17話 歴戦の将校
【視点:3人称】
戦闘の続きです
《対潜と対空を同時に、か。こうなると対潜と対空で指揮系統を分けたほうがいいだろう。対潜戦闘の指揮系統をトージョーに戻そうと思う、各自必要な判断を取ってくれ。対空戦闘はペラルタ1の担当だ。シースパローとCIWSスタンバイ。しかしトージョーがF-35を飛ばしているはずだ、攻撃には注意せよ。》
《了解、総員、対空戦闘用意!CIWS及びシースパロー準備、急げ!》
そのタイミングで、クラーケン後方より第一機動艦隊が接近してくる。ホークから指揮を引き継いだトージョーが、対潜戦闘の指揮に入った。
《こちらトージョー、至近海域に到着しました。F-35C支援戦闘機5機編隊が発艦完了、全速でそちらに向かっております。総帥、連中の指揮をお願い致します。》
《了解した、ペラルタ1及びあさひ1の対潜戦闘指揮権を戻す。奴らは3匹のクラーケンを相手に対潜戦闘中だ、ライトニング(F-35C)は翼竜の至近距離を通過し黙らせろ。》
《了解しました、CICにて状況を把握しております。ライトニングの到着まで、残り15秒。》
トージョーの言葉のきっかり15秒後、フォーカス1-1の右側上空100m先を音速で通過していく戦闘機。F-35Cステルス支援戦闘機5機で構成される、フォード1から発艦した迎撃部隊だ。
オスプレイの機内に居るホークとハイエルフ兄妹だが、その中でもジェットエンジン音特有の轟音は聞き取れる。フォーカス1-1は交戦予想区域から離れつつ、何か狙いがあるのか、F-35Cを追って移動を開始した。
どちらかと言えば航空機の管制には慣れているホークだが、船の指揮系統は経験不足である。彼はトージョーに対潜を任せ自分は対空を担当した方が良いと瞬時に判断したため、トージョーへとキラーパスを投げることになったのだ。
それを受けるトージョーも、思いのほか余裕がある。状況は無線で聞いていた上に先ほどホークが07式垂直発射魚雷投射ロケットを装填させていたことを知っているため、攻撃用意までの時間が省けるためだ。
《こちらあさひ1。トージョー大元帥、総帥のご指示によりVLS1番から16番の07式魚雷ロケット、発射用意を完了しております。》
《問題ない、把握している。万が一を考えた数は流石総帥だ、ならば有効に使うため洋上にポイントを指定させてもらおう。まずポイントアルファはクラーケンの進路上1000メートル先、ポイントブラボーは方位2-1-0の岩場、100m沖合だ。魚雷進路と共にそちらのCICに座標を送る、確認せよ。》
《了解……受信しました。両ポイントの設定完了、発射指示を待ちます。》
報告を受けるトージョーだが、クラーケンと2隻の位置関係がディスプレイされているモニタを睨んだまま動かない。発射タイミングを探っているようであり、邪魔をしないよう隊員は静かにしていた。
《ライトニングが翼竜に接近、交差まで5秒!》
あさひ1が、07式垂直発射魚雷投射ロケットの着水地点を確認したタイミング。飛んできた翼竜に対し、海ではペラルタ1が対空レーダーにてロックオンし対空ミサイルの発射用意を終え、空ではF-35Cが牽制の意味を込めてヘッドオンを行おうとしていた。しかし、何故こんな洋上に翼竜隊がいるのかが理解できていないのは両者とも同じである。
実はこの翼竜部隊、定期査察でティーダの街にやってきていた翼竜騎士の部隊である。住民からの猛烈な要請を受け、ホールフの状態を見るために洋上へと飛び立っていたのだ。
「隊長、あれは……信じられない大きさですが船でしょうか。2つ確認できます。」
「船……だよな。島とか、ホールフじゃないよな。」
「冗談言ってる場合じゃないでしょう!大きさが違いすぎますし、動いてますよ。」
彼らから微かに見えるのは、途轍もなく巨大な船と思われる洋上物体。灰色に輝く2隻の戦闘艦がどんな風に捉えられたのかは定かではないが、興味を引いたことに違いはない。
そしてその興味は、数秒後に後悔の味となる。前方から、謎の飛行物体が襲い掛かってきたのだ。
「ん?前から何か、うわっ!?」
脳味噌を蹴飛ばすような轟音と共に、飛行物体が至近距離を通過していく。F-35Cから発せられる後方乱気流に巻き込まれ、翼竜たちは墜落しかかった。やっとのことで体勢を立て直すも、謎の物体は空を自由に飛び回り、いつでも突っ込めるぞと言わんばかりの機動速度で周囲を旋回している。まさに、威嚇の動作そのものだ。
