19話 平和な西部防衛隊
【視点:3人称】
西の帝国西部、翼竜騎士駐屯基地。エスパーダの部隊が拠点としている、平和な地方だ。
とはいえ南方での小競り合いは続いているために、最近は細やかな動きが見られている。南地区の邪人が今までよりも好戦的な動きを見せているため、ここ西部防衛隊からも配置転換が行われているのだ。
結果として駐屯部隊の数が明らかに減った上に、結果として帝国首都から一番近い駐屯地となっていた。戦力が足りていないからとはいえ、ここから首都までの防衛を担うという、なんとも無茶な配置である。
それでもエスパーダ達3人は変わらずの平和な日々を過ごしている。来るかもしれない『鳥』を待ちつつ、最も戦力の少ないエリアを警備しているのであった。
「まー、いまのところ影も気配もありませんけどねー。」
机にうつ伏せになって気の抜けた声で言うのは、魔法を得意とするロトである。偵察のたびに気合を入れるも毎度の如く凄まじい空振りに終わる現状は、エース級といえどその士気を奪い去っていた。
ちょうど昼食を済ませたタイミングであり、彼女の部隊は休憩時間となっている。他の部隊の隊員と共に休憩時間を堪能しており、和気藹々と談笑していた。戦場とは程遠く穏やかな空気に包まれているものの、隊長のエスパーダは皇帝直々の依頼を受けていることもあり気分は沈み気味だ。
「こっちもそうだけど、エスパーダさんのところもまだ見つけてないのですね。」
「ああ、あの轟音なのだから、もう少し見つけやすいと思っていたが……。他国ですら未発見という現実は、そう甘くは無いということか。」
「なぁ、随分前から気になってたんだけどよ。あんたら鳥のことを毎度の如く轟音轟音って言うけど、一体どんな音なんだ?」
他部隊の隊員よりポツリと出たこの質問に対し、3人は誰とも発言することなく顔を合わせる。確かに今までそのような説明を行ったことはあるものの、具体的な音を発言したことは無かった。
数秒後、立ち上がり最初に口を開いたのはインディである。
「こ、こんな感じだ!グウォォォォォォォ!」
「違いますよインディさん、ガアアアァァァです!」
「二人とも違う、シュゴオオオォォォォだ!」
「エスパーダこそ違うだろ、何だその音!」
「絶対これだ、間違いない!」
「いいえ二人とも違います!!」
インディの回答を皮切りに、他の隊員そっちのけで、まるで子供のような喧嘩が発生する。ちなみにジェットエンジンに流れる空気の流量や聞く距離、位置などにより3つとも正解になるのだが、もちろんそれに気づくはずも無い。
そんなやりとりを眺めているうちに時間になったのか、会話相手だった騎士達は「平和だねぇ」と口に残し、哨戒飛行に入るのであった。3人の熱が冷め我に返った時には、既に誰も居なくなっており閑古鳥が鳴いている。
インディは頭の後ろを掻き毟ると、勢いよく椅子に腰掛けた。やや椅子が軋む音が、雑さを一層際立たせる。
「っ―――たくよぉ。こんなやりとりしていて、鳥が現れるかーってんだ。寒いのは分かってるが、いつまでも西部で隠居生活していないで、南部で暴れたいぜ。」
「そう言うなインディ。我々の居る西部は、最も守りが薄いんだ。有事には少数精鋭の戦力が必要となる、最も大事なエリアだぞ?」
「それだよ。ディアブロや北の連中が海から来やがったら、一体どうするつもりなんだ?俺達が刺し違えたところでよ、得られる時間は僅かだぜ。」
その言葉に対してはエスパーダも何も言い返せず、ロトと共に溜息を付く。兵の質が高いに越したことは無いが、防衛線においては数のゴリ押しが重要だと、彼女達も理解しているためだ。エースとはいえ2-3部隊が挑んだところで、数に押された場合の結果は見えている。
「しかもだ。北の帝国との不可侵協定をいいことに、北の戦力まで南に移動させつつある。これじゃ「どうぞ攻め込んでください北の帝国様」って、言ってるようなもんじゃねぇか。」
「ああそうだ、だから鳥の存在が必要なのだ。こと防衛に関しては問題が山積みで戦力が足りていないことは皇帝も理解されていただろう。いくら綺麗事を並べても、結論はその手しか無いのだ。」
「でもよぉ……。」
「ではインディさん、何か案はありますか?」
「んーっ……。」
再びボリボリと首の後ろを掻き毟るインディは、何も言い返せない。彼が言っていたのは愚痴であり、問題点を挙げているに過ぎない。根本的な解決策には、ならないのだ。
その点、8492を味方につけることができれば戦力面の問題は全て解決することも、また事実。そのため、鳥が現れた際には全力で引きとめることが彼らの責務だ。
「お前も近々2児の親になるのだろう?もう少し落ち着いてはどうだ。」
「なっ!?な、なんでお前が知ってるんだよ!」
「フフフ、女の情報網を甘く見るなよ?」
「おーっそろしい。」
