第276節 時間の進行とリスク、初戦闘
目が覚める。 周りを見渡して、昨日目覚めたときと全く変わらないフローリングを見て、完全に夢の世界ではないと確信が持てた。
「ま、目が覚めたらただの夢でした、なんてオチは流石に芸がないよな。」
『なにを1人で言っとんねん。』
上から声がしたので見上げると、向こうの世界にいる輝己と目があった。
「おう、おはよう輝己。 悪いな、1日待たせちまって。」
『なに言うとんねん。 こっちの世界じゃ1時間も経っとらんで?』
「・・・へ?」
どういうことだ? 確かにこっちの世界では朝、昼、夕、そして夜まで体験した。 なのに現実世界では1日どころか1時間も経ってないだって?
『もしかして、こちらの世界と、そちらの世界で、時間の流れが、違うのでは、ないですか?』
白羽が輝己の後ろから声をかけてくる。 白羽の指摘を受けて、輝己に質問する。
「輝己、このゲームのシステム上、1日が回る時間って現実世界だとどうなる?」
『お? おぉ、ゲームの進行度にもよるが、大体1時間で回るで。』
ということはイベントやらなにやらで時間が止まらない限りは向こうでの1日を、こっちの1ヶ月と考えて行動するのがやりやすいか。
「よし、それじゃあ次の・・・」
『ちょいまち、飛空』
部屋を出ようとしたときに輝己に呼び止められる。
「あん? どうした?」
『お前さん、なんでそんなに冷静なんや? というよりも順応しすぎとちゃう?』
「早く出るためだろ? だったらさっさと進行した方がいいだろ?」
『その考えがまず怖いねん。 普通ゲームに閉じ込められたって感じて、まず出ようと思うやん? なのにそんなにズカズカストーリー進めてええんかと思ってな。』
『そうじゃ飛空。 別にゲームを進めずとも脱出する方法はあるはずじゃろ? ならばそれを試してからでも・・・』
「それが失敗したら?」
『・・・え?』
輝己とエレアの言い分は最もだ。 確かにゲームには閉じ込められた。 だからこそまずは出られないかを模索しようとする。
が、これを行ったのがあの従属神だ。 なり損ないとはいえ決して頭の悪いやつではない。
「なにがトラップなのかが分からない以上は迂闊にその案を使わない方がいいと考えてる。 例えばセーブしてタイトル画面に戻れば出られるかもしれない。 だけどそれが失敗した場合の代償が分からなければやることはできない。 もしかしたら俺の記憶がこのゲームの中に残って、空っぽの肉体がそこに来るかもしれない。 このゲームは体感バーチャルのようにログアウトのようなシステムもない。 下手な模索よりは、確実な終わりのある方にまずは進むのがいいと俺は感じたんだ。」
『飛空・・・』
「心配すんなエレア。 俺はこの通り死んでないし、みんながいる。 だからそのためにも側て見守っててくれ。」
そうエレアに笑いかける。 その顔が見えてるかは分からないし、声もウインドウに表示されないので、届いているかも分からない。 だが想いははっきりと伝えた。 それで今は精一杯だ。
『・・・分かった。 お主を信じる。 そのかわりちゃんと戻ってこれたらわらわをギュッと抱き締めるのだぞ? そうじゃなければわらわも安心できんからの。』
泣きそうな顔と声で返事をするエレア。 これはなんとしても早く終わらせないとな。 そう思った。
「っとそうだ。 これも共有しといた方がいいかな。」
『お? なんや?』
「多分眠った時に見たんだけど、なんか女の人が忙しなくなにかをやってるのが見えてさ。 で、掌握の阻止・・・とか、勇者の素質がどうのこうのって言ってたんだよ。」
『お? なるほどのぉ。 そっちにも見えるようにはなっとるんか。』
「ん? なんの話だ?」
状況が読めずに説明を輝己に求めた。
『お前さんが起きる前な。 このゲームに収録されとるムービーが流れてたんねん。 本来主人公の視点とはかけ離れてるっていう事なんやが、そっちやと夢という形で見ることになるんやな。 これならお前さんが寝とる間になにが起きたかの説明が必要なくなるわ。』
つまり寝ているときに見ていたあの夢は、ゲームで言うところの回想、もしくは主人公とは別の視点から送られてくる映像だったって事か。 こうしてゲームの世界に入ることでなにか別のものが見えてきそうになるな。
「それでこれからどうすればいいんだ?」
『とりあえずは昨日と同じように街に向かえ。 そこからイベントが発生するから。』
「了解。」
そう言って部屋を出て、下階に降りた後に玄関を出る。 ここで「いってらっしゃい」のテキストが出ない辺りは、まあゲームだしみたいな感覚になる。
さて俺は街に向かって走っている。 この分ならそんなに時間はかからないはずだ。 この主人公はゲームの中では大人の扱い。 そして最初の職業選択によって色々な職業ルートがあるようだ。 ならまずは今の「シーフ」の上級職につくのも悪くはないだろう。 当然ゲームの進行上必ずなるわけではないだろうが、それでも上に行けるものなら行っておきたい・・・・・・・・・・・・
[おかしいな。 街まで着く気配が
全くないぞ?]
