第262節 ホームシックと介護職、従属神の動向
この家に住んでいる以上は誰かが居なければならないのだが、如何せんここの家族は誰も家に帰るという行為を行わない。
俺は学校の寮住まいで基本的に帰ることはないし、俺の親代わりで下級神である両親は本業と副業の両方をこなしているので家に帰ることがまずない。
ではこの家には誰もいないではないか。 泥棒が入っても分からないじゃないか。 という近所の方から思われても仕方ないのだが、それも仕方のない事だと思っていたが、確かに誰かいることによってそれだけで防止になったりもする。
そしてそれを可能にする人が最近現れた。 それが夢の管理人、獏を人の形として顕現したスリームさんである。 彼女は俺の従姉妹という設定でこの世に顕現しているのだ。
「どうしたんだい? 君が家に帰ってくるなんて。 なにかあったのかい?」
「なにそのなにもなければ放浪しているみたいな言い方。 まあ、家が恋しくなったって思ってくれればいいよ。」
「ホームシックってやつだね。 どうだい? この世界でのホームシックは感じ取れたけど元の世界に恋しくなったりはしないかい?」
元の世界、それは俺の住んでいた世界線の話だ。 元々ここの世界の人間ではないが、元の世界と同じように生活をしている。
「名残惜しいかなとは思うけれど、向こうの世界に戻る理由が無いに等しいんだよね。 向こうで待たせてる人がいるわけでもなければ、この世界が生きにくい訳でもないんだ。」
「確かにね。 この世界に来てから君はとても楽しそうだ。 余計なことを聞いたようだね。」
「いいっすよ。 これも転移者としてはテンプレートですから。」
よく異世界に召還されたりなんなりしたとき、基本的には地球やら日本やらに帰りたいということが多いだろう。 だか、俺はそれの例外的存在だろう。 この世界で大切なものが出来たし、向こうに戻るとしてもあまり魅力を感じないのは結局のところ本音だったりする。 散々こっちの世界で名前が知られているにも関わらずいきなり「元いた世界に戻ります。」なんて言われてもピンときていない。 そう思ったから、この世界に留まることにした。 それだけの話だ。
「そういえばスリームさんは今までどこにいたんです?」
「仕事だよ。 介護職についてるんだ。」
「あぁ、だからこの時間なのか。」
時刻は9時を差している。 普通の仕事ならば今ごろは会社で仕事を始めていることだろう。 しかしスリームさんはこの時間に帰ってきた。 夜中の仕事などは限られるし、女性が働く場所だって少ないわけではない。 その中の介護職ならば納得出来る。
「介護職と言っても普通のじゃない。 精神疾患や発達障害の人達のお世話をしてるんだ。 今日はやって来なかったけれど、そこには子供達もいて、その子達に勇気を与えているんだ。」
なるほど。 障害者の人達はそれだけでも不遇な扱いを受けやすい。 その人達に夢を与える。 夢の管理人らしい仕事だ。
「夜仕事だったってことはこれから寝るんでしょ? 俺のことは気にせずにゆっくり休んでくださいよ。」
「いや、君が帰ってきたから、少しばかり話をしようかなって思ってね。」
「え? でも眠たいんじゃ・・・?」
「私を誰だと思っているんだ。 夢の管理人の獏だぞ? 睡眠は基本的には取らなくても大丈夫な体なんだよ。」
それは獏としての論理であって人としての論理では無いのでは? スリームさんがそう言うのならなにも突っ込む気はないが。
「それで、なにを話したいんです? 俺の今の現状は見えてるはずだからそんなの話してもしょうがないし・・・」
「従属神の動きについてどう思う?」
その言葉にピクリと反応した。 従属神の話が出るということは・・・
「あいつ、またなにか始めたんですか?」
「始めたというよりは厄介な事になってるって言った方がいいかな。 君も一度あっているはずだ。 あの従属神の事を知るものを。」
