17話 道は続くよ
【視点:3人称】
追撃者を始末した一行は元のルートに戻り、往路はスルーしたティーダとティナとの間にある町へ向けて進んでいる。町を作った人物が同じなのか似たような名前であり、「ティル」と言う名の町だ。
規模としてはティーダの町より大きく、ティナの町との積極的な物資運送が行われている。内陸部にあるために漁業は無いのだが、そのぶん農業や林業が盛んに行われている町だ。ティーダの町はティナの町よりも遠いために、あまり取引が活発ではない。
「総帥、報告します。今夜の天気なのですが、日が沈んでから夜明け前にかけて一雨くるかもしれません。夕立のような感じですね。」
「おや、そうなると話が変わるな……。翌日は?」
「夜明け前からは晴天の予報です。朝から気温も上がりやすく、風も2mほどかと。」
馬車の内部でUAVを操作してルート上の脅威を探っていたホークだが、気になる報告が告げられる。事前の報告では曇りだったのだが、どうやら事情が変わったようである。天気予報とは言うが確定情報ではないために、このような変更はよくあることだ。
未来予知と言っても必ず当たるわけではないのだな、などと内心思いながら会話を聞いている現地住民だが、何が問題なのかが分からない。雨と言っても当該時間の自分たちは街の宿に居るはずな上に、簡易テントだったとしても濡れることはないからだ。
報告を聞いて数秒後、ホークの口から隣町からの出発は午後以降になることを告げられた。知識も食べ物の一種であるマールは馬車を操りながらも理由を知りたそうに質問すると、ホークは答えを返すのであった。
理由としては、彼等が乗る馬車の重量が挙げられる。思ったより復路の荷物が多く馬車の速度も往路より時速1㎞弱低下しているのだが、重量があるということは車輪1つにかかる荷重も増えるということだ。往路復路と路面の状態を見ていたホークは、ぬかるんだ路面での走行はスタックの危険が伴うと判断したのである。
往路から時折ホークが見せていた地面を強く踏む行為は、路面状態の確認だ。こればかりは偵察映像では状態を把握できない部類のために、「雨が降ったらこうなるだろう」程度の情報であるものの、事前に把握を行っていたのである。
人知れず行っていた状況把握行為を説明して、全員がなるほどと納得する。しかしこうなると、懸念事項が1つあった。思いついた一人のディムースは、どうするのだろうかと回答を期待して問いを投げる。
「隣町で一泊となりますと、物資の検閲は防げないでしょうね。あ、でも先ほど撃退したばかりですし、2の矢を町に仕込む余裕は無いか。」
「そうだね。既に仕込んであったら「往路で来なかったぞ」的なことになってただろうから、襲撃ももっと早かったと思う。一応不確定要素は少ないけど、念のために検閲の際はマクミラン達に見張ってもらう予定だよ。念を入れて、馬車にセンサーでも仕込んでおこうと思ってる。」
「石橋を何とやらですね、了解しました。」
「あとはまぁ、宿の状況次第かな。UAVの情報だとあんまり大きくない町だし、先行してる馬車以外にもティーダの町へ向かう人はいると思う。宿が空いてなかったら、場所を選んで全員で野宿だね。」
了解の類の返事をした一行は、検閲に備えて装備選定や配置の話を行っている。それを確認して再びUAVの操作画面に目を落とすホークの横顔を、リーシャは目線で追っていた。
「ん?」
それに気づいたホークが疑問符を交えて首を動かすと、慌てたように正面を向く。実のところ馬車に乗り込んで以降から、このようなやり取りが既に数回行われていた。
「何かしたっけ?」と内心疑問が消えないホークだが、特に問題はない上に今は隣町での対応を考えるので精いっぱいの状況である。そのために、脳のリソースをそちらに割けないで居た。現にすぐに疑問を忘れ、UAV画面と地図との睨めっこを続けている。
「総帥、今更ですけどたらしっすよ。」
「え、何、からし?山葵はあるが辛子は持ってきてないぞ。」
まさかのらしくない難聴ボケと何故山葵があるのかという疑問が混じり思わず吹き出す兵士数名だが、彼等は何故リーシャがこのような反応を行っているのか理解できている。流石にヴォルグ夫妻は理解できていないようだが、ホークが表情を見るに肩越しに後ろを見ているマールにもアテはあるようだ。
最後に、恐る恐る己の妻を横目見る。すると、久々のジト目でもって返答を行ってきたのだ。この表情を見せる彼女は、少なくとも機嫌が良い時ではないことが明確化されている。
―――これは、何かやらかした。今まで信じてきた己の選択が、最大限に告げている。思い当たる節は皆無であるものの、昨夜からの流れを思い返していた。
ふと見れば、マクミランですら小さく溜息をついている。どうやら二足歩行の生命のなかで、分かっていないのは彼だけのようだ。
一粒の汗が頬をつたい、換気とばかりに布の隙間から流れ続けるそよ風で冷まされる。左手を唇に当てて真剣に考えるも、やはり答えは出てこなかった。言い出しっぺのディムースも、まさかの鈍さに右手で頭を抱えている。
