18話 信じられない光景
【視点:3人称】
翼竜騎士側とイカちゃんの視点です
「ふう、ようやく見えてきた。相変わらずここは遠く感じるな。」
「仕方ないさ、何しろ本当に国の端っこだ。とはいえ、うっそみたいに平和だから、気楽なもんだろ。」
「ちがいない。」
そんな軽口を叩きながら、5匹の翼竜がティーダの街近くを低空で飛行する。編隊を組んでおり、手に持つランスにも同様の国旗が掲げられていた。
クラーケンとの戦闘中、予定外にホーク達が遭遇した翼竜隊である。
「さて。遠目では相変わらず問題は無さそうだが、任務は任務だ。治安確認、気合入れていくぞ。」
「「「応。」」」
ティーダの街へと巡回に来た、この国の部隊の翼竜騎士である。定期的に各地の重要な街を巡回しており、何かあれば国王へと情報を持ち帰るのが、彼らの仕事だ。
しかしなぜ、この街が重要な役割を担っているか。その答えは、危険地帯への最前線である。
ホーク達は普通に陣取ってしまっているが、この街の東に布陣する深淵の森は、泣く子も黙る程の危険地帯。強力なA~Sランクの魔物が闊歩している森なのだが、何故この村が被害を受けずに平和に過ごせているのかと、全ての国の重役が疑問符を持っていたほどだ。
とはいえ、百年単位で平和も続けば認識も薄れるものである。事実ティーダの街は一般市民の間では有名になっておらず、国民以外でその名を知っているのは研究学者ぐらいである。
そんな街に降り立った5人の騎士だが、今回は様子が違っていた。気配が慌しく、翼竜隊の着陸を確認すると同時に、住民が駆け寄ってくる。騎士達は、翼竜を含めてあっというまに囲まれることとなった。
そして、ホールフの救助要請を受けることになる。しかし、5人としてもどうすることもできないことと、あくまで確認の要請だったこともあり、救助は行えないだろうと判断する。
とはいえ重要地点であるこの街の要望を無碍にすることもできないため、とにかくホールフを確認するために洋上へと飛び立つこととなった。
海の向こうへと消えていく翼竜隊を見送りながら、住民たちは不安な表情を見せている。彼等の街のシンボルであるホールフの無事を願ってやまないのだ。願わくば、何らかの拍子で網が切断されていることを祈って不安を口にしている。
そんなことをしているうちに翼竜隊が戻ってくるも、早すぎるタイミングだ。その上にかなりの高速で接近してくるために、何が起こったのかと住民達は不安を募らせていた。クラーケンの接近を知らせに街へと戻ってきたなど、住民からすれば予想にもしていない。
翼竜隊の速度は時速200kmであるために、時間が経たないうちに接近して地面へと降りてくる。その騎士達に、住民達が詰め寄る格好となった。
「随分と早いな、どうしたんだ!?」
「悪いがホールフどころじゃなくなった!漁に出ている奴が居たら呼び戻してくれ、沖合にクラーケンが出現したらしい!!」
「何っ、クラーケンだと!?バカな、こんな近海にか!?」
「Sランクの魔物で危険な奴じゃないか!本当なのか!?」
「貴方達が定置網を仕掛けた付近だよ、俺も見たわけではないが間違いない!」
「見たわけではないが間違いないって言葉がおかしいだろ、どういうことだ!」
当然の指摘に対し、騎士は下を向いて口をつぐんでしまう。言うべきかどうか迷ったのだが、住民に対して嘘は付けない。先ほど彼等が見たことを、正直に伝達した。
「……見たんだよ。あり得ない速度で飛ぶ鉄の鳥、皆さんも噂ぐらいは聞いたことがあるはずだ。」
「鉄の鳥!?鳥がどうし……おい鳥だと。ちょっと待て、ソレって……。」
騎士は未だに自分の目と耳を信じることができておらず、顔は未だに下を向いたままだ。他の騎士も同様であり、全員が戦意を奪われている。
「……ああ、奴等はそう名乗っていた。飛行速度や見た目、音からしても、シルビア王国を開放した『鳥』と合致している。」
「う、嘘だろ……。伝説級の何かだって噂で、国王が緊急警戒の声明を発表した奴じゃねぇか。」
「しかも、だ。海域には見たことのない2つの船が居たのだが、途轍もない大きさだった。状況からするに鳥の仲間だったようだが、こちらも未だに信じられん。その船から行われた攻撃の規模からしても、クラーケンを相手にしていても不思議ではない。故に我々は、鳥の報告を事実だと受け入れた。」
「ともかく、皆さんクラーケンの対応を!警備隊も警戒してください!」
何故『鳥』と呼ばれたモノがこのような僻地に来たのか、誰にもわからない。数秒の無言が続くも、現在の最も重要な項目は、鳥ではなくクラーケンだ。
翼竜騎士の1人の言葉で全員が我に返り、蜘蛛の子を散らすように散っていく。翼竜隊も再び空へと上がるために待機を行い、クラーケンが港へと迫っていないかを警戒するのであった。
