第167節 公演本番と乱入者、迷惑な乱入者
そして迎えた公演本番。 観客席には今か今かと待ちわびている人がもうそれはそれは埋め尽くさんとばかりに来ている。
「うおわぁ。 凄い観客。 これがメルリアの人気量かぁ。」
そんな風には観客席を見ている俺はタキシードに身を包んでいる。 いつもは着慣れない物を来ているので、なんだか変な気分だ。 ちなみにこれはメルリアがよく着付けをしてもらう店で、オーダーメイドで作って貰った特注品だ。
「凄く、緊張、してきました、よ。」
隣にいるのは同じくオーダーメイドでダンス用のフリルの付いた白いロングドレスを身にまとっている白羽がそんな風に言っている。 油断しているとその美しさに意識を持っていかれそうになるくらいだ。
「それでも肝が据わっているじゃないか。 大したタマだよ。 君は。」
白羽とは逆に位置しているのは今回の主役、メルリア・コールスハイ。 白羽とは対称的に黒のロングドレスを身にまとっているがその磨きあげられた四肢は誰もが魅了されてもおかしくはない美貌を持っていた。
「さてと、そろそろオンステージだよ! 2人共、気合を入れ直してよ!」
「準備は万端だぜ!」
「はい! 頑張りましょう!」
そして幕袖のカーテンが開かれ、ステージに足を踏み入れた。
『レディースアンドジェントルマン! 私のダンスを見に来てくれて、ありがとうね! 今回もみんなの期待に答えちゃうよ!』
マイクを渡されたメルリアが大勢の観客の前でそんなパフォーマンスを見せると観客は「ワッ」と歓声を挙げる。 ほんとすごい人気だなメルリア。
「そして今回はね。 私のパートナーを務める彼と、バックダンサーとして踊ってくれる彼女の次は見られないかもしれないダンスを見せちゃうよ!」
「「「うおおおおお!」」」
観客のボルテージも有頂天になった所で音楽が流れ始める。 軽快なポップな感じの曲が劇場を覆い尽くす。 そして、ダンスを始める
「待ってくれ! メルリア!」
かと思いきや、一番後ろのドアから勢いよく開けた人物によってそれは遮られた。 観客がザワつく中声を上げたのは、
「ワレイド・・・?」
なにを隠そうメルリアだった。
「あぁ・・・メルリア、僕は権力に屈し、君に顔合わせ出来ないと、そう思って君から姿をくらました。 しかし! 君のパートナーを務めるのは他でもない、僕なのだと改めて思ったんだ! 他の人とパートナーを組んでは欲しくないんだ! メルリア!」
そう言って上がってきた男性、ワレイドは、中肉中背で垂れ目、雰囲気的にはどこか優しそうで・・・って
「・・・飛空・・・さん?」
そう、白羽が驚くのも無理はない。 だって目の前にいる男性、ワレイドは、髪の色が深緑色だと言うことを除けば、まさしく鏡写しの俺の姿だったからだ。 顔とかがほんとに俺そっくりなのだ。 正直自分でもビビっている。
しかしこれは迷惑・・・いや、まだダンスは始まってないから・・・
それに少し手を加えてあげようじゃないか。
「あぁ! 遂に恐れていた事が起こってしまったのですね!」
そう言って俺は手を顔にやりながら、メルリアに目配せをして、俺にしばらく語らせてくれという事を分かってもらう。 白羽にも同じ事をやり、そこから俺は観客に向かって語り始める。 さぁて、ここからアドリブの始まりだ!
