7話 群団vs軍団+発酵菌
「何が起こった!?」
「門だ、門が崩された!」
「なんだって?こっちは兵舎が建物ごとやられたって聞いてるぞ!?」
「えっ!?そんな情報は来ていないぞ、本当なのか!?」
この世界では同時と言って良いタイミングで、2か所の重要拠点が破壊される。更には稼働戦力も大幅に削られており、現地の戦闘員は大混乱に陥っていた。
睡眠を取っていたり早めの朝食を食べていた戦闘員も何事かと武器を片手に集まりだすも、現場で何が起こっているのか、どこからも情報が来ないでいる。大規模な盗賊団なだけに、情報伝達ルートも設定されていた。
緊急時のルートも例外なく確立されていたものの、ホークが放った一撃により分岐点の元となる部分が絶たれている。そのために、事態を把握する機能自体が完全に殺されている状況だ。
現場レベルの指揮官は居るものの、緊急事態と把握できるものの想定外な状況に「なんとかしろ」との類の命令しか出せないでいる。これにより現場のやる気は更に下がり、混乱と相まってほとんどの脚は止まっていた。
しかし大規模な盗賊団だけあって、数分もすれば、とある情報が入ってくる。正門より何者かが侵入したとの報告が、高所に居た見張りより広がっていた。
方位と大まかな人数は割れているために、流れは自然と侵入者の討伐へと移行する。分隊と呼べる集団ごとに、各々が敵が居ると思われる方向へと消えていった。
「な、なんだ?」
侵入者を狩ろうと一行が向かい始めたタイミングで、謎の音が響き渡る。今までに聞いたことのない音であり、表現すらできないような種類だ。
それが7.62x51mm NATO弾の着弾音と知るのは、冥府へ辿り着いた時の話である。近接戦闘ということでHK417を持つディムース率いる第三分隊が先頭に、次々と迫りくる分隊を蹴散らしていた。
「どうやら本格的にバレたようだな。ハンドサイン解除、側面や屋上からの奇襲に注意しろ。」
「イエッサ。隊長、援護位置に着きます。前から来ましたよ。」
「俺は側面を見る、奴等を黙らせろ。」
「了解、寝てもらいましょう。」
そんな会話もむなしく、援護位置に着く間もなく最初の分隊が表れる。向こうの武器は剣や槍という近接武器なだけに、隠れることなく一直線に進んできている。
8492の面子からすればどこぞの国の特攻隊員を思い出し気が引けるものの、敵は敵だ。躊躇なく銃口を向けてトリガーを引き、ヘッドショットにて確実に仕留めている。
「クリア!」
「前進しろ!」
「ライトサイド・クリア、あの壁まで走れ!」
「GoGoGo!」
一行は瞬時に敵の分隊を蹴散らすも、発砲音から位置が特定されてしまっている。敵が出した音だとは盗賊側も把握していないものの、異常な状況で発せられる聞きなれない音は、そこで何かが起こっていると本能的に知らせてしまっているのだ。
例によって再び敵の分隊が現れ、ディムース達はHK417に装備されたホロサイトを覗き込む。ものの数秒で剣や槍を持った兵士を片付けたものの、その背後から背筋が凍る光景が飛び出した。
「RPGセカンドフロア!!!」
正面に僅かに見えた煙のような航跡に対し思わずRPGと判断した隊員の一人が叫ぶと、すぐさま全員が射線外へと飛び退いた。冷静に考えればこの世界にRPGなどあるわけがなく単なる魔法による攻撃なのだが、咄嗟の反応となるとそこまで考えが回らない。とはいえこの反応速度こそが、彼らを今まで生かしてきた根底でもある。
柱の陰から再び顔を出したマクミランは、魔法攻撃が残した軌跡を頼りにコンマ数秒で照準を設定。トリガーを続けて2度引き、2名の頭部に弾丸を叩きこんだ。
「左翼より弓兵!!」
魔法弾による攻撃は、連携された攻撃であった。右利きが多い謎の侵入者は、攻撃の際に背を左に向けるという1つの欠点が露呈してしまっていたのだ。このあたりを把握する能力は、腐ってもAランク級と言われる集団なだけはある。
8492の隊員が射撃を行うも、相手もまた熟練の弓兵だ。歩兵スキャンにて「人の集団が居る」と把握はしていたものの、いざ奇襲されると対応は難しい。姿を現してから射出までの時間も極僅かで、数の暴力と相まって全てを防げるものではない。弓兵の何人かを倒すことはできたものの、十本以上の矢が飛来してしまった。
