13話 こんなの絶対おいしいよ
メシ回です。どれも過去に作ったことのあるレシピなのですが、書いてておなかが減ってきました…。
【視点:3人称】
「……やっと折り返しか。それにしても総帥、まだ食材カットを続けているみたいだな。」
「ああ、もう1時間ぐらい経つぞ。って、ハクさんまた……ヴォルグ達もか。何度来たって、ここは通せませんよ。」
「ぐっ……やはり防備は万全ということですね、マスター。」
「ハク様、我々を巻き込まないでくださいよ……。」
二人が調理場の警備を開始して、かれこれ1時間ほど経つ。2時間交代の折り返し地点に差し掛かったのだが、既に2回ほどの交戦を終了していた。
ホークの予想通りに「意見具申」を行いに来たラスボスにお帰り願うことも2回ほど成功するのだが、今度はフェンリル王夫妻を連れてのご登場。毎度のことながら断固拒否するのも気が引けるため、マクミランの部下である二人は「入っちゃだめですよー」程度に3名の道を塞いでいた。
「かくなる上は、マクミラン大尉にご助力を……。」
「いやいやこれ以上ラスボス増やさないでくださいって。総帥がお作りになる料理が美味しいのは分かりますが、おとなしく夕飯まで待ちましょうよ。」
「そうですよハク様。」
「ですが未だに、マスターは食材を加工されているだけではありませんか。」
彼女がそんなことを言っている間にも、調理場から響く音は包丁がまな板を叩く軽快音。湯が沸いているような音も微かに聞こえるが、昼食後の胃袋すらも刺激するような匂いは立ち込めてこない。明らかに、カットした量が調理台のスペースを上回る量だ。
実はホークは、誰も居ないことを良いことに、食材だけ先にカットして宝物庫に格納しているのだ。なお、宝物庫の中では時間が進まないために、下味が必要なものは別途調理台の上に並べている。
お湯に関しては、市場で仕入れた野菜を一切れ茹でて食感や味などを確認するために使用している。結果として、彼が知る人参や大根の他、全ての野菜が合格の判定を受けていた。
とはいえ、表の言い合いは微かながらも彼の耳にも届いている。一応の任務とはいえ立場的に制止しづらいだろう隊員に加勢するべく、ホークは大根と包丁を手に持って厨房から出てきた。
「こーらハク、隊員を困らせないでくれ。夕飯には十分な量を作るから、大人しく待ってるんだぞ。」
「でーすーがー。」
普段の凛とした声とは違う声で駄々をこねる彼女と子を諭す親のようなホークのやりとりに、思わず全員が苦笑してしまう。ホークに対して完全に気を許している時よりは普段の調子が残っているのだが、彼以外からすれば珍しいことに変わりはない。
そして、そんな彼に言われては彼女も返す言葉が無い。今となっては楽しみとなっている抓み食いが実行できず、フェンリル王夫妻と共に、何かできることがないかと部屋へと帰っていくのであった。
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そして日は傾き始め、時刻は18時。残り1時間となった厨房の表では、I.S.A.F.8492のスナイパーコンビが警備を担当していた。
「た、大尉……。自分も気が回らなかったとはいえ、なんで一番腹が減るこの時間帯をセレクトしたんですか……。」
「……戦闘任務外だ、判断ミスは許せ。確かにこれは俺の失態だ、今世紀最大と言える。」
警備任務遂行中ながらも自らの選択に後悔しているマクミランは、珍しく溜息を付いている。そして毎分ごとに主張を強くする食欲と徐々に顔を見せそうな腹の虫との格闘が始まり、二人の表情は険しいものになっていった。
「わかっちゃいましたが、この匂いは自分達でも必殺級です。兵糧攻めとはよく言いますが、嫌と言う程に実感させられます。」
「食べ慣れている俺たちはまだマシだろう。ヴォルグとハクレンなんて、「この匂いがお預けなのは拷問に等しい」と言いながら、ハクさんと共にどこかへ行ってしまったぞ。」
「あーなるほど、確かにイヌ科には地獄でしょうね。今頃、部屋にも匂いが届いているでしょう。」
ディムースの予想通り、部屋で待機中のメンバー達の嗅覚にも問答無用で襲い掛かるイイニオイ。味醂醤油の香りの次は味噌の煮える匂いという風神雷神による襲撃は、タスクフォース8492構成員の食欲に対して防御無効のダイレクトダメージを与えていた。
その匂いは宿の周囲にも漏れており、嗅いだ住民から口伝いに他の住民に情報伝達。それが気づけば町中に広がっており、宿の外は多数の見物客でにぎわっていた。同時に、その場で腹の虫を鳴らす人も少なくはない。
それらの原因となっている料理を作っているホークは、パーティーメンバーの様子こそ無線連絡で聞いているものの完全に無視している。一々対応していたらきりがない上に、待った方が美味しさも倍増するためだ。
なお、本人は「味見」というツマミ食いが可能なので、この限りではない。馴れない厨房かつ火元がかまどではあるが鍋に関しては自前なので、いつもと然程変わらないクオリティのものに仕上がっている。
献立に関しては宴会と功績に似合う肉料理がメインであり、凝ったものは作っていない。ホークが知るところの牛蒡・人参を細切りにし切り落とし肉と共に味醂醤油で煮込んだ「しぐれ煮」。
下茹でしたスジ肉と野菜を合わせ味噌・砂糖・出汁で煮込んだ「土手焼き」。そして腿肉とタマネギを串で刺し、エールに合うであろう「牛串カツ」に仕上げている。副菜のサラダに関してはこの街でもポピュラーなものなのだが、ドレッシングはハイエルフのハーブを使用した彼特性のものとなっていた。
