11話 けっきょく外でハンティング
【視点:3人称】
ホーク達一行の蹂躙により魔石が取り除かれ、当該ダンジョンは活動を停止した。エース級の戦闘狂にとって楽園だったテーマパークは、しばらく閉店休業となるだろう。
そのうち魔石が成長すれば再び脅威となるものの、その時はまた制圧される道を辿り、挑み死亡した者の養分で魔物を育て覇者に宝物を提供する。これが、ダンジョンと冒険者の関係である。
とはいえ、そんな理を知る者は誰も居ない上に気にする者も皆無である。少なくとも彼等一行にとってのダンジョンとは、「他人を気にせず、ある程度自由に戦える場所」という認識でしかないからだ。
やたらめったらSランクやAランクの魔物が出た第一級と言えるダンジョンを制覇したホーク達は、駆け足で入り口へと戻ってくる。人知れずダンジョンの制圧に成功したはいいものの、結局のところ、住民たちと約束した肉の類は一切手に入れていないのだから問題だ。
「いかん、もう13時を回っている。時間が押しているが、作戦目標は達成していないぞ。」
「仕方ないでしょう総帥、食用肉が取れそうな魔物なんてミノタウロスしか居ませんでしたし、そもそも死体が消えちゃったじゃないですか。」
思わず本音を言うホークだが、ディムースの回答が現実である。住民から聞いていた、それらしき魔物が居なかったことも問題だ。
そして、愚痴を吐き捨てたり急いだところで獲物が見つかっていない。地上から目標を探すのも1つの楽しみかと考えていた彼だが、四の五の言う時間は無いためにUAVの偵察要請を実行した。携帯端末上に赤青白の反応が示されるも、詳細までは不明である。
「ヴォルグ、すまんが背中に乗せてくれ。ハクレン、姉妹を乗せてやってくれ。」
「お安い御用です。」
「お任せください。」
「え!?ふぇ、フェフェンリル王のお背中に!?」
困惑する姉妹だが、躊躇いなくヴォルグに跨るホークと「主様からの急ぎの命令よ」と言うハクレンに押され、慌しく跨った。夫妻は先行集団の後を追うも、流石の脚力ですぐに追いつく。
一方のホークは地面を気にする必要がなくなったため、ヴォルグに跨りながら端末を操作する。地上に適正な獲物が居ないかどうか、偵察画像を分析しているのだ。
2分ほどで解析を終えたホークだが、肉を確保できる「それっぽい」対象は付近には1つしかない。本来ならばマールやリールに確認を取りたいところだが、彼は部隊の進行ルートの指示を行った。
「ヴォルグ、集団の前に出て先行せよ。走行方向は指示する、従ってくれ。そして総員、ヴォルグの後に続いてくれ。」
「承知しました、走行方面は左右で指示をお願いします。」
「了解、あと45秒で入り口に到達する。出口を過ぎてすぐに左旋回、崖沿いに進んでくれ。崖を抜けた以降は気配を殺すように、進路修正はその都度指示する。」
ホークは自分の気づかぬうちに集中力が増しており口調が厳しくなっているのだが、周囲は気づいているものの集中力を妨げるのも無粋である。
このような彼の出す指示は本当に無駄が省かれているため、隊員としても非常に気持ちよく遂行できるものだ。普段の暢気な指示も考えることがあって遣り甲斐があるのだが、恐ろしいほどに効果を発揮できる行動命令というのは、現場隊員にとっては麻薬のようなものなのだ。
ヴォルグはホークの指示の元、崖沿いに林を抜けていく。ハイエルフ兄妹や隊員メンバーの脚力も凄まじいものがあり、時速30kmほどの速度で進んでいる。
すると10分後、ホークが停止の指示を出した。一行は木々や岩肌の陰に隠れ、ホークや姉妹もしゃがみ込み姿を隠す。その先の草原には、微かに見える魔物の群れが居た。
姿かたちは、やや筋肉質な牛と表現できる。しかし大きさはホーク達が知る一般的な乳牛の1.5倍ほどもあり、1つ1つの動作にもソコソコの機敏さが見受けられる。
「マール。あれならば肉になると考えているが、どうだろう。そもそも判別できるか?」
「確認できます。気性の荒い魔物、ラーフキャトルです。強さはCランク程度、ですがとても質の良いお肉で人気があります。主に貴族が食す具合です。」
一行の100m先には、薄茶色の牛のような魔物の群れ。マールによれば人気の高い肉を採ることができるため、獲物としては絶好との部類になるらしい。肉質も良好で、様々な料理に応用できるとのことだ。
群れも40頭ほどが確認できており、頭数も十分だ。ホークとしては過半数は宝物庫にしまって炊飯部隊へのお土産にする予定であるため、肉質や頭数に関しても、尚更のこと都合が良い。
とはいえ、仕留める方法が問題である。運搬用のキャリアーが到着するまでには相当の時間が必要であり、それまでラーフキャトルを拘束するとなるとストレスで肉が劣化してしまうのだ。