死角となる左から矢を放たれたマクミランだが、咄嗟に地面をけって瞬間的に移動する。そのまま小屋の影までスライディングを行い矢の雨を回避すると、ハンドサインにて合図を行った。
《了解、砲撃支援を開始する。》
仲間の状態をしっかりとUAVにて確認していた、後方支援を行う彼等の長。105mm砲や有効射程2000mを誇るM2重機関銃にて、長距離から敵の弓兵を排除する。それらの後ろに隠れていた、魔法を使い攻撃するグループも同様だ。
石造りの建物から突如として出現しバルコニーのようなところから奇襲をかけていた一行だが、建物を巻き込んで崩れ去る。衝撃波はマクミラン達の下にも届いており、衝撃の強さを物語っていた。
《ターゲット群への近接弾を確認、効果判定……奇襲部隊をすべて排除、前進せよ。》
《了解です、助かりました総帥。》
《砲撃支援はオフライン、狙撃位置を変えるため移動する。》
結果として奇襲グループは壊滅し、第二・第三分隊は目の前の敵に集中できることになる。迫りくる敵の分隊を次々となぎ倒し、戦線を押し上げた。
ハンドサインの時よりも明らかに鋭い、各々の連携。リロード中も常に他の隊員がカバーを行い、決して隙を作らない。撃つことができ撃たれる可能性のある射線には、常に銃口が向けられている。
《砲撃支援スタンバイ、ポイントをマークせよ。繰り返す、砲撃支援、スタンバイ。》
ホークの偵察・砲撃支援もあって小さな城下町を突破した一行は、そのまま石造りの城内へと雪崩れ込んだ。城と言ってもシルビア王国の城と比べると犬小屋程度のものであり、実際に奴隷監禁部屋を除けば10部屋も存在しない。
誰からの指示もないために現場判断で動いた結果、彼等は歩兵というコマを使い切ってしまっていた。よもや数百の兵士全てが返り討ちにあっていようなど、想定にしていない。
最後のあがきにと部屋に立てこもるも、シルビア王国でも活躍した指向性爆薬によりドアは跡形もなく吹き飛ばされる。その瞬間にフラッシュバンやスタングレネードが投げ込まれ8492の分隊が突入し、盗賊は抵抗する間もなく散っていった。
一行は一番奥に到達し残り最後の部屋となり、再びハンドサインによる確認が行われる。扉の形状は今までと比べて明らかに豪勢な造りとなっており、俗に言うラスボス、盗賊の頭であるワーラが待ち構えている状況だ。
ディムースが指向性爆薬をセットし、全員が壁に張り付いた。数秒後に爆薬が炸裂し、ドアの真後ろで待機していた衛兵は吹き飛び絶命することとなる。
直後に突入したのは、マクミランだ。M82ながらも瞬時に敵の頭部を射抜いており、それによりワーラは戦意を削がれてしまっていた。一矢報いてやろうと覚悟していた彼だが、彼と同等の防具を装備していた衛兵が一瞬で全滅してしまい、途端に己の命が惜しくなってしまっていた。
腰を抜かした彼の前に立つのは、顔の見えない人型の集団だ。謎の杖を向けられており、それは先ほど光と共に衛兵の頭部を消し去った存在である。それが自分に放たれれば、同様のことになるとは理解できていた。そのために大人しく彼等の言うことに従っており、現在は縄に巻かれていた。
「……鍵はどこだ?」
冷たい口調で口に出したのは、ギリースーツのマクミランだ。どこの鍵とは言わなかったものの、マーラには地下の奴隷保管場所の鍵だということがすぐにわかる。
そして奴隷とは、彼にとっての宝そのものだ。加えて自分自身を殺せば絶対に鍵の場所は分からないために、彼はテンプレート通りの回答を行ってしまう。
「け……ケッ、言うもんか!」
その回答の後に彼の目の前に出されたのは、拳サイズの1つのプラスチック容器。今日の出発直前、ホークがディムースに渡していたものである。ワーラの目にもそれが容器であることは理解できたものの、見たことのない素材に目を奪われていた。
しかしそんな好奇心も一瞬で掻き消す、鼻を付くにおいが漂ってくる。隠しきれない隠し味とは誰かの名言だが、密封容器に封印されていたところで、至近距離では漏れてしまうレベルなのだ。
