15話 防衛
本文とは関係ありませんが、衝動買いにはご注意を(戒め)
全員が文字通り絶句し、マクミランとディムースは直接、他の隊員はモニタに映し出された、自分たちを束ねる長から目を逸らせない。珍しく兵器開発部門を行ったり来たりしていたホークだが、まさかこんなものを作っていたとは、誰も想像できなかっただろう。
索敵、照準、発射までをフルオートで行えるこの兵装は、彼が使える唯一の能力である宝物庫と、相性がピッタリなのだ。とはいえ流石に常時無差別照準と言うわけにもいかないのだが、照準を自在に行えるようカスタマイズが施されている。
トリガーは、やはり携帯しているP320だ。このハンドガンに装着されているレーザーサイトの照準を元にファランクスの追跡装置が解析を行い、目標をロックするのである。あとはホークがP320のトリガーを引けば、連動して射撃開始と言うわけだ。
彼も近接戦になればP320とタクティカルナイフでの攻撃が可能であり、その射程においてはP320でも威力は十分。そもそもにおいて至近距離まで接近させないことが重要であるが、そこは彼の立ち回り次第となるだろう。
ファランクスが可能だったら戦車砲やミサイルは?という話になりそうだが、単純に音・衝撃・照準・消費電力の問題で実用は不可能である。
彼自身から半径10mほどまで展開可能な宝物庫とはいえ、その2つにとって10mは真横に等しい。また、モノが宝物庫にある間は時間が止まるため、様々な部品が動くことにより弾が射出される現代兵器は、必ず全体を外に出す必要がある。彼の知恵により「土台ユニットの一部を宝物庫に格納した状態で固定する」という荒業が使われているものの、問題はすべてクリアしていた。
他の兵器に漏れずこのファランクスもカスタマイズされており、連射能力は毎分3500発にデチューンされている。その代わりに他の対策と合わせて放熱問題をクリアしており、重量を気にしなくていい点を生かして専用の弾薬供給ボックスを設けることで、本来のファランクスとは違う長時間の連射を可能とし、集弾性能も向上している。
それでも五月蝿いことには変わりないが、改修内容を静音化に振っている点がもう1つの特徴だ。先ほどの連射能力のデチューンと相まって、簡易的なイヤーマフを装着すれば耐えられる程度となっていた。
「始めるぞ、下がって耳を塞いでいろ。」
緑色のレーザー照準が目標を捉え、P320のトリガーが引かれる。モーターによりコンマ数秒でスピンアップしたバルカン砲から放水の如く弾丸が射出され、瞬いた時には閃光となって飛行集団に着弾している。オリジナルでは強烈なマズルフラッシュが発生するはずだが、フラッシュハイダーが装着されているため至近距離でも然程気にならない。
改修システムの影響で威力に関してもオリジナルよりも向上している故に、一発でも体を掠れば、人間程度は簡単に砕け散ってしまう。相手がフライゴーレムでも、同じ結果を得るのに必要な差は十数秒の時間だけだ。
僅か200m先の距離から1050m毎「秒」の初速で発射される20x102mmの高速徹甲弾 (APDS):タングステン弾芯)を同じ個所に浴びれば、いつかは強靭な装甲も剥がれ落ちる。弾丸の雨は休むことなく、その中身を切り裂くというわけだ。
しかし、そこは流石の古代兵器、そして数の暴力。数体を撃ち抜かれようとも群れは健在であり、史上初めて自分達にこのような傷を負わせた、眼前の人間を殺そうと接近中。あとは、既にゴーレムの数体を潰されて怒り心頭な己の主人の合図を待つだけだ。
「やれフライゴーレム!手数など造作もないわ!耐久と数に任せて押し潰せ!!」
その命令に雄たけびを上げながら、空飛ぶゴーレムは空中を前進する。戦闘機と比較すれば非常に遅い時速40㎞ほどであるものの耐久力はオリジナルの10式戦車並みで、数秒で3割弱の距離を詰めている。
古代龍相手に空対空ミサイルが致命傷を与えられなかったときと同じく、ファランクスではダメージソースが低すぎる。数機は撃墜できており被弾したゴーレムの動きは鈍っているものの、到底止まる気配は見せていない。
レーダーを見ればゴーレムの数が増えており、小出しではなく纏めて飛び掛かってくる様子を見せている。このままでは迎撃能力が限界を迎え、ゴーレムの一撃がホーク自身に届くことになるだろう。
「―――なるほど。」
空気に飲まれてしまったのか、ホークはフードの下で不敵な笑みを浮かべ、それと共にファランクスとは反対側の空間に波紋を浮かべる。するとあろうことか、波紋の中から別のユニットが姿を現した。
Mk.15 Mod.31 SeaRAM。ファランクスのベースユニットや火器管制を有用した、近SAM 11連装発射機である。早い話が、20mm機関砲ではなくミサイルを発射する防衛装置だ。
ファランクスの稼働中にSeaRAMを発射すると近SAMが撃ち落とされてしまうため、ファランクスユニットは宝物庫へと姿を消した。その代役と言わんばかりに新たなSeaRAMユニットが出現しており、手数の面でも問題は無い。弾幕は薄くなるものの、一発の火力は桁違いだ。
