第165節 ダンサーと腐れ縁、練習相手
俺の耳に届いたその声の方を振り向く。 いきなりここで聴覚増強の力が発揮されますか。
その方角を見てみると先程街中で口論をしていたダンサーのメルリア・コールスハイだった。 周りを見渡してから彼女の視線が俺に注がれているので、右手で自分を指さす。 そう訳が分からない状況で固まっていると彼女の方から近づいてきた。
「・・・ああ、よくよく見たら違ったわ。 ごめんなさいね。 私の知り合いによく似ていたから。」
そう言って彼女は謝る。 さっきの口論をしていた彼女とは対称的に今の彼女はどこか元気がないように見えた。
「急に呼び止めてごめんなさい。 私はメルリア・コールスハイ。 この街では有名なダンサー・・・って言っても海外じゃまだ知られてないから分かんないか。」
そう言って肩をすくめる。 多分なのだがこっちが素の状態なんだろう。
「初めましてメルリア様。 僕はリューフリオの陛下へと伝言を届けに来た曜務という国の使者、津雲 飛空といいます。 どうぞお見知り置きを。」
「あ、えっと、飛空さんの付き添いの、桃野 白羽、です。」
「初めまして。 急に音楽が流れて、みんな踊っているからびっくりしたでしょ。」
「ええ、まあ・・・あ! ナディ! ナディはどうしたんだ!?」
そう言って周りを見渡す。 すると俺達をみつけたナディが大きく手を振っているのが見えた。 良かったぁ。
『ごめんなさい。 ここでは男女ペアの身分は関係ないから、誰とでも踊れてしまうの。 お連れした人達の所に戻ると言ったら、手を振ってそのまま去っていったわ。』
なんか半ば危険な文化だなと感じてしまった。 ルールを改変することは無いけど、もうちょっと考えないと。
「あら、ナディって言うからもしかしたらと思ったけど、やっぱりあなただったのね。」
『お久しぶりです。 メルリア様。 前の公演を見に行った以来ですか?』
「そうね。 こうして陛下の娘と話すことって滅多に出来ないはずなんだけどね。」
そのやり取りを見て、この2人の間にはなにか腐れ縁のようなものがあるのだと感じた。
『あの、もし答えたくなかったら答えなくてもいいんですけど、先程なにかを怒っていたようですが、どうしたのですか?』
そうナディがディスプレイに映し出すと、先程の醜態を思い出したのか、頬を朱色に染めるメルリア。 その後に少し考えたあと、俺達のほうを見て、
「場所を変えましょ? ここだとまた怒鳴り散らしてしまいそうだし。」
そう促された。
「私が怒っていたのは他でもない、10日後に控えているダンス公演の事よ。」
オープンカフェの一角、俺達3人はそれぞれ飲み物を頼んで、メルリアの相談を聞いていた。
「その公演が、なにか、あったのです、か?」
「ううん。 公演自体は普通にやるの。 だけどそのパートナーってのがねぇ。 今回の公演のダンスは私のソロダンスはもちろん、パートナーと踊るデュエットダンスもやるのよ。」
『彼女のソロダンスは男性はもちろん、女性の方でもその美しさに魅了されてしまうほどに素晴らしいものなのですよ。』
ナディがそんな説明をしてくれる。 改めて彼女の出で立ちを見てみると、瀟洒な部分もさる事ながら情熱を秘めているようにも見える。 それはダンスによってどちらの力にも発揮されることだ。
「・・・変なとこ、見ちゃダメ、ですよ・・・?」
白羽からそんな言葉が飛んできた。 いや、見てないって。
「一応公演前日まではパートナーの交代の件については伏せることが出来るの。 でもパートナーとの連携が必要だからどうしてもペア練習が必要なんだけど、絶対に合わないのよね。 向こうもそんな事を気にしてないようだし。」
そりゃキツイな。 勘違い野郎とか面倒極まりないぜ。 それなりのダンサーならやっている内にお互いのペースに合わすことも出来るだろうけど、メルリアの話し方を察するに素人なのだろうということなのは分かる。
「相手がどれだけ下手でも付き合ってあげるのがダンサーでは?」
「本来はどんな相手でも呼吸を合わせるために色々と一緒にいる事が多いんだけどね。 今回ばかりは無理。 気が会いそうにないって言うか、合わせようって感じがしないもの。」
そう言って頭を抱えるメルリア。 深刻そのものだな。
「ところで、お相手って、どんな方、なのですか?」
「ナディなら知ってると思うわ。 あのアルトラの家のボンクラよ。」
アルトラと聞いて、メルリアがうんざりするのも頷けた。 確かにあいつとやるのは気が進まないだろうなぁ。
『マナスさんとは今朝会いましたよ。 ダンスをするため服を見繕って欲しいと言っていたのですが、断ったんです。』
「あんたのこと執拗以上に付きまとってるからねぇ。 逆玉の輿狙ってるとか、出世の事しか脳にないのかしら?」
『その事でそちらにおられます飛空さんが助けてくれたんです。 付き添いであります白羽さんに手をかけようとした人をものの数秒で制圧していましたよ。』
「へぇ、大人しそうな顔立ちの癖に、いざって時にはやれるのね。」
ナディにそんな風に話されて少し照れくさくなる。 そんな大したことしてないんだぜ?
