第177節 絵師の母と完成、発売
サレストに連れてこられたのは何かを作る機械のある部屋だった。 大きい機械の割にはあまり音がしない。 消音機能でもあるのだろうか?
「母上。」
サレストが机に向かって何かをしていた女性、橙色の髪色で作業をしやすくするためか、長い髪が後ろでまとめられている。 少し痩せすぎな外観で、服も作業着だった。 働く女性の代表例みたいな格好だな。 失礼かもだけど。
「ん? ああ、サレスト。 今日の会合は終わったかい? うん? そっちのお二人は?」
「今回の会合のお相手です。 曜務の国から来られた津雲 飛空殿と、山本 鮎殿です。」
「あらそうなの。 初めまして、サレスト、ユレストの母 ダウニー・ハーグダートですわ。 ごめんなさいね。 こんな格好で。」
「大丈夫です。 どうかお気になさらず。」
そう俺は返すものの、よくよく考えてみると王妃がこうして働いてるって事だよね? そんなんで大丈夫なん? この国。
「母上。 次回の新弾の為にやっと話がまとまりましたぞ。」
「ふぅ。 ようやくですか。 して、今回はどのようなコンセプトのものを?」
「今回は「破棄場からの復活」と「山札の破壊」がテーマですぞ。 母上。」
サレスト、ユレスト、そしてダウニー王妃 (でいいよな?)が話し合っている。 その間に近くの機械で行われている事を確認する。 どうやらここはカード制作工場のようで、大量の紙がイラスト加工されていき、その下に別の厚紙が用意されてそこにプレスされていく。 ああやってカードが作られていくのか。
そんな事を感心しながら見ていると、親子間での話が終わったようでサレストがこちらに話しかけてきた。
「済まないな。 どうやら母上の方も方針が決まったとの事なのでしばらく絵柄に関しては困らないな。」
「絵柄?」
「あぁ、俺達の母上は絵描きなんだよ。 っても趣味の延長線上の話がいつの間にかかなり上達しちまったみたいで、昔は展覧会でも披露されてた位なんだと。」
なんと、絵描きさんだったのか。 ってことはあの机に置いてあるのってインクとかGペンのような絵を書くための道具ってことか。
「絵のことは母上に任せて、我々は表記する効果について考えよう。 今までにない戦術だから、少し時間がかかりそうだな。」
「なに、俺達は1人じゃないし、なにより今回は提案者の飛空がいる。 プレイヤーのみんなに飽きられないように、考えていこうぜ!」
そんなやり取りを見て仲のいい兄弟だなと改めて感心した。 そんな様子を見て隣の鮎をチラリと見てしまう。 双子ではあるが、同じ姉妹を持つ身としては、どう思っているのだろうか?
「安心なさい飛空。 夭沙がいなくても寂しくなんかないわ。」
そんな意図を読み取ってかどうかは分からないが、そんな返しをしてくれた。 その後に鮎が俺の腕を取ってきた。
「まあそれに、夭沙がいない分。 あんたに存分に近付けるって思うと、少しばかり罪悪感はあるけどね。」
そう言ってチロリと舌を見せる鮎。 罪悪感ほとんどないでしょ? でもそれもまた愛の形・・・なのかな?
それから後は街を散策したりトラレナさんと一緒に警備隊の人と
話したりはしたものの、基本的には王子達と次のカードに書く効果についての考察が主だった。
まず最初に行ったのは戦略性だ。 2人にとっては馴染みのない戦略だったので、俺が思いつく限りのやり方を説明した。 もちろん仮にカードを作っては試作品として戦ったり、記載の仕方を考え直したりと、とにかく戦略的かつプレイヤーが分かりやすい様にするのに時間を費やした。 中には既存のカードに表記の変更も示唆したが、まだ出来て日が余り長くないので言うだけにしておいた。
そんな事を繰り返して、約2週間。新しい戦術の記載されている「サモンコール インフィニティ パッシビリティ」のパックが目の前に置かれている。 パックの絵柄は、山火事をバックに彷徨える者達がこちらに向かって歩みを進めているといった感じだ。
「君のおかげで今日発売まで持ってくることが出来た。 今までのカードを使ったデッキの中に入れてもいいし、このパックだけでもデッキを作ることも出来る。 それが今回のパックだ。」
「母上には少し無理をさせてしまったが、母上も母上で「新しい境地が開けた様な気がした。」と肌のツヤが出ていたからな。 母上なりに満足しているだろう。」
サレストは感謝の意を、ユレストはここまでの画力を提供したダウニー王妃の事を語ってくれた。 今度曜務から来たらなにか差し入れしよう。
「これをこの後お店に届ける。 1週間程前には国民にも伝えてあるから皆待ち遠しいと言わんばかりにお店の前に並んでいるのが目に浮かぶよ。」
「そこでなんだが、君にはここにある1BOX分ある。 みんなに好評する前に、君が開けてくれないだろうか?」
「・・・いいのか?」
詳しくは知らないのだが、こういうのって普通はお店の人間が開けるものじゃないのか? 外部の人間がやっていいものなのだろうか?
