1話 ランクアップ
【視点:3人称】
ティーダの街でホーク達が活動をはじめて以降、日は浅いものの、すっかり街に馴染んでいる。街としても彼らの名や顔を知らない人は居らず、有名人並みの知名度だ。
彼等がホールフを救出してから、既に10日の日付が流れている。その間にも低ランクの依頼事項を的確にこなしており、受付嬢からのアドバイスにより、途中からはパーティーを2つに分けて依頼をこなしていた。
これには、内部でパーティーを分割して多数の初期任務を達成することで、早々にEランクへとランクアップしてしまおうという目標がある。SとExの間に大きな壁があるように、FとEの間にもソコソコ大きな壁があるのだ。
ホーク達は、今日も林へと赴いている。1回1回の任務でのしかかる負荷は非常に軽いものであるため、連続して依頼を行えているのだ。元々計画性の高いホークの性格とあいまって、全ての任務は予定道りに進行、終了していた。
「9……10っと。よし、お仕舞い!総帥様、私達は終わりました!」
「了解だマール、こちらも終了だ。時間が近づいている、マクミラン達と合流しよう。総員、移動始めるぞ。」
「了解です、マスター。」
そして、本日も無事に依頼内容を遂行している。マクミラン達の銃火器部隊は別任務を行っているようで、ホーク達は合流ポイントへと足を向けた。
合流ポイントに到達すると、既に彼等が待機している。どうやら今回は彼等の任務が先に終了したようで、周囲警戒を行いつつ日陰に腰を下ろしていた。
一行は合流するとティーダの街に戻り、パーティーリーダーのホークは受付嬢に依頼内容を達成した旨の報告を行う。すると、職員数名が拍手で一行を祝福した。
「おめでとうございます、ホークさん。本日の依頼達成により、タスクフォース8492はEランクに昇格しました。」
とは言われるものの、特に何か変化があるわけではなく全員が「ふーん」程度の反応となってしまっている。今までの依頼内容の緩さもあり、お世辞にも達成感が薄いのが現実だ。
「Eランクに昇格したのは理解した。しかし、その評価はパーティー全体での評価だろう。ランクと言うものは個人単位で有ったと思うが、その点はどうなる?」
「仰るとおりです。その点はパーティーリーダーの役割になり、各々のランクを評価。パーティーのランクが変動するたびに、冒険者ギルドへ申請して頂きます。」
名ばかりリーダーかと思っていたホークは、「ほぅ」と呟き話を聞いている。パーティーが有名になった際は最も注目されるポジションではあるものの、虚偽の申請を行い判明した際は、誹謗中傷の的にもなってしまうのだ。
もちろんギルドからの信頼度合いも落ちるわけであり、彼もその問題点は理解しており、どうしたものかと軽く悩む。とはいえ当たり障りのないところを好む彼は、セオリー通りの回答を口にした。
「それでは、全員がEランクで申請する。」
「承知しました。プレートを更新しますので、暫くお待ちください。」
いつもの受付嬢は一行のプレートを受け取ると、奥の部屋へと消えてゆく。それとスイッチするように、中年の男性職員がホーク達に近づいてきた。
「すまん、もう少し付き合ってくれ。説明には無かったんだが、EランクとFランクではもう1つ違う点があってな。魔物と賊の討伐任務が、Eランクから受けることができるんだ。」
その言葉で、戦闘狂一行の目が光る。先のダンジョンは例外であるものの、ありがちな討伐任務が無いなと不満のあった彼等だが、こういう理由があったのかと納得する一方、「自分達のバトルフィールドで活躍できる」と喜びと意気込みを露にしていた。
そして、その直後。「ま、ここではそんな依頼は滅多に無いがね。」という追い討ちを受け、高まっていたテンションが駄々下がりになるまでが彼らにとってのテンプレートである。
「ここでは。となると、他では多発している認識で相違ないか?」
そんな空気を読み取ったホークは、意味ありげな発言の部分を掘り下げた。
「その通り、付近の町では珍しいことではない。この街もいつ、その様な被害にあうか分からない。そのために、君達を早急にEランクに昇格させる必要があった。」
もっとも、タスクフォース8492が、この街に残ってくれている間の話だがな。
と、俯き加減に、消え入りそうな声で呟かれるその一文。ギルド側としては強制力がないために引き止めることができず、かと言って田舎であるこの街では、留まる理由になるための魅力的な部分が他の街に劣るのが実情だ。
事実、それは冒険者の数、ひいては街の知名度に現れている。シビックのように街を思って残る者が多数居れば安泰なのだが、現実は片手で数える程度。
悲壮な自称であり、口に出すのも抵抗が生まれるために、男性がすべてを話すことは無い。
しかしながら、推察力に優れるホークはそれらを理解している。何も言わずに、話題の方向を変更した。
「魔物に加えて盗賊か、厄介な話だな。」
「そう、どっちも大きな問題だ。特にシルビア王国で勇者が蔓延っていた頃に成長した盗賊の中には、Sランクに迫るグループもある。君達のホワイトウルフでも歯が立たないだろう、気をつけてくれ。」
