2話 おべんきょう
【視点:3人称】
「フッ!」
「っオッ!?」
よく晴れた昼前、時刻は10時を過ぎたあたり。誰も立ち寄らないような郊外の草原の一角で、一行はピクニックを行っていた。
そして現在、近接戦闘における模擬戦闘が始まってしまっている。マクミランとディムース、そして魔法も使うリュックの3人が、剣やタクティカルナイフを手にしながら同時に仕掛けるも、一人を相手に絶賛大苦戦の状況だ。
「踏み込みが甘いですよ大尉!相手の反撃限界を見切らなければこのように返されます!」
「チィッ!」
タクティカルナイフが本来の筋から弾かれ、彼の身体ごと揺るがされる。なんとかバランスをとる彼だが隙だらけであり、ナイフによる近接戦闘の実践ならば、一撃をもらって命を落としている度合である。
とはいえそれも、彼女レベルを相手した場合の話。近接戦闘は本来の彼の戦闘スタイルではないものの、その強さは以前とは違うレベルに居る。ただでさえピラミッドの頂点に居るような人物が、更に雲の上に行ってしまった印象を周囲に対して見せていた。
「ディムース少将もです、踏ん張りをしっかり!刈り取られるだけですよ!」
「オヤジ狩りィ!?」
同様に弾き飛ばされ、相変わらずネタに走るのは一人の青年。こちらはマクミランとは違い完全に吹き飛ばされ、受け身をとって立ち上がった。
「ちょっと大尉!ハクさん、大尉が受け流しを教えてから更に強くなってませんか!?いや大尉も強くなってる気がしますけど!」
「俺はさておきハクさんは当然だディムース。元々の素質は異次元レベルに高いからな、飲み込みも速く応用も凄まじい。こちらが学ぶのはあの応用術だ、各位、気を引き締めろ。」
「「「イエッサ。」」」
「ハクさん、引き続きお願いします。」
「引き受けましょう。」
第二分隊、つまりタスクフォース000のメンバーは、マクミランの言葉でより一層気を引き締める。ここしばらくの実践訓練において、隊員全員のナイフスキルは目に見えて向上していた。
とはいえ、近接戦闘における実践的なハードトレーニングなだけあって疲労も溜まる。流石に疲れが見えたディムース率いる第三分隊とリュックは、休憩をはさむために木陰へと歩いていった。
「ふーっ。流石はハクさんだ、あれだけ動いて汗一つかいてねぇや。しっかし000のメンツもスゲーな、まだ走り回れるってのかよ……。」
「自分からしたら皆さんも凄いですよ。よくその重装備で、あれだけ動け回れますね……。」
「うーん、まぁ……馴れ、かな。」
その更に少し前にダウンしたリュックは、木陰に座って肩で息を行っている。自分自身よりもはるかに重装備なディムース達や000のメンバー達のタフネスさに驚きと呆れの表情を見せている。
反対側ではリーシャが偏差射撃の訓練を行っており、ひたすらに一箇所に矢を打ち込んでいた。近接戦闘前にマクミランが講師を行っており、「ちょっと貸してみろ」という彼の台詞の先に放たれた完璧な狙撃に目を見開き、教わったことを一心不乱に実践している。
なお、「なんであなた弓まで使えるの」と大多数の人間が疑問に思ったのは、公然の秘密である。「エイミングに国境はない」とはホークの弁だが、どうやらこれはマクミランの受け売りらしい。
そんな彼女の姿を見ていた一行は、更に視線を移した。そこには木陰に伏せているヴォルグの頭に手を置き着座しているホークと、対面に座るマール・リール姉妹。その中心には、地図らしき地形が描かれたA3サイズの紙があった。
実はホークは、基礎程度の知識だが、この世界における歩兵戦のイロハを姉妹から学んでいる。これは彼自身が言い出したことであり、「書物に載っている基礎程度なら」と、姉妹もその要請に応じた形だ。
「それでは総帥様、この布陣と仮定した場合の、要注意場所はどこか思いつかれますか?」
図に描かれたフィールドは、草原、岩肌、森が合わさるエリア。ある程度の起伏があり、奇襲を行いやすい場所となっている。
例ということで、そこに敵味方の布陣が展開されている。記された簡略的な地図をホークが睨み、考えをめぐらせていた。
「現実の状況が不明なために断言はできないが、王道からいけば……伏兵は、ここと、ここか。日光の角度と森の深さと相まって、服装次第では至近距離でも気づかれにくい。伏兵そのものが撹乱して良し、遠距離攻撃の混乱後に出張るのも良し。翼竜隊との連携も取りやすいだろう。」
「おお、お見事です。」
「流石です総帥様!」
褒められるも、ホークは相変わらず地図を睨む。ここは姉妹の素直な気持ちに答えるべき場面だろうが、何故か彼はそれを行わない。
表情1つ変えることなくヴォルグの頭に手を置いているのだが、その表情を見て全員が何も言い出せない。まるで戦闘中であり、何かを考えているようだ。
「皆さんが脅えてしまっておりますよ、マスター。」
そんな彼に問いかける権利を唯一持つ、古代神龍。000のメンバーもダウンということで、休憩がてらホークの元へとやってきたのだ。いつもはにこやかな顔で見守ることの多い彼女だが、今回は違うようである。
ホークは地図を睨んでいた顔を上げ、いつもの表情で彼女を見る。先ほどまでの集中力は消えており、周囲への重圧も自然と消滅した。
「……そうだな。」
「主様。宜しければ、何を考えていらっしゃったのです?」
「ああ。自分ならどこに伏兵を置いてどう攻めるかってのと、皆ならどうかな、って。」
「みんな?」