それに目を奪われつつ全力で冷や汗を流していると、前方から別の飛行物体が彼らの前に姿を現す。彼らの前50メートル程で空中停止したヘリコプター型のUAVとホークの無線がリンクされ、UAVに搭載されているスピーカーから警告文が発せられた。
《翼竜騎士に告ぐ、こちらはホールフの救助作戦行動中だ。貴君等は作戦区域内に侵入している、明確な目的がない場合は速やかに帰還せよ。邪魔をするならば、先ほどの『鳥』が貴君等を撃墜する。》
「鳥……?と、『鳥』だと!?き、君が指揮官か!?我々はホールフを確認しただけだ、邪魔をするつもりはない!『鳥』の強襲を止めてくれ!」
《いいだろう。飛行部隊、威嚇中止だ。了解したらデルタ編隊を組み、速度300で翼竜隊の上空100メートルを通過せよ。翼竜隊は敵意が無いならば現在位置で待機だ、それ以外の行動は敵とみなす。》
ホークの指示通りに翼竜隊は現在位置でホバリングしており、F-35Cの各機は編隊を組み、指定された高度と速度で翼竜隊の上空を通過する。その光景に、彼等はホっと胸をなでおろした。
噂になっている『鳥』を相手に、自分たちは絶対に勝てないと分かり切っているからだ。一部の過大評価論者を除いてI.S.A.F.8492の航空隊は神格となっているのが現状である上に、全くの事実である。
《攻撃地点を指示する、まずはポイントアルファだ。1番2番VLS発射、続いて10秒後に3番発射。奴らは岩場に逃げて魚雷を躱すぞ、後を追え。》
《アイ・サー。VLS1番2番、指定ポイントに向け発射!3番発射スタンバイ、時刻を待ちます。》
胸をなでおろしたのもつかぬ間、トージョーの指示により状況が再び動く。
あさひ1の艦首にあるMk.41垂直発射装置、通称VLSから射出されたのは07式垂直発射魚雷投射ロケット。これは日の丸国で作られた代物だが、オリジナルの名称は、お馴染みアスロックだ。
簡単に言えば、推力偏向機構を備える固体ロケットブースターを装着した短魚雷である。指定地点まではこのロケットブースターで飛翔し、ブースターを分離後はパラシュートにて着水。着水後は魚雷となり、搭載されているソナーで目標を探知して追いかけるのだ。
「噴煙!?魔法弾にでも被弾したのか!?……いや待て、何か飛び出している!」
「凄まじい炎と煙だ、あの船は沈まないのか!?」
VLSからの発射時には、ロケットブースターから凄まじい量の炎が排出されるため、傍から見れば攻撃を受け火災炎上中の状況である。翼竜隊が見せたこの反応も、仕方のない内容だ。
《翼竜隊、我々は現在3匹のクラーケンと交戦中だ。付近に船舶がいるならば避難指示を出しに戻れ、狂った3匹が港に突っ込むとも限らん。》
「く、クラーケンだと!?わ、わかった、ありがとう!我々は避難指示を出してくる!」
「全力で戻るぞ、クラーケンはまずい!そっちも気をつけてな!」
翼竜隊は反転し、街へと全速力で飛び去った。一方の対潜戦闘は慌ただしく、攻撃の山場を迎えている。
《07式魚雷ロケット1・2、10秒遅れて3がポイントアルファに着水、目標進路の2時方向より追尾中!敵クラーケン、岩場方向に転舵して回避機動を取ります!海流を使って接近してきたほどです、気を付けてください!》
《海流を使用したことは褒めるべきだが、本能が良くとも所詮は動物だ。マクミラン大尉に釣り上げられるほど、知能は低い。》
この無線を聞いて、「俺に釣り上げられる程とはどういうことだ」と呟いたマクミラン。ディムースが「人間に釣り上げられる程という意味ですよ」とフォローするも、フンっとへそを曲げてしまう。
あれほどの狙撃能力を誇る武人もこういう一面があるのかと思うと、自然とハクの表情も少し緩んでしまった。
一方のトージョーは下を向き、腕時計の秒針をカウントして残りの07式垂直発射魚雷投射ロケットの発射タイミングを計っている。最初に発射した3本との連携をとるために、数秒のズレも許されない状況だ。
《3番魚雷ロケット自爆はじめ。続いて4番から12番VLS、ポイントブラボーに向け発射。》
残りの07式垂直発射魚雷投射ロケットが護衛艦から次々と射出され、岩場へと飛んでいく。まるで一羽の鳥を皮切りに、次々と飛び立つ群れのようだ。
