15話 近代兵器が役立つ時
【視点:3人称】
「なるほど、クジラの救助ですか。」
「網に絡まる問題は、らしいと言えばらしいですね。」
飲みすぎ食べすぎという病気を克服したディムース達も加わった、ティーダの街の宿で行われている緊急作戦会議。内容は、先ほどホーク達が対面したトラブルである。数分の説明で全てが伝わり、各々が問題点を把握していた。
オドオドとしている住民からホークがなんとか聞き出した情報だが、ホールフはこの街において神聖な生物と崇められている。魔物の分類ではあるものの、人間に危害を加えない上に未知の場所となっている大海原を自由に泳ぐその姿は、いつしか憧れと信仰の対象となっていたのだ。
とは言っても、I.S.A.F.8492のメンバーとしてもクジラの救助は前例が無い。そのために、各自は手探りで作戦を考えている状況だ。そんななか、ディムースは頭の片隅に思ったことをポツリと呟いてしまう。
「クジラ肉って美味しいですよね。」
「!?」
その言葉に対して間髪居れずに反応する約一名のホワイトドラゴンだが、ハッと我に返ると否定するように、軽く首を横に振っていた。
ホークが発言者をジト目でにらみつけ、問題の彼は、その道の頂点からお叱りを受けることとなる。
「おいディムース、信仰対象を狩る前提で話をするな。」
「す、すいません大尉。ですが救出となると、何かできそうです?」
「俺は戦力外だが、お前は潜水活動ができるだろう。そして総帥のことだから、既にお考えがあると思うぞ。」
ディムースに抗議を飛ばした後に少し下を向いていたホークは、マクミランに話を振られて顔を上げる。全員の目線が彼に向けられていたため、思っていたことを話し始めた。
「じゃぁ、とりあえず自分の意見だけど……見捨てる決定は無粋なものだから、可能ならば選択したくはない。そして現在の我々はタスクフォース8492だが、救助には危険が伴うためにその縛りに囚われるべきではないと考える。そして現在、南東の海域に第一艦隊が演習に来ている。奴らの装備とゾディアックボートを使用すれば、接近して海中に伸びる網の切断も可能範囲内だ。」
「皆さん、どうやらホールフ……クジラは、この街における神聖的な存在とのことです。私個人としても悲しむ皆さんの姿は見ていて心が痛みます、可能でしたら救助したいと考えております。」
「ええ、それは見過ごせない。もしタスク8492だとバレたとしても、好感度は大幅アップでしょう。作戦に賛成です、総帥。」
ホークの発案にハクが状況を加え、ディムースが同意する。マクミランやほかの隊員も、ディムースと同様の考えだ。ディムースは好感度アップが狙えると発言したが、それはあくまで二次的な効果である。クジラに馴染み深い日本人である彼らにとって、放置できる生き物ではない。
ホークが無線にて第一艦隊司令官、兼 空母フォード1艦長であるトージョーに連絡を入れる。どうやら二つ返事で了承を得たようで、彼が無線で話をしながら親指を立てた。
《トージョーより全艦に次ぐ。演習中止、総帥より出撃要請が来た。ペラルタ1及びあさひ1は、最大戦速にて現場へと急行せよ。網に絡まったクジラの救出だ。戦闘以外の出番となるが、心してかかれ。》
《あさひ1より大元帥、了解しました。進路変更方位3-4-0、最大戦速!》
《こちらペラルタ1、あさひ1に続く。》
《飛行中のフォーカス1-1は、総帥の元へ急行せよ。会合ポイントはビーコンに従え。》
《フォーカス1-1、了解。》
そして第一艦隊も動いたようで、イージス艦のペラルタ1と護衛艦のあさひ1がティーダの街へと向かって洋上を走り始めた。搭載される2基のゼネラル・エレクトリック社製のLM2500+、IECガスタービンエンジンが唸りを上げた音が無線越しにホークにも聞こえており、豪快に騒音を奏でていた。
