第67節 再開と疑惑、兄
「だからわらわは困っとらんと言っておろうに!」
「そんなこと言わないでさぁお嬢ちゃん。 君この辺り初めてっぽいし、俺達がいい場所教えてあげようとしてるんじゃん。」
「そうそう。 見るからにこの国の子じゃないじゃん。 色んな所教えてあげるからさぁ。」
「ええいしつこいぞ! わらわは行かぬと言っているのだ!」
抵抗はしているものの一向に離れようともしないナンパ男達。 傍から見なくてもやばい集団だ。
「まぁまぁいいじゃんかよぉ。 少しくらい・・・」
そういって手を伸ばそうとした男の腕を制止するかのように掴む。
「・・・・あ? んだぁてめぇは?」
「困ってるだろ。 それにそんなに囲むように集まって、迷惑にも程があるぞ。」
「てめぇこそなんだってんだよ。 おめぇには関係ねぇ事・・・」
「あ、お兄さん!」
そういって俺が手を掴んでる男の横をすり抜けて、俺のところにやってくる。
「もうお兄さんが来てくれないから先に来て待ってたんだよ?」
この子の兄的存在になった記憶はないが彼女の目配せで事を察せたので小芝居に乗ってあげることにする。
「ゴメンな。 ちょっと到着が遅れちゃったから。 ほら、みんなのところに行こ。」
「うん!」
そういって来た道の方へと離れる。 「ちぇっ、保護者同伴かよ。」という声がしたのでどうやら諦めてくれたようだ。 しばらく歩いたところで足を止める。
「全く、人が断っとるのにしつこい奴らだったぞ。」
相当ご立腹のようだ。
「まあ、ああいう輩もこういう場所では頻繁にいるからほんとに気を付けないとね。エレアお嬢様。」
そう。絡まれていたのはエレイダルト・サクリマ・アーカイブ令嬢だったのだ。 前に買った水兵服を着ていかにも夏を遊んでますと言った感じだ。
「お主にまでお嬢様呼ばわりされたくないぞ。 エレアでよいのだ、エレアで。 しかし先程は助かったぞ。」
「なんでこんな所に・・・・ってやることはひとつか。」
「うむ。 海水浴をしに来たのだ。 今は水着を持っておらんからの。 この後、買いに行く予定なのだ。 お主もそうであろう?」
「あぁ。 向こう1週間は多分いるとは思うから会おうと思えば会えるんじゃないかな?」
「本当か!? わらわはなんと幸運の持ち主なのかのぉ!」
喜びながらクルクルと回るエレアお嬢。そんなに嬉しいのか。
「エレア!!」
エレアを呼ぶ声に振り返ると、緑色のオールバックで、この国では珍しい少し焼いた感じに仕上がった男性がこちらに向かって来ていた。 背丈は俺と同じくらいだろうか。 よく見てみると瞳の色が緑色だった。 ただしエレアのような透き通った色ではなく深い感じの緑色だったが。
「エレア! 今回は勝手に出歩くなと、知らない人にはついて行かないようにと心優しい青年に言われたのだろう?」
「失礼ながら公爵様。 そちらの方がその心優しい青年になります。」
後ろから女性の声がしたので、後ろを見ると前にエレアを迎えに来たショートヘアの人だった。 というか格好が見るからにメイドなんだが、水着姿のメイドって初めて見た気がする。
「おぉ! そうか君がそうなのか。 改めてお礼を言おうと思ってたのでな。 エレアを守ってくれた事に感謝を込めてな。」
そういって手を差し伸べてくるので反射的に手を差し出して握手を交わす。
「はぁ。どうも。」
「なんだか腰が低いな。 まあそちらの方が我々も共感が持てる。」
「だから良いのだお父様。 わらわは先程の輩よりも飛空の方が良い。」
「ふむ飛空殿と言うのか。 紹介が遅れてしまった。 私はクレナ国側近公爵。 コレン・サクレア・アーカイブ。 よろしくお願いするぞ。飛空殿。」
「こちらこそよろしくお願いします。 コレン公爵様。」
挨拶も交わしていく。
「お父様ぁ。 わらわも水着を買って海を泳ぎたいのだ!」
「そうだな。 では我々も近くにいると思うので、もしよろしければ遊びに来て欲しい。」
「わらわは待っておるぞ!」
そういって1回エレアは俺に抱きついて、父親の元へ行き、手を振って別れる。
みんなをかなりの時間放ったらかしにしてしまったので戻ろ・・・・・うとして振り返ると桃野姉妹と山本姉妹の瞳が8つ、俺の顔を捉えていた。 みんな見慣れた顔なので驚かないがみんなの目が怖い。 っていうか凄い怖いんだけど、なんで?
「あの子何者ですか?」
夭沙が代表するかのようににじり寄る。 ちょっ、だから怖いって!
「ああっとエレアの事だよね。 どう説明したらいいかなぁ・・・。」
「あんたあの子に何したの?」
「いや、別に大した事はしてないんだけど・・・。」
鮎が俺に睨みを効かせてくる。
「いや、ほんとにたまたま知り合いになって・・・」
「ふーん。 随分懐いてたみたいだけど?」
「・・・・・・抱きついて、いました、よね。」
桃野姉妹が詰め寄ってくる。 いやだから・・・
なんで後ろめたいことはないはずなのにこうやって責められてるんだ? 俺?
