第89節 返答とみんなの答え、儀式
「それはつまりここにいるみんな、飛空の彼女になるって事でいいの?」
そう声を上げたのはイバラだった。 頭を下げていて、何も言われなかったので不安であった。 実際はそんなに経ってない時間も長く感じた。
「そういう事になる。 俺は誰かを蹴落としてまで誰かを取りたくはない。 みんなの俺に対する想いを無下にも出来ない。 だから俺なりの答えがこれだ。」
頭を下げながらそう答える。 頭を上げるのは怖かったからだ。 もしかしたら怒っているかもしれないから、あるいは蔑んでるかもしれない。 そんな思いしか頭を過ぎらないからである。
「飛空さん。顔を上げてください。」
夭沙の声に一瞬躊躇したが、ゆっくりと顔を上げる。 するとそのに怒っている者は誰もおらず、穏やかな顔をしていた。
「飛空君ならそういうんじゃないかなって思ってたよ。」
『とても・・・飛空さんらしい・・・答えです。』
文香、青坂がとても優しい声でそう言ってくれる。
「それの答えは言うまでもないよ飛空。」
「そうじゃの。これからもよろしく頼むぞ? 飛空」
イバラ、エレアがどこか誇ったように話す。
「ドキドキしたわよ。 私フラれるんじゃないかって。」
「飛空さんはちゃんとみんなの事、見てるんだよ。 お姉ちゃん。」
山本姉妹が安堵の声を聞かせてくれる。
「みんな、一緒、ですね。」
「全く、痛い目にあっても知らないわよ?」
桃野姉妹が笑って笑いながら喋っている。
「・・・あのさ、せっかくみんなに認められてる所申し訳ないんだけど、ほんとにこれでいいの?」
「問題ないわよ。 と言うよりもこうなるんじゃないかって、みんなで言ってたもの。」
紅梨がそういうと、みんな頷いていた。
「え? もしかして知ってたの? 俺に告白してきた人。」
「詳しい人数は把握しきれなかったけれど、それでも目星はついてたしね。 エレアとかは特にさ。」
「鮎に「飛空に告白したの?」と迫られた時は流石に怖かったぞ。 その後に和解したから良かったものの。」
「誰がいつ告白したかまでは分からなかった。 1番になれなかったのは知ってたけど。」
『私は・・・学校が・・・違うので・・・特に・・・そう思いましたよ。』
なんか女子会を見ているようだ。 つかそんなに仲がいいなら悩むことほとんどなかったんじゃないか? いや万が一は避けたかったから結果オーライなのか?
「でもこれで私たち全員が飛空の恋人になるのよね。」
「その事なんだけど、接し方は今まで通りにしてくれないかな?」
「今まで通り、とは?」
「いや、なんというか学校にいない青坂さんと寮から基本的に離れられないイバラを抜いても周りに女子6人って周りがどう思うか分かったもんじゃないからさ。 海呂達には話は通しておいたからあいつらも協力はしてくれるみたいだけれど。」
あいつらに言ったのは「邪魔する輩から守ってくれ」という意味ではなく、「付き合ってると悟られないようにある程度一緒に行動してくれないか」というものだ。 つまり常にマンツーマンにならないように配慮してくれという事だ。
「なんというかあんたらしいわね。」
「相手が相手だと面倒だからな。」
鮎がそう呆れるのを素で流す。 面倒事や危険な事は避けるが一番だ。
「あとはあれだな。 青坂さんの事も考えて、休日は青坂さん優先になっちまうかもだけど・・・」
「まあ、そればっかりは仕方ないからね。 変な事をしなければ全然OKだよ。」
文香がそう返してくる。 変なことってなんじゃい。 みんなとは健全なお付き合いするつもりなんだけど。 ・・・今は。
『えっと・・・飛空さん・・・私は・・・飛空さんの・・・彼女に・・・なったんです・・・よね?』
「うん。 そうだけれど。」
改めて指摘されると気恥しさが勝るな。
『なら・・・私の事も・・・その・・・名前で・・・呼んで・・・くれませんか?』
ああ、そう言えばこの中だとまだ彼女だけは「青坂さん」と言っていたな。
「じゃあこれからもよろしくな。 瑛奈。」
『・・・! はい! よろしく・・・お願いします・・・!』
そう言うと俺はドッと背もたれにもたれかかる。 さてここから大変なんだよなぁ。 8人の想いを一心に受けとめる訳だからバランスを取るのが難しいんじゃないか? 少なくとも嫌われないようにだけはしないと。
「じゃあ、せっかく恋人同士になったので、1つワガママを聞いて貰えますか?」
夭沙がそう言うので、「何?」と返す。
「せっかくなのでさっきの私たち全員にした告白をもう一度して貰えませんか? 今度は手を差し出して。」
