第252節 飛空の怒りと反復、同盟協力
「あなた様はコレン公爵に大変気に入られている様子。 であれば、あなたの頼みなら聞いてくれると思うのですね。 はい。 成功の暁にはどうかお力添えを・・・」
言葉巧みに俺を褒め称えているようだが、俺には分かる。 俺の力を借りたいのは建前で、本音は自分の息子に手柄を立てさせて、エレアを娶ろうというだけの話だった。 正直なことを言えば「慧眼」を使わなくても分かるくらいに魂胆が見え見えだった。
だが一番に自分の中で許せなかったのは、エレアの気持ちも考えずに、政略結婚をさせようとするこの貴族の考え方だ。 別に貴族間の話なのだから本来ならばどうでもいいこと。 でも国が滅ぶ可能性のあるこの状況下で話すような事柄では決してない。 それがなによりも許せなかった。
心の中にある怒りの感情が沸々と沸き上がって来るようだ。 いや、実際に沸き上がっている。
「あんたは、この国の危険よりも、種の保存の選択を選ぶのか。」
「種の保存なんてとんでもない。 私はこの国の未来の為に最善を尽くそうとしているだけ。 そのためにもやはり見返りが無ければ・・・」
「それが・・・国の事を考える者の言葉か!!」
俺の怒りは先程の一言で露になった。 もう目の前のお偉いさんがどれだけの地位を持っていようと関係ない。 そんなことしか考えられないような奴の元にエレアを娶らせてたまるか。 そんなのはエレア自身だって求めてなんかない。
俺の一喝と威圧に圧されたのか、お偉いさんがたじろく。 その程度の圧力でたじろいていては上に立つなんてもっての他だな。 コレン公爵だってそうはならないぞ。
「わ、分かっているのか!? これは今後の国家のことを考えての提案なんだぞ? この国の発展のためにも力添えをしたってなにも・・・」
「別にこの国の発展のために動いてるんじゃねぇよ俺は。 今の状況を顧みずに国の発展なんて反吐が出る。」
「わ、私はこの国の事を第一に・・・」
「エレアを出汁にして上に立とうとしてる人間の言葉なんか信用できるか。 それにこれだけは言っておく。」
最後に止めの一言でも浴びせないと気が済まない。 そんな想いからこう発言をした。
「エレアは俺を婿候補している。 というかそれ以外の候補は募ってない。 コレン公爵もアレス公爵夫人の承認もある。 俺の可愛い嫁さんは誰にも譲らねぇ。 譲らせてたまるか。」
そう言って踵を返した。 後ろで何か言っていた気がしたが気にせずに歩いていく。
特に行く宛もなく宮殿内を徘徊して、頭が冴え始めた頃にはいつの間にか宮殿の外に出ていた事に気が付いた。
「さっきのはなんだったんだ・・・?」
右手で頭を抑えつつ、先程の自分の言動を思い返す。 いくら自分勝手な意見だったとはいえ、かなりストレートに言っていたと思う。 今まででも怒りを覚えた場面では半分ほど理性を失くしていたが、それでもちゃんと自分なりの対処はしていた。 スリームさんにリミッターを外されたあの日、外されたのは自分の中にある欲望だと思っていた。 だからこそ心配してくれていた瑛奈を愛おしく想いそのまま欲するままに行っていた。 だが最近では怒りによる自分の制御が出来なくなりかけてきている。 このままでは怒りに任せて何を自分が仕出かすか分からなくなっている事態だ。 この現象だけは早く処理をしなければ・・・
『そうだ・・・このままお前が怒れば怒るほど、考えれば考えるほど、俺は形成されていく。』
唐突に声がかけられたので振り返る。 しかしそこには柱が一本あるだけで他には何もない。 強いて言うなら隠れるスペースすらない。 それなのに声がした。 しかもよく聞き慣れた声が。
「今のは・・・どこから・・・いやそれよりも・・・」
なぜ自分の声が頭の中で反復した? 俺自身声は出してない。 ならば自分の声も聞こえるわけがない。 ・・・幻聴・・・か?