「ちょっと待ってくれ。 ちゃんと説明するから。」
そういってエレアとの出会いを細かい所まで嘘偽り無く話す。 そうするとみんな納得してくれた。 よかったよかった。
「まあちょっと遠くから見てたけど、おてんば娘って感じだったわね。」
「外国の子でしたし、向こう流のスキンシップ、だと思えば。」
「でも油断は出来ないわね。 ああいう子こそ一気に持ってっちゃうかもだし。」
「飛空さんの人の良さにつけ込むような子ではないので、まあ様子見かな。」
みなさん別々の方向を向いてなにか呟いていたが、詳しくは聞こえなかった。
改めてみんなの姿を見直してみる。 桃野姉妹は先程見たが山本姉妹の2人もなかなかに絵になる。
姉の鮎は水色のちょっとだけアダルティな感じのホック式の水着を着用している。 最初の戦いの時に見た(というか見てしまった)下着もそうだが、なんだがこう大人びているというか、少し年上に見せようとしている感じだ。
一方夭沙はツイストビキニと呼ばれるビキニをしていた。 上下ともに白生地だったが、白いビキニの場合は透けないように改良を加えてるってなんかで見た。 しかしこう誘っておいてなんだが、曜務学校だけでも20人近くここの海水浴場にいることになる。 しかも大体半々の割合で男女がいる。それだけでも凄いのにこの後何人か別の学校の人間も来る(円商高校と矢萩学院はもう来ているが)からほとんど知り合いのプライベートビーチ化するんじゃね?
「飛空?飛空!」
そんなことを思いながら遠くを見ていたら紅梨に声をかけられた。
「もう! またボーッとして。 ほんとその考える癖とか遠くを見る癖少しは無くしてよね。」
「あ、あぁ。 ごめん。」
「まあまあいいじゃん紅梨! それよりもせっかくの海水浴だから楽しみましょう!」
鮎にそう言われては仕方ない。 とりあえず遠くにいたみんなの元へと戻って遊びに参加する。
そこから昼過ぎまで泳いだり砂浜で色んなものを作ったりと、それなりに楽しみ、流石に疲れてきたので海の家で体を休めつつ昼食を摂る。
「君が飛空君かい?」
串焼きを食べている時に声をかけられた。 バンダナをしていて、高身長、顔もそれなりに整っている。 この世界の男子ってなんでこう美形が多いんだか。
「そうですけれど・・・ えっと、どちら様で?」
「俺は木崎 紗弥奈の兄木崎 彰良だ。 あいつの無茶ぶり乗ってくれてありがとうな。」
「いえいえ お礼をしたいのはこちらの方ですよ。 こんな素晴らしいお誘いをして貰えて。」
そういうと、彰良さんは驚くような納得するような、そんな表情で俺を見ていた。
「ふーん、なるほどねぇ。 君を呼んだことに納得が出来たよ。」
「どういう意味ですか?」
「いやそのままの意味だ。 こちらも一応事前にどんな友達が来るのか紗弥奈に聞いていてな。 男子だって聞いた時はそれはもう困惑したもんだ。」
今では笑い話のように語る木崎兄。 ほんとに笑い事で済んだのかいささか疑問である。
「でも君のような男子なら紗弥奈が誘ったというなら納得がいった。 他の男の子達も似たような感じだし、これなら安心してみんなを招待出来るよ。」
「招待?」
「あれ? 君は紗弥奈の紹介で呼ばれたのだろう? だったら我々木崎家は主催者になる。 だから君達に楽しんで貰わないといけないのさ。」
「は、はぁ・・・」
そこまで大事にされるとこっちも困惑するというかなんというか。
「それに君自身もなかなかに罪な男だと思うし。」
意味が分からずに首を傾げていると、傾げた首の目線に見慣れた人物と目が合った。 もっとも向こうは俺を見た瞬間に顔を逸らしてしまったが。
「青坂さん。来ていたんだね。」
「は、はい・・・・先程着いて・・・・着替え終わった・・・・所です・・・・。」
隠れていてよくは見えないが、青坂が着ていたのは紫のワンピースのような水着だった。 よく見えないのは青坂が恥ずかしがっているからだろう。
「あれだけ女子を連れてきてまだ、連れてくるとはね。 こりゃほんとに紗弥奈を取ろうとしてないのはよく分かるよ。」
なにが分かっているのかよく分からないがまあとにかく敵対的にならなくてよかったと言うべきだろうか?
「まあとにかく楽しんでくれたまえ。 ここの人達は基本家の家内だから。」
そう改めて言われるとほんとに規模がデカイなと木崎さんにしみじみ思うのだった。
「まあ、そう言ってくれてるなら、ここで休んでる場合じゃないな。 行こうか青坂さん。」
「あ! は、はい!」
ようやく出てきた青坂とともにみんなの元へと行く
「っと、その前に。」
青坂の方へと振り返り、
「水着、よく似合ってるよ。」
そう青坂に告げると、青坂は首筋まで真っ赤にして、
「あ・・・・ありがとう・・・・ございます・・・・」
小さな声でそう答えてくれた。




