17話 後始末
「……この世界の命とは、人間といえど安いものだな。」
彼女が血振りを行った直後。誰にも聞こえない声で、彼は静かに呟いた。同時に溜息を出してしまい、周囲の気を引いてしまう。
ハクとの戦闘でも分かる程の実力を持つエース級が、こうして誰かの陰謀のために命を落とす。敵としてではなく味方として出会いたかった感情が強まるが故に、溜息も増えるというものだ。
それでも直接的な攻撃対象ではない相手を確実に殺し、殺さないよう命令しないのは、互いに戦場を知るが故。演習でもない限り油断が死に直結することを、経験則により、二人は人一倍感じているのだ。
「総帥、あいつはどうします?」
「もう少し生かす。会話するのも癪だが、聞きたいことがあってな。」
残りの問題は、相変わらず氷に囲まれており脱出できないニックのみ。本来ならば同時にハクが殺している場面だが、それを行わないことには理由がある。
実はこの金髪が、以前に大陸の中心部で行われていた謎のサミットにおける参加者の一人ではないかとホークが睨んでいるのだ。移動可能な行動力と飛来していた方位により、疑っている程度の段階である。
P320とタクティカルナイフを構えつつ声の届く距離でホークが問いを投げると、ニックは何かしらの事象を知っている顔をする。一瞬だったもののこれは混乱と恐怖の中で本能的に出たものであり、ホークが見逃すはずもない。
また彼の予想通り、ニックは話す気が無いようだ。そこで彼は、露骨な飴を撒くことを選択する。
「……なにっ?喋れば殺さない、だと?」
その飴とは、混乱中でテンションが高ぶっている者でも理解可能な単純なものだ。ようは「話すならば殺さず、話さないならば殺す」という内容である。
とはいえ、虚言と分かれば話は別だ。地の果てまで追いかけ、命を奪うことを念押ししている。
「ああ、天に誓おう。貴様が事象を話すならば、タスクフォース8492は、絶対に貴様を殺さない。」
相変わらず無表情で言葉を発するホークだが、フードで頬から上が隠れているために謎の威圧感が発生している。それを聞いて顔を引きつらせながらも、ニックの口元が軽くゆがんだ。
絶対的不利な状況から脱出できるタイミングだと、状況に希望を抱いている。良くも悪くも「美人の奴隷とハーレムを築く」という単純な欲求を満たすために生きている彼にとって、喉から手が出る程の条件である。
結果として、彼は知っていることを洗いざらい話してしまった。秘密会議ということで互いの詳細な役職は分からないものの、人相の特徴は読み取れる。密かにボイスレコーダーを起動させていたホークは、一言もしゃべらず一方的に話を聞いていた。
2-3分で話は終わり、ニックは解放しろと喚きたてる。反撃防止という名目で視界から消えたタイミングで開放すると伝えたホーク達は、彼に背を向けて歩き出した。
更に1-2分すると、林の手伝いもあって、彼等の姿も視界から消え去る。この氷塊が解けるのも、時間の問題だ。有言実行が達成されそうな状況に、ニックの笑みも一層の深さが出てしまう。
此度の戦闘でコレクションを全て失ったものの、本体が存命ならば、また集めればよい。
生き残ることができた状況に気持ちは高ぶり、周囲の変化に気づいていない。上空から、独特の音色を奏でる特殊な「音」が近づいていた。
氷塊の中央で拘束されていた彼に直撃する、GBU-39:200ポンド空対地爆弾。先ほどのP320によりターゲッティングされた目標座標にGPS誘導で飛来し、みごと命中した形だ。
小型爆弾の中でも威力が低い分類とはいえ、人ひとりを屠るには十分な威力を持っている。ホーク達の後方で攻撃対象の命を奪い、「悪事」を働いていた冒険者の存在を消し去った。
「タスクフォース8492は、か。確かに約束は守っていますね、総帥。」
「だろ?自分は正直者なのだよ。」
GBU-39直撃のタイミングでフードを取りコートを宝物庫に仕舞ったホークは、ケラケラと笑いながらマクミランと会話している。目線は偵察機のモニタに繋がっており、生命反応が消えたことを確かに確認していた。
しかし、そんな表情も一時のみ。上空にガルム達が来ていたことを知っていたホークは、すぐさま連絡という仕事を行った。
《ホークよりイーグルアイ、戦闘終了だ。爆撃効果判定は確認した、見事なエアストライクだったと伝えてくれ。そちらも管制お疲れさん、航空隊を洋上に離脱させてくれ。》
《ありがとうございます。イーグルアイよりホーク総帥、了解しました。ビッグアイ3が上空に来ております、必要ならば呼んでください。》
《了解。それなら、ガルムが引き連れてる翼竜騎士の連中の監視と、ティーダの町の状況を偵察するよう伝えてくれ。》
《承知しました、ご命令を伝えます。》
この会話はガルムも無線で聞いており、彼の仕事はそこで終了。これ以上エスコートを続ける理由は無く、翼竜騎士から離れることを選択する。大爆発を遠目ながら視認しており混乱していた翼竜騎士一行を、突き放す形だ。
アフターバーナーは使わないものの出力を増したエンジンの轟音に一行は思わず耳を塞ぎ、翼竜も思わず距離を置いてしまう。瞬く間に消えゆく鳥を呼び止めるべく声を上げるエスパーダだが、エンジンノイズにかき消され、広大な空へ消えてゆく。彼女の心からの声が、彼に届くことは無かった。
瞬く間に遠ざかる背中を見て、行かないでと思う気持ちが強くなる彼女だが、いつまでもショゲては居られない。5人の分隊に対して先程の事象を陛下へ報告することを命令すると、一行はティーダの町へと戻っていった。
そこで目にしたのは、各国へと帰り行く使者の数々である。アースドラゴンという規格外の生物が突然と現れたために、それぞれの主の元へと報告に戻っているのだ。
