整理してから発言を……。
「私が……奴隷に、なります……。これで、は……不足で、しょうか……。」
「「……。」」
うーんと悩んでいた時に発せられた凄まじい小声の会話で、男二人の会話が途切れる。そんでもって、エンシェントの顔に数本のシワが寄っている。
そりゃ、そうだろうよ。そもそも、なんでそんな発言したんですかね。
「えーっと……ハクさん、意味わかってます?言い方はアレですが絶対服従です、奴隷ってそういうことですよ?」
それでも頷いてくる。いやいや、ホントに意味わかってる?なんで?
理解できんな。エンシェント、通訳。
「……なるほどのぉ。無力のまま追い出された国に戻るよりは、力を取り戻し仕えるべき主の元に居た方が良いという事か。騎士としての使命よの。それに我々ドラゴンの女子は、強き者に憧れる傾向があるからのぉ。」
最後の方は、声のテンションがオッサンである。何をニヤニヤしてんだよオッサン。おいオッサン。
「なら猶更じゃん。強いのは自分じゃなくて、部下の連中だよ。」
「その部下は、ホーク殿に従っているではないか。」
「そりゃ自分は、ここの総帥だからだよ。」
「ならば、それはホーク殿の強さじゃ。この世界では、そういうことになるぞ?」
「……そうなのか?」
「そうなのじゃ。」
そう言われても自覚がない。少なくとも、この基地で最弱であることは揺るぎないだろう。
一応は戦闘機から戦車まで「運転」レベルの操縦はできるけれど、ある1点だけを除いては下から数えた方が圧倒的に早い自信がある。その1点も戦闘そのものには関係ないから、こういう世界で評価されることも皆無だろうし。
「……お願い、します。どうか、家臣達の、仇を……何卒……。」
エンシェントと他愛も無い内容を話していたら、彼女は肩膝を床に着け祈願してくる。その唇は噛み締められているし、噛み千切らんばかりの勢いじゃないか……。
なるほど、自分の力を取り戻すためじゃなくてコレが理由か。奴隷など冗談かと思っていたが、まるで拒否したら自害しそうな勢いだ。ホント、阿呆な会話をしていたのが申し訳ない。
「……ま、まぁ我の考えはさておき、可能性があるならば試してくれぬか。これまでハクの呪いを解こうと様々なことを試してきて、3年前には試せることが無くなってしまったのじゃ。」
「……あのな、この状況じゃ断れんよ。自分たちの目標でもあるし、やってみるさ。」
申し訳なさ隠しに腕を組んでそう言うと、彼女が一層頭を下げる。一応これで、同意ってことかな。
「要望に関しては理解した。でも力は貸してもらうぞエンシェント、それが条件だ。」
「あいわかった。できることは協力する、申してくれ。」
こうして、自分達とドラゴンの亜人との間で協定が結ばれた。