それを回避するためには、ストレスなく殺す必要がある。マクミランがM82で脳幹を打ち抜けば済む話ではあるが、外部的損傷の無い方が質も高まるのは当然な上に、狙撃対象外が蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう可能性もある。
そうなっては、目標の達成は難しい。今回の戦闘では、街民全員の肉を確保する必要があるのだ。
つまり求められる答えは、ラーフキャトル40頭を同時に一撃で仕留める方法。以前に第二拠点で行われた魔法博覧会を思い返してヒントを得たホークは、すかさずヴォルグに指示を出す。
「攻撃はヴォルグが行ってくれ、雷の魔法だ。パワーは最大、だが攻撃は各々に対して一瞬だけに留めろ。瞬き程の長さだ。」
「ごく短時間ですね、了解です主様。」
「ヴォルグ、何か重大な理由あってのご指定のはずです。気張ってはりませんよ!」
「りょ、了解。」
随分と詳細な魔法の指示とその奥さんからの念押しに疑問を持ちながらも、ヴォルグは指定された内容で攻撃を実行する。空気が弾けるような音が響いたかと思えば、ラーフキャトルの群れは螺子がきれた機械人形のように崩れ落ちた。
ホークがヴォルグに指示した内容は、高圧の電気ショックと同じである。血抜きを行うために、ストレスをかけない方法で殺すのだ。
「目標ダウン。すぐさま血抜き始めるぞ、担当は000とアルファの部隊だ。マクミランとディムースを除いて作業に移ってくれ。」
「「「イエッサ。」」」
「マールとリールはハクレン、リーシャはヴォルグに乗って街に戻ってくれ。ラーフキャトル12頭の運搬要員を確保、ここまでの案内を頼む。」
「お任せください!」
「承知しました。」
ホークは時間が押すであろう順番に指示を行い、各々は忠実に実行する。3人を乗せた夫妻は街方向へ勢いよく駆け出し、あっという間に姿を消すのであった。
「さて、ハク、マクミラン、ディムース、リュックの4名は最も重要な役割だ。血の匂いというものは野生生物を誘き寄せる、全力で警戒と対応に当たって欲しい。ウェポンズフリー、交戦判断は自由だ。」
指示は最後ながらも「最重要」と付け加えられたホーク直々の言葉により、4人の戦意は最高潮。ここからは殺気たっぷりの結界を張り巡らせ、手を出そうものなら血祭りに上げる気配を隠すことなくあらわしていた。
そんな様子を確認しながら一段落だと溜息を付くホークは、UAVの偵察結果を確認している。「ヒャッハー獲物ダー」と言わんばかりの勢いで突っ込んでくる魔物の類が、一定距離に達した途端に全速力でUターンする様子は見ていて中々に面白いものである。
それと同時に、ティーダの街に戻った一行も追跡中。特に何事もなく戻っていくことを確認すると同時に、やっぱりフェンリルの機動力は凄いなと感心するホークであった。
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「ん?おい、あれホワイトウルフじゃないか?」
ティーダの街、時計などと言うものは無いが時刻的には14時を過ぎた頃。街を警備する兵士の一人が、小高い丘から勢いよく降りてくる白い影を発見した。
一緒に警備をしていた相棒は、その回答に疑問符を持つ。その彼も一瞬だけ白い影を見たものの、判別できるような距離・速度ではなかったからだ。
「おい、よくホワイトウルフだってわかったな。」
「いやまぁ、あれだけ疾走できる白い魔物は限られているからな。タスクフォース8492のホワイトウルフであって欲しいっていう願望だよ。お前だってそうだろ、万が一でもフェンリルなんて出てきたらどうすんだよ。」
「ははは、違いねぇ。野生のホワイトウルフだったとしても死闘になるから……って急いで配置につけ、野生だったら大惨事だぞ!」
兵舎からゾロゾロと警備兵が出てきたタイミングで、ヴォルグとハクレンは街の入り口に到着する。夫妻は余裕綽々という表情だが、マール・リール姉妹とリーシャの3名は息が上がってしまっている。とはいえ、そんな反応も仕方ない。
夫妻はギリギリで搭乗員が疲れないようにセーブしているものの、走る速度は圧倒的だ。林の中を駆け抜けたというのにアベレージは時速60kmを誇っており、乗っていた3人は振り落とされないよう死に物狂いでバランスを取っていたのだ。
とはいえ、3人+2名だけが戻ってきた状況も合わせれば謎の光景が出来上がる。そんな様子を見て、兵士達も困惑していた。
「ど、どうしたんだ?他の連中は?」
「そ……総すぃじゃなかった、リーダーがラーフキャトルの群れ12頭を発見し討伐完了しました。お肉や素材を回収したいので、運搬要員の派遣をお願いします。」
「ラーフキャトル!?マジかよ、わかったすぐに手配する!おい!」
「応!」
その後は輸送部隊が編成され、荷車と共に回収地点に到着。日が沈んだ頃、電気ショックと血抜きによって鮮度が保たれた12頭のラーフキャトルは、タスクフォース8492と共に街へと凱旋するのであった。