11話 異空間収納とドラゴンの美女
「ホーク殿、1時間ほど時間を頂けないだろうか。忙しければ後日にする、迷惑をかけるつもりはない。」
タスクフォース000が出撃した翌日。朝っぱらからやってきたのは、エンシェントドラゴンだ。実は3回目ということもあり、基地もそれほど混乱していない。彼は着陸するなり人の姿になり、挨拶してくる。
挨拶ついでに他愛もない話をしている時に判明したのだが、自分の知らない間に2回目の訪問があったらしい。その時はマクミランに落とされかけたようだ。いくら自分が所用で対応できなかったとはいえ、偵察部隊から接近の情報はあっただろうに。来客相手に何やってんだアイツ。
あ、そういやAT教団(地対空歩兵。誘導能力が乏しい対戦車ミサイルを長距離誘導して航空機に当てる変態)の称号持ちだったな……まさかな。
よく生きてたなエンシェント、誇って良いぞ。
さて、現在のこの島……いつまでこの名称なのか不明だが「佐渡島(仮名)」は、タスクフォース000が出撃して臨戦態勢となっている。しかし未だに、シルビア王国に動きはない。正直この基地ではやれることもなかったので、エンシェントを空軍基地の来客室に通した。お茶にするかどうか悩んだが、当たり障りがないよう水を出すと、直後に黒いコートのようなものを渡してくる。
「これは?」
「うむ。ホーク殿が使えそうなものがあったので、迷惑料にと持ってきたのじゃ。緑色の男には、前回来た時に別の物を渡しておる。」
緑色とはマクミランのことだろう。しかし何を貰ったんだろう、戦いが終わったら聞いてみるか。そう言って渡されたのは、インナーフード付きの黒色のロングコートだ。
首と胸部の2か所に、それぞれ小・大の襟があり、丈は足首の上10cmで丁度いい長さである。肩幅等も若干余裕がある程度で、収まりが良い。革製であり、腰には固定用のベルトもあるため、使用すれば風もシャットアウトするだろう。フードも目深く被ることができ、黒髪と黒目を隠せそうだ。
正直、デザインは……昔やっていた某アサシンゲームに似た感じである。ありがちなデザインとはいえ、著作権が発生するんじゃないか、ってぐらいに似ている。でも個人的には好みなので問題ない。これぞ、The.暗殺者って感じだ。
「昔我が使っていたものなのじゃがな。それは対象の気配を遮断するものなのじゃが、逆に探知もできなくなってしまう。勇者に対して魔法で攻めぬならば、役に立つと思ってな。」
おお、確かにそれは役立つ。こちとら魔法なんぞ使えないから、魔力張り巡らせて物体探知ーなんて真似は無理だからね。
早速装備してみると……何もわからなかった。当然ですね。
「うむ、しっかりと気配が遮断されているぞ。」
それにしてもコートについている気配遮断って魔法じゃないんだろうか。あれかな、魔法を使いそうなエンチャント系とは別で、特殊能力的な奴なのかね。物は言い様か。
まぁ、効能があるなら十分か。で、要件ってなんだろうか?
「状況は理解していると思うが、こちらは作戦の詰めの段階でね。勇者国に動きがあれば、そちらを最優先するぞ。」
「是非もない、その点は理解しているつもりじゃ。こちらとしてもホーク殿の所の暗殺部隊が動いたのは察知できたのじゃが、肝心の勇者側の動きは微塵もない。故にここ数日ならば、時間が取れるとふんで参ったのじゃ。」
なかなか鼻が利くドラゴンだ。それも年の功かな?