マジで? そう夭沙が提示した後のみんなの目がキラッキラしてんだけど・・・ えー? あれをもう1回かぁ・・・ 減るもんじゃないけど・・・ んー・・・
「・・・コホン。 こんな俺ですが、付き合って下さい。」
ちゃんとあの時の心も込めて、今度は手を差し出す。 そうすると誰かから手を握られた。 多分頭はあげない方がいいだろう。
「こんだけ振り回したんだから覚悟しなさいよ?」
紅梨の声がしたと思ったら握られていた手が離れ、別の人物に手を握られた。
「私達も、サポートします、ので、よろしくお願い、します。」
今度は白羽か。 っていうかもしかしてこれ全員分やるの? そう思ったらたま別の人に手を握られた。 うわ、全員だわ。
「構ってくれなくなったらタダじゃ置かないからね。」
鮎がそう言ってくる。 脅迫にも近いがそれだけ平等に扱って欲しいと言ったところだろう。
「生徒会の仕事も両立していきましょうね。」
夭沙は生徒会の事か、でもこれでしっかりと生徒会の仕事に専念出来そうだ。
「飛空君のおかげで変われたよ。 それはありがとう。」
文香が手を握りながらお礼を言ってくる。 俺だけのおかげじゃないけどな。 今度はガッと手を掴まれる。 この勢いの良さ、エレアだな。
「飛空ならそう言ってくれると思っていたぞ? これからもよろしくの。」
これから「も」と来たか。 まあ多分1番長くなるかもしれないからな。 そう思うと今度はやけに冷たい感覚がやってきた。 アンドロイドだから冷たいのかな。
「私たちが飛空を守るからね。」
守るって・・・まだ自分の命を危険に晒すような事をした覚えあまりないんだけどな。 でもそのうちイバラも外に出ることがあるのかな?
『私は・・・今すぐに触れる・・・事は出来ません・・・が・・・私も・・・一緒にいれたらと・・・思います。』
携帯越しに瑛奈がそう言ってくれる。 1番彼女と会うことが少ないから悲しませないようにしないとな。
「さて、みんなこれで正式に飛空さんとお付き合いする事が出来るようになりましたね。」
「・・・なんか儀式みたいになってたんだが。」
夭沙の嬉しそうな一言にツッコミを入れるが気にしていない様子だ。
「とは言っても付き合ったからと言ってなにをすればいいのか分からないわよね。」
紅梨が疑問を述べる。 そりゃそうだ。 こっちだって女子と付き合うのは初めてだ。 どうすればいいのかなんて誰が答えを教えてくれようか。
「最初なんてそんなものだと思うよ? ゆっくりと実感していけばいいって何かの本で読んだよ。」
ゆっくりと、か。 まあ急に「俺達付き合い始めたんだぜ?」って見せるのも相手も自分も気分が悪くなりそうだ。 元の世界で人目も気にせずイチャついてるカップルを見て気分が悪くなるのはそういう事なんだろうな。
「でも恋人同士の事をしてもいいと思うぞ? 手を繋ぐとかの。」
エレアの言う通りでもあるな。 まあそれぐらいなら遠目から見てもあまり気分は害さないかもな。
「とにかくその辺もまたみんなと考えていこうと思ってるんだ。 いきなり変わっても周りが困惑するだけだろうし。」
俺も事実それでいいと思ってるし、すっ飛ばすような事をする理由もないだろう。
「まあこれで話は終わりだ。 これから迷惑をかけるかもしれないけど・・・」
「あら? これで終わりにするつもり?」
席を立った俺を文香が制止させる。 その声に目を開けるとみんなどこか睨み付けるように俺を見ていた。
「え? 他になにかあったっけ?」
「私たちは恋人同士になった。 で、今は誰もいない。 なら少しくらいらしい事をしてくれたっていいんじゃないの?」
「らしい事ってなにさ、鮎。」
「ほら、その、して欲しいなぁって、思ってさ。 夭沙のあれを、見た時に・・・ね。」
その言葉に夭沙が「ボッ」と顔を赤くした。 その反応に俺も顔を赤くする。
「な、なにを、したんですか!?」
反応したのは白羽だった。 いやそんな迫らないでよ!
「・・・頬にキスをしてたのよ。 あの時に。」
鮎がそう言って、あの時を思い出して頬をポリポリとかく。 こっちまで恥ずかしくなってきた。
「あ、な、なんだそんな事か。 でもそれなら私は唇にキスしちゃったもんね。」
文香が胸を張ってそう答える。 その反応にみんな文香の方を向く。
「それくらいならわらわはいつでも出来るぞ?」
そういってエレアが飛び込んできて頬にキスをしてくれる。
「あ、ず、ずるいわよ!」
「・・・私だって。」
『私だけ・・・参加出来ないのが・・・辛いです。』
いや、対抗心燃やさなくていいからね?瑛奈。
早まったかな? と思うと同時に、これも幸せの形なのかな? と他人事にも思えた。 もみくちゃにされかけて危なかったけど・・・




