13話 それぞれの腹の内
【視点:3人称】
魔物の群れを指揮していたオークを一撃でステルスキルしたタスクフォース8492は、徒歩で東門へと戻っていた。相変わらず月明かりは仕事をしないうえに背丈の高い木々が邪魔をするために、暗視装置はつけたままとなっている。
「それにしても見事なヘッドショットだった。やったじゃないかリーシャ、訓練の甲斐があったな。」
「いえ、マクミラン大尉のご指導のおかげです。以前の私でしたら更に接近しなければ不可能でした、流石はアイサフ8492屈指の狙撃手です!」
「いや、残念だが俺ではない。」
お世辞なしで褒めちぎったリーシャだが、本人はそれを否定してしまう。彼の中では本音かつ真実でありつつ、多少ながらコンプレックスを抱いている内容だ。
そのように感じてしまう点は、この「真実」に気づいていない人が多い上に彼が最強の狙撃手と持て囃されていることが原因だ。現に会話に乗っていたディムースも、「なんで?」と言いたげな表情だ。とはいえネタに走る状況でもなければ流石に口にする度胸がないために、部下たちと視線を交わしている。
一方で集団の前で聞き耳を立てていたホークは、マクミランが真実と語った内容に昔から気づいている。そしてまた、彼もマクミランと同意見だ。
確かに狙撃方法が銃を用いたものならばマクミランがナンバー1で正解かつホークも異論は無いのだが、単純な狙撃という行為になると異なるのだ。これに気づいている者は意外と少なく、I.S.A.F.8492においても片手で数える程度となっている。
「……いや、今口にするものではないな。すまんなリーシャ、事実なんだが君の善意を蔑ろにするつもりはなかった。これからは偏差射撃を身につければ、良い弓兵になるだろう。」
「あっ、ありがとうございます。」
「総帥、前方門前に向かう兵士の分隊が1つ。周囲の兵士が敬意を払っております、合流し数は12。」
「了解。警戒態勢で進路そのまま、東門でお出迎えしてもらおう。」
困惑しつつも素直な誉め言葉に照れたリーシャだが、偵察班の報告で表情に力が入る。一方のホークはやや気の抜けた指令を出しており、交戦する気は無いようだ。
最初に訪れた東門へと近づくにつれ、光源が増えてくるために裸眼での視界が戻ってくる。ナイトビジョンゴーグルを外した一行は更に近づき、10mの距離を置いて門兵達と向かい合った。
門兵達の表情は険しく、「目の前の人物は何者だ」という気配を隠そうともしていない。そんな視線も軽く受け流すホーク達は、余裕たっぷりの表情だ。
しかし、場面は膠着そのものである。町側から聞こえてくる騒がしさと闇夜に揺れる木々のさえずりも、この空気を壊すには至らないようだ。
「装備の検閲もあるのかね?」
脇を閉じたまま両手を開いて放たれた疑問符で、時が動く。あからさまに「敵意がありませんよ」と主張するかのように行ったホークの動作で、兵の隊長は覚悟を決める。
目の前に展開するEランクの集団が、なぜ群れの接近を探知できたのか。そして彼等が姿を消している間、なぜ群れの統率が乱れたのか。
これらは職務上聞かねばならない事柄と彼の興味だが、相手は門を通りたい様子を見せている。そしてそれは表向きであり、詮索されることを望んではいない。経験に優れる彼は、その程度の事は読み取れた。
そして最後に、彼自身の直感が「そうするべきだ」と全力で告げている。理由はわからないものの、今まで己を活かしてきた第六感だ。それを無視してまで仕事と興味を優先させる勇気はなく、この場での検閲も行わない方が良いと判断した。
幸いにも彼等は冒険者パーティーであり身分を証明でき、かつこの町に食料を届けた功労者達だ。ティーダの町からの報告とも一致しており、別人である可能性も低い。検閲を行わなかったところで、文句を言う者は極少数だろう。出した決断は、検閲無しでホーク一行を迎え入れることだった。
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「何っ、失敗しただと!?」
携帯ランプの薄明かり照らす屋敷の一室で、一人の筋肉質なむさ苦しい男がワインの入ったグラスを地面に叩きつけた。
下の階では「何事か」と何人もが騒ぎ立てるが、聞こえてくる怒号から原因を推察し、誰もが最終的には聞こえないふりをしていた。
男の名を、ワーラ。ティナの町の西側に本拠点を構える、とある大規模な盗賊団の頭である。Aランクの冒険者に匹敵する実力を持つ者が複数名居る、非常に危険な盗賊だ。
そんな男は蟀谷に血管を浮かべ、配下である前に立つ男を睨みつける。実力も兼ね備えている人物だけに、報告する側も緊張と冷や汗が止まらない。
「せ、斥候からの報告では、門兵と衛兵が連携して魔物の軍勢を追い返したとのことです。防衛側は負傷者多数なれど、死者なしとの」
「何故だ!明らかに奴等では対応できない戦力を送り込んだではないか!例の勇者を倒した鳥とかいう奴の戦術も真似ただろう!」
「と、と申されましても……。」
「クッソ!邪人の連中め、紛い物ではなかったろうな……。」
勢いよく椅子に腰を落とすと、木板のきしむ音が辺りに響いた。同時に反動で机が揺れ、卓上の物も位置がずれる。布が敷かれた上に置かれている、黒い石のような物体も同様だ。
石のように見えるが、この物体の正体はオーブと呼ばれる魔石の一種である。黒色のオーブは、今では魔力を失い輝きを消失している。ホークがダンジョンで見つけた魔石のように真円の球体ではなく角の取れた球体に近い石であり、薄明りの下では形が整った石炭に見えなくもない。
