13話 がら空きへの一撃
一方、こちらは地上戦。まさかワイバーンの群れがさっそく葬り去られていることなど知る由もないニックは、余裕の表情でホーク達と対峙していた。
「さぁ来なよ、実力差で不利なそっちが先行だ!遺言でもあるなら、一言ぐらいは待ってやるよ!ま、弱い君では手も足も出ないだろうけどね。」
背中越しに最後の一言を吐き捨て去っていくニックは、ホークの強さ……つまりは戦闘面での弱小さを見抜いている。文字通り手も足も出ないホークだが、相変わらず手を組んで仁王立ちしていた。
怒るわけでもなく、追う仕草どころか動こうとすらしていない。目深なフードにより表情は読み取れず、かと言って殺気の類も皆無のために、何を考えているかハクですら把握できないでいた。
歩き去っていったニックは背中を見せており、無防備そのものだ。後ろからM82を使ったりハクがテイマー本体を仕留めれば終わる戦闘ではあるものの、ハクやマクミランは何も行わない。ホークが先ほど発した言葉を、忠実に守っている。
しびれを切らしたディムースは、思わずホークの前に立ってM14を敵に構える。単に舐められていることに対し立腹した、若さゆえの行動だ。彼としても自分に対しての暴言ならばスルーできるが、今回のものは頭に血が上ってしまった形だ。
とはいえ、彼もI.S.A.F.8492の隊員、それも古参の部類である。すぐさまそれがホークの意図にそぐわないと判断し、構えを解いた。
背中越しにホークを見るも、先程から変わらず接近しつつあるアースドラゴンを横目に、見えなくなったニック一同の背中と対峙している。ホークが反撃できないとたかをくくっていたニック達は、そのままアースドラゴンの方へと歩みを進めた。合流後は、その圧倒的な破壊力でもってタスクフォース8492を屠るつもりでいる。マクミランが見せた無敵砲台の攻撃能力が、彼等が直接相手する機会を奪い去っていたのだ。
とはいえ、その攻撃能力もアースドラゴン相手では歯が立たない。また、現実にホークは何もできないでいる。歩き去る集団はP320では射程外である上に、例えスナイパーライフルを使ったとしても彼のエイム力で狙うべき距離ではない。
それでも取り出される、彼愛用のP320とタクティカルナイフ。ナイフは左手の逆手で構えられ、P320を構える手首の下で垂直に交差されて刃は正面を向く。かねてよりホークが鍛錬を積んできた、彼用の近接戦闘の構えだ。
斜め後ろ近距離で構えを見るマクミランも、思わずうなる程の洗練さだ。もちろん実力的にはまだまだとはいえ、構えからくる力の入れ具合などに関する無駄のなさだけで言えば、文句なしのレベルに達している。このあたりは、ハクの指導の賜物だ。
「……それにしてもよく吠えた犬だ。確かに、私の強さは最強と言われる奴等の尾びれによって得た半端さだ。この身程度では貴様等、ましてやアースドラゴンを相手にできない、敗北は必須だろう。」
しかし今回は、いつもと違うことがもう1つ。この距離では相手には聞こえていないものの、彼は珍しく独り言を呟いている。いよいよ戦闘かと敵を相手に集中したマクミランとディムースだが、発せられたその言葉に耳を向けることとなった。
「だが面白いことに……エース達の背中に憧れ得た知識も馬鹿にできない。かつて生命が音から言葉を生んだように、得た知識に知恵を加えれば、面白い結果を得られるものだ。」
「総帥……?」
思わせぶりな言葉に反応し振り返ったディムースは身体ごと振り返り、フードに隠れたホークの表情を見て脇に逸れる。対峙前に「自分がケリをつける」と言っていたのを思い出し、邪魔をしてはならないと察したのだ。
戦う理由が、守るべき彼女のためなら猶更だ。ホークという名の雄は、眼前の脅威を排除するために牙を向く。何かを感じ取ったディムースもホークから距離を取り、タスクフォース8492の集団が居る位置まで後退した。
背中越しに笑いながら放たれた不敵な発言のあと、彼はP320のセーフティーを解除する。そして200m先のアースドラゴンを見据え、次のセリフを言い放った。
「ところで、遺言とは犬の群れにかける言葉のことか?ならば1つだけ手向けよう。―――真上がガラ空きだ。」
この場において、この人は一体何を言っているのか。声は落ち着いているものの、言っている内容が内容だ。
普段はお調子者のディムースですら、そう感じ取ってしまう程の呑気さである。眼前には古代神龍の防御タイプが居り、味方の航空部隊が接近中であるものの、空対空ミサイルでも手に余る状況となっている。
歩兵となると、猶更だ。M82はともかく、P320では掠り傷すら期待できない。
以前に古代龍へ行った攻撃効果を見るに、航空隊のGBUですら、一撃では片が付かないだろう。もちろん古代神龍相手にGBU-39を試したことはなく、この推察は後ろで戦いを見守る各々の直感だ。
その考えはマクミランも同じであるが、あのホークが自暴自棄になるとは思えない。彼は如何なる状況になろうとも、確実に勝利を掴み取る用意をして挑んでいる。
何事を行うのかと思考を巡らせた空間は、かつてない爆音と爆風及び衝撃波によって引き裂かれた。200ポンド爆弾を積むGBU-39の炸裂が子供騙しの如く思える程、文字通りの大爆発だ。