「何を言うか。 提案した時点で部外者ではないだろ?」
「それに今回は説明役も必要だからな。 君には使用例として作ったデッキで戦ってもらいたいのだ。」
ああ、体験会って事ね。 確かにいざ手に入っても使い方が分からなければなんにも意味無いもんな。
「そういう事なら遠慮なく開けさせてもらうよ。 構わないよな?」
「ああ、存分に開けてくれ。」
存分にはおかしい気もするが、せっかくなので1パック手に取り、開封してみる。 入っているのは5枚、改めて確認したがこのカードゲームにはレアリティというものが存在しない。 だから高値のカードはそれだけ強力な能力によって成り立っている。 そして俺が開けたパックに入っていたのは・・・
「まさかこうして立ち会う事になるとはなぁ。」
今俺がいるのはこの国唯一の「サモンコール」が買えるお店の一角。 レジ横に設置されているバトルフィールドの前にいる。 元の世界同様、カードプレイヤーがただ購入するだけでなく、デッキの試運転として利用される事もあり、どこでも出来るとはいえ店なので、場所を考慮しているという訳だ。
店の開店5分前、新パックを今か今かと待ち遠しくしているカードプレイヤーがドアの前に集まっている。 正直目がギラギラしていて怖かった。
「唯一の店ならではの光景だからさすがに慣れたけどな。 そういうお前さんだって準備万端じゃないか。」
そう店の店長らしき人に笑いかけられる。 俺の手元にあるのは2つのデッキ、ひとつは破棄場を利用してフィールド展開をする「ネクロマンス」デッキ。 もうひとつは山札に干渉し、相手の戦略を崩す「フレイマー」デッキだ。 山札干渉型の方の由来は、俺がカードゲーム用語で「山札を燃やす」と言ったところから始まり。
燃やす→炎→フレイム→フレイマー
といった流れで作られた。 今は名前はあまり関係はないがな。
「さてと、そろそろ開けるけど、気合い入れ直せよ?」
そう言って俺を含めて数名の店員が喉を鳴らす。
「それじゃあ・・・開けるぞ!」
そう店長がドアを開放した瞬間雪崩のようにお客が流れ込んでくる。 レジに突っ込んでくる様子はさながら獲物を求める獣のようだった。 バーゲンセールを行う店員はこんな気持ちだったのだろうかと心底どうでもいい事を思っていた。
その後はお客を捌いて、開封し終わったあとのお客が店員に今回のカードの事を聞いてくるので、そこからが俺達の出番となる。
俺は最初のうちにお客を呼び出して、そしてバトルフィールドの中には制作した王子2人が待ち構えている。 俺は2人にそれぞれデッキを渡して、バトルを開始させてもらう。
要所要所で俺が説明を織り交ぜながら2人の戦う姿をみて、1度店を出ては我こそはとデッキを見せる者もいた。 もちろん最初は使い方が曖昧な部分があると感じたので、それこそテーマデッキを1度体験してからとなったがな。 そのおかげか今までにない盛況ぶりだったと、店員さん達も大喜びだった。 まあ顔だけ笑って肉体的には死んでいたけどね。
そしてそんな夜に俺達は準備されていた「テレポーター」の前にいた。 お店が終わったら戻る約束をしていたので、今日でハークダートとも一旦お別れだ。
「そういえば今日で曜務に戻ってしまうのだったな。 少しばかり寂しくなるぞ。」
「「テレポーター」は出来ているので、機会があれば、また伺いますよ。 今回の「サモンコール」の輸入の事も踏まえてね。」
「飛空! 今度は本気のデッキで行くからな! 覚悟しとけよ?」
「また戦う機会があれば是非とも。」
サレスト、ユレスト共に俺達を見送ってくれる。隣にはかなりの量のダンボールが積まれている。 これ全部「サモンコール」の一番最初のパックが入っている。 問題なくこれを輸入出来るように改良したんだそうだ。 立体映像機能は多分無くてもなんとかなるとは思ったが一応ね。
「それじゃあ俺達はこれで。」
「ああ、ちょっと待ってくれ。」
テレポーターで戻ろうとしたところをサレストに止められた。
「これは僕らからの記念品だ。 受け取ってくれ。」
そう言ってカードを渡してくる。 見慣れた「サモンコール」の裏表紙、表にするとそこには・・・
「・・・全く。 カード化されたのにも驚いたのに、まさか絵柄違いをくれるとはな。」
「どこにも売られていない一点物だ。 大事にしてくれよ?」
そう今回のパックには「異国からの知略家」という魔法カードが存在するのだが、その絵柄が俺そっくりに描かれているのだ。 しかも今渡された「異国からの知略家」のカードは本来のカードとは違う絵柄で描かれていた。 全くよくやるぜ。 本人の許可無しにさ。
そう思いながら俺は大量のダンボールをかなり大きい荷台に乗せてテレポーターをくぐった。




