1話 賑やかな空のエースたち
3人称視点が基本となりましたので、今まであった【視点:3人称】の記載は以降省略させて頂きます。
おかげさまで7章になりました本作を、今後ともよろしくお願いいたします。
I.S.A.F.8492の航空隊が巣を構える、佐渡島(仮名)。第二拠点から南へと洋上を飛んだ位置にあり、この世界においては未発見の島となっている。
とはいえ、発見したところで何もない。木々はあれど本格的な鉱物資源も無ければ魔物もいない、文字通り何もない島だ。
そんなこんなで、周りを気にする要素はほとんどない。そのために時間を気にせず演習を容易に行える、パイロットにとっては垂涎ものの場所となっていた。
《それだってのに、なんでVRでの戦闘訓練なんスか?》
《イーグルアイよりPJ、気を抜きすぎて墜落するなよ。》
《イヤッホォォウ!ってそんなヘマはしないぞイーグルアイ!》
椅子に座って無線でAWACSに文句を言うF-16Cパイロット、コールサインをPJ。F-16Cが3機で構成されるクロウ隊3番機を務めており8492の航空隊で一番若く、準エース級ながらも勢いのあるパイロットだ。ガルムの背中を憧れて追っており、自分もいつかそうならんと、ドッグファイトの腕を磨く毎日だ。
そんな3人は空中管制機イーグルアイの指示の下、VR空間で無事に作戦を遂行させている。暴風雨の悪天候現場における森林への精密爆撃でありソコソコ難易度の高い内容だったのだが、彼等程の腕となると朝飯前だ。
《エネミーAA、デストロイ。》
空中管制機が状況を報告し、最後のターゲットが破壊される。急降下爆撃を終えたクロウ3は高度を取ると、3機はデルタ編隊で基地へと進路を取った。天気も回復しており、やや雲が多く付近は風が強いものの、視界も支障は無いレベルだ。
《クロウ隊よりイーグルアイ、これより帰還する。進路上に雲が多くなってきたな。積乱雲も混じっている、各機気をつけろ。》
《これで演習も終わる……オレ、実は基地に恋人が居るんスよ。戻ったらプロポーズしようと……花束も買ってあるし、手紙も書いたんだ!住む家も決まってたりして……ヘヘッ。》
VRによる演習のために気が抜けたのか、おふざけの一環と自負してPJは例の言葉の亜種を発言する。無線越しにピクリと反応し嫌な汗が流れた1番機と2番機だったが、「まぁなにも起こらないだろう」と不安をぬぐい溜め息をついた。
あからさますぎてフラグになるかどうか怪しいところはあるが、一連の言葉の呪文は「天空の城を滅ぼす3文字の言葉」並に強力なのである。発動したが最後、逃れられぬ運命のごとく、使用者に未確認飛行物体が襲い掛かるのだ。
しかし今回は、開始から終了まで工程が決められた仮想空間上での演習行動。あとは一行が基地上空まで飛んで着陸するだけであり、この段階で何かが襲い掛かってくることは設定されていない。クロウ隊もそれを意識しており、冗談でも返そうかと脳のリソースを割いていた時だった。
《警告、unknownが急速接近!ブレイク、ブレイク!!》
《は?》
《え?》
《なにっ?》
AWACSの報告と共に突如襲い掛かる、2つの陰。クロウ隊の真正面から飛んできたのは、AIM-120Dと呼ばれる高性能中距離ミサイルだ。
とはいえクロウ隊も、エース級と呼ばれる腕前を持つ飛行隊である。良くも悪くもこの隊の3機は実力が拮抗しており、この程度の奇襲攻撃は容易に対処が可能となる。想定になかった奇襲と言うことと積乱雲付近のために気流の問題もあり、彼等は雲ごと避ける回避行動をとった。
《クロウ各機、ブレイク―――》
セオリー通りの回避行動は、裏目に出る。あろうことか雲の中から別のAIM-120Dが飛び出し、2機目掛けて襲い掛かったのだ。
直撃とはいかなかったものの近接信管は作動しており、2機は機体にダメージを追ってしまう。水平飛行するのが精いっぱいの状況であり、とても戦闘には加われない。
《クロウ1、クロウ2!!》
《イーグルアイよりクロウ3、気をつけろ、相手はステルスだ。》
《くそっ、何が起こった!AWACS、状況を》
《Omega-11, engage.》
慌ててしまうクロウ3が空中管制機から情報を得ようとしたタイミングでヘッドセットから聞こえてくる、敵機ゆえにノイズが混じっている状況下でも特徴あるダミ声。クロウ3は全力で脂汗を流し、これから何が行われるかを脳内で思い起こした。
気づけば自機の真下を一緒に飛ぶ、敵のはずのF-22ステルス戦闘機。そんなまさかと自分を言い聞かせるも、彼を生かしてきた直感は、チェックメイトの状況下であることを全力で告げている。あわよくば機銃攻撃で済めば御の字なのだが、それでも撃墜判定をもらうことは免れない。
しかし悲しいかな、ダミ声の主は有名高きベイルアウター、オメガ11。彼が交戦開始の宣言をしたとなると、行われることは1つしかない。
相手戦闘機の直下にいて、手負いとはいえ目の前を相手の僚機が飛ぶことなど、まったくもって関係がない。彼が空で行うことに意義を感じ、回りが異議を唱えそうな行動は、ただ1つ。