魔術師の魔力をこのオーブに込めることで、とあるダンジョンの魔物を操る力を得ることができる代物だ。もちろん某3分クッキングとはいかず、Sランクの魔術師数名が数十日かかって1個を仕上げることになる。
加えて魔術師によって得意不得意があり、適合性によっては1日単位で完成時間が前後する。ホーク達が使う機械においてもエネルギーに関する変換効率や熱エネルギーへの消失割合が課題となっているが、根底としては似たようなものである。
極めつけは、Sランクの魔術師などおいそれと居るものではない。以前にホークが急襲した奴隷拉致拠点は重要拠点ということで数名が配置されていたが、今となっては大地の栄養素に変換されてしまっている。
また、当然ながら作成中は他の作戦や作業に当たれない。これらの要素により、現実的には早くても300日で1個程度の生産スピードとなっていた。加えて数そのものが非常に稀なことと魔物を呼び寄せることに変わりはないため、この世界においても1ケタ台の個数しか存在していない。
「紛い物ではありませんよ、現にCランクのオークを媒体にそれ以下の魔物を使役できていたではありませんか!」
これに関しては、知識のないホークが思い違いをしている点である。彼は最後尾に居たオークを司令塔と認識していたが、単に魔物を使役するための媒体として操られていただけの話であった。それを倒したために、結果として群れは統率力を失ったのである。
とはいえ盗賊側からすれば、ピンポイントで媒体が倒されるようなことが起こっていようとは想定していないこともまた事実。座りながらも机を叩き苛立ちを隠せないワーラは頭に血が上っており、なんとかして一矢報いたい感情に塗れていた。
「まぁまぁワーラさん、落ち着きましょう。」
そのタイミングで軽く手を叩きながらにこやかな笑みで歩み寄る、一人の若い男。金髪細マッチョ的な体質で身長も180㎝近くあり、背丈ほどある大剣のようなものを背負っている。身を包む鎧は装飾も煌びやかであり、見るからにお高い代物だ。
男の名はニック。本名なのか偽名なのかは不明だが、冒険者としては可もなく不可もなく。あまり積極的な活動はしないものの悪評も耳にせず、表立っては問題のない人物だ。
実はこの男、もう1つの顔として、戦闘のできる女奴隷を買い取りパーティーを組んでいることで知られている。要はそちら系の趣味があり、俗に言う美少女ハーレムパーティーが結成されていた。
しかしながら、男に実力が兼ね備わっていることもまた事実。現に単体戦力ではオリハルコンプレート、つまりExランクの実力があるとされている数少ない人物だ。
そのような男が、盗賊と組んでいる。単に「奴隷市場に流れる前に品定めできる」という私利私欲に塗れた理由だが、結果としては冒険者ギルドにとって大問題な事象が発生している。
かねてからそのような人物がいることはギルド内部でも多少は問題になっていたものの、足取りを掴めているのは小物の類だ。まさかExランクの冒険者までもがそのようなことを行っているとは、想定にしていない。
「ところで例の報告、本当なんでしょうね?水色の髪に白い服、特上の美人を連れた冒険者パーティー。しかも戦闘のできる身振りだったとか。」
「ああ、奴の報告は今まで間違ったことが無い。そいつの実力まではわからんが狐の亜人にエルフもいる、こっちとしては物資と合わせて二度おいしい。ホワイトウルフも居るらしいからな、気を付ける必要がある。」
斜め下を向き目を隠しつつもニタリと笑い、つられてワーラも背筋に冷や汗を覚える。自分たちが狙ったEランク冒険者パーティーの中にそのような人物がいたことに同情し、あわよくばオコボレを狙えないかと以前から妄想に耽っていた。
しかし、そんな「あわよくば」な感情をニックに見抜かれていることなど、微塵にも思っていない。そして「美しく戦える女は全て俺の物」という独占欲の強い彼からしてみれば、そのような下心は非常に気に入らない事象である。結果として、今回の物色でこの盗賊団から他に移るつもりで居たのだ。
知らぬが仏とは、シンプルながらよくできた一言だ。この世界には存在しない言葉ではあるものの、知らないことで精神が乱れないことを表した似たような語句は存在する。
そんな語句を思い出し、加えて新たな奴隷を手に入れたときの「楽しみ」を脳裏に浮かべ、先ほどの感情を表したのである。
自分が相手にしようとしているタスクフォース8492の強さを知らないことも、同じ語句が当てはまるとは想定にしていない。様々な淀みが塗れる中で、戦いの足音は、着々と近づいている。
ところで蛇足だが、この言葉にはもう1つの意味がある。戦いの足音が近づくということは、遠くではすでに戦いが始まっているということだ。
「お言葉ですがマスター、やはり醤油が至高です!」
「いいや塩こそが一番だ、ハクだろうと譲れない!」
宿屋で出された目玉焼きに近い卵焼きの味付けで、既に戦闘ならぬ不毛な痴話喧嘩が始まっているのだが、これはまた別の話である。
この世界には存在しない醤油の入れ物を片付けた方がいいのではないかと思うディムースは「平和だねぇ」とボヤきつつ、テーブル上に湖沼がないことを残念に思いながら、この世界の味をかみしめていた。
「ま、マヨネーズ……。」
「こら、リーシャ。我慢しなさい。」
一方のエルフ兄妹はサンドイッチに毒された影響か、マヨネーズをご所望の模様。兄も妹を小声にて叱っているが、本人も同意見だ。調味料に関して個人差が激しく場合によっては紛争状態になってしまう卵焼きだが、タスクフォース8492においてもセオリーは変わらないようである。
ハ ク は 醤 油 派 。
あとはソースとかポン酢ですかね?