19話 小さなヒーロー
【視点:3人称】
「Eランクなり立てなんスね。ちゃんとメシ食べれてますか~?」
「食べてる食べてる、心配すんな。」
「ほんとッスか~?なんなら奢ってあげ」
「こんのやろぉ調子に乗るなぁ!」
「ヒャアアアッ!」
移動しながら笑顔vs笑顔で煽り返した少年の頭を軽くグリグリする第二分隊の一名は、傍から見ると親子そのものである。相変わらず和やかな空気が続いており、それを見ていた門兵にも伝染していた。冒険者の機嫌を取って町への印象をよくすることも少年たちに期待されている仕事なのだが、この点ばかりはホーク達が目論見に嵌っている点である。
集団はそのまま門をくぐり、冒険者ギルドに到着する。互いに採取物を提出し、報酬を受け取っていた。簡単な依頼のために、金額としては一人当たり1日を凌げる程度である。
それでも金額は関係なく、子供からすれば達成感を得る瞬間だ。3人してハイタッチを行っており、年齢に似合って嬉しさを全身で表現している。
また、報酬を自分のためには使うつもりはないようで、「これで肉体労働の父さんのために肉が買える」など、8492オッサン'sのハートを鷲掴みにするような内容であった。ちなみにだが、残念ながら真っ黒の約一名にはこの手のメンタルアタックは通用していない。
「っ!?」
机と椅子がひっくり返る音と従業員の悲鳴により、そんな空気も無くなってしまったのだが。
「ゴチャゴチャとうるせぇな。なんだ、ここはお前らの貸し切りか?」
「す、すみません。」
確かに、公共の場という冒険者ギルドにおいては騒ぎすぎたかもしれない。クローケンの面々はすぐに謝罪を入れるも、相手がしゃべると同時に「臭い」が漂ってくる。口臭すら上書きするアルコール特融の刺激臭であり、その臭いはホーク達にも届いていた。
要するに、相手は単なる酔っ払いである。勝手に自己紹介を始めて会話が成り立っていないあたりが、酔いの具合を伝えていた。
クローケンに突っかかってきたのはDランク冒険者パーティー、名をアイアンブロー。この町ではなくホーク達が訪れたティナの町を拠点とする冒険者パーティーであり、たまたまこの町を訪れていたようだ。
武器こそ携帯していないようだが金属製の防具で頭以外を固めており、屈強と言う言葉が似つかわしい30代後半と思わしき3人だ。見るからにパワータイプであり、黙っていれば威厳もあるだろう。なお、これらは酔っていなければの話だが。
ギルドの職員は実力的に仲裁不可能なために仲裁役を探しているが、あいにく今は昼を過ぎたころ。依頼を行っている冒険者が多いために誰もおらず、遠くに居る衛兵を連れてこなければならないだろう。本来ならば制止も職員の作業だが、酔っ払い相手では権力も無意味と化す。
「んだ、やんのかぁ!?」
その間にも、事態は進行する。酔っ払い一行を呆れた目で見ていたホーク達に矛先を変え、アイアンブローの3人が突っかかってきたのだ。
ズカズカと距離を詰め、一触即発の状態だ。現にハクやリュックたちも飛び掛かれるようやや腰を屈めており、相変わらず微動だにしないホークの横でスタンバイしている。
「えっ……?」
次の光景に、マールとリールは驚いた。タスクフォース8492目掛けて前進するアイアンブローの前に、クローケンの少年達は立ちふさがったのだ。拳と肩に力を入れ、傍から見ても戦闘態勢の状態である。
しかし当たり前だが、分が悪すぎる。いくら相手が酔っ払っているとはいえ、彼等に勝ちの目星は無い。そんなことをしてヘイトを稼いでいだためか、ターゲットが彼等に移ってしまった。酔っぱらいにとっては、相手が子供であり格下ということは関係ない。他の要素は二の次に自分が持つ感情を発散する、その行為が全てとなる。
「んだぁ?てめぇらが、やれんのかぁ!?」
「お、お前ら相手に腰抜かしてたら、魔物の相手が務まるか!!」
足をやや震わせながら、リーダーの少年が「敵」に吠える。話のネタとはいえ先ほど先輩と言い切った手前もあるのだが、自分たちの後輩であるタスクフォース8492を守ろうと、彼らなりに必死なのだ。
何物にも染まっていない、純粋な心意気。かたや酒の勢いに任せた中年の恥知らずな行動と言うこともあり、タスクフォースの数名は静かにため息をつく。
「やってみるか、小僧!」
「ちょ、ちょっと!?」
職員の静止を振り切り、武器こそ持っていないものの酔っぱらい集団が少年に向けて駆け出した。勝負と呼べるかどうかは不明だが、この争いは一瞬にして片が付くだろう。
片やEランクの少年集団、片やDランクの現役冒険者かつ大人。実力だけでなく経験や体格までもが釣り合っていなく、弱い者いじめも甚だしい状況だ。しかしクローケンの面々は臆することなく、攻撃を全て受ける覚悟で立ちふさがっていた。
彼等の心意気に触発されたのは、マクミラン一行の第二分隊である。各々が少年たちの横まで瞬時に距離を詰めると右腕を引き寄せ、CQCにてDランク冒険者達を床へとねじ伏せた。
相手や職員達からすれば、何が実行されたか全くの不明である。一瞬のうちに男数名が近づいてきて、気づけば衝撃と共に床に突っ伏していたのだ。更にはどれだけ力をかけようともピクリとも動かない四肢の現状に酔いは吹き飛び、アイアンブローの一行はどうされるかわからないという恐怖が全身を駆け巡る。
これほどの連中が、ランクEなのか?