「おいディムース、まさかそれは……。」
「おっ、流石です大尉。おそらく正解の、『液』ですよ。」
「……ハクさん、退避してください。総員、ガスマスク装備。」
「「「イエッサ。」」」
「は、はぁ。」
突然の退去を命じられ、彼女は入口へと戻っていく。残党が残っていないかのチェックも兼ねているようだ。
「何気に俺らも酷いッスね。」
「じゃぁ無しで耐えてみろよディムース。」
「無理っす無理っす。A○フィールドすら貫通するでしょコレ。」
「もちろんだ。」
「なっ、何をするというのだ!」
単語の意味を理解できないものの、何か非常にまずいことが起こっていることだけは実感できた彼。直感と呼べるレベルの判断だが、的外れではないこともまた事実だ。
少なくとも。今までに受けてきた拷問訓練など全く役に立たないことだけは、直感的に理解していた。
「ディムース、蓋を取れ。」
「イエッサ。オープン・The・プライス。」
開けられるパンドラの箱、いやただのプラスチック容器。しかしその中身は、拷問に使うにしても外道と呼べる代物だ。
封印されていたものは、名をKUSAYA液。この世界の拷問のセオリーである水攻めや痛みを伴うモノとはベクトルが全く異なる、文字通りの生き地獄を展開するには十分だ。
メイド・IN・ジャパンの名を掲げる魚譲りのアミノ酸がたっぷり配合された日本最強の対人用嗅覚殺戮発酵液が、身体を固定されたワーラの前に展開された。
「―――――!!!??」
直後、彼の頭は思考を停止する。これほどの刺激臭が存在していいのかと、その正体を考えるロジックが本人の意図とは関係なしに脳内を支配し、正常な処理を許さない。発酵と言う調理法が無いこの世界においては、人工的に作られたこのニオイに耐性のある者は居ないのだ。
むしろこれは、直感的な退避行動である。これを作り出した民族ですら謹んで遠慮する者が大半であるKUSAYA液を眼前に真っ当な思考を見せていては、胃酸がトン単位であったところで足りはしないのだ。
「そら、即席のフェイスマスクだ。」
それが、ゼロ距離。文字通り、鼻の先だ。どこから取り出したのかキッチンペーパーにソレが浸され、バンダナを口に巻くかのごとくセットされた。
強烈を通り越して絶望的な状況に、精神が耐えられない。止め処なく涙が流れ出し、鼻水で嗅覚が塞がれようが謎の臭いは容赦なく貫通してきている。顔を左右に振ろうにも、発生源が鼻先にあっては意味がない。
そして囁かれる、悪魔の言葉。鍵の場所さえ伝えれば、己の身はこの生き地獄から解放されるのだ。また、ここで嘘をついては次に何が出てくるのかと恐怖心が襲い、虚言をつく勇気は生まれない。
そう考えた瞬間、彼は鍵の場所を吐いてしまう。念密に隠された額縁に存在を確認した隊員は、KUSAYA液を窓から放り投げた。科学的には問題ないが、生物的に環境汚染かどうかは不明である。
そして縄を解かれたワーラに「臭い消しのための食料」が渡された。「ここを引っ張って開けろ」との説明を受け、彼はすぐさま内容を実行してしまう。
缶に記載されていた名称は、「シュールストレミング」。確かに、KUSAYA液の匂いを上書きという意味で消することはできるだろう。
彼の意識は、ここで途絶えることとなった。
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無事に制圧も終わり、一行はホークと無線にてやり取りする。なんとなく中身が何なのか分かっていた彼は、ため息交じりにその後の「対応」を懸念していた。
シュールストレミングとは、本当に臭いのキツイ食材なのである。部屋の中で開けたが最後、しばらく匂いがこびりつく程だ。
《そっちまで使ったのかよ。どうすんだ、食い物を粗末にするなよ?》
《いや、俺食えるので粗末にはしませんよ。》
《まじで!?》
「すげぇ……。」
《ビューティフォー.》
万単位の人数が居れば、変り者も混ざっている。使用された食材は、胃袋に収まった。
食べ物は大切に扱いましょう。
……くさや液って食す文化はあるのでしょうか。