11話 エスコート
ブクマ400達成となりました!
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海沿いの空域では、ワイバーンとエスパーダ隊による高密度なドッグファイトが展開されていた。現在の天候こそ問題が無いものの集団戦では不利なことと、近くでは積乱雲が育ってきているために余裕も僅かである。
アースドラゴンは依然としてどこかへ進んでいるものの、進路上に町は無い上に追いかける余裕は彼女たちにはない。まずは、何故か目の前に現れて攻撃を仕掛けてきたワイバーンの駆除が急務となっていた。
視界の範囲内で隊長が繰り出した未知の機動を見ていたインディだが、それが鳥に由来するものだと彼も理解はできていた。遺憾ながら彼には真似することはできないものの、それでもやれることはいくつかある。
まずは、高度を失いマニューバのダメージを負ったエスパーダのカバーである。周囲の配置を確認し、最適と思われるコースを選択した。
「ッオラァ!!」
「ヒギャァァア!?」
スライスバックを決めて高度が下がったエスパーダに対し速度で上回るワイバーンが上空から襲い掛かるも、攻撃直前で彼のランスが突き刺さる。単調になっていた機動の隙を、インディが見事に刺しぬいた形だ。貫かれたワイバーンは悲鳴を上げるも、成すすべなく落下していく。
そんな彼を狙うワイバーンに対しては、ロトが遠距離から魔法弾を叩き込む。偏差射撃がしっかりと決まっており、撃墜とはいかないものの攻撃を中止させるには十分だ。
かつて敗北と同時に世界の広さを知った彼等は、短い期間ながらも猛特訓を重ねている。戦術を除く交戦能力に必要な全てをかつてより1段階押し上げており、戦い方さえ間違えなければ負けることは無い。
狙うは連携を崩した敵であり、深追いをしない戦い方が重要となる。フリーとなった彼は、連携を崩しているワイバーンを探すべく動き出す。次はどいつだと、彼は目まぐるしく空間を凝視した。
ドクン。
心臓が、1度だけ強く鼓動する。
「―――空が、光った。」
方位0-8-0。まぎれもなく洋上であり、雲の上の遥かな高み。
思い返せば、あの時もそうだった。特に気に留めていなかった光景で他の二人にも気のせいだと言われた事象だが、思い返せば、あの時も同じ景色を視認していた。
光るはずのない、青い空。白と青のコントラストが織りなす、その狭間。自分たちはまだ知らない、雲の上にある未知の世界だ。
「エスパーダァ!!」
突如の雄たけびに驚いたエスパーダだが、彼がこのようなことを行うのは稀である。その大抵が直感的に何かを察した時であり、従うべきことが多いのだ。
「空が光った!あの時と同じだ、撤退するぞ!!」
具体的な光景は言わなかったものの、当時インディが呟いた謎の言葉は彼女達も覚えている。高度は二の次で、速度を求める。一刻も早くこの場から離れようと、水面ぎりぎりまで急降下することを決意した。
普段は体感しない、翼竜にとっても限界に近い速度域。文字通りに空気が目の前に立ちはだかり、風圧を受ける身体は重く動きも鈍くなる。低空であることも、その現象に輪をかけていた。
しかし、やはりワイバーンは剥がれない。野生故に無駄な機動をとっているものの、しっかりと追撃の体勢をとっている。
機動速度で言えば翼竜はワイバーンには敵わないが、そこは騎士の腕前でカバーしている。このままいけば、鳥の攻撃に巻き込まれないよう距離を取ることはできるだろう。
「そんなっ……。」
思わず、そう呟いてしまう。現れたのは、彼女たちと一緒にこの地へ来た別の翼竜騎士の部隊だ。
高度こそ3000mと高空にいるためにワイバーンが上から被さることは無いが旋回が間に合うはずもなく、このままでは彼らが攻撃を受けてしまう。数の差では不利を多少は巻き返したものの、質の差となれば依然として歴然だ。
ふと海上を見れば、発生している積乱雲。雷こそ発生していないものの、姿を隠すには十分だ。彼女たちは速度と引き換えに高度3000mに達し、そのまま別部隊を引き連れ進路を変え、雲の中へと突入することとなる。
逃げている最中の獲物が急に進路を変えたため、ワイバーンが選択したコースは無駄に距離を取るものとなっていた。この点は彼女たちが持つ運以外の何者でもないのだが、結果としてワイバーンの群れと距離を取ることに成功する。
エスパーダたちはそのまま雲に突っ込み、発生している強い雨の洗礼を受けることとなる。続いて飛び込もうとしたワイバーンは、これまた予想外に別の洗礼を受けることとなった。
「こ、後方で爆発音!」
「なにっ!?」
雲の中でエスパーダたちにも聞こえていたものの、別部隊の5名は輪をかけて動揺していた。後方で突如として爆発音が響き渡り、それは豪雨の音すら掻き消す程だったのだ。
遅れて聞こえてくる、聞いたことのない轟音の類。爆発音ではなく魔法でもこのような音を出す技はないために、既に5名の翼竜騎士は混乱状態だ。音からして鳥がワイバーンを排除したことは想像てきていた3名だが、そのことを冷静に説明している余裕はない。
「居る……この音、鳥だ!左方向雲の中だ、間違いない!」
「嘘だろ嘘だろ、なんでこんな時に!!」
