20話 北方のエース その2
【視点:3人称】
『鳥』がクラーケンを退治し、ホールフを助けた。
この情報は、爆風の如く各地へと広がっていた。
現実には戦闘機ではなく戦闘艦が退治・救助を行っているのだが、話は変換されやすいものである。事実、光景を目撃した翼竜騎士が伝えた内容は先ほどのモノに変換されており、やや湾曲した内容に仕上がっていた。
10日が経った現在では各国の王や政治家の耳に届いており、群集すらも時たま話題に出すほどである。勇者を倒したI.S.A.F.8492は、名前こそ知られていないものの、まるで勇者だと呼ばれるなど、それほどまでに有名な存在となっているのだ。
「―――勇者、か。」
表情を殺し休憩室にある窓の外を見て呟く彼女は、やや青白い肌をしており金色の瞳と短髪を持っており、邪人・邪族と呼ばれる種族に属している。ほぼ全員の肌がやや青白いことが特徴で、非常に好戦的な種族であり、他国に対して難癖をつけることも珍しくはない。
難癖をつけることに付け加えるならば、彼らのやり口は小競り合いからの戦争に直結しているために性質が悪い。隣国からすれば、もし邪族が攻めてきた場合は、開き直って逃げ去るか玉砕覚悟で突撃するほかに無いのである。
とはいえ、それは随分と昔の話である。ここ100年ほどはそのようなこともなく、逆に勇者との同盟を含め、そんな喧嘩腰を見せる国の態度に疑問符を抱く者も少なくない。
隊長を失った彼女もその一人であり、隊長を含めた二人は、常日頃からその疑問を投げかけていた。国民にとって英雄である二人の意見を無視するわけにもいかず、結果として北邪人国の暴走に歯止めを掛けていたのだが、それを知るのは政治に関わっている一握りだけである。
「今日も無断欠勤ですか、リリーさん。」
一人の若い女性が、彼女に問いかける。どうやら彼女の知人のようであり、やや姿勢を崩して応対している。それに対するリリーの反応も、やや感情のあるものとなっていた。
「すまないな。このままではいけないってのは理解しているつもりなのだが……まだ、心の整理が付かないんだ。」
「そうですか……。」
そういわれると、若い女性も何も言い返せない。随分と時間が流れたものの、リリーが抱えている心の傷は、本人でなければ測り取ることは不可能だろう。
そのために若い女性は、すぐさま本題へと切り替える。言いたかった内容は、まだ数個が残っているようだ。
「相方の翼竜も、不安げな表情を見せていました。たまには、顔を見せてあげてください。」
「……そうだな。わかった、ありがとう。」
「それでは、体調不良と言うことで報告しておきます。」
すまないな。と一言呟き、リリーは再び窓の外に顔を向けた。
「あ、それと1つ。例の件、心よりお待ちしておりますとのことです。」
「……そうか。」
しかし今の言葉で、若い女性が来る前よりも表情が厳しくなる。その心境は、強い葛藤に悩まされていた。
彼女は、とある『イベント』に誘われているのである。今し方訪れた若い女性が頭ということはないのだが、規模としては大規模に分類されるほどに参加メンバーが揃っている。
そのイベントで行われる内容を通称で呼ぶならば、クーデター。良く言えば政権交代、悪く言えば内戦もしくは武力行使である。
彼女が誘われているのは、この類のものだ。好き勝手に他国を攻撃する今の国を捨て、誇り高い性質はそのままに協調性のある国を目指すため。若者を中心に、計画が練られているのである。
もちろん真っ向から討ち合うと戦力差は明らかであるために、暗殺の計画が練られている。それを行った際に重要なのは、大義名分だ。
幸いにも、北邪人国国内においては、他国への攻撃性は問題視されている。ホーク達がシルビア王国への援軍を蹴散らしたことで敗北した時の痛手を知ったことが、その感情に拍車を掛けているからだ。
そして彼女も以前から疑問を抱いていた上に、仕えるべき隊長が死んだ理由は自国の上層部の無謀な出撃が招いた責任である。そのため自然と、恨みは自国へと向けられていた。
しかし、隊長と共に国を守るために戦っていたことも、また事実。そのために隊長を裏切ることになるのではないかと、葛藤はより一層強いものとなっていた。
「リリーさん。貴女が守っていたのは国なのですか、国民なのですか。それとも―――」
投げられた言葉の意味は、彼女も理解している。
事の発端は幼少の時。翼竜騎士によって行われる航空ショーを、集団の端で見たときからだ。
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その職業は、願えば誰でも就けるものではない。昔から、一部の人のみが到達できるものであった。
人類が決して生身で到達できない見上げる場所を自由に舞い、名声を欲しいがままにするその存在。名前程度は聞いていたものの実物を始めて目の当たりにした彼女の心に灯火が生まれたのは、この時だ。
