第235節 完全勝利と除隊、見せしめ
この決闘を観戦している人たちはそれぞれ違う表情を見せている。
ある騎士は驚愕故に開いた口が塞がっていない。
ある騎士はその速さにどこか目を輝かせている。
そして玉座で観戦していた騎士王は、納得と言わんばかりに頭を細かく縦に振っている。
そして目の前にいるラキザはというと、なにが起こったのか分からないと言わんばかりにその場に固まり、そして、「ハッ」と我に返った。
「こ、これは何かの間違いだ! そ、そもそも騎士としての戦いにこのような戦い方は相応しくない!」
「相手が本当の賊だったらそんな戦い方なんてないんじゃない?」
「な・・・なんだと・・・」
「まあ、納得出来ないのは分かる。 騎士の国で訓練通りじゃない戦いをやらされたんだからな。」
こういうタイプは基礎的な練習も怠けてると思う。 根性が一切足りてないもん。
「こ、こんな決着認めんぞ・・・! もう一度勝負しろ!」
足掻いてくるよねぇ。 ま、予想通りだったから文句はないけど。
「いいぜ? だったら構えな。」
俺は言葉に沿って木刀を構え直す。 ラキザも木刀を構え直し、ラキザは横凪ぎをする状態で剣を構え、そのまま突進してくる。
俺は下段の構えをして、そして
「ふっ!」とおもいっきり剣を凪ぎ払う。
「がっ!」
するとどうだろうか。 俺が持っていた木刀は柄の部分だけが残っていた。 ちなみに刀身部分はラキザの頭に当たり、そのまま地面に落ちていた。
「こんな状態の木刀を相手に渡す時点で騎士道もなにもないと思うんだけど?」
そう、最初にこの木刀を持ったときに重量感と言うか、違和感を感じ、剣を構える時にチラッと鞘の部分を見たら、かなり薄めだったが、細かいヤスリかなにかで削った後があった。 これは使った後で考えたのだがあの削り方からしてつばぜり合い、もしくはこちらがガードで剣を使った際に折れるようになっていて、戦意喪失させるのが目的だったのだろうが、あてが外れたようだな。
「ふ、ふざけるな! よくも! 私の顔に傷をつけたな!」
改めて見ると、鼻に当たったようで、顔の真ん中部分が真っ赤に染まっている。
「良かったじゃないか。 自分の顔に花が咲いたと思えばさ。 少しは騎士らしいだろ?」
おもいっきりの皮肉をラキザにぶつける。 そもそもこんなことされたら途中で木刀を止めてもこうなる可能性だってあった。 それを教えてくれたのはラキザ本人だと思うんだがな。
そんな皮肉が応えたのか、ラキザの顔が鼻周りだけでなく顔全体が真っ赤になっていた。 プライドって言うか我慢弱っ。
「私は・・・私は・・・! こんなことで負けるような男ではないのだ! それが・・・こんな・・・世間知らずのような男に・・・負けるというのか! そんなことが許されるのか!?」
その物言いは流石に腹が立つな。 確かにあんたよりはこの世界にたいして知識は疎いけど、そんな風に言うこともないだろ? 目の前のラキザを見て、生きている世界が変わっていたらこうなっていたのだろうか? と思ってしまった。
「ねぇそこの君。 そこにある木刀の先、持ってきてくれないかな?」
「え? でも・・・」
「いいからいいから、とりあえず持ってきて。」
呼んだ騎士の一人は困惑しながらも折れた木刀を持ってきてくれた。 ちなみに彼は俺の戦いをキラキラした目で見ていた騎士の一人だ。
そしてそんな木刀を持って俺は先ほどと同じように騎士の構えをする。
「な、なんのつもりだ・・・」
「そんなに自分なりの戦い方がしたいならやらせてやるよ。 そしてその上でお前の騎士道をはたき落としてやる。」
俺がそう宣言するとラキザはなにかに気が付いたように木刀を持ち直して、騎士の構えをする。
「ふふふ、これで私が勝てば貴様はぐうの音も出なくなると言うわけだな。」
「卑怯な手を使おうとした上に、それを相手に使わせて2敗している時点であんたの完全な敗北だと思うんだけど。」
「この戦いで私が勝ったら、その減らず口を2度と私の前でたたせなくしてやる!」
そういってラキザは1試合目と同じように上段から剣を降り下げる。 2度とどころかこの国にもう一回来るかも分からないんだけど・・・ どっちみちこいつとはもう関わる事はないから別にいいか。 そう思いながら俺は振り下ろされる木刀を自分の持ってる木刀で受け止める。
「はん! そんな短い剣でこの木刀を受け止めると思ってるのか!?」
「別に受け止める必要はない。 受け流すだけだ。」