とはいえ、言っていることは事実である。正直、相手方に動きがなければ、こちらも出撃は不可能だ。
歩兵部隊はともかく、戦車部隊やストライカー装甲車で構成される輸送部隊を隠しておく場所はないだろう。そのため出撃後は、いつ何時見つかるか、気が気でない。基地から出航してしまえば丁度1日で到達するのだが、敵に情報が知られてしまう点が、未だに不安要素として強い。
「提案なのじゃが……どうじゃ、我に貸しを作る気にはならぬか?」
「随分とストレートな要求だな。」
「うむ。ホーク殿の暗殺部隊を援護できるので、どうかと思ってな。」
エンシェントが言うには、タスクフォース000が降り立った部隊にエンシェントの眷属を配備し、付近の魔物を遠ざけるというものだ。一応勇者国の近隣なので、勇者側に察知される可能性もゼロではない。しかし、あんな山に入る人間は居ないとのこと。
自分からすれば、マクミランが気兼ねなく狙撃できる環境を整えられるため大賛成だ。隊員の生存率と、作戦の成功率も上昇する。よくよく考えれば、000と野生の魔物が戦闘になって、勇者側に気づかれる可能性もあるからね。一応サプレッサーが付いてるけれど、音が出ないわけじゃないし。
その点を考えれば、これはGOサインを出すべきなのだろう。しかしその前に、ダメ元で1つ聞いてみた。
「質問を質問で返すのだが……勇者国の周囲に兵士を隠したい。期間は最長でも4日5日程度と予想している。場所はシルビア王国の東西と南、広さは500m四方。王国への街道沿いが望ましい。隠れる際は夜間に移動する。」
「ふむ……南側は厳しいのう。場所を東西の2箇所として、東側を1㎞四方のエリアとするならば可能じゃ。東側から南側への移動は多少時間がかかるが、南に潜伏する場合と、あまり差はないと思うぞ。」
「そうか、いや十分だ。その内容とさっきの護衛内容で動いてもらいたい、必要があれば指示は出す。」
「あいわかった。では、その2点について動いておこう。暗殺部隊の地点には、今から眷属を向かわせる。」
思ってもみない収穫だ、聞いて良かった。マクミラン達の安全も確保できるうえに、王国に襲撃する陸軍を隠しておく方法まで確保できた。ちなみに野生の魔物を遮断する地点は、狙撃地点から1㎞半径とのこと。タスクフォース000の位置は、眷属が勝手に判断するらしい。
眷属を敵と誤認してフレンドリーファイアにならないよう、事前に情報を入れておく。本当、情報は大事だ。うん、戒め。
さて、あとは「貸し」に対する要求だが……?
「で。手を貸してもらっておいて言うのもなんだが、何が狙いだ?」
「うむ。やはり気づいておられたか。」
そりゃそうだよ。その手は昔から、よくあることじゃないか。
「実は……とある呪いをかけられたドラゴンを、見て欲しくてのう。」
「呪い?呪術か何かか?自分達からすれば、全くのお門違いになるのだが。」
そう、呪術なんぞは全く分からない。それどころか、魔法ですら基礎もわからないというのに。それこそ、呪術のじゅの文字も分からない、というやつだ。蠱毒やら藁人形ぐらいなら理屈程度を知っているが、その程度の知識である。
そのことを伝えたうえで話を聞くと、この世界で行えることは古代魔法レベルも全て試したらしい。それでも呪いは解けなかった、とのことだ。そのため、エンシェントが触れたことの無い知識を持つ自分達に見てもらいたいとのこと。だったら尚更、自分達の手に負えるとは思わないが。
それでも彼には借りができたので、見るだけ見てみると約束する。エンシェントは頭を下げると、遠回りして大陸へと戻っていった。彼曰く、4日後に、対象のドラゴンを連れて来るらしい。遠くに居るとのことで、時間がかかるとのことだ。
そのあいだに、大陸での待機方法などについて、将校のみんなと話し合っておく。半信半疑な点もあるが、そこは信用するしかないだろう。何しろ現状では、隠れる手段がないからね。
