6話 役割
翌日、日が昇り始めようとしている時間帯。なんだかんだで彼等タスクフォース8492が活動を開始する基本時間となっており、今となっては慣れたものだとはホークの弁。朝が弱い彼も、任務となれば話が別である。
夜勤組が起きる30分ほど前から第二・第三分隊は行動を開始し、既に朝食を終えて準備の最終確認を行っていた。そうこうしているうちにホーク達も起床し、簡単な朝食を取ることとなった。
この時、突入後しばらくして雨雲の発生・接近が予報されている。積乱雲の一種らしく、スポット的なものとはいえ天候の変化にも気を配る必要があるようだ。
もちろん、この点に関しても内容の深い議論がなされることになる。これまでの戦闘もそうなのだが、むやみやたらに突撃というような行動を取ることがないホークの戦術は、ハクからしたら新鮮そのものだ。どんなときでも睡眠と食事の確保を基本とし情報を共有することで、兵士一人一人の性能を限りなく発揮しているのだとすぐに分かる。
言うだけならば簡単な事項とはいえ、念密な作戦計画がなければ実施することは不可能だ。この世界では作戦指揮官よりも現場兵士の判断が優先され、兵科に関しても重要視されることが多いために新鮮度合いは猶更である。
しかし一度経験してみれば、実戦数は少ないものの戦闘に集中しやすい環境なのだと理解できる。余計なことを考えずに済むために、目の前の戦闘状況に集中できるのだ。
この点は、I.S.A.F.8492におけるホークと兵士が過去から続けてきた関係である。彼も言っていたが、現場レベルとなると専門的な知識と迅速なレスポンスが求められるために、知識量の差や伝達ロスを考えるとホークの判断を待っていては都合が悪いのだ。
この度の戦闘も、同じ理屈が適応される。彼等一行を敵に発見されず現場まで連れていくことがホークの仕事であり、そこから先は彼等の任務だ。何やらディムースから預けられていた拳サイズのプラスチック容器を宝物庫から取り出し彼に渡していたものの、中身までは聞いていない。ヴォルグとハクレンが露骨に顔をしかめた点から、聞かない方がいいだろうとだけは把握していた。
また、昨夜のマクミランの要望でストライカーの2両は片付けられ、ドライバーとガンナー含めて5人乗りの小型なL-ATVが用意されていた。バギーのような代物であり、ガンナーが銃座に就いて使用されるM2重機関銃が装着されている。
第二・第三分隊はこれらのL-ATVで移動し、拠点を襲撃する予定となっている。機銃もあり座席からも銃を使用しやすいよう設計されているため、対歩兵程度ならば火力としても十分だ。彼等の腕前ならば、移動中の車両からでも命中率が落ちることは無い。
一方のホークはリュック・リーシャをヴォルグとハクレンの背中に乗せると、宝物庫を開いた。どうやら違う乗り物を使用するようであり、各々が「何だろうか」と考えているうちに車両が出てきた。
同じストライカーと呼ばれる種別でありボディ部分の見た目も同一なのだが、歩兵輸送車両ではなく自走砲だ。M1128ストライカーMGSと呼ばれる形式であり、オリジナルではM68A2と呼ばれる105mm戦車砲を装備するタイヤのついた小さな戦車である。当初は30mmで十分かと判断したホークだが、ここにきて武装を変更した形だ。常に最適な武装を選択する彼らしいフレキシブルさであり、これはマクミランやディムースには無いものだ。
M1128が搭載する武装に関しては105mm砲だけではなく、副武装も様々だ。12.7mm重機関銃のM2や7.62mm機関銃のM240が搭載されていたりと、対歩兵用に特化された歩兵戦闘車両の役割も持っている。ドライバーの他に3名の乗車定員があるために、マール・リール姉妹が乗車することとなった。
「エムワンと呼ばれていた戦車と似たような「じゅー(銃)」……えーっと違いました、「砲」ですね。」
「そうだね、大きさが違うだけで発射原理とかは同じだよ。それじゃそろそろ出発だ、暗視装置忘れないようにね。」
UAVと暗視装置を使い、一行は薄暗い森の中の道を進行していく。途中で木々の密度が下がった段階でホークは道を逸れ、目標地点から400mほど先の高台へと陣取った。正面にある門をはじめ対象は木々に囲まれているものの、ここからならば一帯が見渡せる。
予定地点に着いたタイミングで、マールとリールは車両から降りてリーシャの後ろに乗ることとなった。理由は単純で、ドンパチとなるので五月蝿くなるためだ。小柄な二人と細身の一人とはいえ3人乗りでやや重そうなハクレンだが、もちろんその程度で根を上げることは無い。また、それぞれに通信無線を持たせているために、会話も容易となっていた。
実際のドンパチは未だ行われていないものの、ここからのホークは忙しい仕事となる。UAV偵察任務のアシストと、M68を用いた砲撃支援を行うためだ。
《ホークより各隊、戦略マップにて各々の位置を確認した。歩兵スキャン用のUAVをこちらで管制している、偵察部隊はスポット的な索敵を要請する。》
《了解です総帥、お願いいたします。》
《ハク、いざという時は頼んだぞ。》
《承知しました。》
出発前にも似たような会話を交わしたものの、第二分隊の車両後部に座っている彼女は再度の依頼に対して周囲の気配に気を配る。早い話が銃弾を弾くような敵が出てきた場合、彼女の出番となるわけだ。
