12話 戦闘2/2
【視点:3人称】
「なっ!?」
「そ、それは本当なのか!?」
相も変わらず何も感情のなさそうな黒い男の口からは、耳を疑いたくなる言葉が飛び出ている。もしそれが本当ならば、直ちに町の総戦力を用意しなければならない状況だからだ。
とはいえ彼等の目は、今のところホークの虚言を疑っている。会ってまだ1時間も経っていないだけに、信頼という度合いでは非常に低いためだ。いつかの問答で2文字の言葉の重要さを感じたハクは、現実を痛感して静かに目を細めた。
そして一方、違う内容で言葉の重要さを認識した者も居る。
「生き物ってのは、証拠を見ない限りは信用できない。」思い過ごし疑惑の際にホークが言っていたこの言葉を思い出し、リュックとリーシャの兄妹は、情報を知らないことがどれほど恐ろしいかを再認識した。
「どうします?総帥。」
「交換用の物資は手元にない。持ち帰りできなかったところで我々の責任ではないが、これではティーダの町は渡し損だ。」
「ってことは、決まりですね。」
「程々に、な。」
ディムースとホークは同じ事を思っていたようであり、互いに口元を軽く釣り上げる。目線をパーティーメンバーに次々と投げるも、全員が同じ考えのようだ。感情の表現方法は各々で様々なれど、全員が軽く頷き同意の返答を行っている。
一方の門兵達は、相変わらず右往左往の状況だ。どうやら追加の斥候が報告してきた数と最初の数が大きく違うようであり、ホークが連絡した言葉の信憑性が大いに高まっているようである。
最初に報告を受けている勢力と見くびっていれば、1個部隊どころか町ごと全滅しかねない勢力が接近中なのだから無理もない。町中に連絡している時間もない現状が、焦りを生む状況に拍車をかけていた。
このような状況において、自分たちはどうすればいいか。現場に居る兵士は、誰もが指示を仰ぎたがっている。
本来は司令塔である人物ですら同じ状況であり、発生している状況は想定すら行っていない。過去に例もなければ類似した状況におけるセオリーもなく、どのような考えを行えばよいか筋道すら見えてこないのだ。
「進路1-6-0、迂回しつつ距離200に着ける。総員警戒配備、ナイトビジョンゴーグルを装備し気づかれないよう注意せよ。」
「「「「ハッ。」」」」
熟練の兵士ですら手も足も止まってしまう状況において、その男は明確な考えを持っている。移動時間と予測される敵の進軍具合、互いの位置関係を頭の中に描き上げ、具体的な指示でもって仲間に伝えた。
焦りなど微塵も伺えず、野宿した際の打ち合わせで夜間視界に関して確認していたために足踏みを食らうこともない。数秒でゴーグルを装着した一行は、暗闇へと足を進めた。
「お、おい!もう夜だぞ、この暗闇で動くのか!?」
天候は曇り、かつ行く先に生い茂る木々により視界はほぼゼロに等しい。月が照らす薄明かりすら微塵もなく、どこまでも吸い込まれる闇が広がっている。
兵士の心配を背中に受け、Eランクのパーティーは飲み込まれていく。門に備えられている灯の範囲外に出てしまうと、そこには穏やかな風と微かに揺れる草木の音が残るだけだった。
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早歩きの速度で移動すること約3分。ホークたちは予定通り敵集団の側面を取り、闇の中で様子をうかがっている。狙いはつい先ほど発見した、敵の集団の司令塔と思わしきオークの存在だ。
事前に行われていた敵の集結タイミングや進路などから、彼は指揮官が居ると確信している。それが人間なのか魔物かまでは不明だが、一撃を入れる対象としては最良の存在だ。
幸いにもティナの町においては敵の戦力を把握できているような傾向もあったために、おいそれとやられるような結末にはならないだろう。敵の頭をたたくことによって生まれる混乱が加われば、猶更だ。
敵集団は動きからしてある程度の統率は取れていそうなものの、ややバラけている感が拭えない。ホークたちのように実績のある集団ではなく、即席に近い群れであることが伺えた。
そのような軍勢とは、指令が来なくなった際の命令系統も疎かなものである。集団戦においては基本として連携が重要であり、実力が拮抗しているならば猶更である。
一方のホークたちも、攻撃方法が問題だ。ただ倒すだけならばスナイパー組に任せてしまえばいいのだが、ホークとしては銃の存在は隠しておきたいのが本音である。衛兵の眼前での戦闘など、もってのほかだ。
パーティーメンバーに攻撃オプションを聞かれ、彼はそのように返答していた。
「先ほども言ったが、実力が拮抗しているのが厄介だ。攻撃を開始すれば衛兵共の前線は上がるだろうが、その先に居るのは我々だ。連中が我々を敵と認識するにしろしないにしろ、厄介なことに変わりはない。となると……」
数秒、彼は前を見据える。あまり時間をかけていられないことも事実だ。
そして、最良と確信できる答えを出す。顔をその人物に向け、考え着いたことを発言した。
「リーシャ、出番だ。」
まさかの指名に、彼女は驚くと同時に困惑した表情を見せてしまう。しかしながら、なぜ自分に指名が来たのかを大筋では理解できた。