その手順で、各部隊が用意を始めた。自分は野戦調理班と、話を進めている。
「作戦後に皆に振舞えるように、炊飯車も用意しておこうか。」
「ハッ。レパートリーは、総帥直伝の豚汁とカレーですね!承知しました、大量に用意しておきます。」
「まーたそれかよ、お前等よく飽きないな。」
豚汁とカレーは、自分の軍隊お馴染みの2種類だ。8492の創設時からしばらくは自分が料理を担当しており、その頃の名残のレシピとなっている。リアル生活に関しては学生故の金欠気味な一人暮らしだったため、食事はほとんど自炊だった。そのため、ある程度ならレパートリーもある。
自分が持つ、数少ない、ちょっとした自慢の1つだ。あくまで「男の料理」であるため居酒屋のような旨さもなければ見た目など二の次であり、そこはご了承だけれども。
とはいえ8492に加入した皆が悉く気に入り、今ではすっかり定着している。今の担当は炊飯部隊及び調理スタッフだが、先ほどのメニュー2つのレシピは当時から変わっていない。ちなみにカレーに関しては、使っているルーに市販のスパイスを追加している程度である。賛否両論あれど、若干シャバっとしたカレーが、自分流だ。
「総帥、現地住民の分は考慮した方が宜しいでしょうか?そうなりますと、炊飯車が足りなくなりますが……。」
「あー、そうだね。でも鍋の在庫って、あったっけ?」
「鍋だけでしたら大量にございます。あ、全て蓋付きです。」
現地住民のことを忘れていた。好感度アップを狙うなら、行うべき行動だろう。しかし彼が言ったように、炊飯車が足りなくなる。鍋があるのならば、女神からもらった、あの能力を使うとしよう。
「それなら、この島で先に作っちゃって。自分の異空間収納なら時間の経過がないから、いつでも作りたてで取り出せる。」
「承知しました。出来上がりましたら、ご連絡します。」
「宜しくどうぞ。」
さて、これで食料面も大丈夫だろう。あとは、足りてない武器があるかどうか、見回るか。
翌日には大量の豚汁とカレーの鍋が厨房に並んでおり、試しにカレー鍋の1つを異空間に収納していく。鍋の下に空間の入り口をイメージすることで、金色の波紋と共に、鍋がゆっくりと沈みだした。周囲が「おおっ」と驚く。自分でも驚く。
……なんだか某慢心王っぽいエフェクトなので、この際「宝物庫」と呼んでしまおう。異空間収納だと名前が長い。舌を噛みそうだし。
宝物庫をイメージすると、中に鍋が1つある状況が脳内に浮かび上がった。その鍋をイメージすると、臭いまで判別できる。テーブルの上に宝物庫内のカレー鍋をイメージすると、先程の波紋と共に、鍋がゆっくりと下りてくる。随分と優れた能力だ。
宝物庫の使い勝手が分かったので、片っ端から調理鍋を収納していく。空き容量はまだまだ余裕があり、コンマ1%も使っていない状況だ。
ちなみに3日目に1つを取り出してみたが、出来立て同様のままだった。時間停止は本当らしい。
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そして特に動きもなく4日が経過した時、再びエンシェントがやってくる。今回は、情報通り「連れ」が居た。
白いドラゴン。第一印象は、それだった。本当に真っ白だ。大きさ的にはエンシェントより一回り小さいぐらいで、十分大きい。
真っ白な身体の所々に、控えめな水色のラインが刻まれている。模様ではなく幾何学的なラインであるため人工物を連想させるが、明らかに生命だ。着陸許可を出すと、何も言わずに着陸した。エンシェントとは違って極力音が出ない配慮がされており、思わず「ほぅ」と呟いてしまった。
個人的な感想だが、品があるような動作に感じる。動作の1つ1つが細く、流れがあるのだ。このような立ち回りができるとは、かなり教養が有るということか。そうなると、貴族や王族クラス……振る舞いからするに女性だろうか?考えすぎかね。