「確かに僕はメルリアと共にこれからダンスをすることとなっていた。 しかしなぜ彼女は僕を選んだのか? それはワレイドさん! あなたの事を忘れきれなかったからに過ぎないのです!」
そうやっている中で、白羽は多分分かっていない可能性があったので、メルリアとワレイドに説明をしている。 アフターケアの出来る彼女だよ。 ほんとに。
「だから私は彼女のパートナーとして、ワレイドさんの影武者となった。 しかし本人が出てきてしまってはその役は本来のパートナーであるワレイドさんに渡り、僕はお役御免でしょう。 しかし僕も壇上に出てしまったからにはこのまま立ち去れません。 そこで、」
そう言って白羽の手を取る。
「ひゃっ!」
「僕は彼女と踊る事にしましょう。 このような事態になってしまったことをどうかお許しください。 では改めてメルリアとワレイドさんのダンスをお楽しみ下さい! それでは、Look forward to your dance。」
そうお辞儀をして音楽が再度流れ出す。そして、メルリアとワレイドさんコンビに前を譲る。
「ありがとうね飛空。 ちなみに最後のあれは・・・?」
「「ダンスをお楽しみに」って意味さ。」
そう言ってメルリアにウインクをする。 そして俺は白羽と手を取り後ろに回る。
「済まなかった、メルリア。」
「いいのよそんな事。 それよりもダンスの方、大丈夫?」
「それは心配ないよ。 申し訳ない話、君たちのダンスを観察しててね。」
「そう、なら何も言う必要は無いわね。」
そしてダンスが始まった。 俺は白羽と共に舞台から離れたところで踊っていたのだが、舞台に立つメルリアとワレイドさんの踊りはなんと言うか、圧巻の一言だった。 メルリアの少々強引な動きにもワレイドさんの力強さがそれを包み込むように2人は最後まで踊り続けた。 踊ってるはずのこちらも、舞台に立っているのを忘れる程に、だ。
そんな風に見惚れていたらあっという間に終わってしまっていた。 観客からは当然のように拍手喝采が飛び交った。
『みんな! まだまだボルテージを上げるわよ! 次は・・・』
「全く! これは一体どういうことなのだ!」
そう遮ったのは先程ワレイドさんが入ってきたドアからだった。 そして今度立っていたのは、燕尾服に身を包んだマナスだった。 あ、見繕ってきたのね。
「誰も迎えに来ないどころか、もう公演が始まっているだと? しかもそこで踊っているのは僕がパートナーとして剥奪した奴のはずだろう? なぜ僕ではなく、彼と再度踊ってるのだ!」
「自ら練習に来ない奴が何言ってんだ。 それに踊る相手を決めるのはメルリアだ。 お前に縛られる理由はない。」
マナスの激昂に俺がサラリと返す。というか邪魔だからとっとと帰ってくれよな。
「貴様は、あの時の・・・なるほど、同じような顔をしていれば同じように僕の邪魔をするのか貴様等は・・・!」
「坊ちゃん! こんな不届き者共、我々が相手しますよ! なに、坊ちゃんが手を翳す程でもありませんよ。」
「なるべくなら穏便にと思ったが・・・客席や女優には手を出すなよ?」
そうマナスが言うと、黒ずくめ達は客を無視してステージに上がってきた。
「・・・はぁ。 ここまで馬鹿だったとはね、救いようが全くないわ。」
「救う必要は、ないと思い、ますよ?」
「そこの彼女の言う通りだメルリア。 もう貴族だろうが関係ない。 せっかくの舞台を台無しにはしてもらいたくないものだな。」
「とはいえどうするかねぇ・・・」
俺達はタキシードやらドレスやらを身にまとっているためほとんど動く事が出来ずに、黒ずくめ達に囲まれてしまった。
「坊ちゃんに謝るなら今のうちだぜ? 土下座すれば許してもらえるかもなぁ。」
「なんで俺達が謝らなきゃいけないんだよ。 偉くなってるつもりならもう少し常識を持て、ここは踊る場所だぞって、あそこでふんぞり返ってる馬鹿に言っておいてくれる?」
「・・・の・・・坊ちゃんを馬鹿にするとは・・・ 命が惜しければその減らず口を止めな!」
「嫌だね! 自己中な奴に当たり前の事を言って何が悪い? あんたらも一体あれのどこに惹かれたの? あんなのの下に付くなんて気でも狂ってんじゃないのか?」
そう言ってやると黒ずくめ達はたちまち怒りを露わにする。 挑発でもなんでもないのに怒るとは。 ほんとにどうしようもねぇな。
「ねぇ白羽、飛空随分とズバズバ言ってるけど。」
「あれが飛空さんの、やり方、です。 これぐらいじゃ、飛空さんは、動じませんから。」
「素晴らしいパートナーじゃないか。 僕なんかとは大違いだ。」
「そんな事ないってワレイド。 あんただって、諦めずにここに来たじゃないか。 その勇気を私は買ってるんだよ?」
後ろで3人がそんな事を聞こえるか聞こえないかの声で話している。 そういう君らだって随分と余裕そうじゃないか。
「洒落せぇ! 1人ずつおねんねしなぁ!」
そう言って黒ずくめの1人が突っ込んでくる。 すると劇場に、なにか闘争を促すような曲が奏でられる。 え? こんな状況下でも曲流すの?
「余所見してんじゃねぇぞ! てめぇ!」
そう振り返ると、拳を今まさにつき出そうとせんと迫ってきていた。 俺はその軌道を読んで、避けると同時にその突き出してきた腕を掴んで、その勢いのまま背負い投げをする。 知ってか知らずかリズムが面白いくらいに噛み合った。
あ、なんかちょっと楽しくなってきちゃったよ?