これに関しては定型文なのだろうが、思いは完全にシンクロした。
「・・・・・・・・・・・なぁ輝己。 俺は目の錯覚にでも陥っているのか?」
1人で勝手に分析している間に街につくものだと思っていたのだが、全く着く気配がない。 前回が進行の関係で早く着いただけなのか?
『心配すんな。 それがイベントフラグや。 もう少ししたら・・・』
なにかをいいかけたときに急に地震が起こる。 というかかなり揺れがすごい筈なのだが立っていられるこの主人公の平衡感覚凄いな。 足腰の鍛え方でも違うのだろうか?
そんな感じで地震に耐えていると、だんだん弱まっていき、次第に収まった。 これだけでカタがつけばよかったのだが、それはゲームが許さないと言わんばかりに辺りが暗くなる。 そして街になにかが降ってくるのが見えた。
「ってあれ、雨粒じゃないぞ!?」
『多分もう動けるはずや。 まずは街に向かえ。 話はそこからや。』
そう言われずとも急いで街に向かった。
先程の長い直線とは思えないほど早く着き、そして驚く。 なんと街がモンスターに襲われていたのだから。
「うわぉ。 本格的にRPGっぽくなってきたなぁ。」
『感心しとる場合ちゃうで!? そこのモンスターが来るで、飛空!』
そう言ってコウモリのようなモンスターがこちらに気付き近付いてくる。 視界が歪み・・・目の前の敵との戦闘に入った。
目の前にいるモンスターの他に様々な表示がされている。 ウインドウ画面があるので、こちらからの選択だろう。
『そっち側はどう写っとる? 飛空。』
「こっちも敵の下にウインドウが現れてる。 ここで「たたかう」の表示を選択できるんだろ?」
『ああ、ここから操作するわ。 そこからどうなるか様子を見る。』
そして「たたかう」からの敵の「バットー」を選ぶと、俺の腰のホルスターからナイフを取り出して、敵に向かって投げつけた。 ちなみにここまでの動作は俺の意思ではない。
[ヒソラの「投擲」!]
[バットーは6のダメージ!]
ほほう。 初期ダメージにしては強い方じゃね?
[バットーの攻撃!]
バットーと呼ばれるモンスターがこちらに向かって体当たりをしてくる。 うわ、臨場感すげぇや。 俺はバットーと正面衝突する。
[ヒソラに2のダメージ!]
「ってて。」
『大丈夫!? 飛空。』
「ああ、大丈夫だ紅梨。 どうやら痛みは感じるみたいだぜ。」
『それがわかっただけでも儲けんもや。 こいつは雑魚やから次で・・・』
「待ってくれ。 試してみたいことがある。」
そう輝己を制止させる。 目の前にウインドウがある。 つまりそれは外部的要因の操作ではなく、自分の意思を持って操作することも可能なのではないか?
そう思いながら目線だけで選択するかのようにやってみる。 するとウインドウの文字が変わって、敵を標的として選べるようになった。 そしてそれに対して「OK」の合図をだすと
[ヒソラの「投擲」!]
先程と同じようにナイフを投げつける。
[バットーに6ダメージ!
バットーは倒された!]
敵の倒れるエフェクトが無くなって、初の戦闘を勝利で納めた。