そんなことを想像しているとエンシェントが人の姿になり、その後に彼女の姿が人化する。
「突然つれてきてスマンのぅ、名をハクという。ハク、こちらがホーク殿じゃ。」
礼儀よく頭を下げたあとに見せる、凛とした姿勢、そして表情。表情に関しては、無表情とも読み取れる。興味がなさそうな目で見つめてくるが、その実、自分の一挙手一投足を逃さずに見定めている。ははーん、こりゃ戦い慣れしてるな。
向けられた視線は、戦闘中のマクミランを思い出させる。彼女ほどではないが、彼の視線もこのような感じだ。鮮烈さはないが、ひしひしと感じる。正直、彼女の視線は怖いほどだ。
立ち話も何なので、接客室まで移動してもらう。水を出したあとにエンシェントと自分は椅子に座るが、彼女は立ったままだ。横目で見るが、座る素振りがない。
「で、エンシェント。見た目では正常なのか異常なのか全く分からんが、この女性の呪いを見ればいいのか?」
「それもあるが、以前ホーク殿が言っていた条件とも合致するのじゃ。」
……何か言ったっけ?記憶にございません。いや、本当に。思い出せないので、素直に聞いてみよう。
「……えーっと、何か言ったっけ?」
「うむ。以前、「そんな強い女性がいるならぜひとも紹介してほしい」と、申しておったではないか。そちらも、ついでにどうかと思ってのぅ。」
……言ってたな。うん、間違いない。「勢いで何言ってんだ」と自分でも思っていたから、よく覚えている。まさかあれがフラグだったとは……。
しかし確かに、目の前の女性は、見た目としてはドが付くほどのストライクコースだ。単に美人というだけではなく、自分好みの女性の究極系と言っても過言ではない。あくまで外観の話だが。
スレンダーな体系で、腰までストレートに伸びた薄い水色のロングヘアー。遠目から見ても、シャンプーのCMに出てくる女優と同等レベルでサラついているのがよくわかる。顔立ちは完璧なまでに整っており、キリっとしながらも大らかさが覗ける碧く深い瞳は、文字通り宝石のような輝きと深さを兼ね備えている。
額に角、耳の上の位置に羽があるのは龍族だからだろう。ヒールを履いていない状況で身長は自分とほぼ同じだ、女性で175cmとなるとかなり大きい。
肌は白人よりも白いが、かと言って血色が悪い白さではない。そしてこの距離で見ても、化粧が必要ない程、きめ細かく張りがある肌だということがよくわかる。
服装も印象的だ。パッと見で露出と呼べる場所はなくストイックな印象を与えながらも、衣服の薄さやスカート丈など、彼女の魅力は失われないように表現している。それでいて、厭らしさや下品さは微塵もない。白を基調として、それに刻まれた青のラインがアクセントとなっている。同様のコートと共に、静かな品格を醸し出していた。
……これが同じ人型の生き物なのかと、疑ってしまう。それもあるが、自分がコレほどまでに他人の容姿を褒めたことは初めてだろう。口には出していないが、感想を思い返して恥ずかしくなる。
「……ほほーぅ。その反応からするに、印象は悪くはなさそうじゃな。」
オッサンがニヤニヤしながら、顎を手に乗せている。オッサンかよ。オッサンだった。
「いやさぁ……見とれない男が居るならば、同性愛か幼女愛好者ぐらいだろーよ。」
照れ隠しに、正直な感想をぶつけてみる。細目で抗議しながらを忘れない。
しかしエンシェントの発言は、場を和ます冗談ではないか?彼の口調が、前回や先ほどと比べて落ち着いていない。何か言いたいことを、いつ切り出すか迷っているんじゃないだろうか。
話が切り出しづらいなら、いっそこっちから聞いてみるか。十中八九、コレに関係することだろう。
累計ユニークが300を超えました。5件のブックマークもいただきまして、皆様のおかげです、ありがとうございます。
戦闘パートは14話~を予定しております、大規模戦闘になりまして数話続ける予定です。もうしばらくお待ちください。