第182節 思い出した事と獏、飛空の才能
8校がさっさと掃けてしまった室内はかなり静まり返っていた。
「・・・ふぅぅぅ・・・」
そんなため息が俺がついてしまうのはおかしいのだが、吐かずにはいられなかった。
「やらかしたんじゃないの? 俺。 最近どうもキレやすくなってる気がするんだよな。」
どうも自分は限界まで我慢して、それでも怒った時はもう周りが見えなくなるようだ。 さっきのは完全に威嚇してるようではなかったか。 穏便に済ませるつもりだったのにこれじゃ意味が無いじゃないか。
「いえ、むしろあれで良かったのかも知れませんよ?」
そんな落ち込み気味の俺に夭沙がフォローを入れる。 そう言ってくれるのはありがたいが、やはり高圧的な態度は良くなかったんじゃないの?
「我々に取っても、あのように自分達の認識に違いがあるものと分かり合うというのは、穏便さだけではどうにもなりません。 開催校であるはずの我々が、押され気味だったのですから。 立案を改めて見直さなければ行けないのは、こちら側も同じですね。」
芥川もどこか思い当たる節があったらしく、少々萎れながらも、考えてはいるようだ。
「やっぱりああも上から目線だと、向こうも嫌がるかねぇ。 でもこうでもしないと、向こう側の生徒に万が一の事があった時、ほんとに何も出来ないからな。 悪い話じゃないと思ったんだが。」
「やっぱり君は誰かの為に怒るわけだ。」
「ん?」
「君の怒りは決して個人的な怒りではなかった。 むしろ内容を詳しく見ていなかった彼女らに向かって、視線を向けてもらうために言ったことだったのは少なくともここの人には分かってるさ。」
了平のその言葉にある言葉が蘇ってきた。 この世界に来て片隅に置きすぎて忘れかけていたあの言葉。
「表には出していけない才能」
その俺の中に眠る才能は自分自身を滅ぼしかねないと。
俺がこの世界に来て初めて感じた疑問。 みんなの俺に対する支持率の高さ。 神様の力が関与しているとしてもあまりにも影響力がありすぎる。
・・・そろそろ切り出してもいいかもしれない。 このまま隠され続けてもいいのかもしれないが、やはり知りたい。 俺は元の世界で使い切れないと言われた「表には出していけない才能」について。
「・・・いよいよ話す時が来たのですね。」
その日の夜、多分女神様達は上から見ているので、考えている事も筒抜けだろうと思いながら眠ったら、予想通り女神様が現れた。 しかもこれから聞きたいことももう分かっているようで、話が早い。
「話をする前にまずは会ってもらいたい人がいます。」
こんな時に会わせたい人って誰だ? 心当たりは少ないのだが。
「前に言っていた夢について知る者、獏です。 もっともこれから会うのは対応が良いように人の姿をすると言っていましたが。」
なに、擬人化ですと。 まあ動物の獏のままじゃ違和感あるしな。
そんな事を考えていると女神様の後ろから、まあ夢の中なので距離感も何も無いのだが、とにかく後ろから現れた人物がいた。
自分の身長以上に黒髪を伸ばし、ダボッとした白のパーカーに、かなり足が細いのか黒のジーンズでコーディネートされていた。 そしてなんと言っても特徴的だったのが、丸い縦耳と後ろに伸びている尻尾である。 この時点で普通の人ではないのは確定された。
「彼女が夢を知る者、獏の仮染めの姿です。」
「君の夢にも少しは干渉してるけど、こうして会うのは事実初めてだね。 私が獏のおねいさんだ。」
そう挨拶してくる獏のおねいさん。 確実に年上なのは分かるので、そう通させてもらう。 というか女性だったのか。 人相、この場合人相じゃないだろうけど夢の中なのでなんでもありって事にしておこうそうしよう。
「前に君が私に聞きたいことがあると言っていたようだけど、優先するのはその話じゃないんだろう?」
確かに夢の話の事を聞きたくて獏を呼んでもらうことにもなっていたのだが、今の気になる話はもっと別にある。
「本当はあんまりやっちゃいけないんだけど、今回だけは特別に時間の流れをゆっくりにしよう。 と言っても時間の流れを等倍にするくらいだけどね。 私からも君に話したい事があるし。」
ならしばらくは夢から覚めないって事だな。