間髪入れずに、続けざまに現れる2基のユニット。先程と同じくコンマ数秒で目標を探知すると、すぐさま己の役目を遂行する。装填されているミサイルにも改造が加えられており、上下左右に並んだ44門のランチャーには小型の対地上ミサイルが搭載されていた。ちなみにこのミサイルも、弾体部分とシーカーをニコイチした兵器開発部隊お得意の魔改造品である。
念のためにオリジナルの対空ミサイルを積んだSeaRAMユニットも格納されているのだが、この世界における対空戦闘は時速500km以下が主である。そのために空対地ミサイルに対して機動力メインに改修を加えることで、一発の火力を重視しているのだ。
そしてやはり、P320のトリガーが起点となり攻撃が開始される。敵味方の絶句した表情が収まらない中で攻撃が行われるも、ロケットブースターによる凄まじい煙で何も見えなくなってしまう。
IRセンサーを使うDASなどのシステムにて光景を見ていた航空機部隊は、ハチの巣を成形するかのごとくミサイルを叩き込まれるフライゴーレム群の最後を見届けていた。結果は全て撃墜であり、更にSeaRamは残弾数を残している。同じ規模の攻撃ならば、あと一度は耐えられる程だ。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、言葉通りだ。」
真顔で呑気な言葉を発するホークに対して「全弾命中してるんですが」と言いたげなディムースだが、流石にこの空気で言えるほどメンタルは強くない。
当の本人はナイフを持った手を腰に当て、「終わったぞ」と言いたげな表情だ。目深なフードにより実際には見えないものの、雰囲気としては平常時のお気楽な調子に戻っている。
「き……貴様、貴様ああああああ!!!」
しかし当然、約一名ほど収まりのつかない人物もいる。やれ喧しいとホークが愚痴るも、それで静まれば苦労しないというものだ。いっそのことCIWSを打ち続ければ声が聞こえずに静かになるかと呑気なことを考えたホークだが、そういうわけにもいかないために溜息で誤魔化した。
とはいえ、それもおかしな話である。当初の彼は、ニックを殺す覚悟で挑んでいた。
あのまま攻撃を続ければ、そこで片が付いたはず。ニックというExランク冒険者とその奴隷たちの死でもって、誰にも知られることなく戦いは終わるのだ。
その事実を成すためには、攻撃が必要である。だが戦闘直前に彼自身が相手をすると言っていたアースドラゴンは既に息絶えており、作戦に準ずるならば攻撃を続行する理由は無い。その言葉の裏には、敵の本陣を任せるという意味が含まれていたのだ。
そもそもファランクスやCIWSとて本来は攻撃兵器ではなく防衛装置、彼の戦い同様にお役目御免だ。SeaRAMは再び宝物庫の中へと戻っていき、彼もニックに背を向けた。然るべき者に、バトンを継ぐために。
「―――ま、よく我慢した方か。まるで初期のメシ時を思い出す忙しなさだ、あとは任せたよ。」
「遺憾ですが的を得ております、マスター。アレ等を殺せば流石に世間体が悪くなります。8492の名を高めながら処理する方法として、是非ともお任せいただきたく。」
まるで、仕事を終えて帰宅した旦那を迎える妻の様。互いに終始穏やかな顔で言葉を交わし、顔を正面に向けたまま立ち位置が入れ替わる。
彼女はすれ違うタイミングで、珍しく下品な口調で彼に語る。その後頭部を横目で見ていた彼は、目を閉じて溜息をついた。
「なんだ、ハク。怒らないから、本音を言ってみなさい。」
「マスターに剣を向けるなど言い訳無用、奴等は死を持って償うべきです。」
そんなことだろうなと首を垂れ、彼は再び溜息をつく。
「んっ?」
すると、首根っこの少し後ろに、静かに手が置かれた。指先と思われる体温の温もりを感じて彼が顔を上げると、眼前には彼女の背中があった。前を向く表情は穏やかであり、先ほどの発言とは程遠い。
「冗談です、マスター。私も貴方のために、全力で戦いたいだけでございます。」
背中を向けつつも、まるで今までの暴言が無かったかのような終始穏やかな声で、その言葉は発せられた。発言の内容は嘘偽りなく彼女の本心であり、夫を侮辱された怒りを上回っている。
ホークもそれに気づき、ニヤリと口をゆがませる。そう言われれば、今までで1つだけ、彼女のことについて知らなかった事象を思い出した。
「―――なるほど。それじゃ、自分の知らないハクを見せてくれ。」
彼女は前に、そして皆から守られる司令官は後ろに。元より「司令官が戦うべきではない」とはホークの持論だが、彼はいつもの定位置から、戦いを見守ることとなった。
ホークすら知らない、彼女の姿。ミノタウロス戦やボーンスパイダーとの戦いにおいても発揮されなかった、その道を究めた者ですら最強の剣士と謳う彼女の実力だ。
それはホークも知らない、1つのエースとしての戦い方。彼女が人を殺めることに対する罪悪感もあるものの、全力を見れるという期待が遥かにソレを上回る。
先ほどとは逆に、彼にとってもこれから何が行われるのか予想だにできない。そもそも、自分の動体視力で捉えられるのかすら怪しいほどだ。しかし、そんな状況でも確信が1つある。
負ける気がしない。
彼が信頼する超エース級が戦場に赴いた時に心のどこかに現れる気持ちが、この時も顔を覗かせていた。