言い回しの問題とはいえ思わずムッとするヴォルグだが、そこは主の煽り耐性の高さを思い出し我慢する。マクミランが静かに頭に手を置き、褒める動作を見せた。
実際問題、今話題に上がった高ランクの盗賊群相手でも、ヴォルグ単体で十分に相手できる程度である。とはいえタスクフォース8492に居る白い狼が「実はフェンリル王でした」と知っている者は居ない上に、そこでの暮らしの影響で野性味が失われつつあるため気づく者も極少数だろう。少なくとも、マールとリールが知る文献においては、フェンリルがここまで人間に懐く事象は載っていない。
そんな話をしていると、受付嬢が戻ってくる。更新後のプレートを持った受付嬢からホーク達に返却が行われ、一行は手に取り確認を行った。
変化としてはFの文字がEになった程度であり、実感も沸かなければ盛大な祝福も皆無である。
大きく変わった点は、先程の説明だけ。数回とはいえ今まで魔物ばかりを相手してきた一行が、人間を相手にする可能性がでてきたことだ。盗賊の類が相手だろうと、人間であることに変わりは無い。
とはいえ、状況が変わろうとリーダーの心境は変わりない。つねに軍やパーティーの戦力と相手を判断し、的確な指示を出すだけである。
「討伐依頼を受ける権利を得たところで、冒険者ギルドと我々の関係は依頼者と遂行者だ。参加するかの判断は、こちらで決めさせてもらう。」
「もちろんです。私達としても無理にお願いした結果が悲惨なものだった場合は心苦しいので、できれば行いたくはないのですが……。」
語尾を濁す受付嬢は、視線を斜め下に向けてしまった。「そのようなことがあるのだな」と感じ取ったホークだが、口に出すことは無く、メンバーを従えると出口へと足を向けるのだった。
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「総帥様、意見申し上げます。一般的な魔物相手の戦闘では問題が無くても、盗賊とはいえ人が相手の戦闘では実力を発揮できない冒険者も多数おります。ハイエルフとホワイトウルフの4名は問題ないと思いますが、I.S.A.F.8492の皆様は大丈夫なのでしょうか?」
「らしいけど、問題無いんじゃない?」
「ええ、仰る通りです。」
「無いですね。むしろ、人間相手の方が戦いやすいです。」
宿への道中、ふとした疑問が沸いたリールが質問を投げるも、モリゾーとディムースから愚問のニュアンスの答えが返される。マールとリールは彼らのことを知らないので仕方のない質問だが、内容は心配無用と言えるものだ。
相手が魔物だろうが人間だろうが、I.S.A.F.8492の隊員にとっては同じである。攻撃を受ける前に銃弾を打ち込み、生命活動を止める。魔物と人間では物理防御力に差があるために、むしろ人間相手のほうがやりやすいのだ。
返事を聞いた姉妹はポカンとしてしまうが、予想外の返答だったのだろう。念のためにヴォルグ夫妻とハイエルフ兄妹に聞いたホークだが、「全く問題なし」と、マクミラン達の回答と同じである。
そして最後に彼のパートナーに言葉を掛けるも、回答は同じである。何者だろうと自分の夫に渾名す者は切り捨てるというのが、今の彼女が感じている大きな使命だ。
予定外とはいえ全員の意思が確認できたホークは、今後の対応に関して1つの区切りを付けている。実際に戦うのは彼ではないが、戦闘に参加するかどうかは彼の判断が全てとなる。
相手が人間である可能性が増えるだけに、その判断は一層シビアなものとなるだろう。司令官として更に一歩難しい領域に踏み込んだものの、それが彼の戦いだ。現場で命を掛ける戦闘員に対し、ホークは軍の名誉と己の名前を掛けている。
「丁度良い、今後の戦闘に対する皆の意識を統一したい。先ほど通知を受けたように、今後は人間を相手した戦闘が発生する可能性が出てきている。相手が盗賊の類だろうが、私の判断で人間を殺すことに変わりは無い。もし少しでも抵抗があるならば、遠慮なく言ってくれ。」
ただし、望む結果になるかどうかは保証できない。最後にそう付け加え、彼は全員の目を流し見た。肯定の返事が行われ、言葉上では認識が刷りあわされた。
認識と言っても覚悟の類も含まれているために、全員の気が引き締まる。その後は口数少なく、まっすぐと宿へと戻っていった。
「お疲れさんです。」
「聞きましたよホークさん。ランクアップ、おめでとうございます。」
宿に戻ると、店主とシビックから祝福の言葉が掛けられる。張り付いていた微かな緊張感は、その一言でほぐれ和らいだ。ホークはその流れに乗り、今日は活動休止日にするよう指示を出した。
そうは言っても、緊張のほぐれに関しては、流石に彼だけは話が別である。先ほどの覚悟で一番重いものを背負っているのは、ほかならぬ彼自身だ。叶うならば魔物だけが相手であってくれと思う彼だが、そういうわけにはいかないだろう。
まだ日も高いというのに、彼は宝物庫から酒とグラス、軽いツマミを取り出す。
何かを察した彼の妻は酒を注ぐだけで、珍しく自身は口を付けずに居る。自分自身の心と向き合う己の夫を、傍らから静かに見守るのであった。