16話 戦闘指揮官
【視点:3人称】
《こちらソナー、ホールフの声が聞こえます。クジラと似た声です、心が落ち着きます。》
呼吸に成功し落ち着いたのか、ホールフは海中にて音波を発信する。救助に来ていた両艦のパッシブソナーもそれを捕らえており、聴音手は穏やかな声に耳を傾けつつ、その他の雑音に注意を配っていた。
報告が意味することろは、救助対象のホールフにも余裕が生まれたということだ。声を出せるだけの体力は残っており、今のところ暴れる様子もない。すぐさま網の切断作業に入った潜水部隊だが、その時に恐れていた事態が起こってしまう。
《っ!?こちらあさひ1、パッシブソナーに感、アンノウン!方位2-1-0、深度80、距離1900、速度9ノット、数複数!岩場より突発的に出現しました、密集しています!》
《ホークより潜水部隊、作業を急げ。あさひ1は対潜戦闘用意、07式魚雷ロケット発射スタンバイ、安全距離に注意せよ。》
《ヨーソロー!総員、対潜戦闘用意!》
突然の報告にも、ホークの表情は揺るがない。そして今現在ペラルタ1が置かれている状況は、無防備そのものだ。防衛手段と言えばジャマー程度しか使用できず、丸裸同然である。
あさひ1は速力を上げ、発生した脅威に対処できるよう全速にて旋回している。主砲の向きもアンノウンが現れた方角を向いており、側面ハッチが開かれ魚雷戦も用意されていた。
《あさひ1CICより総帥!前甲板VLS1番から6番、07式魚雷ロケット装填完了、いつでも撃てます!》
《了解した。ヘリの発艦を待て、発射タイミングは指示する。》
あさひ1の後部デッキヘリポートから、新規導入されたH-60Rヘリコプターであるシーホーク1-1と1-2がスクランブルし、ソナーに反応のあった方角へと飛んでいく。しかし速度を上げて戦闘用意に入った瞬間、思いもよらぬ報告が飛んできた。
《これは……こちらあさひ1、対潜戦闘待ってください、アンノウンはクジラの群れです!音紋、救助作業中のホールフと酷似!》
《ホークより全部隊、戦闘中止。》
戦闘中止の指示により、全戦闘員が作業を中断する。即時発射準備指示からの攻撃待機命令とあって多少の混乱はみられるも、全乗組員が緊急の指示を守り切ったため攻撃は行われなかった。それでも次第にホールフの群れは接近しており、救助作業部隊との接触も時間の問題だ。
《あさひ1より総帥。救助中のホールフが、群れと会話をしているように聞こえます。群れの進路、深度、速力は一定。散開する様子もありません。》
《了解。クジラは知能が高いからな、自分自身の状況を伝えているのかもしれん。潜水班、救助作業を続けてくれ。絡まったホールフに張り付いていれば、敵であっても連中は攻撃できない。》
潜水した部隊は救助作業続行の命令を受け、まず尾びれに絡まっていた網の切断に入る。飛行機でいうところの尾翼に相当する部位であり、ここさえ自由に動かせれば、とりあえず海面に出ることが可能なのだ。
尾翼さえ、とは言っても、対象は10メートル級のクジラだ。範囲は広く、複雑に絡み合った網を切断するのは一苦労である。その間にホールフの群れが接近し、切断作業を行っているディムースの近くを通過した。
《ディムースより総帥、ホールフの群れが真横を通過。攻撃してくる素振りはありません、自分たちの作業を確認していたような動きです。》
《こちらあさひ1。ホールフの群れに影響があるため、アクティブソナーの使用を控えます。》
《双方了解した、厳に気を付けてくれ。》
自ら音波を発信し探知するアクティブソナーの音圧は、至近距離で受けると凄まじい衝撃がのしかかる。そのためホールフの群れが至近距離にいる以上、ダメージを与えてしまうために使用できない。それでも出力レベルを下げれば使用可能な上に、今までの探知範囲に脅威は居なかった以上、そこまで深刻な問題ではないだろう。
《こちらマクミラン、ホールフの群れが下にいる。救助作業を見守っているような動きだ、こちらも動きを見守る。》
《ハクよりマスター及びディムース少将、上側の切断は完了しました。》
《了解ですハクさん。こっちは複雑です、もうちょっとかかります。》
ディムースやマクミラン大尉が報告したように、ホールフの群れがやってきた目的は作業の見守りと応援、そして周囲警戒だ。意思疎通ができないため真の理由をホークたちは知る由もないが、攻撃してこないということだけは直感的に判断できたようである。
絡まったホールフが大人しいことも相まって、作業は順調に行われた。そして最後の網が切除されるとホールフは一瞬沈み、再び緩やかに泳ぎだす。
しかしながら体力が無いようで、左右のバランスをとるのに苦労している。すると他のホールフが巨体を支え、協力して泳ぎ始めた。
《こちらディムース、全員がボートにあがりました。網の切除完了です。ホールフ達は、港の西にある浅瀬に進路をとっています。》
《あさひ1からディムース、ホールフの連中が歌を歌っているぞ。お前たちへの感謝かもしれん、答えておけよ。》
ゾディアックボートの上でウェットスーツを脱いで水分補給していたディムースに、そんな報告が飛んでくる。呼吸のために海面へと出てきたホールフに対して腕を上げる動作を見せると、なんと集団の数頭がブリーチングを始めたのだ。