別部隊ほどではないものの、いざとなると彼女たちも興奮状態に達してしまう。真っ暗で視界が効かない左翼方向の空間を見つめるも、雨粒に交じって彼女の頬を冷汗が伝う。それはインディとロトにも伝染し、もはや冷静な判断は不可能な状況だ。
聞き覚えのある轟音は、間違いなくジェットエンジンが放つソレである。しかし、何故鳥がここに居るのか、何故このタイミングで現れたのかは、誰にもわからない事象だ。
ティーダの街を守るためならば、現れるタイミングは更に早いはず。正解を言うとホークの命令により待機していただけなのだが、事情を知らない者にとっては謎でしかない現象だ。
「で、でもインディさん!先ほどワイバーンを排除したのが鳥なら、こっちに攻撃は仕掛けてこないはずでは……。」
「俺もそんなことは考えたくないが、攻撃を受けない保証もないだろ。今は祈るしかない!」
「全員、絶対に攻撃するな!雲を抜けた先に何かが居ても今の飛行進路と速度を維持、わかったな!手を出せばこちらが消し飛ぶぞ!!」
エスパーダは声を荒げ、後続の別部隊にキツく注意を行う。皇帝直々の命令と言うこともあるが、鳥の強さを知る彼女の本能が、絶対に敵に回してはいけないと最大の警告を鳴らしている。
その警告を受けた一行も、尋常ではない様子を察して素直に頷く。彼らにとってのエースが言うのだから、従わないわけにはいかないのだ。
「ギャァァァス!」
「えっ、そろそろ雲を抜けるの?」
ロトの相棒が叫んだその直後、突然と視界が切り替わる。雲の境目に達した翼竜騎士一行は、勢いよく雲から飛び出していく。
照りつける太陽の光で、視界がくらむ。雨粒を纏った『彼』が雲から飛び出してきたのは、全く同じタイミングだった。
左翼へと首を向けたままでいた彼女の視界に映る、己を縛る鎖を噛み千切らんとする赤い犬のエンブレム。ADFX-01の垂直尾翼に君臨するその文様から、片時も視線を逸らせない。
それを見るだけで、意に反して心が震える。幾たびの戦場を超えて今有るが故に、いかなる状況だろうと冷血であるはずの血液が、煮え滾るように沸騰する。最小出力とはいえ轟音の類であるジェットエンジンの音すらも掻き消し、跳ねるような胸の鼓動だけが自身の耳を支配する。
彼女は何度、まみえたいと望んだ事だろう。そして、どれほど会いたいと望んでも、いくどとなく空振りに終わったことだろう。とはいえ、そんな結果も今となっては思い出の一部にとどまっている。
かつて沈みかかっていた自分達の命を掻っ攫うように救い上げ、空の彼方へと姿をくらました鉄の飛行物体。未だその全貌は明らかにされておらず謎めいた部分が9割以上を占めるものの、3人からすれば、鳥の正体とは、英雄以外の何物でもありはしない。
その鳥に乗る『彼』は、再びHMDバイザーを上げてエスパーダとアイコンタクトを行い、「機体の下方を飛び、我に続け」と言わんばかりに手草を行う。理解したエスパーダもそれに従い、後続の翼竜隊に「鳥に続け」と指示を出した。
後方では、「アレが鳥か」と目を見開いている騎士が多数である。確かに見た目は鳥だが情報どおり金属製と判断でき、どのような原理で飛行しているのか、武器は何なのかと、見ているだけで様々な疑問が生まれてくる代物だ。
その集団をエスコートしているガルムは、実のところ飛行するのに必死である。前進翼かつただでさえ超ピーキーなセッティングとなっている機体である上にスロットルは失速寸前まで絞っているために、いつ揚力を失っても不思議ではない状況なのだ。蝶が羽ばたけば台風が、という言葉があるが、今の彼は蝶が羽ばたいた風で落ちかねないほどである。
それでも外から見れば完璧なまでに美しく奇麗な飛行を見せるのは、超エース級故の力技である。理論値でしか制御を行えない電子制御より精密と言っても過言ではない操縦テクニックは、このような場面においても他のエースの追従を許さない次元に位置しているのだ。
「っ!?エスパーダさん、後ろから何か来ます!速い!!」
「何っ!?」
そんなガルムの苦労も関係ないかのごとく左翼上空200m先を通過していくメビウスは、時速800㎞ほどで警戒飛行中。超低速飛行中のガルム一行をアッサリと追い抜き、高度を維持して旋回飛行を行っていた。
《メビウスよりガルム、合流はできたようだな。ホークたちの邪魔にならないよう手を出したのは理解できるが、そこに居る連中の誘導は任せて良いのか?》
《問題ない、空対空のアシストに入ってくれ。こちら一行は、安全空域で遊覧飛行とさせてもらおう。》
《了解した、いまだ交戦指示は出ていない。以前に迷惑を掛けた借りを返そうとする気持ちは分かるが、程ほどにしておけよ。》
《ああ。》
《あと、間違っても落ちるなよ。》
《結構つらい。》
非戦闘中のためか珍しく軽口を叩き合う彼等だが、エスパーダ達を安全空域に誘導している点は、ガルムの性格である義理深さが現れている。8492の飛行隊は誰にも危害を加えることなく魔物の軍勢を攻撃することが可能だが、彼が行っているのは万が一を考えた誘導だ。爆発の破片が命中すれば、彼等にとっては致命傷となってしまう。
一方、轟音と共に豆粒ほどの大きさになるメビウスの飛行速度は、翼竜騎士の間で噂になっていた通りである。実際に目にするまで微塵にも信じられなかった一行の心境は、ほぼ同じ内容で埋まっていた。