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「ニオイ。エモノ。」
「ホールフ テオイ。エモノ。」
ホーク達がホールフを救出している沖合い、方位1-8-0、距離5000。3匹のクラーケンが集結しており、本能程度とはいえ手負いのホールフを襲おうと計画を企てていた。クジラ肉と呼べば分かりやすいが、栄養価も非常に高く高たん白な食材である。
通常のイカならば単独で襲い掛かるのが習性となっているが、これほどの連携が取れるのは知能の発達した魔物故。餌をぶら下げておいて釣れるのは、マクミランが吊り上げた子供と呼ばれる段階だけである。
「ホールフ オオイ。ナガレ ツカウ。ヤツラ ワカラナイ。」
もちろん言葉などを発するわけではないのだが、3匹のクラーケンは音波により意思疎通を図っている。人間で言うところのヒソヒソ声であり音量は非常に小さく、この声をホールフが探知することは不可能だ。
更に3匹のクラーケンは接近するために海流を使用しており、ステルス性はより一層強力さを増している。声以外は文字通り音を立てず、気配を殺してホールフの群れに接近していた。
とはいえ、この微細な音波を見逃さないモノがあることも、また事実。潜水艦キラーと恐れられる日の丸国が誇る最新鋭護衛艦の耳は、ヒソヒソ声を逃すほど甘くは無い。
例にもれず、あさひ型護衛艦1番艦である『あさひ1』の耳は、その微細な音を拾い取る。パッシブソナーにて「何か」を探知した観測手は、すぐさま指揮官に報告を行った。
《こちらあさひ1、パッシブソナーに感!アンノウン。方位1-8-0、距離3000、速度30ノットでホールフに向かい接近中、深度270からアップトリムをかけています。総帥!》
《アクティブソナー打て、詳細を掴め。》
《ソナー照射……数は3!反射波、佐渡島のクラーケンに酷似!》
簡単な表現を行うならば、指向性のある音波を照射して反射波を感知、データ化。そのデータを過去のデータと照合することで、探知した物体を補足する探知技術である。
一般人が見聞きしたら「どれも同じじゃん」と言ってしまいそうな潜水艦すらをも見分けるこの能力は、非常に高性能な索敵技術だ。
「オト?」
「オト。モンダイ ナイ。 ホールフ キヅイタ。 モンダイ ナイ。」
とはいえ、クラーケンにその音波を理解しろと言うのも酷である。ただでさえ対潜ソナーと言う文化が無いこの世界において、その音波が潜水中の物体に対する死の宣告であろうとは、微塵にも思わない。
そのため3匹は、躊躇うことなくアップトリムをかけながら接近中である。それらが知る由のない海上において、潜水艦乗りが拒絶反応を見せる対潜兵器が射出されたことに気づいたのは、着水後に魚雷のスクリューが回転したタイミングだった。
「! ナニカ クル。」
「ヨケル イワバ。」
「モグル オソイ。 ハヤサ ダイジ。」
この点の判断は、トージョーが予測しホークが推察したとおりである。3匹のクラーケンは岩場を利用して回避を行おうと目論んでおり、その姿を岩場の向こうへと晦ました。
「サクレツ ニカイ! ヨケタ ヨケタ。」
「ヤッタ ハンゲキ―――」
予定通りに行われた3番12式魚雷の自爆に続く1番2番の岩場衝突により、後続の音が掻き消される。そしてその自爆は、「回避成功」という考えをクラーケンに植えつけた。二の矢を回避後の反撃開始と言う判断は、見事にセオリー通りである。
そう判断し、再びホールフを追うために旋回を行おうとした直後。直上から降り注いだ12発の07式ロケットから魚雷が切り離され、3つの目標に対して追尾行動を開始する。70ノットという高速を誇る超高性能魚雷に対する速度差は明らかで、攻撃目標から至近距離のために海流の影響も誤差である。
故にクラーケンが全速力で逃げたところで、避けられるという結果は有り得ない。仮にクラーケンのほうが速かったところで、追尾中の魚雷を自爆させれば十分に効果範囲内である。着水直後でも効果範囲内であることはクラーケンが浅瀬に居たことが原因とはいえ、この点は、未知の敵を侮りアップトリムをかけていた3匹の慢心が原因である。
つまり、どうなろうとも運命は変わらない。空を飛び、近距離に着水し忍び寄る死神を空中で撃墜できなかった時点で、戦闘の結果は決まっていたのだ。なぜ位置がバレたのか、どのように攻撃を行ったのか判断しようとする3匹だが、そのような時間は微塵もない。
魚雷が搭載する炸薬量44.5kgにより発生した12回の爆発は、潜水艦と言う鉄の塊をも粉砕する圧力を発生させる。Sランクに匹敵するとはいえ軟体生物が耐えられるはずもなく、3匹の命はここで散るのであった。
イカは知能が高いと考えられており、社会性があるとも言われています。今回の戦闘では、そんな見解を反映させてみました。