第232節 観光と目的地、キャンプ
久しぶりの学校生活を堪能した3日後。 俺は音楽の国、リューフリオへと足を地につけていた。 なぜかというのはもちろん次の国に行くための手段があるからだ。 前回は地図で言うところの左上、そこにハークダートがあるが、今回はその逆の右上方面へと向かうことになっている。 そのための馬車を用意してもらっている最中なのだ。
「へぇ、ここがナディの生まれ故郷なんだね。 とても賑やかで素敵。」
『私達の国のみんなは本当に音楽が大好きで、一日中何かしらの音楽を聴いている人も少なくはありません。』
「本当に音楽一色よねぇ。 あ! これってホルンでしょ? うわぁ、光って見えるわぁ。」
今回の旅の同行人は文香。 彼女と出会って1年が経つが、最初に会った頃に比べると表情豊かで、様々な文香を見せてくれる。 最初からこのような形ならまた変わっていたのかも知れない。
久しぶりのリューフリオということと、前回と同行者が違うという事で、馬車が用意されている間はナディと一緒にリューフリオを観光していると言うわけだ。 俺も前回観光はしているものの、あの時もあの時でなかなかゆっくり観光は出来なかったので、こういう機会があると、少しは心に余裕が出来るというものだ。 というかこういうときくらい気分を変えさせてくれないと身が持たないんでね。
「あ、そういえばナディ。 メルリアとワレイドさんは今はどうしてる?」
『お二人は今別の国で公演をしに、テレポーターを使用して、今はアスベルガルドの方に居るそうですよ。 お二人のダンスを間近で観れて、アスベルガルドの皆さんも大喜びなのではないでしょうか?』
ナディが簡潔にそう説明してくれる。 そりゃ画面という媒体を通してみるのと、生で観るのとじゃ、躍動感やら熱気やらが全然違う。 前に白羽と一緒に間近で踊っていたのだが、その圧倒的な存在感に自分達は脇役にもならないほどの眩さを放っていた。
「あら、飛空じゃない。 どうしたのよ? リューフリオに来て。」
おっ、噂をすればなんとやら。 カッターシャツにデニムと簡素な格好をしたメルリアと、こちらもシャツにジーンズと動きやすそうな格好をしているワレイドさんがこちらに来ていた。
「丁度ナディから二人はどうしてるのかな? って話を聞いていたところだよ。 後今回の用はリューフリオじゃないんだ。」
「あらそう。 前の女の子じゃないからてっきり新たな思い出作りでもしてるのかと思った。」
なにその女たらしみたいな台詞。 いや、実際問題8人彼女はいるが、それぞれちゃんと想いを込めて好きだと言えるし大丈夫・・・大丈夫だよな?
「観光でないのなら、今回はどのようなご用件で?」
「隣国の方に用がありまして。 この国でもやったように、同盟を組むための話をしに行くのです。」
「隣国? ハークダートじゃない隣国と言ったら・・・」
『騎士の国 エングリンですね。』
騎士の国 エングリン。 最初に聞いたときはそんな国があるのかと驚いたが、札の国やら、機構国家やらがあるので、この世界ではわりと普通なのかもしれない。 そういえば曜務はなんの国になるんだ? それとも国家?
「騎士の国かぁ・・・ 一回行ったことあるけど、結構堅っ苦しい国よ? 忠誠に律儀というか。 まあ同盟自体は結んでくれると思うし、その辺りは心配はしなくても大丈夫でしょ。」
忠誠に律儀か・・・それが本当なら結構強い協定ができるかも。
『あ、どうやら準備が整ったみたいですよ?』
そうナディがディスプレイを見せて、指を指した方向を見ると、2匹の馬を引き連れた馬車がやってきた。 今まで乗ってきたものよりは、大きめの馬車だ。
「あれ? もしかして次の場所って遠いのか?」
『そうですね。 少なくとも丸一日は掛かってしまいます。』
ありゃまじか。 まあ、期間的にはそんなに定められていないからいいんだけれど、今回は一国だけにして、文化祭の方に力を入れようと思ってたから、思わぬタイムロスかもしれない。 それはあくまでもこちらの都合だからあまり文句は言えないけどね。
「馬車の旅なんて初めて! うわぁ! こんな風になってるんだ!」
そんな想いを弾き飛ばすかのように文香は初めての馬車にはしゃぎまくっている。 その反応を見て、俺は苦笑する。 思えば俺もこの世界に最初に来た頃ってあんな感じだったような気がする。 やっぱり人間初心に返るものがないと新しいものなんて手に入らないもんな。
「それじゃ早速行こうか文香。 ほら、乗って乗って。」
「凄いよこのソファー! 座ったら沈むの! 凄いフカフカ!」
はしゃいでくれるのはいいんだけど、向こうについたら大人しくしてくれるよね?