体半分を水面上から宙へと持ち上げ空中でローリングして背中を海面にたたきつける行為だが、本来は威嚇もしくは求愛行動の際に使われると考えられている行動である。それがディムースのガッツポーズの直後に行われたのだから、明らかに彼の回答に応えていると推測できる。
「ヒュー、すげぇ景色だ。」
ホエールウオッチング未経験の彼等だが、大迫力の光景に任務の達成感がこみあげてくる。潜水した4人は、自然と互いに拳を突き出していた。
一方のあさひ1はホークの指示を受けて集団と距離を取り、徐々にソナーの出力を上げていく。近接海域の護衛は、ホールフの群れに任せたのだ。しかしまたもや、ソナー観測手の眉間に皺が寄ることになる。
《こちらあさひ1、パッシブソナーに感!アンノウン。方位1-8-0、距離3000、速度30ノットでホールフに向かい接近中、深度270からアップトリムをかけています。総帥!》
《アクティブソナー打て、詳細を掴め。》
《ソナー照射……数は3!反射波、佐渡島のクラーケンに酷似!この動き……野郎、海流に乗って来やがったな!?》
《クジラのライバルはダイオウイカと決まっている、手負いのホールフに狙いをつけたか。ホールフも行動を起こしている、群れが発する声と集団の動きに注意しろ。》
ホールフが行っている行動は、ぺックスラップと呼ばれる行動だ。クジラが威嚇を行う際に使用する、海面から飛び出す際に身体を横向きにして胸ビレを水面に叩きつける行動のことだ。
ぺックスラップそのものはリラックスもしくは威嚇時に見られる行動と考えられているが、数頭がクラーケン方面に頭を向け対峙したことと動きや声が激しくなっていることもあり、敵である可能性が非常に高い。
突然の報告に対して思わず息を呑んだハクだが、ホークの返答に焦りの色は見えない。彼女は彼の冷静さに驚いたほどで、マクミランが初めて見る、彼女の驚きの表情だった。
「……ハクさんも、そんな表情をするんですね。」
そう呟かれ、彼女はハッとした表情を見せたのちにいつもの仏頂面へと戻ってしまう。
「……ホールフの群れの時もそうでしたが、マスターが距離3000メートルに突如現れたS級の魔物、クラーケンに驚かないのは、正直なところ予想外でした。声もとても落ち着いており重みが消えておりません、まるで出現を予想していたような回答です。」
「総帥は指示を発する根本、そして現在の立ち位置は戦闘指揮官だ。ソレが脅えたり驚愕しては、皆の士気が下がります。対潜戦闘は経験不足だろうが、ホント優秀な司令塔ですよ。あの人がこんな声の時は、こっちまで気が引き締まります。」
……なるほど。と、彼女は静かに納得した。横を見ると他の隊員もマクミランに同意しており、反対意見はゼロである。
ホーク本人も気づいていないのだが、非常に集中しているときの彼の声は1オクターブほど低く、口調も厳しい。そしてマクミランの読みは予想通りで、慣れていない対潜戦闘ということもあって、この時ホークはテンパっていた。しかしながら、そんな感情は微塵にも表に出さずに対応している。
理由はやはり、マクミランが答えた通りだ。焦りや怯えの感情は決して出さず、今まで総帥として培ってきた攻撃・防衛方法の全てを検討し、クラーケンに対する処理を考えているのである。
《しかし総帥、ホールフはザトウクジラではありませんか?イカと戦うのはマッコウクジラだったと記憶しておりますが。》
《クラーケンはダイオウイカよりも大型だ。そのイカからすれば絶好の獲物であることに変わりはない、一度手を出した以上は最後まで遂行するぞ。あさひ1はVLS1番から16番、07式ロケットの発射を準備しろ、総員対潜戦闘用意。ペラルタ1は対空警戒の任に就け、あさひ1の負担を軽減しろ。ボートはホールフの群れと共に湾に戻れ、それぞれの進路は艦長及び操縦士に任せる。》
《アイサー!対潜たのむぜあさひ1、総員対空警戒!軸ブレーキ脱!取り舵いっぱい、最大戦速!》
《軸ブレーキ脱、最大戦速!》
《ヨーソロー最大せんそーく!》
救助の任務を終えたペラルタひ1及びあさひ1のエンジンが唸りを上げ、とても水上とは思えないほどの加速を見せる。オリジナルだと4万飛んで200馬力を発するエンジンが1隻に2基、計4基のエンジンが発する音に驚いたのか、ホールフは水中で振り返る素振りを見せた。
しかし音源が自分たちの仲間を救助した船と理解したのか、その後は背中を任せるように移動する。手負いのホールフを助けながら、かつ仲間を助けてくれたゾディアックボートを護衛しながら、ゆっくりとだが進んでいる。
《こちらペラルタ1、対空レーダーにunknown!方位0-1-0、高度50より上昇中、距離4000より更に接近!数は5、至近距離です。レーダー波より、翼竜と思われます!》
その報告を受け、ホークの表情が険しくなる。リンクされたフォーカス1-1の対空レーダーを見ても、それは確かに表示されていた。飛行経路からするに、ティーダの街から離陸した部隊と思われる。
ティーダの街には翼竜は居なかったはずだが、現に接近してきている以上は考えを回している余裕はない。彼はすぐさま、指揮下にある2隻の艦に指示を飛ばすのであった。
ゲームおなじみチート級パッシブソナー。
漫画やアニメでも「それどうやって探知してるの」っていうレーダーは多いですよね(笑)