その音を聞いた彼は無線を切り、一行は宿を出て門の方へと向かっていく。いつものクエストを遂行する時と同じように兵士に挨拶を済ませると、街を出た。
移動して30分もすると、第一機動艦隊から離艦したフォーカス1-1のオスプレイが、街はずれの草原上空へと迎えに来る。流石にヴォルグたちは乗れないので狐族姉妹と共に待機となり、離陸が終わると街へと戻っていった。
ホークたちは、飛行する機内で打ち合わせを行っている。どんな作戦が有効打なのか想像もつかないため、とりあえず予想される段階を踏んでいる程度だ。
しかしながら50㎞程度の移動などオスプレイからすればすぐに終わるものであり、実際に打ち合わせ終了前に現場へと到着してしまう。
「現状視認。大きいな……10メートルはあるか?立派なクジラだ。網の切断に関してはハクも手伝ってくれ。流石にドラゴンの姿は目立つから、艦載ヘリにて護衛艦あさひ1まで送る。」
「承知しました、マスター。」
「総帥、超低空まで下りますか?少しは網を切断できるかもしれません。」
「了解だパイロット、無理はするな。」
フォーカス1-1のパイロットはヘリを海面ギリギリまで降下させ、搭乗員一行はロープでディムースの体を固定。彼は降下を行ってホールフの背中に降り立つと、絡まっている網を切断し始めた。
しかしながらホールフがもがいていたために網は複雑に絡まっており、水面下を何とかしなければ話にならないようである。
それでも上部だけでも何とかならないかと2時間ほど格闘していると、レーダーの故障ではないかと見間違うような速度で2隻の戦闘艦がやってくる。あさひとペラルタの公式最大船速は30ノットだが、誰がどう見ても50ノットは出ている速度だ。
そして、気になる点がもう1つ。ペラルタ1の横腹に、コバンザメがくっついていた。
「なんだアレ、並走じゃなくて曳航の一種か?よく見るゴムボートじゃないぞ。マクミラン、何か分かる?」
「恐らくですがMk6と呼ばれる新型のパトロール艇ですね。何故あのような物を随伴しているのか理解できませんが、そこも含めての演習だったのかと。」
「……了解、そう言うことにしておこうか。」
腑に落ちないホークだが、現在においてそのような内容は重要事項ではない。気持ちを切り替え、各艦からの無線に応答した。
《こちら第一艦隊イージス艦ペラルタ1及び護衛艦あさひ1。トージョー大元帥より指示を受け、現在時刻を持って、我々2艦は総帥の指揮下に入ります。》
《ホークより各艦、よく来てくれた。状況は無線報告時から変化なし、対策に手を焼いている。あさひ1に着艦してディムース達を乗船させたい、誘導頼んだ。》
ホークが立てた作戦としては、ディムースとマクミラン、そしてハクの3名が潜水部隊3名と共にゾディアックボートに乗船。至近距離まで接近し、ディムースを含めた潜水部隊4名が網の切断を行うといった内容だ。
降り立っていたディムースの回収後に行われた乗船はスムーズに進み、10分後にはボートが着水する。接近した彼等から、ホークに報告がもたらされた。
《ハクよりマスター、ホールフは微動だにしておりません。》
《こちらディムース。呼吸口が完全に水面下にあり、逃げる気配も浮上する気配もありません。我々の発見から2時間以上経っています、流石に不自然です。》
ディムースが言う呼吸口とは、つまりは鼻のことである。常識レベルの話になるが、クジラやイルカの鼻は頭部頂点についており、海面上で肺呼吸を行う生物だ。その点は、この世界においてホールフと呼ばれている魔物も変わらない。
ホールフもクジラと同じく一度の呼吸で数時間ほど潜航できる場合もあるが、無限ではない。海面上での呼吸を行わなければ、いつかは必ず窒息して死亡してしまう。その時間はホールフ自身にしか分からない上に、いつから呼吸できていないのかが定かではない点が、彼を悩ませた。