「っ・・・これ以上面倒事はゴメンだぞ。」
これから起ころうとしている事柄に悪態をつきつつも、もう一度なんとか出来ないか確認をしに行かなければならないので、宮殿の中に戻った。
「なるほど、そのような事態になっていようとは・・・分かった。我々の部隊も出そう。 少しは戦力になるはずだ。」
まず向かったのはクレマの隣国にあたるリューフリオだ。 最初こそナディがおお出迎えをしてくれたが、今回は王様の方に話があると言ったら、すぐにつれていってくれて事情を早急に説明した。
『本当にいいのですか? 前にクラーツさんからポツリと聞いた程度だったのでダメ元でお願いしたのですが・・・』
「同盟国の危機だ。 ここで立たずしていつ立つんだ。 とはいえ飛空殿の言うことも強ち間違いではない。 全部隊にはそのような行為は行っておらぬ故に、そちらに渡せる勢力も限られてしまうが、それでも構わぬか?」
『十分ですよ。 それに今回はリューフリオ以外にもお声をかけますし、今回は本格的な戦争ではないので。』
向こうが数で攻めてこようが、烏合の衆ならば意味がない。 ならば少しでも訓練された部隊がいた方が戦力の無力化に早く繋がるからな。
「そうか。 では部隊に通達をし、すぐにクレマに向かわせれるよう準備をさせる。 それで良いかな? 飛空殿。」
『お力添えありがとうございます。 それでは自分は次に行く場所がありますので。』
そう言って宮廷の大広間から離れて、次の目的地の為にテレポーターを使おうと思ったときに服の裾を引っ張られる。 見るとナディがどこか物欲しそうな眼差しで俺を見ていた。
『あの、啓人様に、よろしくお伝え下さい。』
ナディのディスプレイを見て、クスリと笑う。
「ああ、伝えておくよ。 ナディが寂しがってたってさ。」
そう冗談混じりに言うと、ナディは最初こそポカンとしていたが、そのあとに笑顔を見せてくれた。
「津雲殿の願い、こちらとしても実践を交えた訓練として、是非とも参加をさせてもらいたい。」
次に向かったエングリンで、若き騎士王は二つ返事で承諾を得てくれた。 なんでこう同盟にした国の国王とかって、戦争に対する抵抗がないんだろう? もしかしてどういうことなのか、分かってないんじゃないのか?
「あの、本当によろしいのですか? アンクル騎士王。 これは訓練ではなく本当の戦争になるかもしれない一戦なのですよ?」
「だからこそとも言える。 前騎士王の時代は戦争など当たり前にあった。 だが戦争が終息した今の地では、騎士の国としても名が廃れてしまいそうになっている。 それは先日津雲殿も体験されたと思う。」
ああ、貴族の息子だからといって騎士団に入って威張っていたアイツのことか。 あの一件以降、多少は収縮したとは聞いていたが、やはり全面的にとはいかず、まだまだちらほら名残があるようだ。
「1度でも本物を味わえば、少しは自分の行いが小さいかと言うことが分かってもらえるた信じている。 それは騎士王となった今の私のささやかな願いでもある。」
弱いままではいけないという想いが、アンクル騎士王の中にあるようだ。 そう言うことなら連れていっても問題はないだろう。
「分かりました。 では部隊が整い次第、クレマまでお越しください。 そこで作戦を伝達致します。」
「承知した。 このヨハネス・トロワ、最高の部隊を取り揃えてそちらに赴こう。」
相変わらず堅いが、指揮を取るにはあれぐらいの人が丁度いい。
では、と俺はテレポーターでクレマに戻る。 さてとこちらも色々と迎撃準備を整えないとな。
コレン公爵やみんなに会おうと思い、応接室に誰かしらいるだろうとその部屋のドアを開けると、コレン公爵が書類とにらめっこしている場面に遭遇した。 この人、本当に仕事熱心だな。 そういう場面をよく見かけるのは偶然か必然か。
「ん? おお、すまない。 気が付かなかったよ飛空殿。」
「いえ、こちらも今戻ってきたところなので、大丈夫ですよ。 他のみんなは観光ですか?」
「うむ。 本来ならばお主たちはエレアが連れてきた客人なのだ。 このような事態に参加させるのはどうかとも思っておったりもする。」
「止めてくださいよ。 やりたいようにやってるだけですよ。」
「お主たちがそれで良いのなら私はなにも言わない。 それで、先方との話は・・・」
コレン公爵が俺の状況を確認しようとしたとき、俺の後ろのドアが開かれる。 そこにいたのはメイドの一人だった。 多分俺が会ったことのないメイドだ。
「コレン公爵様、対談中に失礼致します。」
「構わんさ。 どうした?」
「ソルトラから進行中の部隊なのですが、偵察部隊の報告によると、どうやら人では無いとの報告がありました。」
「人ではない?」
「いえ、正確に言えば人の姿を模した何かだと報告が入りました。」




