第244節 招待客とツアー、感情
「はぁぁ。 実際に動いてるところを見るのはやっぱり感動するなぁ。」
昨日までの準備を終えた文化祭当日朝から様々な人で賑わっている中、空中に描き出されているディスプレイやら絵描きコーナーを設けた絵が映し出されている。
これ事態が今年の生徒会の出し物「プロジェクションマッピング」だ。
ディスプレイの展開は少し前から発展はしていたが、今は電脳世界と現実世界が入り交じった世界。 それをこちらで利用していると言うわけだ。
「こうしてみると、雲しかない空も色とりどりになっているように見えるね。」
「そうですね。 それに、子供たちも、自分達が、描いた絵が、映し出されている、事に、満足していますよ。」
「やっぱり電脳はこうでなくっちゃいけないわよね。」
一緒にいる啓人と桃野姉妹がそう語っている。 何故このメンバーなのかと言うと、俺達は今曜務学園の正門に待機しているのだが、その理由と言うのが・・・
『啓人さん!』
手元にある小型ディスプレイを見せながら啓人の胸に飛び込んできた少女、ナディアルテ・リューフリオを迎えに来たのだ。 しかし交流会の一件で啓人はすっかりナディのお気に入りになっているな。 随分と大胆になったもんだ。
「凄い行動力だな。 王宮にいたときはあんな風に動いてなかったぞ?」
「そこは王女としての振る舞いをしていたんだよ兄さん。 彼女だってまだ幼いんだし、色々とみたいんだよ。 きっと。」
その後ろを歩いてきたのはバジネルノからやって来たユヅキさんとユヅルさんのカナヅ兄弟だ。 ナディの事を知ったのはどっちかがリューフリオに遠征していたからだろう。 彼女の喋れない理由も聞いているはずだ。
「へぇ、学園っていうからどんな感じなのかなって思ったけどなによ、凄く華やかじゃない。 やっぱり機械を自由に使えるってだけでここまで出来るなんてね。」
そんな感想を述べているのはグラジオスから来たレラである。 グラジオスの様に磁力が引っ張られることもないのでレラの服装はかなりこちら側に近い格好となっている。 早速感激してもらえて嬉しい限りだ。
「でもこれだけじゃないんでしょ? 君が僕らを呼ぶ理由にしては少々味気ない気もするけれど?」
「随分と強欲ですねユヅルさん。 まあ、今はお祭りなんですから、ここはひとつ楽しんでもらいたいんですよ。」
その真意は嘘ではない。 ナディは元々来る予定を組んで貰っていたし、レラに関しては俺が招待したのだ。 「俺達の学園で祭りをやるんだけど、良かったら来ないか?」と。 そしてユヅキさんとユヅルさんの場合はこれからもっと遠征をすると思うので羽休みも兼ねてのお祭りだ。
「そういうことなら楽しませて貰おうかな。 行こう、兄さん・・・兄さん?」
「おう! ユヅル! これうめぇぞ! 早くお前も入ってこいよ!」
「私も行こうかしら。 案内してくれる?」
「もちろんよ。 こっちから見に行きましょ。」
「色々な、お話、聞かせてください。」
『私達も行きましょう! 啓人さん! 私、あの絵のやつが気になります!』
「そんなにひっばらなくても逃げたりはしないよ。 だからもうすこしゆっくり・・・」
みんなそれぞれの所に分かれて入っていった。 その光景に少し笑いを堪えながら俺も正門をくぐり直した。
「・・・ん?」
完全に正門をくぐり切る前に、何者かの気配がしたが、あまり関係無いだろうとそのまま歩み直した。
去年の文化祭では俺達はお化け屋敷を展開していた。 今年のうちのクラスの出し物は手品ショーになっていた。 もちろん電脳世界でのアイテムは使用していない。 みなが思う手品をそれぞれ練習してきて、お客さんの前でお披露目するというものだ。 ちなみにグループは周回制で大体1人2分くらいの持ち時間で手品を披露していた。 俺はそんなことになっているとは露知らなかったので欠席扱いとなっている。 当然の措置と言えばそうなのだが・・・
「まあ、他の案内役をやってるんじゃ、意味はあまりないな。」