ハクを含めて全員が似た様な疑問点を口にし、首をかしげる。そもそも個人の考えが分かるものなのかと、ホークに問いを投げた。
「マールとリールに教わっている基礎はもちろん大事だけど、戦術における応用ってのは、例を挙げればきりがない。相手の司令官の性格を知り、戦力を知り、予測される戦術を絞り込む。だから、身近な奴だったらどんな作戦を立てるかなって想像は、いいトレーニングになるんだよ。昔からやってるんだ。」
「昔からそんなことをしていたのですか総帥。とはいえ……失礼ながら、当たるものなのですかね?」
「試してみるか、例えばハクだ。もし君が司令官だとしたら……進むのは草原を3分割した森寄り。草原方面に弓兵を、森側には防御要因の兵士を展開させないか?」
「むっ……確かに、仰るとおりかもしれません。そのようなことまで分かるのですね。」
「まだあるぞ。現場に立っていただけに、兵に関するそれぞれの役割を理解している。加えて戦いとなると強気があるために、進路は先ほどの王道展開しつつ、やや奇襲対策を実行。直感的に不安に感じた場所は、偵察を行わせる。司令官と言いながら、居る場所は最前線かな。」
「むむむ……。」
なんでそこまで見透かせるんですかと言いたげに地図を睨む彼女だが、もちろん答えなどは書かれていない。チラっと夫の顔を横目見るものの、してやったりの表情だ。
そしてホークからすれば「他人の思考を推察してみよう」というお遊びレベルであることも、また事実。彼女は特別親密なだけに詳細まで見抜けてしまうのだが、それらの推察力が彼の戦闘力と言っても過言ではないなだろう。
「続いてはヴォルグ。」
「私も?」
「まぁまぁ。他のフェンリルの大軍を従えた気持ちで、気軽に考えてみてよ。極端に森寄りに進んで、対処しやすい草原の警戒を軽くしない?」
「むっ……。」
その後ホークは、それぞれの性格に基づいた予測を展開。当たり具合の大小はあれど、おおまかな傾向は正解しており、全員が感銘を受けていた。ディムースが言ったように、彼らも知らなかったホークのトレーニングである。
そうこうしているうちに000のメンバーもやってきて、ホークのように考えている。しかし彼ほどの精度には程遠く、ヘルメット装着中であることを忘れ、数名が後頭部をかきむしっていた。
「それにしてもこのレベルの推察ができるとは、流石総帥としか言えませんね。今は基礎を学ばれていたようですが、応用術も学ばれるのですか?」
「参考程度に聞く感じかな。戦術において基礎は応用の中で生きる、ってのが自分の考えなんだ。実質的な戦闘が始まるまでは応用、実際にドンパチ始まっちゃえば基礎。I.S.A.F.出身者なら分かると思うけど、前者は司令官の仕事だよね?」
「理屈はわかりますが、奥が深そうな話ですね。」
「そうだね、深いかどうかは置いといて自分特有の考えだ。さっきも出た話だけど、もしホークって奴が率いる軍を相手にするなら、司令官であるホークの性格を知り、推察する必要がある。なので、さっきみたいなトレーニングが必要なのさ。普段の相手の言動とかにも、気を配る必要があるね。こういう「いかにも」な場所を探す必要もある。だから、偵察も戦闘行動だ。」
一応は筋が通っているものの、これは司令官的な立場になったことのある者しか分からない事象である。さまざまな要素が絡む状況における相手の精神状態は、情報戦において最も重要な項目だ。
その後2-3分にわたって、質疑応答を交えてホークの持論が展開される。小難しい話となると長引いてしまう彼は、自分から早々に切り上げた。
「さ、気難しい話はこれまでだ。今日は各自、目標に向けて頑張ってほしい。各々の戦い方は違うが、その道の頂点が居るのがI.S.A.F.8492だ。互いに学ぶことも多いだろう、ぜひ身に着けてくれ。」
「「「イエッサ。」」」
「「はいっ!」」
「あ、思い出した。」
その言葉で、賑やかだった場所は解散となる。しかしホークは何かを思い出したようで言葉を発し、それにより全員の足が止まった。
「どうかされましたか、マスター。」
「いや、まぁ、大したことじゃぁないんだけどね……。」
「総帥、何事でしょうか。」
騒ぐほどのことでもなかったと自らの失敗をボヤきながら、ホークは宝物庫を展開させる。すると、大きなバケットがいくつも出てきたのであった。
真っ先に反応したのは、嗅覚に優れる夫妻の2名である。その反応により、全員が中身を想像できた。
「お昼ご飯用意してあるから、みんな頑張ってね。」
そして、本人より中身の通達があった瞬間。文字通り、全員の目の色が変化した。
「ハクより皆さん、全力で参りますよ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
「おおおって、えっ?待ってください大尉、これハクさんが全力出しちゃうやつじゃ!?」
「えっ。そ、総帥!」
「はーく?」
「ちゅ、注意致します。」
泣く子も黙る深淵の森も黙る古代神龍も黙るホークの柔らかな一言で、やる気MAXだった彼女はクールダウン。先ほどと同じく適切なレベルで近接戦闘の指導を行い、屈強なオッサン一行をシゴいていた。
一方のホークもまた、マールやリールと共に勉強再開である。Eランクになったとはいえ、平和なこの街で受けられる依頼のレベルは知れており、午前中は簡易的な依頼をこなしつつトレーニングに励む日々は、数日の間繰り返された。