「ありがとうございます。 では早速なのですが、女神様が前に言っていた「表には出していけない才能」とはなんなのですか? ある程度検討はついていますが、それが元の世界だとどんな影響を及ぼすのですか?」
この1年やってきた事に対して自分の才能がどのようなものなのか大まかに理解しているつもりだ。 しかし読みというものは外れる事が大半だったりする。 間違っているのならそれでもいい。 だが俺には自分の才能を知る権利もあっていいと思う。
そこまで言うと女神様は少し深呼吸して、意を決したように話し始めた。
「飛空さんの事ですから自分の才能についてお気づきになられていると仮定してお話します。 あなたには人を飛空さん自身の考えに導く力があります。 統率力と言えばいいのでしょうか。」
女神様のその答えに、やっぱりか。と思ってしまっていた。
思えば最初からおかしかったのだ。 提案すればみんなそれに賛同してくれる。 少し改ざん案を出しただけで納得してくれる。 無理な事でもみんなついてきてくれる。 一学生の権力なんてたかが知れているはずなのに、みんな俺についてくるのだ。 何時からか自分の才能について気づき始めていた。
「元の世界ではあなたには2つの選択肢がありました。 「向上の選択」と「安泰の選択」。 そしてその選択の内容は、「どちらの友人とより長い時間を過ごすか」というものでした。 あなたにはそれぞれ目指すものの異なった、親友とも呼べる友人が2人居た。 勉学に励む者と、勉学以外で知恵を身に付ける者、そのどちらかと接触する比率によって、あなたの運命は変わっていったのです。」
パラレルワールドという、ひとつの分岐点によって様々な未来があるという理論が存在する。 俺にとってのパラレルワールドはそこが1番の要因のようだ。
「ここからは運命神と時空神様から聞いた事なのですが、まずは「向上の選択」を行ったあなたは統率力の才能を遺憾無く使う職に就きます。」
へぇ。 そんなことまで分かるのか。 楽しみが減るかと思うが、よくよく考えると、俺はもう地球という世界で住んでいない。 ならばその将来を聞くだけなら影響は少ないだろう。
「しかしその職というのは戦争の指揮官、慕うものからは目標とされ、上からは実力以上の戦果を期待される。 あなたの心は疲弊の後を辿るのです。」
戦争の終息はない。 そんな世界で生きる事になるのはさすがの俺でも無理だ。
「一方の「安泰の選択」をした場合、他よりも優れた会社に就き、家族を持ち、まさに安泰が約束された人生を送ります。」
それでも十分にいいとは思うが、なにがいけないのだろうか?
「その代わりに才能を発揮することが出来ず、好奇心が削がれていき、向上する力を失ってしまいます。 それは人として、あなたとしての在り方では無くなってしまうのです。」
好奇心は人の成長に重要な事のひとつだ。 向上心を失った人間など、機械仕掛けの人形も同じだ。 それならイバラのように自らの意思で動けるアンドロイドの方がめちゃくちゃマシだ。
「その現状を見た私を含めた一部の神達は、このままではいけないと、第三の選択を提案しました。」
「それが、俺が別世界に転移した理由ですか。」
「そうです。 その事を転移神様に報告をした所、了承を下さり、時期を待ち、そして転移させたという訳です。 私達が考えた第三の選択。 「向上と安泰、そしてそれ以上を与えられる世界に転移させる」の実現の為に。」
そのために俺をこの世界に連れてきたって事なのか。
「ご不満でしたか?」
「いえ、そういう事だったのかと納得出来ました。 それに感謝はしてもしきれないので、そこに関してはもう追求しません。」
「そう言って貰えると、我々も私達も安心して、あなたを見守ることが出来ます。」
元からそんなに心配してなかったくせに。 そう思いながらもこの世界に来れたことに本当に感謝している。 元の世界では味わえなかったものを感じ取ることが出来、仲間も沢山出来た。 最早これ以上何を望もうか。 だから俺にこれ以上なんの才能があっても関係は無い。 見守ってくれているのならそれでいいのだ。 そんな風に女神様に微笑み返すのだった。