俺は生徒会の仕事で「曜務学園の文化祭を楽しもうツアー」のガイド役をやっていた。 主に次期新入生になるであろう中学生とその親御さんが対象だ。 曜務学園の魅力を存分に知ってもらおうというのがこのツアーの趣旨になる。 それを実感できるように、上に映っているプロジェクションマッピングに親子双方に興味を持ってもらえてる。
「では次はあの映像を写し出している場所にご案内致します。 自分から離れないようお願い致します。」
そういって俺は次の目的地にツアー参加者を連れていくのだった。
「楽しんでもらえてるならそれでいいんだろうなぁ。」
ツアーの案内が終わった午後。 俺は屋台で売られていたたこ焼きに似た粉ものを頬張りながらそんな感想を呟いた。
「あら、萎れているなんて津雲君らしくないわね。」
そんな声が聞こえて顔を上げると、そこには志摩川先輩がいた。 ちなみに警官服のままだ。
「先輩は俺をなんだと思ってるんですか。 俺にだって萎れる時くらいありますよ。 感情をコントロール出来る人間ではないので。」
「そうかしら? あなたは怒っていようが、萎んでいようが面には出さない性分だと思っていたのだけれど。」
志摩川先輩に言われ、確かに去年の俺は怒っていようが、悩んでいようが、他人の前では平静を装っていた。 こんなに感情が豊かだった記憶があまりない。 というかそんなに顔に出さないようにしていたのかな? 俺。
「感情を読み取られないことはいいことでも悪いことでもあるのよ。 簡単に使い分けれたら苦労なんかしないしね。」
「まあ、世界は広いってことは実感できましたかね。」
志摩川先輩の話に俺は率直な感想を述べた。 事実去年まではなんだかんだ言っても籠の中の鳥だったような自分だ。 それは例え電脳世界に置ける実力は高くても、外の世界を知らなければそんなものはなんの自慢にもならない。 俺はまだこの星の半分も国を知らないのだから余計にそう感じるのだと最近思い始めている。
「流石視野の広がった人間の言うことは違うわね。」
「クェスタラでそういったスキルも貰いましたからね。 先読みなんて事は一向に出来ませんが。」
「先なんて見すぎない方が身のためよ。 楽しみが無くなるし、違っていたときに戸惑うのは自分なんだからね。」
志摩川先輩の言葉に啓人の事を少し思い返してみた。 あいつは眼鏡をすることによって「目」の機能をセーブしている。 多分使うとその分脳に負担がかかるのだろう。 それに電脳世界での戦い以外での使い道が今のところないからだ。 啓人なりの苦労だってあったことだろう。
「ところで志摩川先輩。」
「ん?どうかした? 津雲君。」
「今回事情聴取で来た訳じゃないのに、どうして警官服を着ているんですか?」
前回は準備期間中の訪問だったが、今回は文化祭本番。 文化祭を楽しむにしては格好が違うし、警備にしては手薄すぎる。 そもそも警備だったら俺のところでこうして会話しているのも基本的には出来ないだろう。
「そうねぇ。 もちろんこの格好で学校なんか来たくなかったわ。 ましてや今日は文化祭。 今年のこの出し物は素晴らしいわ! 見てごらんなさい津雲君! あの空に描き出されている絵を見て子供たちはもちろん楽しんでるし、大人たちも興味津々! 去年の文化祭は電脳世界を知ってもらおうって思ってやった出し物だったけど、学校全体を使うなんて私もまだまだだったわ!」
そんな風に自分の頑張りも棚に上げて今回の文化祭の事を誉めてくれている。 ちゃんと志摩川先輩達の意志を紡げたようでなによりだ。
「けど、そんな楽しみを潰そうって輩がいるらしいの。」
先程までの嬉しそうな表情から一変。 冷徹な怒りの表情になる。 去年までの志摩川先輩からは出てこなかった表情だった。
「さっき倉俣君には見せたけれど、文化祭が始まる早朝時に、正門にこんなものが刺さっていたらしいわ。」
そういって志摩川先輩はひとつの手紙を出してきた。 それを受けとると・・・
「こ、これは・・・」
怪盗なんかがよくやる手口、犯行予告状だった。