彼の言葉と同時に引き金がひかれた数秒後、アースドラゴンの居た空間が爆発したのだ。どこからか音が聞こえる間もなく、轟音と振動が一帯を支配している。
辺りは土煙に包まれており、爆発が見えたのは一瞬だけ。ホークの言い回しがあったために直感からか上を向き、ドラゴンの上部に何かが見えたと脳が反応した瞬間、目の前の光景は変わっていたのだ。
ハクの反応速度でギリギリ回避可能と思われる威力と範囲の爆発は、当然ながら相手の集団では不可能だ。ましてや、歩みの劣るアースドラゴンは猶更である。
大魔法程度のレベルではない炸裂の大きさに、空対地ミサイルという銃火器を知らない一行の身体は冷や汗が止まらない。彼等からすれば、目の前の黒い男は、詠唱無しでこの大爆発を発生させているのだ。
地面は高所から小麦を落としたかのように舞い地層単位で捲れ上がり、続いて巡航中のジャンボジェット機に轢かれたような衝撃波と熱波がニック一行に襲い掛かる。遠くからでも地面が捲れていることを視認でき肌で感じる熱風と衝撃はすさまじく、比較して距離のあるホーク達にも、ソコソコの衝撃が襲い掛かった。
とはいえ、I.S.A.F.8492出身のメンバーは知識があるので話が別。詳細までは不明なものの、何が起こったのかを大筋で把握できていた。
「ゆ、UAVから―――!?しかし総帥、この炸裂は一体!?」
「BLU-122、5000ポンド空対地爆弾。通称は向上型ペイブウェイIII、ディムースたちも見るのは初めてか。」
システム名称を、EGBU-28。慌てるディムース達に対して落ち着き払ったホークが説明したように、5000ポンドの弾頭重量を誇るGPS誘導の空対地爆弾だ。地下に作られる分厚いコンクリート製の防空壕を貫いて内部に大損害を与えるための爆弾であり、地上に居る生命を相手に使用するものではない。とはいえ、ホークが個人的に呼んでいた3機目のグローバルホークには、この兵装が搭載されていたのである。
弾頭のBLU-122は同じく5000ポンド爆弾であるBLU-113の発展型で、攻撃力を増強させた改良モデルである。オリジナルでは目標以外を巻き込むリスクも存在するが、35mもの厚さのコンクリートすら貫通する突破力は、アースドラゴンの強固な鱗が相手でも一撃で致命傷を叩き込める有効打だ。
現在ホークが右手で構えているハンドガン、P320。性能的には9mm弾を発射するオリジナルと同じなのだが、カスタマイズとしてレーザーサイトが装着されている。
このレーザーが起動中は、弾丸の発射とは排他的にトリガーを引くことが可能となっているのだ。そしてそのトリガーは、レーザーの色に応じて、ホークがスタンバイさせている近代兵器のトリガーを引くことになる。
今回の遠出でグローバルホークにBLU-122を持たせていたのは、単に彼の判断である。現在のタスクフォース8492における天敵を想定した際、ゴーレムのようなハード目標が危険だと察知していたための兵装だ。
今回の場合は空対地爆弾を投下する命令を実行し、ホークの上空において常に旋回待機しているグローバルホークからBLU-122が投下されている。爆弾そのものはGBUユニットであるためにGPS誘導となっており、着弾精度も非常に高い。驚くことに僅か数センチのズレでもって、目標に着弾した。
結果として、BLU-122は一撃でアースドラゴンの命を刈り取ってしまう。持ち前の貫通能力でもって背中部分の鱗を貫通し、五臓六腑を破壊。地面へと到達するために再び鱗を貫通しようとした衝撃で信管が作動し、無防備な内側で5000ポンド爆弾が炸裂したのだ。
これによりフラググレネードのような現象が派生し、強固なドラゴンの鱗が凄まじい速度でニックに向けて襲い掛かる。咄嗟に奴隷を「肉盾」にすることでそれを回避するも、油断を見せた一行は近くの木々に背中を打ち付ける格好となった。
「し、しかし総帥、これではあの金髪ごと巻き込んで―――」
「いや生きている。己の奴隷を盾にして衝撃波を殺すなど、中々に薄情だがな。」
携帯端末にうつる、生命反応。先ほどと比べて数は減っているものの、この反応があるならば死体ではない。ニックが奴隷を盾にしたのか奴隷自ら盾になったのかまでは定かではないが、ホークにとっては正に対岸の火事だ。
敵である以上、たとえ奴隷が襲撃を良く思っていなくとも関係ない。この戦いは、以前に野良のフェンリルが煽りに来た状況とはワケが違う。
黙ってはいたものの、彼も多少の憤りは感じている。そして向こうが殺す覚悟できたとなると、彼としても正当防衛の大義名分が実行可能だ。
与えられた言葉通りに最初の一撃を放ったホークだが、ニックからすれば当然ながら想定外の攻撃である。奴隷の一部を失ったこともあって怒り心頭であり、見てはいないものの攻撃実行者を殺そうと殺気を隠さずにホーク達に接近中だ。行ったり来たり忙しいなと溜息を付くホークだが、そんな溜息を付く時間も僅かである。
戦いの場面は、第二ラウンドへと移行する。ホークの元へと向かう途中で何かを仕込んでいたニックが、タスクフォース8492の前に姿を現した。
???「ダブルニードル!!」
これは真下ですね(笑)