文化祭の時の他校の生徒の事を言っているのだろうか? だが会っている事には変わらないので、縦に首を振り、頷いて見せる。
「まああの従属神の事だ。 いずれは君のところに現れるとは思ってはいたさ。 間接的にでもね。」
「でも寺崎の件はこっち側に引き寄せたし、文化祭のやつだって首謀者じゃない。 で、年末に襲ったクレマの件だって、あんなの見せしめにもならないんだけど?」
「確かに最もらしいことばかりしてるように見えるけど、実際は計画性のない、かなりお粗末なものばかりだ。」
あんなので計画的だと言われたら正直鼻で笑ってやるけどな。
「だけどその裏で確実に信仰はある。 まだこの世界で行っていた時の名残がどこかにあるんだろうね。」
どうにもならない人が多いのだろうか? あんな神もどきを信仰したところで意味ないのになぁ。
「やつはそんなに信仰を集めてなにがしたいんでしょうね?」
「力を取り戻すことを第一前提にして、世界を変えきれなかった報復として君を消滅させに来るだろう。 ってところじゃないかな?」
抹殺、とかではなく消滅ときたか。 完全に俺の存在を消し去るつもりか。 だがそれはあくまでも可能性の中の1つ。 高い確率ではあるが確実ではない。 もっと別の理由があるとも捕らえられるが、やつの動向がこれ以上見えないのならこちらも動きようがない。 今は待つしかないということか。
「私が話せるのはこのくらいかな。 後は君次第と言ったところかな。」
「え? なんでです?」
「神々は君を見ていると言ったことがあるだろ? だから君がこれからどう動くのか気になってしょうがないらしい。 下級神はあれやこれやで君に会いたがってるようだけど、さすがにお許しは通されてないようだ。 そうはいっても何人かは降りられそうな下級神もいそうだけどね。」
マジでか!? これ以上親戚増やしても俺が困るだけだぜ? 上から見られているって言うだけでもむず痒いのに、勘弁してくれませんかね?
「それで、君はこれからどうするんだい? もうすぐ学校も始まるだろう?」
「あぁ、とは言え今日はまだ休めるけれど。 ・・・ふあぁ。 はぁ。」
「おや、欠伸なんてして、寝不足かい?」
「いやぁ、ちゃんと睡眠時間はとってるはずなんだけど、なんというか疲れが取れてないようでさ。 困ったもんだよ。」
「どうやらあまりいい睡眠を取れていないようだね。 どうだい? 今日の夜は早めに寝るというのは。 安心しなよ。 この獏の化身のスリームお姉さんが君を快適な睡眠へと誘ってあげようではないか。」
それはありがたいが、今は幾分朝に近いので、昼寝をするにしても早すぎる。 家にいてもやることが無いので、外の空気を吸いがてらあたりを散歩しようと思った。
「従属神・・・・・・本当になにを考えていやがる・・・・・・・」
やつのあの時の行為が、今更になって引っ掛かる。 やつが新たな世界の創立者になったなら、この世界はあっという間に堕落すると睨んでいる。 それでも現実世界と電脳世界を繋げたかった理由は一体なんだ?
そしてやつは間接的にでは確かにあるが、俺に対しての攻撃も始めている。 寺崎という転生者を使っての実力的な支配。 そして文化祭での物理的電子機器の故障の起因。 やつが俺に対してどう思っていようが正直なことを言えばどうでもいい。 だが俺だけならいいが、周りのみんなに被害を加えようものなら・・・・・・
そのときにならないよう、こちらも固めて行かなければならない。
それと今はこんなところで怒りの感情を出すものではないと悟った。 もう一人の俺の存在はこんな下らないことで出すものではない。 だが自分の中に眠っているこの人格ともいつか繋がる。 もっと場所を選ばなければ・・・
「全く・・・・・・飽きさせない世界に飛ばされたものだよ。」
すこしばかり雲行きの怪しくなってきた空を見ながら、今見ているのか分からない神様達にそんなことを呟いてみた。