とはいえ、それもホークからすれば当然である。事の発端は、ティナの町にて行った迎撃戦闘の際に発した、彼本人のセリフだ。
「足りない自信は私が持とう。」今までの彼女に足りなかった、自分を信じ、司令官が絶対的な信頼を置いているという事を気づかせた、この一文。あの時の兵士からしてみれば、もっとも魅力のある言葉の一つである。
加えて偶然にも、かけられた相手は悩みを抱えていたうら若き乙女。そんな彼女に重くのしかかっていた負の圧力の数々を一瞬にして消し飛ばす上に、いわば口説き文句の一種としても受け取れる内容だ。周囲一行は、この捉え方で統一されている。
しかし悲しいかな、発言者の彼は立場の違う司令官。彼からしてみれば部下を鼓舞するための妥当な言葉であり、本音とも一致している業務的な文章と認識されている。そのために口説いているつもりなどは皆無であり、鼓舞以外の邪な感情は全くない。
「……そーすい、この際だから言っちゃいますけど―――」
そんな情景に業を煮やしたのか、ディムースが3行程度で事の真相を説明する。真面目な顔をして聞いているホークも朴念仁レベルではないために、「ああなるほど」とこめかみの辺りを指で掻きむしってしまうのであった。
動作のついでにリーシャのほうを横目見ると、顔を伏せてしまっている。しかしエルフ特有の長い耳はよく見えており、茹蛸の如く赤く染まっていた。
そして、気がかりだったことが1つ解決。何故不機嫌だったのか予想だにできなかった自身の奥様だが、単にあの時の発言に嫉妬心を抱いていただけの話であった。いつもの半目が更に細くなり、今度は顔の角度まで上向きになりつつある。
とはいえ、ホーク自身の発言が発端となっている、この空気。尻拭いというべき行動は本人が行うべきであり、一行のリーダーなのだから猶更だ。もちろん、波風は立てないよう処理する必要がある。
「自分の発言に対してどれ程の内容で受け取るかは各々の自由だけど、自分が既婚者だってこと忘れてるだろ?」
「「「「「あっ。」」」」」
相手であるハクは、だからこその抗議の目付き。一方他の者はすっかりと事実を忘れており、全力で冷や汗を流す事態となっていた。多重結婚が禁止されている彼等の出身国においては、既婚者に恋愛話を出すだけでもタブーに匹敵する場合もある。
とはいえ、式らしい式も挙げずに口答報告だけで済まされており婚姻前後の二人のやり取りもほぼ変わっていないために、他人の実感が薄かったことも事実だ。忘れていたのはリーシャも同様であり、安易ながらも感情を抱いてしまったことを後悔することになった。
波風を立てないよう決意したつもりだが、彼はそれより重要な言葉を選んでいた。それによりすっかり冷え切ってしまった場面に助けを出したのは、当該人のハクだった。
「マスター、言葉は付け加えたほうがよろしいかと。受け取り手によっては、リーシャを嫌っていると捉えてしまいそうですよ。」
「いやいや、気に入らないやつと旅に出る程できた人間じゃないよ。現に美人だってことは認めてるからハクとリーシャを隣りに置いてるわけだし。」
「「なっ!?」」
以前も流れで同じことを言っていたホークだが、ここでそれを持ち出してくる。まさかの展開と言うよりは彼女の手助けにホークがのっかった形であり、容姿を褒められたリーシャは素直な言葉に驚き照れていた。
実際のところ彼はリーシャを美人認定しているが恋愛感情は皆無であり、精一杯がんばる部下の一人としてカウントされている。それを知るハクが一緒に驚いているのは、久々に容姿を褒められて嬉しく舞い上がったためだ。ただの惚気である。
そして、場を助ける手は他からも伸びてくる。ホーク曰くむさ苦しいオッサン集団が、言葉欲しそうに未だか未だかとウキウキしていたのだ。
「いやホラ、美人が隣に居るとそいつの格が良く見える……って、なんだよお前ら。まさか、奇麗とか美人とか言って欲しいのか?」
「いやいや総帥、我々だって言われたら嬉しいですよ。」
「むさ苦しい顔して女々しいな。」
「へへっ、心は乙女なんですぜ。なぁお前ら。」
「イエッサ、ピチピチです!」
「そうか。キモイから全員独房、行ってらっしゃい。」
「「「理不尽ー!!」」」
らしくもない内容かつ間抜けな声で誘導尋問が行われ、隊員数名が釣られてしまっている。ゲラゲラ笑ったりギャースカと騒ぐ兵士一行を静かな表情で見守るマクミランは、リュックと目線をわせて「やれやれ」と言いたげな仕草をしていた。二人とも「誰が連れていくのか」と真面目に考えるが、このような空気は嫌いではない。
同様に馬を操りながら空気を楽しんでいるマールとリールは、別の意味で同じ感想を抱くことになる。盗賊を一層した戦いの直後だというのに団欒な空気にスイッチできる一行のメンタルの強さを理解しつつ、馬車は歩みを進めるのであった。
???「独房、連れて行け。」