12話 鳥の群れ
「は、速い……。」
「なんて速度だ、噂は本当だったのか……。」
高速で海の彼方へと消えてゆく、CFA-44戦闘機。実際には旋回飛行のためにしばらくすると戻ってくるのだが、翼竜隊の機動力が基準となっている彼等では旋回飛行と判断できない。彼等にとっての戦闘機とは、全てにおいて未知の世界に居るイキモノなのだ。
この世界における地上戦闘要員、例えばハクが見せる瞬発力こそI.S.A.F.8492の常識に収まらないレベルにあるのだが、空における飛行速度となると逆である。つねに音速のなかで戦闘を繰り広げる超エース級のパイロットからすれば、今のメビウスの飛行速度ですら中低速の域だ。
ジェット燃料の臭いが鼻をつきエンジンの轟音が耳をつんざくも、翼竜と騎士共にそんなことは全く気にならない。驚きと興奮、そして敵となった場合を仮定した恐怖など、様々な感情が隊員一人一人の中を駆け巡っていた。
一方のガルムやメビウスも、誘導する心配さはあるものの、翼竜騎士達が置かれている複雑な心境には全くもって気づいていない。今の二人がここに居るのは、単に空対地攻撃を実行するためである。空対空ミサイルしか装備していない二人だが、万が一の時は何かができるだろうと、ホークが居る地の空を飛んでいる。
重要なのは使用武器ではなく、攻撃という目的が成功するか否か。そして肝心のホークからの攻撃指示を待っている状態であり、いつサインが来ても正確に攻撃でき、かつ翼竜騎士を巻き込まないように注意を払っている。
《警告、警告。交戦地点よりワイバーンらしき飛行物体が飛び立った。目標群は2つ、アルファとブラボーとする。共に真っ直ぐガルムゼロが居る方角に向かってきている。目標群アルファはBRAA2-8-0数12、ブラボーは2-6-0数6、共に距離2000、高度500から上昇中、交戦を許可する。》
付近を飛んでいたイーグルアイにより、ニックの追撃は探知される。当該区域の探知モードが今回の事例において適切な空対地モードに設定されていたこともあり、飛び立った十数秒後に目標を探知することに成功している。
距離的な問題で、一定高度以上ならばガルムやメビウスの機体に装備されているレーダーでも探知可能だ。そして二人ならばアンノウンを見逃すことはあり得ず、イーグルアイもそれを把握しており、あえてその区域に関しては空対地モードとしていたのだ。
オリジナルのE-767には空対地モードなるものは存在せず、大雑把に分類すると空対空もしくは海上を索敵するモードの2パターンのみである。早期警戒機の一種であるE-8:ジョイントスターズに搭載されている空対地の索敵レーダーを流用し、全方位における早期警戒を可能としているのだ。このレーダーは前部胴体の下部に装着されるために、ロートドームとの物理的な干渉は無い。
とはいえ、流石にシステム上の制約で3つのモードは排他利用となっている。I.S.A.F.8492のE-767ではロートドーム部にあるAN/APY-2レーダーを改修したものが搭載されており、空対空の索敵能力が向上している。海上索敵モードではクラッターの影響を微小ながら低減することに成功した程度だが、裏を返せばそれほどまでにオリジナルの性能が良いということだ。
AN/APY-2レーダーによる早期警戒システムの特徴として、周囲360度を数ブロックに区切って探知モードを切り替えることができる点が挙げられる。オリジナルの索敵システムの設定はブロックごとに空対空もしくは海上捜索のどちらかを選ぶのだが、そのシステムに先程の空対地を追加した格好だ。
イーグルアイはホーク達が居るエリア以外をパルス・ドップラーレーダーによる高精度測定(PSED)に設定しており、これによりワイバーンの数と高度が露呈した格好だ。報告を受けたメビウスは、すぐさま急旋回を行うとワイバーンの方角へと機首を向けた。
《イーグルアイより各機、電子支援を実行する。メビウス13、ドライブ、ドライブ。》
本来のE-767には搭載されない戦闘空域における電子支援システムだが、これはAoAオリジナルのシステムだ。某フライトシューティングコンバットにおけるE-767は、友軍機のミサイル追尾能力の向上と敵機から放たれたミサイルの追尾能力低下という電子支援の一種を実行でき、それを反映させている格好だ。オリジナルのE-767にも一応ながらESMの一種は搭載されており、その発展形とされている。
CFA-44よりコールサイン:ドライブで射出される高機動ミサイル「ADMM」にとって電子支援がある状況は、まさにバナナを得たサル状態。正面に対し斜め方向という相対速度が大きく難しい角度ながらもAIM-9Xもビックリな気持ち悪い程の旋回能力を見せ、吸い寄せられるように12発全てがワイバーンに直撃した。
《メビウス13、目標群αの撃墜を確認。ブルー隊、アムラームにて目標群βの撃墜を確認。空域オールクリア。全機、空対地攻撃は指示を待て。》