裕福ではないながらも、図書館のような場所に通い、必死で情報をかき集めた。街を巡回する騎士に、そのことを尋ねたことも、何度もあった。
全ては、家族・友、そして国を、自らの手で守るため。幼さゆえの純粋さと、偶然ながら天性の才能も手伝い、彼女は空に死に場所を作ることを決意して、足を踏み入れることとなる。
その志を胸に誓い、エリートではないものの必死に努力を積み重ね、演習や実践で幾度となく苦悩を積み重ね。根本的な骨格の差などの理由により、自分が女であることを呪ったこともあるほどだ。
それでも彼女は、諦めず。女ながらも、一流の翼竜騎士に成り上がった。非の打ち所が少ない容姿と相まって、西のエスパーダと対になる英雄として持てはやされることとなる。
1つの部隊長として、このまま時が流れるのかと思っていた時。まさかの部隊移動の話が舞い込み、彼女は「どこへ行くことになるのだろうか」と首をかしげた。
そう思いながら待機エリアに足を運ぶと、一人の若い男が柱に寄りかかっていた。彼女が乗る翼竜とスキンシップをとっており、翼竜は既に懐いている様子である。
一体誰だと疑問に思うも、答えはすぐに自分が出すこととなる。横顔を見ただけでわかるほど、その男は有名人だった。
「ラン殿―――?」
「ん―――?お、リリィ騎士!」
何故、彼が。と、彼女は心の底から驚くこととなる。彼は本来、北邪人国の南、シルビア王国側に配備されている人物だ。
実はこのランという騎士、彼女と違って貴族階級スタートの超一流エリートなのだ。整った顔に超一流の腕前、そしてトドメは貴族階級と、ホークが聞いたら嫉妬しそうな程に3拍子揃った抜けの無い人物である。
これが、彼女と彼の出会いである。互いに一方的に存在を知っていたのだが、大山脈を挟んで片や南方、片や北方という立地が、互いの存在を隔てていたのである。
空路ならば会おうと思えば会える距離ではあるのだが、双方共に暇ではない。十分な休息があるとはいえ多忙と呼べる任務が、その隔たりを大きくしていた。
「えっ!?ま、まさか私が貴方と!?」
「どうやらそうらしい。ま、宜しく頼むよ。ああ、イメージとは違うかもしれないけど、堅苦しいのは苦手でね。」
彼の言葉通り規律正しい性格を予測していた彼女は、面食らうこととなる。エリート上がりとは教養もしっかりと行われているために、カタブツであることが多いのだ。これでは逆に、リリーのほうが規律正しいように見えてしまう。
その後は二人して司令官の前に並び、正式に部隊として編成される。翼竜隊にしては珍しく、たった二人で構成される部隊となった。
そのような部隊が作られた理由など知らない二人だが、これは政治的な編成となる。容姿と実力が合わさった二人であり、しかも職業は憧れの強い翼竜騎士。
ようは、リリーが平民であるものの政略結婚的な目的が強いのだ。昔の日本にあった制度とは違って強制力は無い政略であり結婚するかどうかは二人の自由であるものの、そのような状況を作ろうとしているのだ。
結果としては互いに友達のような付き合いを続けており、どちらともとれない結果となっている。一見すると片やエリートで片や成り上がりと、出身地のように左右対称の二人である。
しかし、互いに翼竜騎士となってしばらく経ち、志の火種が落ち着いた時に出会った相手であることが重要だ。気分一新とはよく言うが、同様の事象が起こっている。
今までは使命感として飛んでいた心境が強いものの、1日が経つにつれ、その概念が入れ替わる。阿吽の呼吸で空を舞う感覚と達成感が、ひたすらに楽しくて仕方ないのだ。
その感覚に恋という感情が混じっていることに気づかないのは、色恋沙汰が未経験であるがため。楽しさと達成感にカモフラージュされているために、自覚度合は一層低い。
そして、想うことは単純だ。
願わくば。彼と過ごすそんな時間が続いてほしいと、彼女は日々祈りを込めるのであった。
そんな彼を、無能な司令官のために失った現状。そして、他国に恨みを買う国の政策に対抗するべく、立ち上がろうとしている一部の国民。
翼竜騎士とはいえ、本来怒りが向けられる矛先は、北邪人国の軍隊。無能が自殺しようとも、その根底は変わらない。
いくらエースとはいえ、彼女もしょせん人である。そして、奪われたのは、もっとも大切だった人。そのために、復讐という名の過程を経過しなければ、次へと進むことができないでいる。
提案という形で差し伸べられた相手との目標は、一致していた。彼女の中の天秤は、傾きつつある。
第五章終了でございます。
私事で申し訳ないのですが年末に向けて立て込んでおりまして、更新頻度が落ちております。ご容赦ください。
これからも、ご愛読の程よろしくお願いいたします。