現在のタスクフォース8492はI.S.A.F.としての側面を隠している。門兵がいる面前で、『銃』と呼ばれる摩訶不思議な杖を使用することはできないのだと、瞬時に察した。それは、攻撃した痕跡も同様であると。
「狙撃命令。発揮できる最大の威力でもって、対象の頭を射抜け。観測手は目標の位置を報告、中継せよ。」
「ハッ。ブラー2-6-0、距離200にて停止中。高低差は目標が1メートル低いですが、対格差により頭部の位置は然程変わりありません。」
観測手は状況を告げるも、弓矢で200メートルというのは非常に長距離の狙撃となる。リーシャが持っているエモノがロングボウの類ではないために、猶更の事限界値に近い数値だ。
いくら「魔力」というブースターがあったところで、精度も連動して上がるわけではない。必要な力を得ることはできるが、狙いの付け所はあくまで本人の技量なのである。
そして、そのことを一番わかっているのは本人だ。彼女は訓練通り、矢をつがえて弓を構える。敵からの狙撃カウンター的なものを警戒して前に立つハクの右斜め後ろ、距離3メートルからの攻撃だ。
「……リーシャ、重心が定まっていないぞ。自信が持てないか?」
「っ……はぃ、い、いえ……。」
こんな場面においても、ホークの推測は冴え渡る。矢をつがえる彼女の背中を見たホークが、声をかけるように言葉を発した。
相手の彼女は唇を噛み、己の弱さを恨み睨む。彼が頼ってくれた場面において全力を発揮できない自分に敵意を持ち、心底嫌気がさしてくる。
構え、予測射線、狙いも通常通り。あとは矢を固定する手を放すだけなのだが、失敗を恐れて最後の動作が実行できない。
彼等に悪気はないのだが、マクミランやディムースたちが日ごろから見せている射撃精度の高さが、無意識のうちに彼女へプレッシャーを与えていた。あえて攻撃を自分が実行するよりも、彼等のほうが適任なのではないかと自信と平常心を蝕んでいる。
そして悲しいかな、命令とは突然のうちにやってくるものである。腹をくくらぬうちに放たれたホークの命令は、大きな緊張を与えてしまっていた。
時間が経とうとも解決することはなく、逆に自信が消え、考えるほどに不安が顔を覗かせる。前に立つハクもどうしたものかと、背中越しにリーシャを見るような動作を垣間見せていた。
猶更の事、恥の感情が脳内を駆け巡る。思わず歯を食いしばり、目を強く閉じてしまったタイミングだった。
「そうか。それでは、その足りない自信は私が持とう。」
己の敵である不安の表情も、一蹴。背中からかけられた言葉によって目を開くと、表から姿を消し去った。
「攻撃を命令したのは他ならぬ私だ、できぬと把握している奴には命じない。ならば加えて命令する、自信を持て。」
一方的に放たれた会話の内容は、至極単純。しかし命令によって絞められた言葉によって、彼女の表情が一変する。
踏み込まれる両脚は力強く、持つ手は鋼の如く微動だにせず安定している。闇夜の中で細められるエメラルドグリーンの瞳は、決して目標をロストしまいと瞬く回数が極端に減っている。
現れた強さは、心に関しても同様だ。先ほどまでの不安に陥っていた自分を悔やみつつも、必ず成功すると己に言い聞かせている。
「射出する時は指定させてもらおう。……よし、放て。」
張られた弦が戻るときに微量の音は発生すれど、サプレッサー付きのライフルから比べれば無音に等しい。闇夜に溶け込みつつ空気を切り裂きながら進行する一撃は、アクティブホーミングシステムのごとく無駄な軌道を描くことなく目標の頭部へと飛来している。
決して裏切らない練習量と己の技術に対する信頼度、そして新たに得た心の強さ。これらにより生まれる結果は、ただ1つだ。
「ビューティフォー……。」
ナイトビジョン越しに見ていたマクミランも思わずつぶやく、文句なしの一撃だった。
命中の直前、第六感からかオークは狙撃地点に振り向いた。しかしそれが仇となり、放たれた矢はものの見事に眉間に命中し生命力を奪い去る。二の矢は不要であり、結果としてこの一撃が勝敗を左右した。
ホークの予想通り、司令塔を失った魔物の群れは滅裂な行動をとっている。その隙をついて押され気味だった門兵と衛兵集団が反撃を開始し、全滅まではいかなかったものの追い払うことに成功していた。
終始防御に徹していただけに、幸いにも被害は重くて骨折程度である。その報告を聞いて一安心した隊長に該当する人物は、気持ちを切り替えて問題の事象を探し出した。
「モーゼンはどこだ!」
「は、はいっ!」
呼びつけられたモーゼンとは、ホークから聞いた内容を彼に伝えた門兵だ。加えて4-5名が呼びつけられ、分隊として行動を開始することとなる。
とは言っても、戦いではなく索敵だ。彼等ですら見破れなかった敵の戦法を見抜いた、Eランクの冒険者パーティーを探すためである。
「よし、ついてこい。タスクフォース8……なんだっけ?」
「842……あれ?あ。違った、8492であります!」
「よ、よし、タスクフォース8492を探すぞ!」
ホーク達にとっては意味のある8492という数字だが、無関係の人には覚えにくいようである。