空対地攻撃に関してはイーグルアイから待機を命令されるも、指示を待っているのはガルムとメビウスだけではない。ガルムの左翼100mの位置に、フォード1から発艦したブルー隊、F-35Cの5機編隊がゆっくりとした速度で追い付いてきた。速度を一行と揃えるものの、大きな主翼を持ち低速に強いF-35のC型なだけに、ガルムよりは非常に余裕のある状況である。
空対地攻撃を担う3機の搭載兵装は、GBU-39とAIM-9X。オーソドックスでセオリー通りの装備だが、共に最高峰の性能を持つ攻撃兵装である。1番機と2番機は空対空の装備となっており、GBU-39の代わりにAIM-120Dを抱えていた。
準エース級な彼等と言えばI.S.A.F.8492基準では聞こえが悪いが、実力は確かである。一糸乱れぬ完璧なデルタ編隊でもって、まるで同一人物が操っているかのような安定性を見せている。速度の次は安定性に目を奪われたエスパーダは、思ったことを口にした。
「見ろインディ、別の鳥だ。綺麗に飛んでいる。惚れ惚れする編隊だ、私たちに真似できるかな?」
「冗談だろ隊長。この速度域であんな高レベルの精密編隊飛行、できるやつが居るのかよ。」
半笑いで皮肉に応答する彼だが、内心は冷汗に塗れている。以前に見た攻撃力による豪快さもさることながら、現在の飛行速度であれほどの精密編隊飛行が行えるとなると、パワーとテクニックの両方を兼ね備えていると判断できるためである。低速ならばエスパーダ達も真似できるが、時速200㎞となると難易度は跳ね上がる。
柔の技を取得したハクのように、パワータイプが小手先の技術を身に着けると厄介極まりないものである。それはエスパーダ一行も承知しており、予想に反して攻撃に関さない部分ではあるものの、鳥のレベルの高さを再認識するのであった。
《こちら空中管制機イーグルアイ、ブルー隊へ。戦闘区域の状況が怪しくなってきた。目標地点への攻撃用意、APデルタへ到達可能なルートを飛行せよ。》
《了解だイーグルアイ。ブルー各機は飛行ルートを指定AP到達コースに変更、左旋回で行くぞ。》
《イーグルアイよりブルー隊、空対地攻撃スタンバイ。》
《了解。ブルー各機、ターンレフト・ナウ。》
《Copy that.》
そして、戦闘機の編隊が動くこととなった。アースドラゴンの接近具合から、そろそろ命令が来そうだとイーグルアイが判断したためである。
F-35Cの5機はアフターバーナーを点火してガルムを追い越し、左方向へとバンクしながら猛烈な加速を見せる。補助翼を使用するだけの旋回とはいえ、編隊を維持したまま飛行機雲を引きながら遠ざかる姿は、それだけで画になる代物だ。
その5機は最初こそ同じ飛行ルートを辿るものの、まったく同じタイミングで5方向に散会する。空中管制機からの連絡が加わって完全に戦闘態勢に入っており、編隊を解除して違うルートで飛行していた。
対空担当である1番機と2番機は3から5をアシストできる位置におり、逆に3から5は、3機のうちどれかがすぐさま爆撃を実行できる位置にスタンバイしている。メビウスやガルムと言った空対空の部隊は他にも居るのだが、もちろんそれらの部隊との連携も完璧だ。
一方、ブルー隊の加速の様子を見ていた翼竜隊一行は、例によって開いた口がふさがっていない。鳥の戦闘方法に関しては全くの不明なものの、飛行物体としての格の違いを、再度見せつけられた状況だ。
加速、最高速、安定性、上下左右方向への機動力。その全てにおいて、鳥と呼ばれる物体は、彼等の超エース級であるエスパーダすら、比較にならない次元に達しているのだ。
《ブルー1よりブルー3から5、GBUの状態を再確認しておけ。》
《了解、こちらブルー3。空対地攻撃レーダースタンバイ、GBU-39の投下準備OK、トップアタックにて可能。》
《ブルー4スタンバイ。隊長、命令はまだですか?》
《焦るなブルー4、総帥からの攻撃命令は出ていない。APへのルートをキープしろ、いつでも行けるようにしておけ。》
《4、了解。》
《こちらブルー5、いつでもどうぞ!》
そして各機は、攻撃のための最終準備を整える。あとは彼等の主による一言で、汚い花火大会が開幕となるだろう。いくらアースドラゴンとはいえ、GBU-39の直撃を受けては無傷では済まない。
とはいえ、この攻撃は、あくまでAWACSが想定しているものである。現在の部隊配置や戦闘状況を見極め、過去の実績から攻撃パターンを予測し、確実性の高い方法をセレクトしているのだ。
自分がアースドラゴンを屠ると発言したホークの言葉を聞いていたイーグルアイだが、現状では航空隊の空対地攻撃で処理する以外に考えが思いつかない。セオリー通りであり、I.S.A.F.8492では幾度となく行われてきた方法だ。
しかし、此度の戦闘でホークが所属しているのはタスクフォース8492。そのために、彼は全く別の方法を思い描いていた。