「・・・決めた。 あんた、私の踊りの練習相手になってよ。 時間はあるんでしょ?」
そうメルリアが決めると、白羽が俺をグイッと引っ張った。 え? なに? なに?
「私たちには、ここと曜務との、同盟を、組みに来たのです。 お誘いは、嬉しいのですが、こちらにも、事情があります。」
そう言って白羽がメルリアを睨みつける。 ちょっとちょっと! 修羅場は勘弁よ!?
「あははは! そりゃそうよね。 こんな可愛い付き人がいる中で他の女性になんか渡せないわよね。 別にダンスの相手してもらうだけだし、なんならあなただって一緒に来ても構わないからさ。」
「むぅ・・・それなら問題は、ありませんね。」
知ってか知らずか、そんな風に返すメルリア。 勘弁してくれ。
「じゃ、そうと決まれば行きましょう? 私のスタジオに案内するわ。」
カフェを出て5分ほど歩くと、白いオフィスビルに到着し、階段を2、3度程登って、その部屋に到着する。 手すりや鏡があり、かなり本格的なダンススタジオだと感じた。
「ここが私のスタジオ。 私一人で使っているの。」
「有名なダンサーなだけあってやっぱり広いですねぇ。」
見た感じだけでも結構な広さがある。 これレッスン用の広さじゃない?
「さてと、早速だけど手をとって貰えるかしら?」
「いいですけど、俺初心者ですよ? いきなり「さあ、踊りましょう」と言われても出来ませんよ?」
「大丈夫よ。 これはあくまでも私の練習。 あなたは私の踊り方の逆を取ればいいのよ。 最初のうちはね。 慣れてきたらあなたなりにアドリブを入れてもらって構わないわ。 ナディ、もしあれだったらそっちの方を使っててもいいわよ。」
メルリアはナディにそう声を掛け、そのナディは白羽と共に空いているスペースで踊り始めた。
「それじゃぁ、始めるわよ。 まずは右足を前に出すから・・・」
まずはメルリアから指導を受け、そこからは・・・まあなんというかあまり喜ばしい功績、というか練習にもならなかった。 動き方はメルリアの指導のおかげか直ぐに覚えれたが、如何せん、それを動きとして合わせるとなると、まあこれが難しい。 脳と体を別々で動かしてるみたいでぎこちない動きが多かった。 休憩も挟みつつ、夕方位までやっていたのだが、終わった頃には俺の足がガタガタになっていた。
「あんたって意外と直感で動くタイプだったのね。」
「そ、そうみたい、ですね。」
もう別の意味で体が動かないっすわ。 明日っから練習付き合うって事になってるはずだけど、こんな調子じゃ俺の体が壊れるんじゃね?
「大丈夫、ですか? 飛空さん。」
そう言ってさっきまでナディと遊ぶように踊っていた白羽が駆け寄ってくる。 ごめん、大丈夫じゃないんだわ。 手すりがないとまともに立てないんですわ。
「今晩、マッサージ、してあげます、ね。」
「はは、そうだね。 下半身はちゃんとケアしてあげないと彼女も満足しないからね。」
メルリアが言ったことに最初は反応出来なかったが、改めて聞き返して、俺達は顔を赤くする。
「なっ! ち、違いますよ!? 俺達は「まだ」そういう関係じゃないですよ!?」
「そ、そ、そ、そうです! そ、それにマッサージは、普通の、マッサージです!」
「分かってるよ。 ちょっとからかっただけでこの反応、お二人さん随分と初心なんだねぇ。」
そうメルリアにいたずらめいた顔をされる。 こ、こんな人と本番まで付き合わなきゃいけないのか。 いろんな意味で辛くなりそう・・・