馬車に乗り始めて日が傾き始めた位まで走った辺りで、馬車が減速をし始めた。
「エングリンまで後4分の1程まで来ました。 この辺りで一夜を明かしましょう。」
「え? ここでわざわざ?」
周りを見渡してみても草原が広がっているのみで、本当になにも無いと言っても過言じゃない場所に止められた。 朝にいたリューフリオの街並みとは真逆のような世界が広がっていた。
「正式に決められているわけではないのですが、ここから向こうに行きますとエングリンの国土になってしまいます。」
なるほど。 正式な手続きもないのに他国のものが好き勝手されたら面倒って事ね。
「そういうことなら分かりました。 適当に食料やら薪を探してきます。」
日が沈みそうになっているので、早めに探しにいかなければな。
「いえ、そのような事には及びません。」
騎手の人がそういうと、馬車の座席の下から大きな風呂敷を取り出した。 ほどいてみるとそこには干し肉やら干した果物、薪や火打ち石など簡易的なキャンプ用品が揃っていた。
「やはり長旅とは言え、気分を味わってもらうのが一番ですから。」
「ちゃっかりしてますね。 てっきり音楽以外の事は無頓着かと思っていたのですけれど。」
「リューフリオは広いゆえ、街から出ることも度々あります。 そのための備えですよ。」
皮肉で言ったつもりだったのにそんな風に返されたらこっちが悪者じゃないか。
騎手の人とエングリンについて話していると、大体の全容が掴めてきた。
騎士の国 エングリン。 かつては武力による統率力は冥星一だった。 しかし
電脳世界が作り上がった今の世界においても、全盛期程ではないにしろ、強さは健在。 時代に乗り遅れた分を取り戻すために、今は電脳というものを知り始めているのだそうだ。 一応リューフリオとは娯楽の一環として、音楽隊を提供してもらう代わりに、紛争が起きた際にはリューフリオ側につくのだそうだ。 リューフリオとエングリンはそれなりの同盟関係にあるようだ。
「騎士王も近々ご隠居をなさるご予定でありまして、今は次期騎士王に引き継ぐための教育をしていらっしゃるご様子。」
なるほど。 それならエングリン自体は安心が補償出来るな。 エングリンの事をここまで知っていると言うことはその逆も然りと言ったところだろう。
「あれ? それだけリューフリオのことを信頼している国の同盟ならすぐに行われそうなものだったのに、なんでこんなに交渉に時間が掛かったんだ?」
「それは簡単なお話。 王位継承の儀を行っていた為でありますよ。 本来なら後数日は遅らせる予定だったようなのですが、今回の同盟の話を機に、新騎士王初めての同盟成立の場を前騎士王が見守り、それにより正式に騎士王の座を渡すというものでしょう。」
なんか利用されている気がしないでもないが、そういうことなら仕方がない。 話を聞く限りでは大丈夫そうだし。
夜も深まり、朝早くに出発をするらしいので、このまま就寝するそうだ。 俺と文香は馬車の座席を倒して、そこで寝かせてくれるとのこと。 キャンプのそれにしては贅沢な気もするが、ご厚意に甘えさせてもらう事にした。 ちなみに騎手の人は馬の手入れなどをしなければいけないとのことで、前部座席で寝るそうだ。 腰痛めないか?
文香の方は難しい話をしていたからか、すぐに眠ってしまった。 俺はこの後の騎士王との交渉よりも、今さらになって干渉をし始めた従属神について考えていた。
そもそもの話が従属神はこの世界を自分の理想の世界にすると言っていたが、どんなものだったのか。 やつに会ってみないことにはもう辻褄も合わない。
まあ今は目の前の事をこなそう。 そう思いを変えて、そのまま就寝をした。