以上4品と現在煮込んでいる一品がメインとなり、試作がてらにステーキの類も用意しているようだ。アルミホイルの塊がいくつか鎮座しており、19時の出撃に備えて熱を内部で反射させている状況である。
そして横で煮込まれているのは、大根・牛ヒレ肉、そして卵。牛チャーシューというあまり見ないジャンルだが、煮卵と大根に味が染みるために米・エール・ニホンシュのどれにも合う一品だ。現在進行形で作られている、ハイエルフ向けの塩味野菜炒めも同様である。
とはいえ、鍋1つが200Lほどの大きさのために明らかに作りすぎの物量だ。一品だけならば可能だろうが、この品目となると、とても25人では消化しきれない。
しかしその点は、以前ホークが学んだ教訓が生きている。シルビア王国解放戦ののちに発生した戦闘、大惨事炊飯大戦である。今回も似たような状況になるだろうと予測しており、現在調理中の一覧も、実は3セット目となっていた。
現にその予測は的中しており、外には街を挙げて大群となっていた。部屋にいた隊員が気づき慌てて警備を行うも、「俺達住民も食えたりしないか」などと質問を浴びる状況となってしまっている。
あまりにも剣幕が凄いために無線越しにホークへ質問を投げると、「ドリンクと皿と箸は持参」の条件でOKが出た。箸ではなくフォークナイフの類なのだが、それを伝達すると、住民は雲の子を散らすように消えていくのであった。
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警備中の二人にとっては365日に感じられた45分が経過し、予定時間に調理は終了。一仕事を終えたホークは、厨房の表へと姿を現した。
「おーし19時15分前、時間ピッタリだ。警備ご苦労、全部できたぞ……って、なに眉毛をくっつけそうな表情してんだお前等。」
そして目に飛び込んでくる、般若のごとき形相のスナイパー2名。うち1名はギリースーツのために表情が見えないが、その感情はホークも容易に想像できた。
「いや、総帥、この匂いは仕方ないですって……。」
「自分が犯人だけど、わかる。ほれ、秘密の賄だ、切れ端揚げた奴。」
「イヤッフゥゥゥ!」
「ビューティフォー...」
そのために、献立に出せないような切れ端を二人に提供している。小腹すら満たせない量なのだが、先行して食せると言う特別さと薄い衣にソースが合わさった食感は、それだけで1時間は戦える代物だ。
タスクフォース8492用の皿を用意しているタイミングで、避難していた3名が無事に帰還。よだれを抑えようと必死に理性を保っているものの、目線は厨房に釘付けである。ホークは問題の3名用に対し切れ端の串カツを渡し買収を完了すると、用意の手伝いに編成を組むのであった。
その後は住民も戻ってきて、率先して準備に取り掛かる。外では男連中が勝手にエールが入った樽の弾幕を展開しており、いつでも交戦開始となれる状況になっていた。
そうなると、あとは開始の合図を待つだけである。とはいえ住民に鐘を鳴らす権限はなく、街の長ですら同様だ。19時が近づくにつれ、自然と目線は、黒目黒髪黒服の1名に向けられる。
「あれ、自分が挨拶?」
それに気づき、彼は指を自分自身に指している。
「そうですよ。文句を言う奴は居ないと思いますし、むしろ最も適任でしょう。ラーフキャトル討伐の指揮官と、料理を作ったのは総帥なのですから。」
「わかった。でもディムース、開会の〆は頼むぞ。」
「オッケイ。」
匂いに釣られた住民により宴会場となった宿、及びその周辺に居る全員のテンションは最高潮に達している。I.S.A.F.8492における出撃命令の時も似た様なことが起こっているのだが、あとはホークが、その高まりに火をつけるだけだ。
「それでは」と咳払いし、彼は立ち上がって一度だけ周囲を見た。これは他人の会話を収める動作であり、事実、会場は数秒で静かになった。
「はじめましての人も居るだろう。我々はFランク冒険者パーティー、名前はタスクフォース8492。自分は、パーティーリーダーのホークだ。乾杯の前に、余所者である我々を快く迎えてくれた、この街に感謝する。また、そんなティーダの街で起こった食材の危機に答えることができ、光栄に思う。」
ホークが口にしたのは、政治的な発言だ。タスクフォース8492に対するイメージアップが主であり、街ごと味方に引き入れるための手腕である。内容こそシンプルだが、その発言は住民達の心に響くものがあった。
この発言の意図が分かっているのは000とアルファ分隊、そしてハクだけである。そしてそれら全員が無粋なことは口にしないため、誰にも悟られることは無かった。
そして、どれほど高名な演説であろうと、長く続けていては逆効果。特に、開会の挨拶ならば猶更だ。
もちろんそれを理解しているホークは、早々に挨拶を切り上げた。
「さて、気難しい挨拶もこの程度にしておこう。これらは自分が作った料理だ。口に合うかは分からんが在庫に関しては心配することは無い、楽しんでいってくれ。ディムース。」
「飲むぞぉー!!」
「「「おおーっ!!」」」
美味いメシがあれば、酒が進み話が進む。結果として全ての大鍋・大皿は完売し、老若男女問わず、受けの良い感想がホークに伝えられる。
とはいえ、住民の中に複数存在する、その道を進む者ならば品々の作り方に興味が湧き解明したくなるというものだ。それが未知であり真似をするべきモノならば、生まれる感情は猶更である。
真顔で悩む現地の料理人を尻目に、予定外となった宴会は大盛況ののちに幕を閉じるのであった。