《は、話をしよう。マーチン・ベイカーは今かr》
《そんなイジェクションシートで大丈夫か?Omega-11, I'm ejecting!》
《ぬぉああああああ!!?》
F-16パイロットが説得を試みるも無慈悲に放たれる空対空人間砲弾、Omega11。イジェクト後の機体を相手戦闘機の僚機に激突させ、狙っていた機体のエンジン吸気口に己の身をストライクさせることで小隊の戦闘能力を奪う彼オリジナルの―――
「ってなんの演習なんスかこれは!!」
VRゴーグルを床にたたきつけそうになるものの寸前のところで握力を強め、戦闘を終えたPJが疑問符をぶん投げた。結果は被弾撃墜判定をもらっており、イジェクトも不可能で死亡という結果になってしまっている。
ちなみに、イジェクト後の機体の体当たりをくらった僚機も同じ判定だ。イジェクトしたF-22がクロウ1のF-16に衝突し、そのはずみでクロウ1の機体がクロウ2に衝突するというカーリングじみた結果となっている。
彼等が今いる場所は、仮想環境で模擬戦闘を行う一室だ。一連の戦闘をモニタで見ていた周囲の陸海空の隊員達はゲラゲラ笑って大爆笑の渦に包まれており、一方の脱出王は椅子に座ったままVRゴーグルを外してドヤ顔で、してやったりの表情だ。PJを除くクロウ隊二人は「こんなのアリかよ……」と半ば放心状態で、シートの上でぐったりとしている。
しかしPJからすれば、「真面目にやれ」と怒れないのがオメガ11を相手した時の不思議な感想であろう。行為そのものは疑問符が付きまとうものの、相手戦闘機の直下にピッタリとくっついて飛行する行為、ベイルアウトした機体を眼前の戦闘機にぶつけた上でさらに別の機体に当てる飛行状態の調整と空間把握。
そして、脱出後の自分の身体を、直上を飛ぶ戦闘機のエアインテークに叩き込む機体制御行為。これら3つを同時に実行するなど、超エース級においても実行可能者は居ないだろう。当たり前だが実践するかどうかは別の話であり、あくまで制御能力の話である。また、傍から見れば大道芸以外の何モノでもない。
とはいえ今回の戦闘が実戦ならば、彼はイジェクトと同時に3機を撃墜して自分自身は生き残る道を選択できていただろう。単に3機落とすよりも非常に難易度の高い技ではあるが、彼ならば平然とやってのけることが容易に想像できてしまう。
対峙したPJならば容易に理解できてしまうために、オメガ11に対する怒りの感情は芽生えないのだ。ここで怒るならば、単なる技術力の差に対する妬みと同じになるだろう。繰り返すが、オメガ11のやっていることは奇抜なれど、超一流の技術が湯水のごとく使われた上に成り立っているのだ。
それに加え、否が応でも存在を感じ取ってしまう2つの姿。オメガ11の行動に大爆笑中の周囲とは明らかに違う視線を向ける、ガルム0とメビウス13の姿だ。
この二人はオメガ11の戦闘に対する受け取り方も周囲と異なり、純粋に彼の技術の高さを分析し各々の中で考えを構築している。真似することはあり得ないのだが、自分とはまた違うエースとして彼を捉えているのである。
そんな二人の視線で、PJは自分たちの敗因を痛いほど読み取れる。VRによる演習と言うことで気を緩めていたことと、セオリー通りとは言え「もし二の矢がきていたら」ということを想定していなかった、それぞれの甘さ。
これらがなければ、F-16とはいえ3機が連携して挑めばオメガ11を落とせていたに違いない。100%確実とはいかないものの想定できる光景だけに、湯水のごとく使われた神業を見た感想と相まって、余計に悔しい感情が脳内を駆け巡る。
「次は負けないッスよ、オメガ11!」
ドヤ顔のベイルアウターに拳を突き出し、若きエースはさっそく情報センターへと歩いていく。先ほどの戦闘結果を分析し、データ上ではあるが戦闘情報を収集するためだ。
データ上ではエアインテークにストライクした彼は、「良い傾向だ」と呟くと、蚊帳の外だった二人の元へと歩み寄る。陽気な己のスタイルを崩さないながらも常に上を目指すPJに、すっかり触発されてしまっていた。
「さて。イジェクションシートも温まったところでお相手願えますか、リボン付きの死神。」
「受けて立ちましょう。」
彼は相変らず、特定の人物と話すとき以外は敬語である。傍から見れば騎士のような振舞いを見せるメビウスは、胸を貸すために仮想の空へと昇って行った。
このあとイジェクトされる前に長遠距離からEMLを命中させたメビウスなのだが、それでも彼は平然とダメージコントロールをやってのけイジェクトした。驚くと同時に「ならば」とイジェクションシートを狙うメビウスだが、パイロットを殺すことが目的ではないためにポリシーにそぐわないのと、流石にアホらしくなり基地へと戻っていった。
イジェクトの宣言と同時にキャノピーを吹き飛ばしたベイルアウターは「誰だよアレにEML与えた奴は」と戦力差にボヤきながらも、データ上での蒼い空を満喫するのであった。
エスコンの世界にイジェクション・タイ・クラブ(イジェクトして生還した人だけが入会できるクラブ)があったら彼は間違いなく名誉会長でしょうね