その反面、「分隊としての彼等の集団戦闘を見たい」という彼女の希望も混じっている。この世界においては個々の力が重要視され連携という点では軽視されがちなのだが、むさくるしいオッサンが見せるのは真逆なのだ。ホークがこの世界の歩兵戦術を学んだように、新たな戦術を学ぼうと彼女も意欲的なのである。
「ディムース少将、作戦中にすみません。マスターは先ほどの車両を使用されるようですが、戦闘機以外も操れるのですか?」
「交戦前なので構いませんよ。操る、の熟練度だけ考えなければ最強のオールラウンダーでしょうね。一人で操縦できるものならば、あの人はほぼ全てを操れます。」
何気に彼女も初めて知った内容なのだが、ディムースの言う通りホークは様々な乗り物を操縦できる。過去にはリトルバードを操縦していた経験もあるようで、もちろん地上の乗り物は朝飯前だ。
しかし当然、熟練度で言えば準エース級にも届かない程度のものとなる。「止まっている状態で発砲して超近接弾」という程度ならば容易いのだが、移動中となると命中率はガタ落ちだ。移動中でも命中率100%近くを達成する隊員と比べると、誰が見ても雲泥の差である。戦闘機に関して準エース級なのは、やや得意というだけの話だ。
とはいえ、その程度の腕前とはいえ「足りていない戦力をカバーする」点に関して言えば天職である。ややこしいところは現役に任せ、彼は後ろからチマチマと基本に忠実に攻撃すれば、十分な戦力に化けるのだ。
今回の作戦も、それと同じである。丘の上から105mm砲にて砲撃支援というシンプルな内容であり、レーザー照準やUAVを用いた照準支援を使えば命中誤差も微々となるのだ。最新鋭の照準装置とは、練達の職人との距離を一定まで縮めることのできるツールなのである。
そんなことを話ながらも4両のL-ATVは土煙を上げ、暗さが残る林の中を進んでいく。林の中を曲がりくねる道に車を走らせると、100mほどの直線区間にたどり着いた。
この頃には太陽も出社中で、肉眼でも視界は確保できるほどである。とはいえ暗視装置についているデジタルズーム機能は優秀であり、それを用いたディムースは攻撃地点の状態を確認した。
《ディムースより総帥!門は開いておらず、レーザーにて目標を示します!》
《了解、砲撃支援を実行する。》
その瞬間、指定された照準に合わせて砲塔の向きと角度が変更され、すぐさま第一射が実行された。オートリロード機構により再装填が開始されるも、「大きな音」と聞いて下がっていたヴォルグ達一行はあまりの大音量に思わず伏せたり耳をふさいでしまう。
その動作を行う瞬間に、筒の先から何かが飛んで行ったことは見えていた。敵拠点の入口を見ると、盛大な爆発が発生している。
射出された105x607mmの榴弾が木製の門の付け根に着弾し、機能と共に存在を消し去ったのだ。石造りの縁ごと崩れ去り車で乗り入れることは不可能だが、歩兵の突入には十分である。
着弾音と崩壊の音は、付近一帯の注意を引くのに十分だ。何事かと拠点における兵舎の内部では蜂の巣をつついたような騒ぎになっており、剣や槍を持った歩兵が次々と外へと飛び出していく。
UAVで偵察を行っていたホークは、すぐさま巣の場所を把握した。そして主砲の角度を変更すると、精密射撃を実行する。
結果としては、兵舎から出てきた連中の真横に着弾。近接弾となり、一帯に居た兵士は致命傷を受け後続を許さない。目の前で仲間が弾け飛んだために、攻撃を受けるのではないかと誰も飛び出せずにいた。
その選択が間違いだと気づくのは、三途の川を渡る時だろう。歩兵スキャンには兵舎に隠れる兵士一行が映っており、105mm砲を使用するホークが攻撃を加えない手は存在しない。
再び榴弾が放たれ、木製の兵舎を直撃する。木製の外壁程度は貫通することは当然であり、炸裂する榴弾ゆえに着弾後の兵舎内部がどのような状況になったかは言うまでもないだろう。この一撃は、敵の稼働兵力を大きく削ぐこととなった。
《ホークより各隊、砲撃支援はオフラインになる。ヴォルグ、ハクレン、移動する。護衛を頼む。》
狙撃手的な立ち位置になっているホークだが、狙撃とは同じ位置に居てはやがて露呈するものだ。そのために彼は場所を移し、林に身を潜めることとなった。
《Tango down.》
《正面ゲート、ダウン。オールクリア。》
一方の突入部隊は、L-ATVを全速力で走らせている。生き残っていた兵士を車体に装備されている機銃で蹴散らすと、門の前で急停車させた。
まずはじめにと、ディムース率いる第三分隊が突入を開始した。続けて後方を警戒していたマクミランの部隊とハクが雪崩込み、建物の陰へと消えてゆく。いつか見たハンドサインの隠密さと正確性を見せつけられているハクは、周囲を警戒しつつも関心の感情を抱いていた。
とはいえ、これらの現象は敵からすれば一瞬である。爆音が響いたかと思い外を見れば兵舎が潰され、稼働戦力は大幅に減らされている。何が起こったのかを把握する間もなく、情報系統は混乱の渦を極めていた。
しかし、それが前菜レベルとは微塵にも思っていない。彼等が最強と自負していた砦の内部に対歩兵戦における死神一同が放たれたことは、この時点では知る由もないのであった。
M1128の使い方を間違っているような気がしますが恐らく大丈夫でしょう……!