第281節 分離と給仕、プレッシャー
[・・・・・・・・・・・]
起きているという感覚はない。 俺は今目を瞑り、どこかで寝かされているようだ。 そんな自分の姿を、まるで客観視するかのように見ている。
今自分の身に2つの不思議なことが起きている。 1つは今の現象。 俺は自分の体をどこから見ているのか。 体の中からではこんな風には見えない。 なによりもひょんなことから見た自分の手は明らかに不透明だった。
つまり今の俺には肉体がないと言うことだ。 魂という概念がどのような存在なのかは分からない。 その現象に最も近いイバラのような感覚だろうか? とにかく肉体が無いだけでここまで不安定になるものなのか。 そう思ってしまう。
そしてもう1つは、ダージリンとの戦闘で感じたあの痛み。 いや、ダージリンと戦う前から感じていた、魔物の群れと戦ったときにもあった肉体的な痛み。
生身の体で傷を負ったかのような痛み。 それは電脳空間という世界では味わえなかった痛みだった。
考えていると視界に入った光景、恐らく給仕か女医だろうか? 食事を近くの机において、俺の顔を濡れたおしぼりで拭いている。 こうしてみると全く違う街から来た人間なのだからあまり丁寧にやらなくてもいいのでは? と思ってしまう。 そうは言っても微妙に恥ずかしい光景を見せられている気分なのでそろそろ目を覚ましたいのだがどうしよう?
だけどこの感覚どこかで覚えが・・・・・・そうだ。 飛怒羅と入れ替わるときに感じる感覚だ。 ならやり方は同じはずだ。 そういって俺は目を瞑り、身を流れに任す。
[う・・・うーん・・・]
そこで目を覚ますと、先程まで見えていた風景が広がっていた。 手足にも感覚があるので、どうやら肉体は手に入れれたようだ。 イバラもこんな思いだったんだな。
[あ、覚めましたか?]
そんないない人間の事を考えていると、先程の給仕の女性が声をかける。 顔にそばかすが出来ているが、それを抜けば至って普通の女性、いや女子と呼べるような顔立ちだ。 少々若く見える。
[気分はどうですか?
食事は出来そうですか?]
[・・・ここは?]
[ここはトリノの自警団の
方が使われている医務室だと
お考えになれればと思います。
凄い傷だったのですよ?
ダージリン団長に戦いを
挑むなんて。 街の人を
守るためとはいえやりすぎ
です。]
何で俺見ず知らずの給仕さんに説教食らってるんだろ?
[まだ少し傷が痛むと思い
ますので、ゆっくり眠って
下さい。 食事は用意して
ありますので、なにか用が
ありましたら、またお呼び
下さい。]
そう言って給仕の人は医務室から退出する。 机に置いてあるコッペパンを手にとって一口齧る。 味はあまりしない。 パンだからなのかゲームの世界だからなのか、そこまでは分からない。
ステータスを見ると体力が全体の3/4ほど回復はしている。 このまま旅に戻ってもいいのだが、今は現状の把握が大事だ。
「とにかく死んでいないだけまし・・・ってところか。 ふぅ。」
『飛空! 起きたか!』
耳にけたたましく輝己の声が響いた。 寝起きなんだから本当に止めてくれないか。 心配をしてくれたことには感謝しているが・・・
『飛空! なんともない!? ちゃんと体に感覚はある!?』
『わらわのことを覚えておるか? 飛空! 飛空!』
紅梨とエレアの声も後ろから聞こえてくる。
「大丈夫だよ。 ちゃんと体に感覚はあるし、ちゃんとみんなのことは覚えているよ。」
そう伝えると、2人ともホッとしたような安堵の吐息をもらす。
『しかしまさかここでストーリーが改変するとはな。』
「なんだ? やっぱりこれは分岐ルートじゃないのか?」
『ああ、サブストーリーみたいなのはちょくちょくでてくるが、ここまでストーリーに関わってるのは見たことないで。 それにな1つ困ったことが起きとんねん。』
「なんだ? 困ったことって?」
『いやな。 ストーリー通り進むなら、ここで街の人に手当てをしてもらって、別の街に行くねん。 そこでその助けた街の人の息子が仲間になって旅に同伴する流れなんやが・・・』
その話を聞いて理解が出来た。 つまり俺はここで手当てをしてもらったせいでその息子と会うことが叶わなくなったって事だ。 恐らく次の街に行くのも俺1人ということになるのだろう。