俺は持っている木刀を内側に滑らすように剣を動かす。 すると支えていたものが無くなった木刀はその勢いを殺せず、前に落ちる。
「なっ・・・!」
そしてそれに釣られるようにラキザも体が前方へ体勢が崩れる。 そんなことは露知らず俺は剣を持ち直して、体勢の崩れたラキザの首もとに刀身を当てず、すんでで止める。 これで三度目の止めとなる。
「もう十分だろ? お前はこれで三回負けたんだ。 潔く負けを認めろ。」
「ラキザよ。 その未熟さと前騎士王が見えていなかった悪行を、騎士団の除隊という形で償ってもらおう。」
ヨハネスさんの言葉にラキザは驚きを隠せないようだ。
「な、何故です! 何故除隊されなければならないのです!」
「強いて言うならば、お前さんは今やってはならないことをしているからに過ぎん。 彼は他国の外交官。 ここで機嫌を損ね、せっかくの同盟を破棄されたら、その責任は貴様は取れるのか?」
最初はそれなりに優しく声をかけていたヨハネスさんは、段々と怒りに近い声色に変えていった。 ラキザの呼び方も変わってるしね。
「貴様は貴族であり、騎士団に入っているというぬるま湯に浸かっていたに過ぎないのだ。 騎士王直々に除隊命令と貴族権利剥奪をされなかっただけありがたいと思え。」
「そ、そうだ! 私は貴族なのだ! 除隊命令を撤回すれば、それ相応の礼をするぞ? どうだ?」
そうラキザが言い終わった瞬間に、ヨハネスさんは今まで隠していたであろう怒りの表情を露にした。 その形相は般若と言うよりももはや鬼であった。
「私が仕えるのはただ一人。 この国を担っていく騎士王のみだ。 例え世代が変わろうとそれは揺るがない。 貴様の生まれのような没落貴族に礼をされるような行いをするほど落ちぶれてなどいない!」
そのヨハネスさんの言葉はまさに一喝。 騎士団員はその空気の変わりように震え上がっている。 多分今まで本気で怒られたことがないんだろうな。 顕著で誠実なヨハネスさんだからこそ騎士団を引っ張ってこれたのだろうし、騎士王のアンクルも安心して任せられるのだろう。
そんな一喝を間近で受けたラキザは泡を吹いて気絶してしまっている。 弱っ。 他の騎士団員もヨハネスさんに睨まれると、数人が竦み上がってしまっていた。 多分あの辺りが貴族上がりなんだろうなとは思った。
そんなヨハネスさんの意外(?)な一面を見せた後、当のヨハネスさんは俺に向かって頭を下げた。
「すまない津雲殿。 一度やならず二度もそなたを利用してしまった事をお詫びしたい。」
あ、やっぱりあれは見せしめだったのね。 じゃなかったら騎士王が見てるような場所で決闘なんかしないよな。 めちゃくちゃ個人的な事なのに。
「頭を上げて下さいヨハネスさん。 それはもうなんとなく分かってたし、なにより文香を奪おうとしたこいつが個人的に許せなかったのは事実なので。」
泡を吹いて気絶しているラキザの脇腹を爪先でつつく。 そもそもこいつが訳の分からない事を言ってこなければ、ただの国の観光だったのだ。 それを邪魔した上に平然と人の彼女を奪おうとしたんだ。 ここまでしてなにが悪いか。
「ヨハネス。 彼がそういっているのだ。 気を病むことはないだろう。」
「アンクル騎士王・・・ 騎士王のそのお言葉、そして津雲殿のご厚意に敬意を評します。」
そして色々な手続きやらなにやらをこれから行わなければならないということで騎士団は元の配置に戻りにいった。 そして残ったのはアンクル騎士王、ヨハネスさん、そして俺達と気絶したままのラキザだけだった。 というか誰かこいつも持っていって欲しかったんだけど。
「なんだか飛空君の行くところにはなにかしらが起きるよね。」
「人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれないか文香。 今回は君の為でもあったんだから。」
「クスッ、分かってますよ。 私だって嫌だもん。 勝手に人の事を「運命の人」だって勝手に決めつける人なんか。」
「そりゃ良かった。」
「それに私であそこまで怒るんだもの。 みんなも同じくらいに大切にしてるんだなって思ったわ。 エレアや白羽の話を聞いて羨ましいなって思ったくらいだもん。」
みんなに話してたのか。 そう思うと少し恥ずかしさを覚える。 騎士王が手続きをしている最中に恥ずかしさから頬をかきながら終わりを迎えるのを待っていた。