《ペラルタ1、荷積み用のクレーンは使えそうか?》
《ネガティブです、総帥。あのクジラの大きさでは、万が一引っ張られたときに耐えられません。》
その報告に「そうか」とだけ返事をし、ホークは険しい表情を見せる。もとよりダメ元で相談した内容なのだが、これが使えないとなると出せる手がない。力技を使えばハクならば持ち上げることもできるだろうが、それを実行するとボートが耐え切れずに転覆するだろう。
《フォーカス1-1より総帥。クレーンと共に、当機が上空から吊るします。》
眉間にしわを寄せつつ何か手はないかと頭の中をフル回転させていたホークだが、その一言で表情が変わる。次の瞬間、クレーン及びフォーカス1-1に準備をするよう指示を出した。
傍から見れば、危険極まりない行為である。引っ張られるなどした最悪の場合はクレーンが折れ、フォーカス1-1はバランスを崩して墜落。当然ながら下にいる、ハクやマクミラン達が乗るボートにも被害が及ぶ。
クレーン操縦士及びフォーカス1-1パイロットの操縦技術、緊急時のロープ切断を判断する技師の判断力、そして何より迅速に網を切断する工兵部隊の基本戦闘能力。これら全てが、とてつもない高次元で両立しなければ失敗する作戦なのだ。
しかしもちろん、それらの判断及び操縦を精密機械並みの速度で行えるのが彼らエースとよばれる一流の集団だ。ホークもそれを理解しており、何より彼らの腕前を信用している。
《ホークより各部隊に行動指令。フォーカス1-1は上空よりロープを降下して待機、クレーンから垂らされたロープにクジラの頭部を巻き付けた後、接続を行え。操縦及び危険時の判断は各部隊に任せる、人命を最優先とせよ。》
《フォーカス1-1、了解。》
《こちらクレーン技師、いつでもどうぞ!》
《よし、潜水部隊は行動開始、ロープは上あごに引っ掛けろ。クジラの鼻を出せば十分だ、全体を海上に出す必要はない。網の切断は暴れるようならハクに助力を要請する、無理はするな。》
《了解です総帥。よし行くぞ、潜水開始!》
その言葉と同時に、ディムースを含めた4人の潜水士が仰向けに海面へとダイブする。何故あのような潜り方をするのか不思議に思ったハクやエルフ兄妹だったが、作戦時故に質問を行うことはしなかった。
潜った潜水部隊に対し、ホールフは威嚇したような仕草を見せる。しかし体力が無い様で、抵抗するまでの力はなかった。ディムースもそれを確認し、ほかの3人と共に作業に入る。
常にホールフと目を合わせ、敵意がないこと、そしてクジラ故の知能の高さを信用して自分の首を上げるジェスチャーを行うなど、工夫して作業を行っている。衰弱しきった個体とはいえ、それでも警戒するべき火事場の馬鹿力と呼ばれる瞬発力は、人間程度の大きさであっても本当に危険なレベルの力を発揮する。
ディムース達は半開きとなっていた大きな口にロープを通し、ホールフから離れたタイミングで海上部隊に連絡を入れる。すると間髪入れずに、上あごが海面に引っ張られた。物資を積み込むクレーンと乗員数名しか乗っていないオスプレイの牽引力はすさまじく、数秒もすると、クジラやイルカ特有の頭部上部にある鼻が海面へと姿を出した。
「「「うおおおお!?」」」
その瞬間、一般名称でいう「潮吹き」が凄まじい勢いで発生し、あさひ1の甲板から見守っていた作業員に襲い掛かった。かなり長い間息を我慢していたのか、花粉症の人間の鼻水並みに海水をぶちまける壮大な呼吸は、数回にわたって繰り返される。
ひとまず呼吸に成功したため第一段階クリアとなり、ホークは軽く安堵した。生臭い生命の洗礼を受けた野次馬隊員が一目散にシャワー室へと駆け込むことになったのは、後日のお笑い種である。