「もうこの場合だと接点が無いから、その街の人の所に行っても、無駄足だろうな。」
『輝己さん、次の場所は、1人でも大丈夫な、ところなのですか?』
どうやら白羽は「仲間を連れていくなら、それなりに敵が強くなる」という典型的なパターンの話をしているようだ。 確かに人数が増えれば役割も分担出来て、やり易い部分も出てくるが、それに比例して敵が強くなるのは当然の仕様である。 あるがゆえにその疑問は残る。
『それなら多分今のヒソラのレベルなら問題あらへん。 少し到着までに時間がかかる程度やと思うわ。 自己管理が出来りゃ、突破出来るで。』
なんだ。 それなら問題ではないな。 こっちで時間がかかろうが、現実世界ではあまり時間が進まないのだ。 これも確実に出るためだ。 「急いては事を仕損じる」ってやつだ。
『それにしてもあのダージリンはちょっとやり過ぎな気がするのよね。 いくら平民を庇ったからって死ぬまで・・・あ、今は死んでないのか。 気絶するまで相手を斬ることある?』
「いや、それなんだがな紅梨。 俺はダージリンと話したんだ。 ゲームの流れの会話じゃなくて、本当の会話を。」
『マジか。 いよいよゲームとは関係ない物質になってきたなぁ。 その「モンタージュストーリー」。』
「・・・その会話があったからこと、ダージリンは俺に死なないギリギリの傷をつけたんだと思う。 じゃなかったら、本当に死んでいた。」
『ふぅむ。 ゲームのキャラが自らの意思で動いた・・・いや、飛空君が入ったことによる、干渉外の事象が発生したのかもね。』
別の声がすると思ったらスリームさんが画面を覗かせていた。 どうやら紅梨に起こされたようだ。
『とりあえずダージリンの事については心配せんでええで? 飛空。』
「どういうことだ?」
『やつとはストーリー中何回も遭遇することになるが、奴自身も街の人間の事を思っての行動だと語りかけてくる。 もちろん主人公は納得するで? でもそれをよく思わん兵士が現れて、ダージリンは味方になるんや。 ステータスは主人公と同レベルに設定されているが、それが起こるのは終盤近いタイミングやし、なにより、今はストーリー内容が変わっちまった。 あいつが本当に仲間になるかは分からんが、観察くらいはしといた方がええやろ。』
敵味方のそれにも影響が出始めるのか。 こりゃ迂闊に色々とやることも出来ないな。
「それで、次はどうするんだ?」
『次はその街の最寄りの街、「アンスラー」に行くんや。 もちろん距離はそれなりにあるで。』
「了解した。 それよりも今どのくらい経ったんだ?」
『あんたが倒れて目が覚めてから大体30分は経ってるわ。』
そう紅梨に言われて窓の外を見ると、日が暮れているのか外が暗くなっているのでどうやら夜にはなっているようだ。 現実世界では30分でもゲームの世界では半日経ったということだ。 本当にややこしいな。
「どうしようかな。 とりあえず外に出たいのは山々なんだけど・・・」
『けど、どうしたの、ですか?』
「・・・トビラの向こうに異様なプレッシャーを感じててな。 実はそこにさっきの給仕がいるかもしれないんだ。」
『考えすぎとちゃう? さすがに出ていった所にバッタリ出くわすなんてこと・・・』
確かに普通の世界ならそうだろう。 だがここはゲームの世界。 システムの壁が完全に消えているわけではない。 つまり本来ならあり得ない理不尽行動だってあるはすだ。
そう思い、俺はこのプレッシャーのもとであるトビラを開けることにした。
[あ、まだ動いたらダメですよ。
完全に治るまでは安静に
しててください。]
確かに先程退出したはずの給仕が、まるでこっちが開けるのが分かっていたかのように待機してきて、そんな定型文を言われてドアを閉められる。
「これで分かったぜ。 理不尽要求に関しては、どんな状況であろうと抜け出せないと。」
『それ実践するの初めてみたわ。』
「出られないんならしょうがないさ。 とりあえず食事とって寝るさ。」
むしろそうするしかないと言わんばかりに、俺は机の食事を取って、寝ることにした。 体感的にはズレるかもしれないが、それも致し方ない事だろう。 みんなの視線をよそに、俺はベッドで就寝についた。
強制イベントの時に発生するあれの再現です。
ああいうのは絶対にスタンバってると思うんです。 現実だったら