《魚雷ロケット1番2番が岩場に衝突!ソナーはマスキングされ何も聞こえません、土砂崩れが発生している可能性あり!》
「なるほど、理にかなった攻撃だ。」
「えっ?」
一方のホークも、無線を受けて思わず呟く。しかしパイロットやハイエルフ姉妹は、理解が追い付いていない様子で困惑していた。声には出さないものの説明を求めており、その感情も把握しているホークは、静かに語りだす。
「大型の物体というのは、急速潜航を行えない。距離をとる場合は深度を維持したまま逃げることになるが、速度を維持するということは深度もそのままということだ。まず最初の1発を自爆させ海中の音を奪いつつ後続の洋上発射音を消し、2発を岩場にぶつけて音と視界を奪う。回避したと安心し減速したところを、直上から降る二の矢でトドメを刺す作戦だ。最加速までの時間は無い。一帯が浅い海域であるからこその作戦となるが、魔物どころか原潜だろうと八方ふさがりだろうよ。」
原潜と言うものは未知であるものの、潜水物体と周辺状況の弱点を突いた作戦の全貌を知るや、ハイエルフ兄妹は唾を飲み込む。パイロットたちも、ほっほーと感心しているが、内心は冷汗そのものだ。
まともに戦闘をしたことがないこの世界の海中生物相手に、多量の魚雷は使えど、よくぞここまで効果的な作戦を短時間で立案できるものだと感心する。一方、トージョーの発想力を瞬時に読み取るホークの理解力に本能的に脅えているのだ。
「で、ですが総帥、データリンクによるとクラーケンの現在速度は50ノットを超えています。07式は知りませんがオリジナルであるアスロックの弾頭Mk.46の速度は45ノットです。数字上のデータとはいえ、性能不足では……。」
「心配ない、あれらの07式魚雷ロケットが搭載している魚雷の炸薬量は44.5kg。名称は12式と呼ばれる単魚雷の改造版、弾頭速度65~70ノットを誇る開発部隊渾身の一品だ。」
水中進行速度70ノットという化け物染みた数値を聞き、パイロットの表情が固まってしまう。彼等には関係のない武装とはいえ、その異常さを理解できるために見せてしまった表情だ。
それでも、数秒もすれば元に戻る。全員は放たれる三の矢を目で追い、着水を見届けた。
すると先ほどとは比べ物にならない大爆発が発生し、千切れたクラーケンの体が舞い上がった。リーシャは驚愕の叫び声を上げリュックも機内であとずさりしてしまうも、ホークだけは真剣に光景を見つめている。
「距離1000ながらも岩場の影響で2隻に被害は無しか、流石の計算だトージョー。……いよし、攻撃対象を破壊。ヘリからの報告では胴体が3つあったとのことだ、目標ダウン。」
「流石ですね、お見事です総帥。」
「待て待て、自分じゃないだろ。祝いならトージョーに言ってやれよ、あの推察は見事なものだ。」
トーンを戻して発せられたホークの言葉で、機内は一転して団欒ムードに包まれた。07式垂直発射魚雷投射ロケットが爆発した海域の音源が邪魔でソナースキャンができないため2隻は未だ厳戒態勢なのだが、空からすれば一件落着といったところだ。
そして当の彼は、談笑を終えるとすぐさま部隊に指示をおくる。
《あー、水を差すようで悪いんだけど、そろそろみんな離れた方がいいと思う。クラーケンでマズイって言ってたから、住民がイージス艦や護衛艦なんて見た日には……ね。》
《了解しました。ハクさん達を下ろしたボートも収容済みです、沖合いへと離脱します。》
「総帥、当機はどうしましょう?」
「ホールフが向かった浅瀬付近にある森の端に下りよう、そこなら見つからないはずだ。その後は低空で離脱してくれ。
「承知しました。今なら発見されずに済みますね、急ぎます。」
機体は問題なくランディングを行い、ホーク達も地に足を付けた。フォーカス1-1はそのまま海面スレスレの低空飛行を朝飯前のように実行し、水平線の向こうへと消えていくのであった。
コメントでのご指摘を反映して一部修正いたしました。修正箇所は
アスロック⇒07式垂直発射魚雷投射ロケット の魔改造品となっておりゲームベースらしい扱いにしました。
(作中の発言では07式魚雷ロケット、魚雷ロケットと略しております。)
ところで実際のMK50も公表速度55-60ノットなので、頑張れば70ノットも行けるはず!
最近出番のない某パイロット二人の戦闘機から比べれば、十分に現実的な性能です(笑)