エスパーダ達のように多人数で来て居るグループは、一部が戻り残りが留まるという選択を行っている。一応ながら主目標は鳥に関する情報であり、アースドラゴンが出てきたことが、何かのトリガーになっているのではないかと疑っているのだ。
もちろん、アースドラゴンが一撃の下に敗れ去ったことなど知る由もない。海沿いへ進み、どこかへ歩き去ったというのがエスパーダ達を除く各者の共通の認識である。
飛び立つ5人を見送ったインディは、宿へと再び歩き出す。アースドラゴンの出現で混乱しているのはティーダの町も同じであり、住民も含めてせわしなさが表れている。勝負になるかはさておいて、町の兵士たちは実力年齢を関係なしに全員が配備についていた。
「アースドラゴンなら死にましたよ」と言ってやりたいところが彼の本心だが、明らかに鳥が関係している以上、そうもいかないのが実情だ。鳥と同じく突然と現れた理由は不明ながら、今ここで情報を出すのは悪手である。
そんな理由を考えるために宿に居るはずの残り二人と合流するも、軽いツマミのようなものを食べながら両手で頭を抱えている。理由が思い当たらないところは彼も共感できるのだが、動作と感情が完全にミスマッチな状況が展開されていた。
「……それを食う必要はあるのか?」
「食べなければ頭が回らん!」
「安いのにおいしいですよこれ!」
エスパーダとロトが食べていたものは、塩味のポテトの薄揚げ、ようはポテトチップスだ。ホーク直伝の製法で厚みを持たせてあり、フォークで刺して食べるのがセオリーとなっている。
どれ試しに、とインディは行儀悪く手でつまむも、1枚で虜になってしまう。油で揚げていることは分かり胃もたれを警戒するも、疲れに染みる塩気と今までにない食感には勝てなかった。
結果として消費ペースは1.5倍になり、数分のうちに売り切れとなる。三大欲求の1つに浸っていた時間が過ぎ現実に引き戻され、「俺まで何やってんだ」と自己嫌悪に陥っていた。
何故鳥が来たのかとアースドラゴンに関して考えが思い浮かばないのはロトもインディと同じだが、エスパーダは+αの感情が付きまとう。子供のような純粋な興奮が、未だに脳内を駆け巡っているのだ。
当初と比べれば大人しいものの、アドレナリンの効果は続いている。頬はやや高揚し、ロト達と同じように思考を巡らせなければならないと考える今も、気分が浮つき落ち着きがないでいた。
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「なーんでピンポイントでコイツラだけ残ってんだよぉ~……。」
戦闘終了後、野宿で一夜を過ごした翌日。グローバルホークの歩兵スキャン結果を見て溜息を付くのは、タスクフォース8492のパーティーリーダー。アースドラゴンの騒動により、ティーダの町が元の町の静けさに戻ることを期待していた人物だ。予測通りに大半は消えたものの、現在エスパーダ達が宿泊している宿を借りているために、ティーダの町に戻れば鉢合わせは必須である。
そしてヴォルグ達によれば、間違いなくフェンリル王の存在がバレるとの意見で統一している。最悪はハイエルフの兄妹も判明してしまうとのことだが、それほどまでに魔法使いとしてロトが優秀ということだろう。一見すると隠匿されていた魔力探知の痕跡から、ヴォルグは完全に警戒している。
「んー……皆はどうだろ。補給も兼ねて、一回戻るか。」
「そうですね。そろそろ、基地が恋しくなってきた頃ですし。」
ディムースが同意した点に関しては各々も少なからず思っていたようで、一時帰還は足早に決定された。
そのタイミングで、1つの無線連絡が飛んできたようである。応対した隊員は、ホークへと問いを投げた。
「総帥、佐渡島(仮名)CICより通信です。「例の専用回線」ということで詳しくは存じていないのですが、開いてもよろしいでしょうか?」
「専用回線?ああアレか、なんだろ。りょーかい、いつでもいいよ。」
「いえっさ、回線開きます。」
呑気な声で会話する二人は、なんだろうかと顔に疑問符を浮かべている。その表情は周囲にも伝染しており、何かあったのかという不安に成長していた。
そもそもホークに対する専用回線と言うのは、何らかの連絡事項があり、かつあまり周囲に知られたくない時用に用意した回線である。そのために、彼は集団から離れて回線を繋ぐことにした。
《ホークだ。おや、ガルムか珍しいな……うん?地に足つけて見学したいって?》
《ああ、無理難題とは思うんだがな。メビウスの奴も珍しく似たようなことを言っていてな、何か妙案があればと思ってね。》
《別に来ればいいんじゃないかな?でも、今から一回帰るので宜しくどうぞ。》
《……タイミングが悪すぎるだろ。》
《自分に言うな自分に。タスクフォース8492の宿に居座ってる、アンタがエスコートした連中に言ってくれ。》
緊急ではないために何事か想像がつかなかったホークだが、内容としては非常に軽いものだった。原因を聞いたもののどうすることもできないので、ガルムはリョーカイと気の抜けた返事を行うと回線を閉じた。
直後にホークが第二拠点へ連絡を入れると、すぐさまフォーカス隊が離陸を行ったようである。海上を飛行し、日没に紛れてホーク達に接近することとなる。
そして予定地点にて回収されたタスクフォース8492は、西の町に背を向けた。何か忘れているようなと微かな疑問符が芽生えるホークだが、欲しかったニックからの情報はしっかりと得ている。加えて始末も終えているために、そこに関する積み残しは皆無である。
今までにない戦闘を経験した彼等の冒険は、ここで一段落を迎えることとなった。
縛られていた彼はいずこへ