アイアンブローやクローケンの面々はもちろんギルド職員の中にもそう思う者も少なくは無いが、現に彼等は正式なEランク冒険者である。それよりも、次に何が行われるか全くわからないという恐怖が、一帯を支配していた。
酒の勢いに任せ吠えに吠えていたアイアンブローの一行とは違い、明らかな実力差を見せながらも一言も発さない第二分隊のメンバー。その横目に宿る静かな殺気を見たクローケンの少年たちは、未熟ながらも格の違いを思い知らされた。とは言っても、彼等がどれほど強いのかは全く持ってわからない。
しかし、少年たちが今まで体感してきた過去において。何度か高ランク冒険者の戦いを見てきた彼等でも、今回ほどの恐怖を抱いたのは初めてである。
それもそうだろう。いざこざを制する場面において、大抵の強者は相手を捻じ伏せることを目標としている。特に、今回のような酔っ払い相手の場合はその傾向が顕著だ。
しかしマクミラン達は、その概念とは全くの別である。同じ人間が相手であろうと、殺し殺される覚悟で戦闘を行っているのだ。それに加えて超エース級特有の威圧感が、与える恐怖に輪をかけている。
「……受付嬢、今回の戦闘で処罰になることは無いな?」
一通りの流れで固まってしまった場を混ぜるように、ホークが静かに問いを投げた。受付嬢や他の職員も無罪の類の言葉を口にしたのを確認し、ホークとハクは背を向けた。それを見たマクミラン達も静かに立ち上がり、出口へと足を進める。
立ち上がったマクミランは、その際にクローケンの面々の背中に手を添えた。一緒に場を去ることで八つ当たりを防ぐための、一種の防衛策である。人の手の感じを得て、「あ、この人ちゃんと人間だったんだ」と少年が素直な気持ちを抱いたことは、後にも先にも彼等だけの秘密である。
ホーク達は広場に到着し、どうやら宿へと戻るようである。その前にホークは「ここいらで十分だろう」と呟くと後ろを向き、クローケンのリーダーと対峙した。
そして自然と、会話が始まる。少年たちの感謝から、スタートとなった。
「あ、ありがとう。」
「た、助かったよ。」
「こちらこそだ。クローケンの面々、この度の助けに感謝する。」
「お……お、おう!」
先ほどの光景からの重みのあるホークの言葉にも一瞬おびえた一行だが、腕を組んで胸を張る。結果的に助けられたのは少年一行であるものの、最初に手を差し伸べた彼等の功績に胸を張っている。嫌味がないこのあたりの表現は、腕白な少年らしい方法である。
「……君たちよりも長く戦いの場に居た者として、大事なことを伝えよう。正義と掲げ持つ志は確かに大事だが、理想で戦場に出ればいつか必ず死ぬ。己等が持つ実力は、全てを発揮できるよう隅々まで把握しなければならない。そして相手がどれだけ格下だろうとも侮らず、時には逃げる勇気も必要だ。」
珍しく自分から理屈を語るホークだが、真理でもあり彼自身が一番意識している内容だ。彼も言ったように弱いうちは自信過剰や無鉄砲さが顕著であり、運だけで生き残るような場面も発生するのがセオリーである。
タスクフォースの面々もクローケンの一行も、なぜ突然このような言葉が出てきたのかがわからない。しかし、僅かに口元を緩め放たれた次の一文で、疑問は全て吹き飛んだ。
「互いに生き残ろう。またどこかで会うことがあれば、先輩としてメシの1つでも奢ってくれ。」
思わず、少年一行の顔にも笑みが零れる。現実を見ており口では厳しいホークだが、心の底では彼等のような純粋な心を好いている。いつかは彼も抱き憧れていた、純粋な正義の心だ。
肩越しに微かに笑い去っていくタスクフォース8492の面々の背中を、少年達は見つめている。英雄を見るかのように、視線が集団から離れない。
去り行く姿をよくよく見れば、歩く際の身体のブレなどが並みの冒険者とはまるで違う。そこいらの衛兵ですら話にならず、なぜEランクなのかは不明とはいえ、よほど鍛錬された集団なのだと把握できた。
自分達も、あのように。純粋な瞳には、大きな背中たちが眩しく見えている。姿が見えなくなってからは互いの視線を合わせ、強くなるために鍛錬に励むのであった。
この世界における最高の司令官に大切なことを教わった少年一行は、この後は勝利や敗走を重ねながらも後継者を育てる年齢まで活躍することとなるが、それはまた別の話である。