9話 歩く無敵砲台
後方へと飛び退き距離を取ったハクだが、ニックはそんなことを気にすることなく前進している。続く奴隷の女性陣も、後方で歩みを止めたホーク達を気にしつつ続いていた。
一方で停止し腕を組んで集団を見ていたホークは、今のところニックの意図を読み取れないでいる。状況的に攻撃が飛んでくることを予測していた彼は、ニックの後ろに続く女性陣の姿が歪んだことを不思議に感じていた。
光景を視認したハクは、突撃を選択するか躊躇する。しかし現状、己の夫からの攻撃指示は出ていない。
また、もし彼女が差し違えれば残っているのはI.S.A.F.8492の遠距離部隊のみである。空に仲間がいることは分かってはいるものの、どれほどの攻撃に対処できるかは彼女の知識では未だ不明だ。空対空の戦闘以外を知らないハクは、航空隊の空対地攻撃能力を測りかねているのである。
結果として、彼女は防衛を行うことを選択した。半歩だけホークの視界を遮り、いかなる攻撃をも撃ち落とすべく握る手に力が籠められる。
一方で、ニックの手により目の前で繰り出された光景を見て、マールとリールは絶句してしまう。あり得ないという正直な感情と共に、理解できないという意見が脳内を支配した。
テイマーとは、魔物、特に魔獣の類を使役して戦う者を指す言葉。ホークとヴォルグ夫妻の関係が分かりやすい例だが、使役する魔物というのはテイマーの傍にいることが定石である。
同等程度に弱いと一般世間で認知されているサマナーは、魔力により生成物を作り出し、それを使役して戦闘する。あくまで魔力により生成された物体であり、こちらは魔物の類ではない。
そのために、召喚するかのように空間から魔物を生み出し攻撃する方法など姉妹の知識には存在しない。襲ってくるのが凶悪と知られるオークキング3体であることは視認できるが、そうなった経緯については全くの未知の世界だ。
驚愕、困惑、疑念、そのなかでも理解したいという種族柄の本能的な欲求。様々なロジックが姉妹を支配し、正常な思考を阻害していた。
「っ―――!?」
阻んでいたものは、1秒間に行われた3度にわたる発砲音と共に消し飛ぶこととなる。有無を言わさず意識を現実に引き戻し、今の姉妹にとっては戦闘が開始されたことを認識させられる特徴的な音だ。
林の奥深くまで響く発砲音を聞き、鳥たちは空へと逃げ惑う。地上生物も同様だが、本能と状況が、ここにいては危険だと全力で警告を鳴らしている。
3度にわたって行われた攻撃もまた、姉妹にとっても未だ理解できていない事象である。大きな音が響いたと同時に毎度の如く敵の頭部が弾け飛んでいるという、攻撃の理屈すら分からない前代未聞の状況だ。
今回も例にもれず展開された正面の光景を見れば、一応は把握できるニックの攻撃方法など些細な問題である。そして、緊急時に相手の攻撃を理解しようとしていた自分達の心境を悔やむこととなった。
現在行われているのは、殺戮だ。未遂で終わったものの、目の前の集団は自分たちを殺そうと魔物を放ってきたのである。このような状況を前にするならば状況を理解すべきであり、自分たちの興味など二の次にするべきだ。タスクフォース8492という集団の中で生まれた、彼女達の新たな心境である。
それでもやはり理解できたのは、大音量の何らかの音が3回響いたということだけ。時間にして1秒も経っておらず、音に驚き振り返るまでの時間の方が長かったかもしれない。足を止めて振り返ったのは、ニックも同じだ。
その程度の時間で、まさかオークキング3匹の頭が消え去るなど、全くもって想像できなかっただろう。それは攻撃命令を出していないホークも似た心境であるが、理由を察することができたため、気にすることなく前を見続けた。
「き……貴様!今、一体何をしたあああ!!!」
救出時から続いていたニコやかな顔は姿を消し去り、般若のようになってしまっている。こめかみの付近には血管も浮き出ており息も荒く、非常に興奮した様子を見せていた。
理由としては単純で、必殺と考えていた己の攻撃が綺麗に無効化されてイラだっているだけである。分かりやすい話が、ただの短気だ。己の力に自惚れて欲しいものを欲しいがままにしてきた男ゆえに、ストレスに対する耐性が無いのである。
その声はホーク達にも届いており、攻撃実行者のマクミランはヤレヤレと言わんばかりに溜息をついている。似たような相手はいくらか知っている彼等でも、これ程の極端な男は見るのも初めてだ。
「……豚の飼い主風情がよく喚く。すみませんね総帥、これはタスクフォース8492に売られた喧嘩だ、故に俺も買わせてもらう。」
「ただの挑発だ気にするな、と言いたいところだが私も豚に興味は無い、続けて攻撃を許可する。なんだったら久々に、二つ名の由来を見せてくれ。」