眉を潜めて両肘を抱えるインディに対し、彼女達二人はニヤニヤとしながら目を細め、彼のメンタルを攻撃する。その手の話でしばらくコミカルな空気に包まれていたが、エスパーダの表情が普段の凛々しいものに戻ると、その空気も消え去ってしまった。
「―――インディの生まれは、南のエクスという街だったな。」
「―――ああ、俺の生まれた誇り高い街だ。女房もソコに住んでいる。だからこそ、邪人は絶対に近づけない。にしても、よく街の名を知っているな。」
「私も、エクスの街にに馴染みが居る。生まれは帝国首都で同期なのだが、引退してエクスに嫁いでな。帝国に負けない活気のある、良い街だと言っていた。」
「私も行ったことがあります!隊長の言うとおりです。」
3人はそれぞれの記憶を思い返し、しんみりとした空気に包まれる。
「懐かしいな。エスパーダもロトも、その頃を知ってるのか。あの頃は、観光地として今よりも賑わっていた。今となっては……」
「ああ。ある意味で最前線、対ディアブロ国における最も近い砦だ。隠してはいるものの完全にできるわけが無い、観光客も減っている。正直、良い状況ではない。」
「ええ、私達の仲間も大勢配備されています。こちらからは仕掛けないでしょうが、いつ戦争が起こっても不思議ではありません。」
「前にも話したと思うが、俺はそんな街とこの国を守るために騎士になった。一人じゃ何もできないが、その時は頼むぜ。」
お互い様だ。とエスパーダが言葉を返し、ロトもそれに同意する。全員が国を守る根っからの戦闘員であり、同じ考えを持っていた。
言葉が無くても、互いの意思は痛いほど感じ取れる。そんな数秒続いた無言の空間を打ち破ったのは、ドアをノックし休憩室に入ってきた、彼女達が所属する軍の伝令兵だった。
「失礼します!エスパーダ隊長は……あっ、こちらでしたか!」
「隊の全員が居る、何事だ。」
「お休みのところ失礼致します!皇帝陛下より緊急の書類をお持ちしました、『鳥』の出現目撃情報です!」
手に持つ書類を読み上げたその報告で、目を見開き思わず全員が立ち上がる。まさかの事態に脳内をアドレナリンが駆け巡り、心臓が早鐘の如く動き出す。
「場所は!」
「落ち着けエスパーダ、書類に書いてあるはずだ!」
「そ、そうだな」
「ハッ、お受け取りください。」
焦りが頂点になる彼女だが、冷静に書類を受け取ると咳払いして封を開ける。そして、記載されていた場所を口にした。
「ティ、ティーダの街!?」
「ティーダの街だって!?」
「ティーダの街……!」
3人の顔が固まり、同時に目を見開いた。その場所について位置以外は把握していない伝令兵は、どれほど危険な場所なのかと戦慄した。
あの『鳥』が出現した程であるため、そう思ってしまうのも無理はない。危険なダンジョンが近くにあったとはいえ、まさかド田舎の究極に平和な町だとは、微塵も思っていないのが実情だ。
「……って、どこだ?」
「さ、さぁ……。」
「し、知りません……。」
そして単にエスパーダ達が場所を知らなかったというオチに、何事かと緊張が張り詰めた伝令兵の姿勢が崩れてしまった。とはいえ僻地であることに加えて西の帝国からは真逆に位置するために、知らないのも無理はない。
「えーっと、申し上げます……別途の資料に位置の記載があったのですが、シルビア王国の更に東、深淵の森手前の小さな街でございました。」
「ええっ!?」
「深淵の森!?」
「東の果てだと!?そんな所まで行けと言うのか!!?」
とはいえ、移動するとなると話は別だ。軽く見積もっても、直線距離で9500kmの大移動である。単純に翼竜が時速200kmで1日8時間飛行したとしても、5-6日は掛かる計算だ。
深淵の森とその位置は有名であるため、おおまかな遠さは彼等でも理解している。「非常に遠く、移動だけで数日の期間を要する」というのが、3人共通の認識だ。
そして、その地点からの報告ということは、鳥が現れたのは最低でも5日前。到着までとなると、鳥の出現から10日以上は経過してしまう。
当然、鳥は既に居ないだろう。空振りに終わる確率が非常に高いものの、行く必要があるかどうかの是非としては、彼らのトップの指示次第だ。
「……こ、皇帝陛下は何と?」
「ハッ、お預かりしている言葉そのままに申し上げます。『言いたいことはわかる、行ってくれ。』以上です。」
「「「……。」」」
まじっすか。と言いたかった一行だが、皇帝陛下直々の命令となると逆らえない。そしてその日の昼、まさかの本人直々に詳細の説明があり、3人は背筋を伸ばしていた。
その後、2時間ほどで身支度を整えて移動開始となる。エスパーダ達3人と他の1部隊である5人は、すぐさま空に飛び立ち進路を南東へと取った。人族が統括するエリアを経由し、北邪人国を回避するルートである。
迂回するために、ただでさえ長距離の飛行距離は更に伸びることとなる。
出撃間際に目的地までの道のりを聞いた翼竜一行の生気が抜けていたものの、仕方のない話である。
翼竜「嘘やん……」