「……なるほど、承知しました。」
呼ばれた彼は、相棒とするM82に対してリロード作業を行うと、コッキング動作を行い銃口を斜め下方向の地面に下げる。その身体に力は入っておらずにリラックスした姿勢であり、とても戦闘態勢とは思えない。
歩みもゆったりとしており、まるで景色を楽しみハイキングを行うような調子である。前方に居るニックの奴隷が美人ぞろいとはいえ、流石の彼もこのような状況、特に展開された状況をつまみに酒を飲む趣味は無い。
先程のように亜空間らしきところから現れる、緑色の魔物。いつかダンジョンで彼が相手した魔物であり、群れるとなると厄介な代物だ。
今回はダンジョンの時と比較して倍の数が居り、わき目も振らずマクミランに向けて突撃を開始した。前回のマールやリールの情報通りに連携力もあるようで、既に左右に展開するそぶりを見せている。
「ゴブリンキング――――」
己の役目を、忠実に。そう考えていたマールとリールだが、報告のために口を開いた瞬間に、敵集団の頭部はものの数秒で消し飛んだ。僅かに腰を屈めて構えを取る攻撃実行者は力強い発砲音のなかでも微動だにせず、全滅を確認すると高速のリロード作業を行った。
そして再び、リラックスした体制で歩みを進める。相手がゴブリンキングになろうが大型のウシ型、犬型の魔物だろうが、その程度のことは関係が無い。
次々と禍々しい魔物が現れるも、繰り広げられる惨劇は先ほどと全く同じだ。全ての頭部は打ち抜かれ、どれだけ早く動こうが同一の結果だけを残している。
攻撃対象が大きかろうが、素早く動こうが、小型で回避行動を取りながら動こうが。M82から放たれる12.7x99mm 装甲貫通弾が貫通する限りは、もたらされる結果は1つである。
頭部を散らせた輩の攻撃は彼に届かず、ただ大地の栄養と成り果てるのみ。そしてこの結果を作った攻撃者は、止まることなく歩みを進めている。
時にはスコープすら覗かずに、時にはまさかの腰撃ちで。それでも弾丸は確実に頭の位置に飛来しており、いかなる状況だろうと敵の生存を許さない。
十分に強者と言えるディムースですら絶句する程の狙撃精度を発揮しており、何度見ても適切な言葉が見つからない。どこかの世界には因果を逆転させる魔法があるらしいが、その系統の魔法でも使っているとしか思えない現状だ。かつて2度ほどは見たことがある光景でもこうして繰り広げられると実力の裏に隠された努力を想像し、他人ながらも銃を扱う者は心が折れそうになる。
事実、彼は天性の素質に加えて鍛錬を続けていた。かのゲームにおける架空の人物であり最強の狙撃手、マクミランの名を背負うために日々の努力は怠らない。彼自身も尊敬したSASに所属する特殊部隊、プリピャチの地で憧れ背中を追ったエースの名に恥じぬよう、己の名折れにならぬよう。
そして何より、そんな彼を抱えるI.S.A.F.8492そして総帥ホークの名に泥を塗らぬために、持てる能力は隠さない。そのような環境で生まれてしまった「歩く無敵砲台」と言われ広まり恐れられた彼の隠し持つ牙が、今ここに神髄を見せている。
それでも、AoAの頃とは違っている部分も存在する。通常の彼ならば容赦なしに奴隷やニックを打ち抜いているのだが、それを行わないのはハクの影響が隠れている。M2重機関銃を弾くほどの反応速度と実力を彼も見ているがために、同じExランクの相手も同等ではないかと疑い攻撃に躊躇が生まれていた。
また、現状の敵は、マクミランが作り出した状況に驚いている様子を見せている。ここで攻撃を行えばヘイトは間違いなく彼自身に向けられるため、そうなれば近接戦闘になり間違いなく不利な状況に陥ってしまう。
とはいえ、その程度の内容に負けるつもりがないこともまた彼の本音だ。タクティカルナイフのみ使用可能な戦闘ならば確かに分が悪いものの、ウェポンズフリーの状況下では話が違う。
一回こっきりの奇襲じみた内容であるものの、彼は相手全員を葬る手筈を用意していた。過去に誰にも見せていない、ホークも知らない彼だけの戦術、ようはオリジナルの技である。ニックの奴隷側としても目の前の緑色の物体が何をしてくるのか想像できず、こちらも迂闊に動けずにいた。
しかし、そのような状況でも。ニックの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
《こ、これは!?大尉、引いてください!!》
その表情が生まれた理由は、数秒後に判明していた。偵察部隊が捉えた状況は、彼ですら撤退せざるを得ないものであったのだ。
CODにおける大尉の設定は最強ではありませんでしたが、COFでは最強と言う裏設定です。
最強と言うよりは、一番人気のスナイパーですね。